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番外編
51.ーフィリップ視点05ー
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その後の学園生活は、予想外に概ね平和に過ぎていった。
例の彼女は何かを仕掛けることもなく、ただチェルとの友情を育むだけ。
いつしか僕も含めた三人で一緒にいることが、日常と化していた。
「そういえば、チェルシー様とフィリップ様は、ご婚約されてますの?」
その平常を壊すかのような発言。
それは、いつも通りに三人で過ごす昼食の席でのことだった。
甲斐甲斐しくお茶の用意をしていたチェルが、驚きのあまりカップを取り落としそうになった。さっと手を伸ばし、チェルの手から傾いたカップを奪った。
「してませんよ。まぁ、僕からチェルに申し込みましたが、バッサリ断られました」
慌てるチェルを後目に、事実だけを淡々と告げた。しかし、質問した当人はその目に疑いの色を隠そうとしていない。
「そうなのですか……でも、よくお二人でご一緒してますよね?」
「二人っきりってことはないと思いますよ。ハートレイの後継として、僕には常に護衛が付いていますし」
「えっ、そうなの?!」
てっきりわかってるものだと思っていたので、チェルの驚き具合にこちらの方がビックリしたくらいだ。
前世の記憶持ちだった頃のチェルは、常に神経をとがらせ、何かを警戒をしているような張りつめた部分があった。それが今や、だいぶのんびりした性格になったようだ。それはある意味、心に余裕ができたということでもあり、むしろ喜ばしい変化だ。
チェル本人から学院への進学予定も聞かされ、彼女も僕たちが単なる友人関係だと信じてくれたようだ。まぁ、まだちょっぴり信じ切れてないようで、自分も進学したいと言い出された時にも驚いてしまったが。
あの第二王子も幸せになるには程遠いらしい。がんばれ。
「まったく、人間ってのは、無駄なことをするよね」
足元に転がる男たちに聞かせるでもなく、僕は呟いた。
精霊教会を束ねるハートレイ家。
神――精霊の名のもとに、すべてを平等に、すべてに愛をという教義を持つ。
後継者は血筋で決まるわけではなく、身分に関係なく霊力の強い者が教主となるため、時には王族から、時には奴隷からその身が出たこともあった。
僕がハートレイ家へ引き取られ、チェルと出会ってから頻繁にその命は狙われてきた。
僕ではなく、チェルの、だ。
血縁は関係なくとも、教主が存命中なら、その権力を欲する者が出るのは世の常である。教主の伴侶にと、男なら娘を、女なら息子を。
かくて、その座を欲す愚者たちが手段を選ばず、僕と一番親しいチェルを亡き者にしようと暗殺や毒殺の機会を虎視眈々と狙っている。
しかし、最近は特にその襲撃が激しくなってきた。
僕がチェル以外の特定の相手を作らないのが原因か。
僕にとっては、そんなものを退けるのに、他者の力すら必要ない。
もちろん、全て返り討ちにはしており、チェルに気付かせてもいない。
自分一人でもどうにでもなるが、その上眷属である精霊たちが勝手に始末してくれる。
記憶を失くしたとはいえ、精霊と契約していたチェルの霊力もかなりの高さだ。故に、精霊そのものに好かれている。
「お疲れ様でございます、教主様」
「この攻防って、僕が結婚するまで続くのかな」
「僭越ながら、教主様の伴侶目的の場合、婚姻後も続くかと」
チェルへの暗殺者を返り討ちした僕は、後のことは周りの者に任せた。
今日の奴らの背後にいるのは権力者か、もしくは愚かな嫉妬に身を焦がした令嬢の方か。
見目がよりよく変化したことも、この愚かな行為を加速させた原因のようだ。
こちらはまったく眼中にないというのに、呆れる程有象無象の輩からの迷惑なアプローチも多い。
「うん。疲れた」
僕の側近が、驚いたように眉を跳ね上げた。
素直に疲れた、と告げたことが意外だったようだ。
果たして、僕と共にいることがチェルの幸せになるのだろうか。
僕はチェルをどんなことからも守れるし、守ると誓える。
この数年、僕だって何もしてなかったわけじゃない。
誰よりもチェルを大切にして、大事にして、誰よりもチェルに寄り添っていた。
確かに、僕が一番チェルの隣にいた。
だけど、僕の努力が及ばなかった。
ただ、それだけ。
「そろそろ潮時――かな」
全てにけりをつけて、あいつがやって来る。
一度はチェルの人生から消えたのに、なんてしぶとい。
でも、もしも。
それでも、チェルがあいつを選ぶというのなら……
その後、予想通りあいつはやってきて、あっという間にチェルを奪っていった。
少なくともハートレイを背負う僕よりも、チェルのためにすべてを捨ててきたあいつの方が、チェルの今後は安全だろう。
「ハートレイ家にチェルは目をつけられている。今代は僕がいたから、その矛先は向かなかったけど、二人の子供は危ない」
でも、理解はできても納得できるかどうかはまた別だ。
「君たちには五人、子供が生まれる。危険なのは二番目の次男、そして、五番目の長女」
「なぜ、そんなことを」
「教えてくれるんだよ、精霊様が。だから、二番目は遠国に逃がしてあげて。でも、五番目の長女は――」
微笑みながら告げる言葉は、彼への意趣返し、彼女への祝福。
「僕がもらう。全力で守るから、安心して」
僕の寿命は人間のそれよりも長い。
彼らの女児は、たぶんチェルに似ることだろう。
大事に守って、甘やかして――大切に育てるつもりだ。
そしていつか、その子こそが教えてくれるはずだ。
僕に欠けている感情の欠片を。
そう、僕は確信している。
それは、遠くない未来……
例の彼女は何かを仕掛けることもなく、ただチェルとの友情を育むだけ。
いつしか僕も含めた三人で一緒にいることが、日常と化していた。
「そういえば、チェルシー様とフィリップ様は、ご婚約されてますの?」
その平常を壊すかのような発言。
それは、いつも通りに三人で過ごす昼食の席でのことだった。
甲斐甲斐しくお茶の用意をしていたチェルが、驚きのあまりカップを取り落としそうになった。さっと手を伸ばし、チェルの手から傾いたカップを奪った。
「してませんよ。まぁ、僕からチェルに申し込みましたが、バッサリ断られました」
慌てるチェルを後目に、事実だけを淡々と告げた。しかし、質問した当人はその目に疑いの色を隠そうとしていない。
「そうなのですか……でも、よくお二人でご一緒してますよね?」
「二人っきりってことはないと思いますよ。ハートレイの後継として、僕には常に護衛が付いていますし」
「えっ、そうなの?!」
てっきりわかってるものだと思っていたので、チェルの驚き具合にこちらの方がビックリしたくらいだ。
前世の記憶持ちだった頃のチェルは、常に神経をとがらせ、何かを警戒をしているような張りつめた部分があった。それが今や、だいぶのんびりした性格になったようだ。それはある意味、心に余裕ができたということでもあり、むしろ喜ばしい変化だ。
チェル本人から学院への進学予定も聞かされ、彼女も僕たちが単なる友人関係だと信じてくれたようだ。まぁ、まだちょっぴり信じ切れてないようで、自分も進学したいと言い出された時にも驚いてしまったが。
あの第二王子も幸せになるには程遠いらしい。がんばれ。
「まったく、人間ってのは、無駄なことをするよね」
足元に転がる男たちに聞かせるでもなく、僕は呟いた。
精霊教会を束ねるハートレイ家。
神――精霊の名のもとに、すべてを平等に、すべてに愛をという教義を持つ。
後継者は血筋で決まるわけではなく、身分に関係なく霊力の強い者が教主となるため、時には王族から、時には奴隷からその身が出たこともあった。
僕がハートレイ家へ引き取られ、チェルと出会ってから頻繁にその命は狙われてきた。
僕ではなく、チェルの、だ。
血縁は関係なくとも、教主が存命中なら、その権力を欲する者が出るのは世の常である。教主の伴侶にと、男なら娘を、女なら息子を。
かくて、その座を欲す愚者たちが手段を選ばず、僕と一番親しいチェルを亡き者にしようと暗殺や毒殺の機会を虎視眈々と狙っている。
しかし、最近は特にその襲撃が激しくなってきた。
僕がチェル以外の特定の相手を作らないのが原因か。
僕にとっては、そんなものを退けるのに、他者の力すら必要ない。
もちろん、全て返り討ちにはしており、チェルに気付かせてもいない。
自分一人でもどうにでもなるが、その上眷属である精霊たちが勝手に始末してくれる。
記憶を失くしたとはいえ、精霊と契約していたチェルの霊力もかなりの高さだ。故に、精霊そのものに好かれている。
「お疲れ様でございます、教主様」
「この攻防って、僕が結婚するまで続くのかな」
「僭越ながら、教主様の伴侶目的の場合、婚姻後も続くかと」
チェルへの暗殺者を返り討ちした僕は、後のことは周りの者に任せた。
今日の奴らの背後にいるのは権力者か、もしくは愚かな嫉妬に身を焦がした令嬢の方か。
見目がよりよく変化したことも、この愚かな行為を加速させた原因のようだ。
こちらはまったく眼中にないというのに、呆れる程有象無象の輩からの迷惑なアプローチも多い。
「うん。疲れた」
僕の側近が、驚いたように眉を跳ね上げた。
素直に疲れた、と告げたことが意外だったようだ。
果たして、僕と共にいることがチェルの幸せになるのだろうか。
僕はチェルをどんなことからも守れるし、守ると誓える。
この数年、僕だって何もしてなかったわけじゃない。
誰よりもチェルを大切にして、大事にして、誰よりもチェルに寄り添っていた。
確かに、僕が一番チェルの隣にいた。
だけど、僕の努力が及ばなかった。
ただ、それだけ。
「そろそろ潮時――かな」
全てにけりをつけて、あいつがやって来る。
一度はチェルの人生から消えたのに、なんてしぶとい。
でも、もしも。
それでも、チェルがあいつを選ぶというのなら……
その後、予想通りあいつはやってきて、あっという間にチェルを奪っていった。
少なくともハートレイを背負う僕よりも、チェルのためにすべてを捨ててきたあいつの方が、チェルの今後は安全だろう。
「ハートレイ家にチェルは目をつけられている。今代は僕がいたから、その矛先は向かなかったけど、二人の子供は危ない」
でも、理解はできても納得できるかどうかはまた別だ。
「君たちには五人、子供が生まれる。危険なのは二番目の次男、そして、五番目の長女」
「なぜ、そんなことを」
「教えてくれるんだよ、精霊様が。だから、二番目は遠国に逃がしてあげて。でも、五番目の長女は――」
微笑みながら告げる言葉は、彼への意趣返し、彼女への祝福。
「僕がもらう。全力で守るから、安心して」
僕の寿命は人間のそれよりも長い。
彼らの女児は、たぶんチェルに似ることだろう。
大事に守って、甘やかして――大切に育てるつもりだ。
そしていつか、その子こそが教えてくれるはずだ。
僕に欠けている感情の欠片を。
そう、僕は確信している。
それは、遠くない未来……
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