異世界チェンジリング

ainsel

文字の大きさ
上 下
42 / 51
case of チェルシー

42.乙女の夢

しおりを挟む
 別室に飾られていたウェディングドレスを前に、わたしは息を飲んだ。
 カーテン越しに差し込んだ午後の日差しに浮かび上がったそのドレスは、まるで幻のように美しかった。真珠色の上品な艶めく色、触れたらしっとり肌馴染みしそうな上質なシルク製。プリンセスラインのふわりと広がった裾にはたっぷりと長いレースのドレーンもついている。
 ユアン様に促され、更に近寄って見せていただくと、シンプルに見えた布地には、胸元や要所要所に精緻な刺繍が施されており、小粒だが粒のそろった真珠がアクセントにところどころ縫い付けられている。

「これ――これは素晴らしい、の一言ですね」

 この一着だけで国家予算くらいつぎ込まれてそう。
 触ってみたいけど、汚したらと思うと恐ろしくて手も伸ばせない。

「袖を通されてみますか?」
「えっ?!」
「この生地も、真珠も刺繍につかった絹糸も全て遠国産ですのよ。品質は保証しますわ」
「ゆっ、ユアン様?いきなり何を――」

 ユアン様から告げられた言葉に戸惑っているうちに、ユアン様の指示に大公家の侍女さんたちが集まってきた。

「ご、御冗談、ですよね?」
「あら、チェル様はわたしが冗談でこんなことを言いだすと?」

 憤慨するユアン様がまた大変幼く見え、知った今となっても年上とは思えない。

「確かに素敵なドレスだと思うのですが、自分で着るだけじゃ、人からどのように見られるのかわからないじゃないですか。なので、第三者的にドレスを着た人を見たくて、チェル様をお呼びしたんですの」
「でっ、ですが、わたしとユアン様では、体形も微妙に違いますよっ?!」
「……そうですね。チェル様にあって、わたしにはないものがありますわね」

 ついっ、と顔を逸らすユアン様。
 わたしとユアン様はほぼ身長は同じくらいだ――しかし、何を隠そう、わたしの方が、その、あれだ。む、胸が大きい。胸なんて脂肪の塊だし、肩こりの遠因にしかならないのだが、お姉さま然り、ユアン様然り、なぜか親の仇のように人の胸を睨んでくる。

「いえっ、そっ、そういうわけではなく!」
「では、着替え終わるまで、隣の部屋でお待ちしますわ。後はよろしくね」
「ゆっ、ユアン様っ、あのっ?!」

 ユアン様がこれで話はおしまい、とばかりに笑顔で身を翻して退室された。わたしの差し伸ばした手は、有無を言わさない笑顔の侍女さんに優しく降ろされ、あっという間にひん剥かれた。




 何が何だかわからない。

 学院の卒業試験も無事終わり、後は卒院式、もしくは学院に在籍して更なる研究の道に進むかどうかを決める猶予の期間だった。
 ユアン様は卒院され、来月の結婚式の準備に入っていた。
 わたしは在籍して、独身のまま研究に明け暮れるつもりだった。

 そんな時、ユアン様からお招きを受けた。

「ウェディングドレスが仕上がったから、ぜひ見に来て感想を聞かせて欲しい」

 そんな風に頼まれたのなら、わたしに否はない。
 最高級のドレスを間近で見られる、と喜び勇んでユアン様に会いに来た。
 そして、その最上級のドレスを着るユアン様を思い描き、早く良き日を迎えられるように、という期待を膨らませた。

 だがしかし。

 なぜ?

 何故、わたしがそのドレスを身に纏っているのかが、さっぱりわからない。

 全身が移る姿見にその飾り立てられた姿を映し、わたしは呆然と立ち尽くしていた。
 ユアン様とは体形が違うはずなのに、なぜか誂えたかのように、このドレスはわたしにぴったりだった。
 意味が……訳が分からない。

 鏡に映るわたしの表情が、それを如実に語っている。

 気付いたらドレスだけでなく、頭にはベールにティアラまで載っている。
 手にも小ぶりとはいえ、ブーケまで握らされていた。
 なにより、あれほど寄ってたかって着付けてくれた侍女の皆さんがいつの間にかいない。
 脱ぎたいと思っても、このドレス、自分一人じゃ脱げない。

 詰んだ。
 はっきり言って、泣きそうだ。
 しかし、シミの一つ、シワの一つでも付けようものなら国際問題に発展してしまう。
 潤む目に力を入れたところ、隣に通じる扉のドアノブが音もなく回るのが見えた。

「ユアン様っ!」

 たまらず、声を上げたわたしの視界に映ったのは、艶やかな黒。
 やっと救世主が来てくれた、と喜び勇んだわたしの顔は強張り、それ以上の言葉は喉の奥に引っかかって止まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。

鏑木 うりこ
恋愛
 クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!  茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。  ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?    (´・ω・`)普通……。 でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

処理中です...