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case of チェルシー
36.告白→許否
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「うーん、少し薄いかなぁ」
「でっ、でも、薄いなら調味料足せばなんとかなるよね?」
「そうだね。濃すぎるよりはずっといい。野菜はちゃんと中まで火が通って、形も残ってる」
「よ、よぅし!!」
わたしは両拳を握って、気合いを入れた。
それを微笑ましく見つめてくれるのは、フィリップ様だ。
今日はフィリップ様が、遊びに来てくれた。
そして、わたしの作った料理の味見をしてくれている。今日作っているのは肉じゃが。お姉様からは「男を落とすなら胃袋から!」という金言をいただいている。
さすがお姉さま、その料理の腕でリーファイ様を落とした経験則か。
去年、お姉さまの学園卒業後、リーファイ様との結婚式が行われた。
お姉さまの在学中から準備をし、卒業式の翌日に挙げられた式は近年まれに見るほど豪華な物だった。義兄の執着ぶりがある意味怖い。
その後、新婚旅行と称し、遠国まで船旅をして半年後にやっと帰国した。
一年の半分もお姉さまに会えなくて、一生分義兄を恨んだことは死んでも忘れない。
そして今現在、お姉さまは懐妊されている。
そんなお姉さまを過保護に溺愛しつつ、伯爵家当主と並行して、王宮の仕事もしている義兄は、馬車馬のように働いている。それくらいしても罰は当たるまい。
ちなみに両親は優秀な婿が来たことだし、と早々に領地へと隠棲した。
本来なら、わたしも両親と共に領地へ行くことになっていたが、王都のタウンハウスに残った。来年、わたしは学園に入学するので、お姉さまにここから通うことを許してもらったのだ。義兄も歓迎してくれたけど、「あんまり邪魔しないでくれる?」と情けない顔で頼んで来たので、取引を申し出たらあっさり承諾。今はwinwinの関係を築いている。
鍋の中がくつくつ煮えている。
小皿にとって味見を重ねた結果、何とか満足できるものができた。
「うん、美味しいよ」
「やったぁ!!」
フィリップ様からもお墨付きをいただき、わたしは飛び上がった。
「フィリップ様のおかげです。お付き合い、ありがとうございました!」
「まだ喜ぶのは早くない?」
そこでわたしは当初の目的を思い出した。
「そ、そうでした……」
熱くなってきたほおに両手を当てていたら、動悸まで早くなってきてしまった。
わたしが苦手な料理を練習し始めた理由。
それは、ヤンさんに手料理を食べてもらいたいから、だった。
義兄との取引の内容とは、ズバリ「ヤンさんを我が家に使用人として呼ぶ」だ。
ヤンさんは公爵家では義兄付きの侍従だったようだが、結婚後は公爵家に残った。てっきり義兄と一緒にうちまで来てくれると期待していたわたしは、滅茶苦茶ガッカリした。しかし、公爵家の使用人に対して、わたしがどうこう言えるものではない。
お姉さまの結婚前は、公爵家へ行く時に同伴させてもらったり、義兄からの手紙などを届けに来たヤンさんに会う機会は何度かあった。しかし、結婚後はその機会がめっきり減った。
そのため取引材料として、ヤンさんの引き抜きを義兄にお願いしたのだ。
そして現在、ヤンさんには伯爵家の執事としてこの家にいる。
執事服にも隠し切れない筋肉質な肉体とか、もうすべてがかっこよすぎて言葉もない。
毎日が幸せ過ぎて怖い。
「冷めないうちに、ヤンさんに持って行ったら?」
そして、なぜかわたしはフィリップ様にヤンさんとの仲を応援してもらう間柄になっていた。
フィリップ様からのアプローチに困ったわたしは、すっぱりはっきり自分の気持ちを伝えてしまった。これで友情も終わる、と思ったのだが、なぜかフィリップ様から提案されたのは「気まずくなるくらいなら、応援する」という、突き抜けた答えであった。
なんだかよくわからなかったけど、フィリップ様がそれで辛くないのなら、とわたしたちの関係性はそのままで今に至る。
「そ、そうね」
笑顔でそう勧められて、わたしの方が変に動揺してしまう。
とりあえず、煮物は味が染み込んでからの方が美味しいともいうけれど、できたての状態も食べてもらいたい。
「それじゃあ、僕は客間で待たせてもらうね」
「あっ、ありがとうございます、フィリップ様」
わたしがいそいそと深皿に取り分けていると、気を利かせたフィリップ様がそう言ってくれた。勝手知ったる他人の家、とばかりにそのままスタスタと客間へと向かっていく。わたしは侍女を捕まえて、フィリップ様へのもてなしを頼んだ。
わたしはヤンさんがいる場所へとドキドキ煩い心臓を抱え、廊下を進んだ。今の時間なら、ヤンさんは銀食器磨きをしているはずだ。
「いかがされました、お嬢?」
「こ、これっ、食べてくださいっ!」
銀食器室をノックすると、扉を開けてくれたヤンさんが出迎えてくれた。その瞬間にずいっとその胸元めがけて深皿を差し出した。
ああっ、先にあいさつすべきだった?!
「あっ、お仕事の邪魔しちゃって、ごめんなさい。でも、上手にできたから、ヤンさんに食べてもらいたくて……」
しょんぼりとうつむいてそう言えば、一瞬の間。
ヤンさんがどんな顔してるか、怖くて顔があげられない。
ふいに、皿を握っていたはずの手の中の重さがなくなった。
「これは――美味い。いや、大変美味しゅうございます」
その声に勢いよく顔を上げると、皿と箸を持ったヤンさんが微笑みながらわたしの料理を味わってくれていた。もう、それだけで胸がいっぱいになった。
「厨房にまだたくさんあるわ。よかったら、後でまた食べて!」
「ありがとうございます。お嬢も大きくなりましたなぁ……」
「そうよ!わたしももう来年は学園に行くのよ!」
「初めて会った時は、こんくらいでしたっけ?」
ヤンさんがおどけて膝くらいの高さを指し示す。
それじゃあ、いいとこ三歳くらいよ。
ほおを膨らませて、抗議する。
「三年前とはいえ、そんなに小さくなかったわ!」
今や、頭のてっぺんはなんとかヤンさんの胸下くらいにまでなった。あともうちょっと伸びれば、腕を組んでもおかしくない比率になる、はずだ。
正直、ヤンさんとの年齢差は開くことはないけれど、縮まることもない。
十二歳差。一回り違う。
でも、わたしが気にしなければ、年の差なんてなんとかなる!
「それに、後三年もすれば、結婚もできるんだから!」
すかさずアピールも忘れない。
告白して以来、ヤンさんはわたしと一定以上の距離を取るようになってしまった。
今では頭だってそうおいそれと撫でてはくれない。
あくまでも、一使用人としての分を弁えた接触しかしてくれなくなった。
でもそれって、わたしのこと、意識してくれてるってことよね?
わたしの考えはあくまでも前向きだ。
跡取りだったお姉さまと違って、わたしの結婚はかなり自由にできる。貴族社会の中ならかなり特殊な考え方だろうが、ヤンさんとならわたしは平民になったって構わない。
まぁ、義兄も味方にしてくれるだろうから、それはそれでかなり楽天的な考えではあるけれど。
目の前のヤンさんの出方をうかがうと、ヤンさんは切なげに目を細めた。
「できるなら、お嬢の花嫁姿を見たかった――」
「みっ、見せるわよ!いえ、見れるわ!だって、わたし、ヤンさんと」
結婚するんだから、と言いかけたその唇の前にそれ以上は言わせない、とばかりに指を一本立てられた。ヤンさんがゆるゆると首を左右に振るった。
「生国に帰ることになりました」
今まで、ありがとうございました。
お別れです、お嬢。
ショックのあまり、続く言葉はわたしの耳には入ってこなかった。
「でっ、でも、薄いなら調味料足せばなんとかなるよね?」
「そうだね。濃すぎるよりはずっといい。野菜はちゃんと中まで火が通って、形も残ってる」
「よ、よぅし!!」
わたしは両拳を握って、気合いを入れた。
それを微笑ましく見つめてくれるのは、フィリップ様だ。
今日はフィリップ様が、遊びに来てくれた。
そして、わたしの作った料理の味見をしてくれている。今日作っているのは肉じゃが。お姉様からは「男を落とすなら胃袋から!」という金言をいただいている。
さすがお姉さま、その料理の腕でリーファイ様を落とした経験則か。
去年、お姉さまの学園卒業後、リーファイ様との結婚式が行われた。
お姉さまの在学中から準備をし、卒業式の翌日に挙げられた式は近年まれに見るほど豪華な物だった。義兄の執着ぶりがある意味怖い。
その後、新婚旅行と称し、遠国まで船旅をして半年後にやっと帰国した。
一年の半分もお姉さまに会えなくて、一生分義兄を恨んだことは死んでも忘れない。
そして今現在、お姉さまは懐妊されている。
そんなお姉さまを過保護に溺愛しつつ、伯爵家当主と並行して、王宮の仕事もしている義兄は、馬車馬のように働いている。それくらいしても罰は当たるまい。
ちなみに両親は優秀な婿が来たことだし、と早々に領地へと隠棲した。
本来なら、わたしも両親と共に領地へ行くことになっていたが、王都のタウンハウスに残った。来年、わたしは学園に入学するので、お姉さまにここから通うことを許してもらったのだ。義兄も歓迎してくれたけど、「あんまり邪魔しないでくれる?」と情けない顔で頼んで来たので、取引を申し出たらあっさり承諾。今はwinwinの関係を築いている。
鍋の中がくつくつ煮えている。
小皿にとって味見を重ねた結果、何とか満足できるものができた。
「うん、美味しいよ」
「やったぁ!!」
フィリップ様からもお墨付きをいただき、わたしは飛び上がった。
「フィリップ様のおかげです。お付き合い、ありがとうございました!」
「まだ喜ぶのは早くない?」
そこでわたしは当初の目的を思い出した。
「そ、そうでした……」
熱くなってきたほおに両手を当てていたら、動悸まで早くなってきてしまった。
わたしが苦手な料理を練習し始めた理由。
それは、ヤンさんに手料理を食べてもらいたいから、だった。
義兄との取引の内容とは、ズバリ「ヤンさんを我が家に使用人として呼ぶ」だ。
ヤンさんは公爵家では義兄付きの侍従だったようだが、結婚後は公爵家に残った。てっきり義兄と一緒にうちまで来てくれると期待していたわたしは、滅茶苦茶ガッカリした。しかし、公爵家の使用人に対して、わたしがどうこう言えるものではない。
お姉さまの結婚前は、公爵家へ行く時に同伴させてもらったり、義兄からの手紙などを届けに来たヤンさんに会う機会は何度かあった。しかし、結婚後はその機会がめっきり減った。
そのため取引材料として、ヤンさんの引き抜きを義兄にお願いしたのだ。
そして現在、ヤンさんには伯爵家の執事としてこの家にいる。
執事服にも隠し切れない筋肉質な肉体とか、もうすべてがかっこよすぎて言葉もない。
毎日が幸せ過ぎて怖い。
「冷めないうちに、ヤンさんに持って行ったら?」
そして、なぜかわたしはフィリップ様にヤンさんとの仲を応援してもらう間柄になっていた。
フィリップ様からのアプローチに困ったわたしは、すっぱりはっきり自分の気持ちを伝えてしまった。これで友情も終わる、と思ったのだが、なぜかフィリップ様から提案されたのは「気まずくなるくらいなら、応援する」という、突き抜けた答えであった。
なんだかよくわからなかったけど、フィリップ様がそれで辛くないのなら、とわたしたちの関係性はそのままで今に至る。
「そ、そうね」
笑顔でそう勧められて、わたしの方が変に動揺してしまう。
とりあえず、煮物は味が染み込んでからの方が美味しいともいうけれど、できたての状態も食べてもらいたい。
「それじゃあ、僕は客間で待たせてもらうね」
「あっ、ありがとうございます、フィリップ様」
わたしがいそいそと深皿に取り分けていると、気を利かせたフィリップ様がそう言ってくれた。勝手知ったる他人の家、とばかりにそのままスタスタと客間へと向かっていく。わたしは侍女を捕まえて、フィリップ様へのもてなしを頼んだ。
わたしはヤンさんがいる場所へとドキドキ煩い心臓を抱え、廊下を進んだ。今の時間なら、ヤンさんは銀食器磨きをしているはずだ。
「いかがされました、お嬢?」
「こ、これっ、食べてくださいっ!」
銀食器室をノックすると、扉を開けてくれたヤンさんが出迎えてくれた。その瞬間にずいっとその胸元めがけて深皿を差し出した。
ああっ、先にあいさつすべきだった?!
「あっ、お仕事の邪魔しちゃって、ごめんなさい。でも、上手にできたから、ヤンさんに食べてもらいたくて……」
しょんぼりとうつむいてそう言えば、一瞬の間。
ヤンさんがどんな顔してるか、怖くて顔があげられない。
ふいに、皿を握っていたはずの手の中の重さがなくなった。
「これは――美味い。いや、大変美味しゅうございます」
その声に勢いよく顔を上げると、皿と箸を持ったヤンさんが微笑みながらわたしの料理を味わってくれていた。もう、それだけで胸がいっぱいになった。
「厨房にまだたくさんあるわ。よかったら、後でまた食べて!」
「ありがとうございます。お嬢も大きくなりましたなぁ……」
「そうよ!わたしももう来年は学園に行くのよ!」
「初めて会った時は、こんくらいでしたっけ?」
ヤンさんがおどけて膝くらいの高さを指し示す。
それじゃあ、いいとこ三歳くらいよ。
ほおを膨らませて、抗議する。
「三年前とはいえ、そんなに小さくなかったわ!」
今や、頭のてっぺんはなんとかヤンさんの胸下くらいにまでなった。あともうちょっと伸びれば、腕を組んでもおかしくない比率になる、はずだ。
正直、ヤンさんとの年齢差は開くことはないけれど、縮まることもない。
十二歳差。一回り違う。
でも、わたしが気にしなければ、年の差なんてなんとかなる!
「それに、後三年もすれば、結婚もできるんだから!」
すかさずアピールも忘れない。
告白して以来、ヤンさんはわたしと一定以上の距離を取るようになってしまった。
今では頭だってそうおいそれと撫でてはくれない。
あくまでも、一使用人としての分を弁えた接触しかしてくれなくなった。
でもそれって、わたしのこと、意識してくれてるってことよね?
わたしの考えはあくまでも前向きだ。
跡取りだったお姉さまと違って、わたしの結婚はかなり自由にできる。貴族社会の中ならかなり特殊な考え方だろうが、ヤンさんとならわたしは平民になったって構わない。
まぁ、義兄も味方にしてくれるだろうから、それはそれでかなり楽天的な考えではあるけれど。
目の前のヤンさんの出方をうかがうと、ヤンさんは切なげに目を細めた。
「できるなら、お嬢の花嫁姿を見たかった――」
「みっ、見せるわよ!いえ、見れるわ!だって、わたし、ヤンさんと」
結婚するんだから、と言いかけたその唇の前にそれ以上は言わせない、とばかりに指を一本立てられた。ヤンさんがゆるゆると首を左右に振るった。
「生国に帰ることになりました」
今まで、ありがとうございました。
お別れです、お嬢。
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