異世界チェンジリング

ainsel

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case of チェルシー

31.Changing the world

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 ――うそつき!!

 頭の中に轟いた声が脳内でハウリングでも起こしたかのように反響し、わたしは思わず頭を抱えた。下がった視界に胸元が入ると、その部分がぼんやりと発光していた。

「え、なにこれ……」

 発光範囲が膨れ上がり、暴力的な光の洪水が私の胸から溢れた。まぶしさに目を細めると、その光の渦から何かが飛び出してきた。

「うそつきうそつきうそつきっ!!『なるべく長い間一緒』って、約束したのに!」

 その小さな影は、やっぱり小さな両手でわたしの頭を泣きながらポカポカと殴った。

「フューリー……」

 わたしは笑っていいのか、泣いていいのかよくわからないどっちつかずの表情を浮かべた。

「ダメだ!チェルは消させない!!」

 その小さな体で両手両足を広げて守るかのように、わたしと光の珠の間に立ち塞がった。

「その子は願いを叶えるために、対価を約束した。その対価とは彼女の命、だ」

 自称神はわたしたち三人が異世界に転生「できなくはない」といったが、そういうことだ。
 あの世界に存在できる異世界の魂は二つだけ。
 もともとは「私」と「妹」の分だった。
 そこにもう一つ、余分に放り込んだのだ。もちろん、歪みが生じる。残れるのは二つの魂だけ。わたしと「彼」、どちらかの魂が消されることを前提にわたしたちは転生を果たした。

 勝算はあった。
 もちろん、「彼」を消す方に。
 結局は、非情になり切れなかったわたしの敗因だろう。
 でも、妹さえ幸せなら、それでいい。
 だから、自分の存在が消えるのは仕方ない。だから――

「ありがとう、フューリー。最後にいい人演じておくものね。もうあなたは自由なんだから、どこに行っても、何してもいいのよ?」
「だから、ここに来た!」

 フューリーが胸を張って、堂々と言い切った。
 気まぐれで、こんなとこまで来たって言うの?

「精霊の気まぐれは、よく知ってるだろう?」
「馬鹿ね。お願いだから、わたしの決心を鈍らせないで」
「チェルの命が対価だというなら、フューリーの命をあげる!だから、チェルを消さないで!!」

 思わず泣きそうになった。
 潤みそうになる目に必死に力を込めて抗う。
 大丈夫。消えるのは一瞬だという話だ。痛さも何も感じないという。
 さっさと終わらせてもらおう。

「うぅっ……」

 どこからか、すすり泣きの声と鼻をすする音が聞こえた。
 あれ、わたしは泣くのを我慢したはず。

「えっ、(自称)神?」

 なぜか光の珠が弱弱しく明滅しながら、よくわからない体液?を溢れさせていた。
 こっわ!滅茶苦茶こわぁ!!
 ってか、どこからその液体染み出てるの?!

「あー、もぅ!こういうお涙ちょうだい弱いんだよぉぉ~」

 なんか自称神が、涙声で情けないこと叫んでいる。

「わかった!わかりましたぁ!!二人の絆パワーで、何とかしよう。いや、何とかして見せる!」
「え、できるものなの?!」
「できないとはいってない!」

 なんだ、そのフレキシブルな対応は?!
 わたしが困惑に視線を彷徨わせると、フューリーがウィンクしていい笑顔で親指を立てていた。
 ああ、そういうこと……

「よし、言質取った!それじゃあ、チェルを消すことなく、元に戻してもらおうか!」
「ん?なんか、立ち直り速いな」
「そりゃあ、チェルが生き返るなら、元気にもなるって!」
「切り替えが早い――そういうものか?」

 この精霊はわかっててやった、ってことですよ。
 神様、人情に篤いのはいいですけれど、思いっきり騙されてます。
 教えないけど。

「ではまず、君から前世の記憶とフューリーの記憶を対価にもらいます」
「……えっ?」
「そうだね、そのくらいは持ってかないと、この無茶は通らないかなぁ」

 わたしの顔から血の気が引いた。しかし、フューリーはこともなげにそれを認めていた。

「前世の記憶と共に、余計な罪悪感も消えるし、これからのんびり生きていけばいいよ。だから、チェルは安心して?」
「でもわたし、フューリーのことは忘れたくない!」
「大丈夫。フューリーから、また絶対チェルに会いに行くからさ」
「本当に?」

 精霊の黒目がちな瞳をのぞき込んでも、そこには一片の感情の揺れも見えない。
 いたずら好きで気まぐれな妖精だけど、最後までその心の機微は全く分からなかった。

「さぁさぁ、話がまとまったら、さっさと転生転生!いや、今度は別に生まれ変わるわけでなし、その表現もおかしいか?でもまぁ、この場所は外との時間の進みが違うし、長くいるべき場所じゃないから、さっさと元の場所に送るよ」

 妙に張り切り出した光の珠が、なんともド派手な七色の光をビカビカ発射し出した。
 なんだ、そのギミック。

「今度こそ、なんの柵もなく幸せになるんだよ」

 もう一度その言葉を聞くことになるなんて。
 自称神の見送りの言葉と共に、わたしの意識は急速に薄れていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


 チェルは泣き笑いのような笑顔を浮かべながら、光の粒子になって消えた。
 いや、その存在が消えたわけではない。
 ちゃんと、あの世界に帰った、とわかっている。

「馬鹿なことをしたね」
「知ってる」
「この場所に渡って来るのに、ほとんどの生命力を引き換えにしたね」
「チェルの前だけでもこの姿が保ててよかった」
「もうすぐ、消えるよ?」
「うん」

 意識しなくても滞空出来ていたけど、今は空に浮かんでいるのも辛い。
 羽虫が力尽きるように、よろよろと地面、らしき場所へと墜落した。

「そんなに、あの子の側は心地よかった?」
「チェルは自分の名前を呼ぶのを許してくれたけど、決してフューリーの名前を呼ばなかった」
「精霊は真名により、『命令』で縛ることができるからね」
「結局、『命令』だって、自分のためには使わなかった。憎いあいつを殺せ、とも、苦しいだけの記憶を消せ、とも」
「人間にしては、めずらしく自制心のある子だったね」
「フューリーをまるで友達のように扱ってくれたよ。道具のようにこき使ったり、虐めたりしなかった。最後には解放までしてくれた」
「でも、君がした約束は守れそうにないんじゃない?」
「守るよ。どんな姿になろうとも」
「ああ、そういうこと」

 光の珠は納得した、とばかりにポンと軽く宙で弾んだ。

「フューリーはフューリーのまま会いに行く、とは一言も言ってない」
「また君はそうやって、わたしの良心に訴えかけるんだから」
「信頼してるんだよ。だから頼むよ、神様。チェルが死ぬ間まで側にいられるだけでいいから」
「仕方ないなぁ……言っとくけど、これもサービスだからね?」

 精霊は笑みの形に口元をほころばせたまま、その存在感をだんだんと薄くしていった。

「次の生を終わらせたら、またここへ戻ってくるんだよ」

 その言葉と共に、精霊の身体は塵となって消えた。
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