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case of グウェン
18.閑話ーリーファイ視点05ー
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「もし、キミさえよければ、俺と婚にゃくしっ……」
噛んだ。
そりゃもう、盛大に噛んだ。
一世一代の告白の場で、だ。
己の失態に顔から火が出そうだし、兄たちはここぞとばかりに指差して笑ってくれるし、父の肩が震えているのだってバッチリ見えた。
どうしよう。
死にたい。
グウェンを手に入れるため、彼女が我が家にいる間に俺は手を回した。
侍女長に彼女を引き留めるための準備をお願いし、ミューズリー伯爵家にも使いを送った。オレが生まれる前からこの家に仕える侍女長は、心得た、とばかりに請け負ってくれた。
たまたま部屋にいた兄たちも捕まえ、事情を伝えた。ほぼこちらの準備が整ったところで、侍女長から彼女の用意もできたと連絡が来た。
食堂へと案内されてきた彼女を一目見て、言葉を失った。
薄化粧を施され、薄紅色のドレスは薄水の髪と青灰色の瞳の彼女によく似合っていた。今までも綺麗だと思っていたけど、それ以上だ。心臓が大きく跳ねた。
思わず直視できずに、顔を逸らしてしまった。
父と兄からの意味ありげな視線を視界の端に捉えたが、それどころではない。リュー兄からは口パクで「早く褒めろ」って急かされたけど、まずはこの動悸を抑える方が先だ。
父が仕方ない、とばかりに軽く肩をすくめ、晩餐が始まった。
父も兄も感動もひとしおで、テーブルの上の料理を褒めちぎる。
嬉しそうに微笑むグウェンが隣にいると思うだけで、まるで落ち着かない。
そうこうしているうちに、グウェンに促され、美味しいんだろうけどまるで味のしない料理をかき込んでいた。見かねた父が助け舟まで出してくれた。
さぁ、本番だ。
後は俺が仕上げを完璧にするだけ、と思ってたのに。
せめてかっこよく決めてたら――
「わっ――私、私なんかで、い、いいんですか?」
顔を逸らせたままの俺の視界に、首から上をドレスと同じ薄紅に染めたグウェンが、ふるふると震えているのが映った。
その表情と態度から、否定の要素は見えない。
「も、もしかして、今聞こえた言葉って、私に都合のいい幻聴?」
「ちっ違う!」
俺は慌てて否定の言葉を叫んだ。
「本当だ!俺は真摯に、グウェンに婚約を申し込みたい!!」
一瞬息を飲んだ後、グウェンはその相好を崩した。
「はい。喜んで」
公爵家に来たときは別々の馬車を用意したが、伯爵家へと送り届ける今は、同じ馬車に乗っている。色々話したいこともあるのだが、結局何を話していいのかわからず、互いに無言のまま馬車は進んでいく。
今日はまた、グウェンがいろいろな料理を作ってくれたのに、それらを楽しむことができなかった。これからその機会はあるとはいえ、思えばもったいないことをした。
そういえば、今日はちゃんと出汁を取ったという味噌汁もあった。
作ってる時から具だくさんで美味しそうだと思ってたのに、あれには一口も口をつけないままだった。
「味噌汁……」
つい口から言葉が零れ落ちた。
「はい?」
「あ、いや」
首を傾げたグウェンに、味噌汁たべ損ねた、という愚痴とも後悔とも言えないことを聞かせるわけにはいかない。
「えーと――また俺のために、味噌汁作ってくれる?」
しまった。
つい、食い気が後悔を凌駕してしまった。
「キミの作った味噌汁を、毎日飲みたいんだ!」
あああ、何言ってんだ、俺はっ!
てっきりグウェンに呆れられてると思い、何も言わないグウェンの顔色をうかがえば、先ほどよりも顔を真っ赤にしていた。
まさか、食い意地張りすぎて呆れられた?
滅茶苦茶怒ってる???
「が、頑張って毎日美味しい味噌汁作りますねっ!」
「あ、うん」
とりあえず怒ってるわけでも呆れてるわけでもなさそうで、俺はホッと胸をなでおろした。
「まさか、理想のプロポーズの言葉を聞けるなんて思わなかったぁ~」
急にわんわんと泣き出したグウェンに慌てふためき、直後に着いた伯爵家では大いに気まずい思いをした。泣きながらも取り成してくれたグウェンのおかげで、数時間で婚約破棄されるという不幸はなんとか未然に防がれた。
あんなかっこ悪い、食い意地の張った言葉で泣かせてしまうとは思わなかった。
そうだ、味噌汁と言えば……
ふと、幼い頃に尋ねた時の、母の答えを思い出した。
「なんで、父様と母様は結婚したの?」
「公爵様がね、そうとは知らずにプロポーズしてくれたのよ」
「父様が?」
「そう、公爵様がね、『君の味噌汁は毎日でも飲みたい』って」
「それがプロポーズ?そんな言葉で?」
「遠国ではね、それが最高のプロポーズの言葉なのよ」
「ふぅん、変なの」
「リーも、いつかそう思えるような女の子を連れてらっしゃい。絶対幸せになれるわよ! 」
忘れていたけれど、母の言葉通りだった。
見せてあげることはできなかったけど、その言葉通りの婚約者を手に入れることができたよ、母上。
噛んだ。
そりゃもう、盛大に噛んだ。
一世一代の告白の場で、だ。
己の失態に顔から火が出そうだし、兄たちはここぞとばかりに指差して笑ってくれるし、父の肩が震えているのだってバッチリ見えた。
どうしよう。
死にたい。
グウェンを手に入れるため、彼女が我が家にいる間に俺は手を回した。
侍女長に彼女を引き留めるための準備をお願いし、ミューズリー伯爵家にも使いを送った。オレが生まれる前からこの家に仕える侍女長は、心得た、とばかりに請け負ってくれた。
たまたま部屋にいた兄たちも捕まえ、事情を伝えた。ほぼこちらの準備が整ったところで、侍女長から彼女の用意もできたと連絡が来た。
食堂へと案内されてきた彼女を一目見て、言葉を失った。
薄化粧を施され、薄紅色のドレスは薄水の髪と青灰色の瞳の彼女によく似合っていた。今までも綺麗だと思っていたけど、それ以上だ。心臓が大きく跳ねた。
思わず直視できずに、顔を逸らしてしまった。
父と兄からの意味ありげな視線を視界の端に捉えたが、それどころではない。リュー兄からは口パクで「早く褒めろ」って急かされたけど、まずはこの動悸を抑える方が先だ。
父が仕方ない、とばかりに軽く肩をすくめ、晩餐が始まった。
父も兄も感動もひとしおで、テーブルの上の料理を褒めちぎる。
嬉しそうに微笑むグウェンが隣にいると思うだけで、まるで落ち着かない。
そうこうしているうちに、グウェンに促され、美味しいんだろうけどまるで味のしない料理をかき込んでいた。見かねた父が助け舟まで出してくれた。
さぁ、本番だ。
後は俺が仕上げを完璧にするだけ、と思ってたのに。
せめてかっこよく決めてたら――
「わっ――私、私なんかで、い、いいんですか?」
顔を逸らせたままの俺の視界に、首から上をドレスと同じ薄紅に染めたグウェンが、ふるふると震えているのが映った。
その表情と態度から、否定の要素は見えない。
「も、もしかして、今聞こえた言葉って、私に都合のいい幻聴?」
「ちっ違う!」
俺は慌てて否定の言葉を叫んだ。
「本当だ!俺は真摯に、グウェンに婚約を申し込みたい!!」
一瞬息を飲んだ後、グウェンはその相好を崩した。
「はい。喜んで」
公爵家に来たときは別々の馬車を用意したが、伯爵家へと送り届ける今は、同じ馬車に乗っている。色々話したいこともあるのだが、結局何を話していいのかわからず、互いに無言のまま馬車は進んでいく。
今日はまた、グウェンがいろいろな料理を作ってくれたのに、それらを楽しむことができなかった。これからその機会はあるとはいえ、思えばもったいないことをした。
そういえば、今日はちゃんと出汁を取ったという味噌汁もあった。
作ってる時から具だくさんで美味しそうだと思ってたのに、あれには一口も口をつけないままだった。
「味噌汁……」
つい口から言葉が零れ落ちた。
「はい?」
「あ、いや」
首を傾げたグウェンに、味噌汁たべ損ねた、という愚痴とも後悔とも言えないことを聞かせるわけにはいかない。
「えーと――また俺のために、味噌汁作ってくれる?」
しまった。
つい、食い気が後悔を凌駕してしまった。
「キミの作った味噌汁を、毎日飲みたいんだ!」
あああ、何言ってんだ、俺はっ!
てっきりグウェンに呆れられてると思い、何も言わないグウェンの顔色をうかがえば、先ほどよりも顔を真っ赤にしていた。
まさか、食い意地張りすぎて呆れられた?
滅茶苦茶怒ってる???
「が、頑張って毎日美味しい味噌汁作りますねっ!」
「あ、うん」
とりあえず怒ってるわけでも呆れてるわけでもなさそうで、俺はホッと胸をなでおろした。
「まさか、理想のプロポーズの言葉を聞けるなんて思わなかったぁ~」
急にわんわんと泣き出したグウェンに慌てふためき、直後に着いた伯爵家では大いに気まずい思いをした。泣きながらも取り成してくれたグウェンのおかげで、数時間で婚約破棄されるという不幸はなんとか未然に防がれた。
あんなかっこ悪い、食い意地の張った言葉で泣かせてしまうとは思わなかった。
そうだ、味噌汁と言えば……
ふと、幼い頃に尋ねた時の、母の答えを思い出した。
「なんで、父様と母様は結婚したの?」
「公爵様がね、そうとは知らずにプロポーズしてくれたのよ」
「父様が?」
「そう、公爵様がね、『君の味噌汁は毎日でも飲みたい』って」
「それがプロポーズ?そんな言葉で?」
「遠国ではね、それが最高のプロポーズの言葉なのよ」
「ふぅん、変なの」
「リーも、いつかそう思えるような女の子を連れてらっしゃい。絶対幸せになれるわよ! 」
忘れていたけれど、母の言葉通りだった。
見せてあげることはできなかったけど、その言葉通りの婚約者を手に入れることができたよ、母上。
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