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第18章 上海
6 千歳丸の航海
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その頃、晋作達はニ月遅れでやっと長崎を出航し、上海を目指して海を突き進んでいた。
晋作達を乗せた船「千歳丸」は上島沖、野母岬を経て、五島列島沖にある女島の南側を通過し東シナ海に入るも、そこで颶風《ぐふう》(暴風)に巻き込まれて船の揺れは激烈を極めていた。
「うわあああああああ!」
船の激しい揺れにより体勢を崩した幕吏の一人が船内の廊下を石のように転がっていき、その幕吏の後を追うかのようにいくつもの行季(荷物)が「どがががが」と音をたてながら廊下を転がっていくのが見えた。
「うぼぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
船酔いした幕吏達が船室内や廊下の至る所で嘔吐している。
彼らが戻した吐瀉物の悪臭で晋作の鼻はもげそうだ。
「ひっどい有様じゃのう……」
幕吏達の悲惨の光景を目の当たりにした晋作が嘆息する。
「全くたい」
晋作の側にいた中牟田が同調する。
「これしきの船揺でこがん醜態をさらすとは武士の名折れたい。幕吏共の腑抜けぶりにゃあ呆れてものも……って高杉大丈夫か?」
颶風がさらに強くなったことで船の揺れもより一層激しくなったため、晋作は体勢を崩してずっこけた。
「ああ、何とか大丈夫じゃ」
晋作はずっこける瞬間にうまく受け身を取ることができたため、どこも体を痛めずにすんだようだ。
「けんど幕吏共と比べて高杉はようきばっとっなあ。船酔しとっ様子もないし。過去に船で航海したことがあっとっとか?」
「二年前に藩の命令で長州から江戸へ船で航海したっちゃ。あん時は正直死ぬかと思ったが今にしてみれば貴重な経験じゃったのう」
丙辰丸の航海に加わっていなければ今頃自分もこの不甲斐ない幕吏達の仲間入りをしていただろうことを考え、晋作は内心ほっとしている。
「中牟田は過去に船で航海したことはあるんか?」
晋作が尋ねる。
「もちろんたい。おいは長崎の海軍伝習所で修練を積んだ後、国元の三重津海軍所で我が鍋島家の海軍の発展に尽力してきた男ばい。こげん颶風如きで駄目になっ腰抜け共とは根本から違うったい」
中牟田が自信満々に答えた。
「我が殿は今海軍の発展に力を入れとったい。此度の幕吏の上海行きにおいを同行させたのも海軍を発展させっための一環ばい。おいは我が鍋島家の海軍の将来を背負っとったい。何としてもこん好機をものにしなけりゃあならんたい」
「流石じゃな。此度の上海行きに参加できてまっことよかった。お陰でおめぇみてぇな侍と知り合うことができたからな」
中牟田の覚悟の程を聴いた晋作はただただ感服するばかりだ。
千歳丸が颶風に襲われてから二日後、晋作達と共に船に乗り込んでいた英人水夫が水の入った樽が積んである船庫に晋作達を呼び出して話をしだした。
“The Japanese still don't know the art of navigation!”
英人水夫が顔を真っ赤にしながら晋作達に言う。
“Since the wind has weakened since it hit the day before yesterday, I have no idea when We will arrive in Shanghai. But you drink a lot of water without thinking! As this rate,the water will run out before we reach Shanghai!”
英人水夫は金切り声をあげながら訴えかけている。
“Therefore, the use of water is prohibited from now on! IF you absolutely must, ask me for permission first!”
言いたいことを全て言い終えると英人水夫は肩を怒らせながら船庫をあとにした。
「あんエゲレス人は一体何をゆうとったんじゃ? 大層怒っとることはよう分かったが」
晋作が首をかしげながら中牟田に尋ねる。
「かなり早口だったけん、あまりよう聞き取れんかったが一番最初に日本人は航海の術を未だ知らずと言っとったのは確かたい」
中牟田が難しそうな顔をしながら答えた。
「あと一昨日とは違い風が弱くなっとっけん、いつ上海に着けるか分からん。分からん状況なのにも関わらず、貴方方は後先考えずに水を大量に飲んどっ。これでは上海に着く前に水が底を尽きてしまうけん、これからは水の使用を一切禁じっ。やむを得えん事情があっ場合は、私にまず許可を求めるようにとゆうとったのではないかと思うばい」
「あん英人が話しとる内容を完璧に訳すとは流石としか言いようがないでごわんどなあ」
晋作達の後ろにいた日本人水夫が感嘆の声をあげる。
「誰じゃ、おめぇ」
突然話に割って入って来られた晋作は怪訝そうにしている。
「おお、自己紹介がまだでごわしたな。おいは薩摩の五代才助(後の五代友厚)とゆう者でごわす。藩命で千歳丸の水夫として働いちょる。以後お見知りおきを」
才助は笑いながら晋作に自己紹介した。
「薩摩の五代才助……どこかで聞き覚えあっ名ばい……確か……」
中牟田が才助の事を思い出そうと躍起になっていると才助が、
「中牟田さんには長崎の海軍伝習所で一度お目にかかったことがあるでごわす」
と助け船を出した。
「そうばいそうばい! 思い出したわ! 確かにあん伝習所で一度会うて話をしたことがあったな。久しぶりたいなあ、才助。元気にしとったか?」
「もちろん元気でごわす。つい半年前にも藩命でエゲレス商人のグラバーと共に上海に行って蒸気船を一隻買うてきたばかりでごわんど、航海にはもう慣れもうした」
才助が頭の後ろを掻きながら言う。
「なに! 薩摩は既に蒸気船を手に入れとるんか?」
晋作が驚いた表情で才助に尋ねる。
「手に入れとるでごわす。薩摩はこん蒸気船を使って秘密裏に上海で西洋相手に交易を始めもうした。ゆくゆくはこん蒸気船でイュウロッパやメリケンの地に渡って、そこで直接奴等と交易をする腹積もりでごわす」
才助が薩摩の雄大な策略の概要を語ると晋作は、
「我が長州はまだ洋式帆船を二隻製造したばかりじゃっちゅうのに、薩摩はもう蒸気船を手に入れて異人達と交易をしとるのか……」
と自身の藩との間にある大きな差を感じて愕然としている。
「そげん気を落とされるな。長州は現に幕吏の上海派遣に人を同行させるぐらいの度量がある藩でごわす。あとはおはんが上海でさまざまな事を見聞きして知恵を蓄え、それを藩の為に生かすことができれば、長州が薩摩と肩を並べる日もそげん遠いことではなかど」
才助が笑いながら晋作の肩にぽんと手を置くも、晋作は依然険しい表情のままであった。
晋作達を乗せた船「千歳丸」は上島沖、野母岬を経て、五島列島沖にある女島の南側を通過し東シナ海に入るも、そこで颶風《ぐふう》(暴風)に巻き込まれて船の揺れは激烈を極めていた。
「うわあああああああ!」
船の激しい揺れにより体勢を崩した幕吏の一人が船内の廊下を石のように転がっていき、その幕吏の後を追うかのようにいくつもの行季(荷物)が「どがががが」と音をたてながら廊下を転がっていくのが見えた。
「うぼぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
船酔いした幕吏達が船室内や廊下の至る所で嘔吐している。
彼らが戻した吐瀉物の悪臭で晋作の鼻はもげそうだ。
「ひっどい有様じゃのう……」
幕吏達の悲惨の光景を目の当たりにした晋作が嘆息する。
「全くたい」
晋作の側にいた中牟田が同調する。
「これしきの船揺でこがん醜態をさらすとは武士の名折れたい。幕吏共の腑抜けぶりにゃあ呆れてものも……って高杉大丈夫か?」
颶風がさらに強くなったことで船の揺れもより一層激しくなったため、晋作は体勢を崩してずっこけた。
「ああ、何とか大丈夫じゃ」
晋作はずっこける瞬間にうまく受け身を取ることができたため、どこも体を痛めずにすんだようだ。
「けんど幕吏共と比べて高杉はようきばっとっなあ。船酔しとっ様子もないし。過去に船で航海したことがあっとっとか?」
「二年前に藩の命令で長州から江戸へ船で航海したっちゃ。あん時は正直死ぬかと思ったが今にしてみれば貴重な経験じゃったのう」
丙辰丸の航海に加わっていなければ今頃自分もこの不甲斐ない幕吏達の仲間入りをしていただろうことを考え、晋作は内心ほっとしている。
「中牟田は過去に船で航海したことはあるんか?」
晋作が尋ねる。
「もちろんたい。おいは長崎の海軍伝習所で修練を積んだ後、国元の三重津海軍所で我が鍋島家の海軍の発展に尽力してきた男ばい。こげん颶風如きで駄目になっ腰抜け共とは根本から違うったい」
中牟田が自信満々に答えた。
「我が殿は今海軍の発展に力を入れとったい。此度の幕吏の上海行きにおいを同行させたのも海軍を発展させっための一環ばい。おいは我が鍋島家の海軍の将来を背負っとったい。何としてもこん好機をものにしなけりゃあならんたい」
「流石じゃな。此度の上海行きに参加できてまっことよかった。お陰でおめぇみてぇな侍と知り合うことができたからな」
中牟田の覚悟の程を聴いた晋作はただただ感服するばかりだ。
千歳丸が颶風に襲われてから二日後、晋作達と共に船に乗り込んでいた英人水夫が水の入った樽が積んである船庫に晋作達を呼び出して話をしだした。
“The Japanese still don't know the art of navigation!”
英人水夫が顔を真っ赤にしながら晋作達に言う。
“Since the wind has weakened since it hit the day before yesterday, I have no idea when We will arrive in Shanghai. But you drink a lot of water without thinking! As this rate,the water will run out before we reach Shanghai!”
英人水夫は金切り声をあげながら訴えかけている。
“Therefore, the use of water is prohibited from now on! IF you absolutely must, ask me for permission first!”
言いたいことを全て言い終えると英人水夫は肩を怒らせながら船庫をあとにした。
「あんエゲレス人は一体何をゆうとったんじゃ? 大層怒っとることはよう分かったが」
晋作が首をかしげながら中牟田に尋ねる。
「かなり早口だったけん、あまりよう聞き取れんかったが一番最初に日本人は航海の術を未だ知らずと言っとったのは確かたい」
中牟田が難しそうな顔をしながら答えた。
「あと一昨日とは違い風が弱くなっとっけん、いつ上海に着けるか分からん。分からん状況なのにも関わらず、貴方方は後先考えずに水を大量に飲んどっ。これでは上海に着く前に水が底を尽きてしまうけん、これからは水の使用を一切禁じっ。やむを得えん事情があっ場合は、私にまず許可を求めるようにとゆうとったのではないかと思うばい」
「あん英人が話しとる内容を完璧に訳すとは流石としか言いようがないでごわんどなあ」
晋作達の後ろにいた日本人水夫が感嘆の声をあげる。
「誰じゃ、おめぇ」
突然話に割って入って来られた晋作は怪訝そうにしている。
「おお、自己紹介がまだでごわしたな。おいは薩摩の五代才助(後の五代友厚)とゆう者でごわす。藩命で千歳丸の水夫として働いちょる。以後お見知りおきを」
才助は笑いながら晋作に自己紹介した。
「薩摩の五代才助……どこかで聞き覚えあっ名ばい……確か……」
中牟田が才助の事を思い出そうと躍起になっていると才助が、
「中牟田さんには長崎の海軍伝習所で一度お目にかかったことがあるでごわす」
と助け船を出した。
「そうばいそうばい! 思い出したわ! 確かにあん伝習所で一度会うて話をしたことがあったな。久しぶりたいなあ、才助。元気にしとったか?」
「もちろん元気でごわす。つい半年前にも藩命でエゲレス商人のグラバーと共に上海に行って蒸気船を一隻買うてきたばかりでごわんど、航海にはもう慣れもうした」
才助が頭の後ろを掻きながら言う。
「なに! 薩摩は既に蒸気船を手に入れとるんか?」
晋作が驚いた表情で才助に尋ねる。
「手に入れとるでごわす。薩摩はこん蒸気船を使って秘密裏に上海で西洋相手に交易を始めもうした。ゆくゆくはこん蒸気船でイュウロッパやメリケンの地に渡って、そこで直接奴等と交易をする腹積もりでごわす」
才助が薩摩の雄大な策略の概要を語ると晋作は、
「我が長州はまだ洋式帆船を二隻製造したばかりじゃっちゅうのに、薩摩はもう蒸気船を手に入れて異人達と交易をしとるのか……」
と自身の藩との間にある大きな差を感じて愕然としている。
「そげん気を落とされるな。長州は現に幕吏の上海派遣に人を同行させるぐらいの度量がある藩でごわす。あとはおはんが上海でさまざまな事を見聞きして知恵を蓄え、それを藩の為に生かすことができれば、長州が薩摩と肩を並べる日もそげん遠いことではなかど」
才助が笑いながら晋作の肩にぽんと手を置くも、晋作は依然険しい表情のままであった。
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