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第17章 晋作、海外に雄飛す
4 晋作と長井雅樂
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和作は自身の言葉通り、その後も利助を引き連れて何度も晋作の固屋を訪れては久坂達に協力するよう頼み込み、断っても断ってもなおも食い下がってくる利助達のしつこさに遂に根負けした晋作は長井に直談判することを誓わされる羽目になった。
晋作は先の玉川一件で定広に叱責されたこともあり、長井の元に直談判に行くのは不本意であったが、一度約束をしてしまった以上引き下がる訳にもいかず、桜田藩邸内にある長井の固屋に一人足を運んでいた。
「小忠太殿のお屋敷で何度もお見かけしたが、こねぇ面と向かって話するんはこれが初めてじゃのう、晋作殿」
親友の息子が自身を訪ねてきたのが余程うれしかったのか、長井は大層上機嫌だ。
「さ、左様でございますな、長井様」
晋作は何故あまり話をしたことがないのに長井がうれしそうにしているのか分からず困惑している。
「今は若殿様の御番手役とご小姓役を兼任しとるそうじゃな。どうじゃ? 務めを立派に果たし取るか?」
長井はまるで自分の息子に語り掛けるような口調で晋作に尋ねてきた。
「はい。いろいろ大変なこともありますが、若殿様をお支えするために懸命に働いちょります……」
親し気な様子で話しかけてくる長井の意図が分からない晋作は益々困惑している。
「左様であったか! 流石は小忠太殿の御子息、高杉家の行く末はまっこと明るいの!」
長井は笑いながら言うと、急に真面目な顔つきにかわって、
「して今日は如何なる用向きで参られた? 今のお主は一体何者なのじゃ?」
と晋作に尋ねてきた。
「何者なのかとはどねぇ意味でありますか? 長井様」
何を聞かれているのか全く分からずにいる晋作が逆に尋ね返す。
「儂や小忠太殿と同じく公武一和の実現を是とし、若殿様や御殿様をお支えする毛利家の侍として参ったのか、それとも久坂玄瑞達のように破約攘夷を是とする寅次郎の弟子の一人として参ったのか、どちらなのかと聞いておるのじゃ」
長井が自身の問いの意図を説明すると、晋作も険しい表情になり、
「今のわしは久坂と同じく破約攘夷を是とする寅次郎先生の弟子の一人として今ここにおります。ここに参ったんも長井殿の『航海遠略策』に異を唱えるのがその理由であります」
と今の自身が何者で、何で長井の元に来たのかその目的について明かした。
「そうか……やはり今のお主は寅次郎の弟子の一人としての自負でここにおったのか……」
長井は残念そうな表情を浮かべながらぼそりと呟く。
「お主が寅次郎の弟子の一人であることは小忠太殿から聞いとったが、正直まっこと残念で遺憾に思うとる……」
晋作も自身と同じく『航海遠略策』を是とする者であることを内心期待していた長井は落胆の色を隠せない。
「長井様のご期待にそえず、まっこと申し訳ございません」
晋作は長井に謝罪すると続けて、
「しかし外夷にろくに対処できず、心ある諸侯や志士を不当に罰し、終いには天下の大老が江戸城の門前で誅殺されるっちゅう醜態を晒した幕府など最早見限ってしかるべきなのであります! 『航海遠略策』で幕府を助けるような真似をするよりも、長州や薩摩、水戸、越前、土佐などの有力諸侯がかつての五大老の如く帝を直接支える政の仕組みを作る方が余程理に適っとるように思えてなりませぬ!」
とかつて桂が自身に話してくれた雄藩連合の話を思い出しながら長井に意見した。
「それは違うぞ、晋作殿」
長井が晋作の言をきっぱりと否定する。
「かつて五大老を定めた豊臣家はその五大老を定めた故に僅か数十年で滅びさったのじゃけぇ、決して手本になどしてはならぬ。そもそも戦国乱世が終わってから数百年もの間、太平の世がずっと続いたんはひとえに朝廷と幕府、幕府と諸侯の間柄がはっきりと定まっとったからに他ならぬ。じゃがぺルリが来航して以降、朝廷と幕府、幕府と諸侯の間柄に乱れが生じ、それによりこの皇国で様々な騒動がおきて外夷に付け込まれる隙を自ら作り出してしまい、今の様な悲惨な有様に陥った。じゃけぇ今こそこれらの間柄をしっかりとあるべき姿に戻した上で、軍艦や大砲、銃の数を揃えて兵を十二分に練ることこそが外夷から皇国を守ることにも帝に忠義を示すことにもつながると儂は思うとるし、若殿様や御殿様もそれに同意して下さっちょる」
長井が諭すような口調で晋作に自身の考えを述べると続けて、
「それに今のお主には久坂達に加担して『航海遠略策』の批判に興じとる暇などないはずじゃぞ。お主はこれから藩のために命がけである重大なお役目を果たさねばいけんのじゃからな」
と意味深なことを口にした。
「暇などない? ある重大なお役目とは一体如何なる……」
「何じゃ、まだ若殿様から何も聞かされとらんかったのか。儂の口からそれをゆうてもええが、それでは若殿様の立場がのうなってしまうけぇ、今この場で申すことはできん」
不思議そうな顔をしながらその真意を尋ねようとした晋作を制すかのように、長井は首を横に振りながら言う。
「それとすでに小忠太殿から何度もゆわれとるじゃろうが、あまり久坂達と関わり合いになってはいけんぞ。あ奴らは自分達だけが正しいと勝手に思い込み、御殿様の意にそぐわぬことばかりする不埒者どもじゃ。寅次郎も大概な奴であったが、その弟子達はそれ以上に始末が悪い。お主は若殿様の御側近くにお仕えする身なのじゃけぇ、もっと自分の立場を考えんさい」
長井は晋作に厳しく忠告すると、晋作はかしこまりましたと言ってすごすごと長井の固屋から退散した。
晋作は先の玉川一件で定広に叱責されたこともあり、長井の元に直談判に行くのは不本意であったが、一度約束をしてしまった以上引き下がる訳にもいかず、桜田藩邸内にある長井の固屋に一人足を運んでいた。
「小忠太殿のお屋敷で何度もお見かけしたが、こねぇ面と向かって話するんはこれが初めてじゃのう、晋作殿」
親友の息子が自身を訪ねてきたのが余程うれしかったのか、長井は大層上機嫌だ。
「さ、左様でございますな、長井様」
晋作は何故あまり話をしたことがないのに長井がうれしそうにしているのか分からず困惑している。
「今は若殿様の御番手役とご小姓役を兼任しとるそうじゃな。どうじゃ? 務めを立派に果たし取るか?」
長井はまるで自分の息子に語り掛けるような口調で晋作に尋ねてきた。
「はい。いろいろ大変なこともありますが、若殿様をお支えするために懸命に働いちょります……」
親し気な様子で話しかけてくる長井の意図が分からない晋作は益々困惑している。
「左様であったか! 流石は小忠太殿の御子息、高杉家の行く末はまっこと明るいの!」
長井は笑いながら言うと、急に真面目な顔つきにかわって、
「して今日は如何なる用向きで参られた? 今のお主は一体何者なのじゃ?」
と晋作に尋ねてきた。
「何者なのかとはどねぇ意味でありますか? 長井様」
何を聞かれているのか全く分からずにいる晋作が逆に尋ね返す。
「儂や小忠太殿と同じく公武一和の実現を是とし、若殿様や御殿様をお支えする毛利家の侍として参ったのか、それとも久坂玄瑞達のように破約攘夷を是とする寅次郎の弟子の一人として参ったのか、どちらなのかと聞いておるのじゃ」
長井が自身の問いの意図を説明すると、晋作も険しい表情になり、
「今のわしは久坂と同じく破約攘夷を是とする寅次郎先生の弟子の一人として今ここにおります。ここに参ったんも長井殿の『航海遠略策』に異を唱えるのがその理由であります」
と今の自身が何者で、何で長井の元に来たのかその目的について明かした。
「そうか……やはり今のお主は寅次郎の弟子の一人としての自負でここにおったのか……」
長井は残念そうな表情を浮かべながらぼそりと呟く。
「お主が寅次郎の弟子の一人であることは小忠太殿から聞いとったが、正直まっこと残念で遺憾に思うとる……」
晋作も自身と同じく『航海遠略策』を是とする者であることを内心期待していた長井は落胆の色を隠せない。
「長井様のご期待にそえず、まっこと申し訳ございません」
晋作は長井に謝罪すると続けて、
「しかし外夷にろくに対処できず、心ある諸侯や志士を不当に罰し、終いには天下の大老が江戸城の門前で誅殺されるっちゅう醜態を晒した幕府など最早見限ってしかるべきなのであります! 『航海遠略策』で幕府を助けるような真似をするよりも、長州や薩摩、水戸、越前、土佐などの有力諸侯がかつての五大老の如く帝を直接支える政の仕組みを作る方が余程理に適っとるように思えてなりませぬ!」
とかつて桂が自身に話してくれた雄藩連合の話を思い出しながら長井に意見した。
「それは違うぞ、晋作殿」
長井が晋作の言をきっぱりと否定する。
「かつて五大老を定めた豊臣家はその五大老を定めた故に僅か数十年で滅びさったのじゃけぇ、決して手本になどしてはならぬ。そもそも戦国乱世が終わってから数百年もの間、太平の世がずっと続いたんはひとえに朝廷と幕府、幕府と諸侯の間柄がはっきりと定まっとったからに他ならぬ。じゃがぺルリが来航して以降、朝廷と幕府、幕府と諸侯の間柄に乱れが生じ、それによりこの皇国で様々な騒動がおきて外夷に付け込まれる隙を自ら作り出してしまい、今の様な悲惨な有様に陥った。じゃけぇ今こそこれらの間柄をしっかりとあるべき姿に戻した上で、軍艦や大砲、銃の数を揃えて兵を十二分に練ることこそが外夷から皇国を守ることにも帝に忠義を示すことにもつながると儂は思うとるし、若殿様や御殿様もそれに同意して下さっちょる」
長井が諭すような口調で晋作に自身の考えを述べると続けて、
「それに今のお主には久坂達に加担して『航海遠略策』の批判に興じとる暇などないはずじゃぞ。お主はこれから藩のために命がけである重大なお役目を果たさねばいけんのじゃからな」
と意味深なことを口にした。
「暇などない? ある重大なお役目とは一体如何なる……」
「何じゃ、まだ若殿様から何も聞かされとらんかったのか。儂の口からそれをゆうてもええが、それでは若殿様の立場がのうなってしまうけぇ、今この場で申すことはできん」
不思議そうな顔をしながらその真意を尋ねようとした晋作を制すかのように、長井は首を横に振りながら言う。
「それとすでに小忠太殿から何度もゆわれとるじゃろうが、あまり久坂達と関わり合いになってはいけんぞ。あ奴らは自分達だけが正しいと勝手に思い込み、御殿様の意にそぐわぬことばかりする不埒者どもじゃ。寅次郎も大概な奴であったが、その弟子達はそれ以上に始末が悪い。お主は若殿様の御側近くにお仕えする身なのじゃけぇ、もっと自分の立場を考えんさい」
長井は晋作に厳しく忠告すると、晋作はかしこまりましたと言ってすごすごと長井の固屋から退散した。
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