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第15章 諸国遊歴
7 晋作と小楠
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象山と面会した晋作は松代の地を発って善光寺を参詣し、そのまま信越の国境を越えて高田城下に入った。この高田から長浜、糸魚川、親不知、泊を経て十月の上旬ごろに越前入りを果たし、前越前藩主の松平春嶽に見込まれて政の顧問となっていた肥後人の横井小楠に面会することとなった。
「お初にお目にかかります。わしは毛利家家中の高杉晋作であります」
越前の城下町にある小楠の堂において晋作が小楠に挨拶をする。
「此度はわしのような若輩者にお会い下さりまして誠にありがとう存じまする。ぜひ小楠先生のお話をお聞かせ頂ければ幸いでございまする」
「遠路はるばるご苦労であったな、高杉殿。儂が横井小楠ばい」
小楠がにっこり笑って歓迎の意を示した。
「しかしいつ以来ばい、長州の者に会うんは」
晋作の顔をじっと覗き込みながら小楠が顎に手をあてて考え込み始める。
「ぺルリの黒船が来たときばってん七年ほど前だったか、宮部と供に儂に会いに来た吉田何某とかゆう若者も確か長州人であったな。兵学に明るく見所のある若者であったが今はどげんしよるかのう……」
小楠が過去に会った長州人に思いを馳せていると晋作はそれを遮るようにして、
「その人はもしかして吉田寅次郎先生のことではないじゃろうかのう?」
と小楠に尋ねた。
「そうばいそうばい! 吉田寅次郎ばい! 確かそげん名前の男であった! お主もしや吉田寅次郎の弟子か何かか?」
以前あった長州人の名前が思い出せてうれしそうにしている小楠が晋作に尋ねる。
「左様であります。寅次郎先生はわしの師でありましたが今はもうこの世におりません。昨年井伊の赤鬼によって斬首されましたので」
晋作が小楠に寅次郎が死んだことを伝えると小楠はがっかりした表情をして、
「そうであったか、寅次郎殿までも……非常に残念なことばい……嘆かわしいことたい……」
と言って頭を抱えている。
「あん戊午の大獄で多くの有為の人材が失われたばい。我が越前でも左内殿が仕置され、春嶽公も蟄居謹慎を余儀なくされた。肥後で燻っとった儂を取り立てて下さった春嶽公を蟄居に追い込んだ掃部頭は許しがたい男たい。水戸の浪士に命を奪われたんも因果応報の末路ばい」
自身の恩人であった春嶽公がひどい目に遭わされたことを思い出した小楠が憤り始めた。
「松代で会うた佐久間象山先生もそねぇなことを申しとりました。わしも象山先生や小楠先生と同じ心持であります」
自身と同じように小楠が井伊を憎んでいるのをうれしく思った晋作が言う。
「あん松代の大天狗も儂と同じ考えであったか。己こそが至上じゃち思うて憚らぬ男とばかり思っとったが意外だったな。ところで高杉殿は兵学には興味がおありかな?」
小楠が晋作に尋ねる。
「もちろんあります! かつて松下村塾で寅次郎先生の兵学の講義をよう聴いとりました! 中でも『西洋歩兵論』の講義が一番心に残っとります! 孫子の兵法に絡めて西洋歩兵の何たるかを説いたもので、先生の知の集大成と言っても差し支えない論でありました!」
晋作が意気揚々と語ると小楠は大笑いをしながら、
「よかよか。ではこん本を一度読んでみることたい」
と言って机の上にあった一冊の本を晋作に手渡した。
「『兵法問答書』? これは先生がお書きになられた本でございますか?」
小楠から本を受け取った晋作が不思議そうな顔をして尋ねる。
「そうばい。どげん箇所でも構わんち、一度本を開いて読んでみるたい」
小楠に言われるがまま晋作は『兵法問答書』の一節を読み始めた。
「西洋の長技は鉄砲で我が国の長技は刀槍である。西洋も我が国もそれぞれ長短両方あって、双方の長を相兼ねることはできぬことである。今の世は西洋の鉄砲ばかり用いられて刀槍が軽んじられとるが、我が国の万国に勝っとる武勇誉れは死を賭して戦う血戦にあるのじゃけぇ、必ずしも西洋の長を用いる必要はないのである。我が長を以って西洋の短を挫いてこそ我が国の武勇と言えるのである」
晋作が『兵法問答書』の一節を読み終えると、小楠が
「まだ儂が肥後におったころにこげんことゆうてきた若者がおってな、おもしろかったち、そん問いを本の一節に書き記したばい。そん問いに対する儂の答えも続きにあるばい」
と言って続きを読むよう促してきたので、晋作はそれに従って再び本の続きを読み始めた。
「西洋の鉄砲を主すれば我が国の血戦が廃れ、我が国の血戦を主とすれば西洋の鉄砲を退け、双方共に並び立つことはなくどちらか一方に執着するしかないとするんは、それすなわち太平の世の心を以って乱世を見ることと同義である。乱世に生きていれば兵器ほど武士の身に切実なものはなく、これが優れてとれば相手に勝って乱世を生き抜くことができるのである。源平から南北の乱までは弓馬長刀太刀を用い、応仁の乱ごろからようやく槍を用いるようになった。槍は元来蒙古の兵器であり、この槍が用いられるようになって以降騎戦が廃されて歩戦が主となった。また弘治のころに西洋より鉄砲が渡り、その器が猛烈なるを以って一斉に天下で使われるようになり、弓も実戦で使われることがなくなった。槍も鉄砲もみな外国の器であるが優れて利用価値があるけぇ、天下に広く用いられ、古来からの兵器も廃するに至り、誰一人として異議を唱える者もおらんかった。世の人にとって利害こそ身に切なるものだったからである。今の世で頑なに西洋の長が拒絶されとるんは太平の心を未だに持ち続けて身が切迫してない故のことである」
晋作は答えの部分を読み終えると感嘆の声を上げて、
「なかなかおもしろき問答であります! ぜひこの本を写させては頂けませんでしょうか?」
と小楠に懇願した。
「もちろん構わんたい。こん『兵法問答書』は我が国の陣法を廃して西洋の銃隊に変ずる必要はなしの箇所もなかなかにおもしろき問答となっておるち、写したあとに精読することたい。あとこん『学校問答書』も是非読んで書き写して欲しいたい。『学校問答書』は政の何たるかを説いた本たい。きっと勉学の励みになるはずばい」
小楠は上機嫌で『学校問答書』も晋作に手渡した。
「お初にお目にかかります。わしは毛利家家中の高杉晋作であります」
越前の城下町にある小楠の堂において晋作が小楠に挨拶をする。
「此度はわしのような若輩者にお会い下さりまして誠にありがとう存じまする。ぜひ小楠先生のお話をお聞かせ頂ければ幸いでございまする」
「遠路はるばるご苦労であったな、高杉殿。儂が横井小楠ばい」
小楠がにっこり笑って歓迎の意を示した。
「しかしいつ以来ばい、長州の者に会うんは」
晋作の顔をじっと覗き込みながら小楠が顎に手をあてて考え込み始める。
「ぺルリの黒船が来たときばってん七年ほど前だったか、宮部と供に儂に会いに来た吉田何某とかゆう若者も確か長州人であったな。兵学に明るく見所のある若者であったが今はどげんしよるかのう……」
小楠が過去に会った長州人に思いを馳せていると晋作はそれを遮るようにして、
「その人はもしかして吉田寅次郎先生のことではないじゃろうかのう?」
と小楠に尋ねた。
「そうばいそうばい! 吉田寅次郎ばい! 確かそげん名前の男であった! お主もしや吉田寅次郎の弟子か何かか?」
以前あった長州人の名前が思い出せてうれしそうにしている小楠が晋作に尋ねる。
「左様であります。寅次郎先生はわしの師でありましたが今はもうこの世におりません。昨年井伊の赤鬼によって斬首されましたので」
晋作が小楠に寅次郎が死んだことを伝えると小楠はがっかりした表情をして、
「そうであったか、寅次郎殿までも……非常に残念なことばい……嘆かわしいことたい……」
と言って頭を抱えている。
「あん戊午の大獄で多くの有為の人材が失われたばい。我が越前でも左内殿が仕置され、春嶽公も蟄居謹慎を余儀なくされた。肥後で燻っとった儂を取り立てて下さった春嶽公を蟄居に追い込んだ掃部頭は許しがたい男たい。水戸の浪士に命を奪われたんも因果応報の末路ばい」
自身の恩人であった春嶽公がひどい目に遭わされたことを思い出した小楠が憤り始めた。
「松代で会うた佐久間象山先生もそねぇなことを申しとりました。わしも象山先生や小楠先生と同じ心持であります」
自身と同じように小楠が井伊を憎んでいるのをうれしく思った晋作が言う。
「あん松代の大天狗も儂と同じ考えであったか。己こそが至上じゃち思うて憚らぬ男とばかり思っとったが意外だったな。ところで高杉殿は兵学には興味がおありかな?」
小楠が晋作に尋ねる。
「もちろんあります! かつて松下村塾で寅次郎先生の兵学の講義をよう聴いとりました! 中でも『西洋歩兵論』の講義が一番心に残っとります! 孫子の兵法に絡めて西洋歩兵の何たるかを説いたもので、先生の知の集大成と言っても差し支えない論でありました!」
晋作が意気揚々と語ると小楠は大笑いをしながら、
「よかよか。ではこん本を一度読んでみることたい」
と言って机の上にあった一冊の本を晋作に手渡した。
「『兵法問答書』? これは先生がお書きになられた本でございますか?」
小楠から本を受け取った晋作が不思議そうな顔をして尋ねる。
「そうばい。どげん箇所でも構わんち、一度本を開いて読んでみるたい」
小楠に言われるがまま晋作は『兵法問答書』の一節を読み始めた。
「西洋の長技は鉄砲で我が国の長技は刀槍である。西洋も我が国もそれぞれ長短両方あって、双方の長を相兼ねることはできぬことである。今の世は西洋の鉄砲ばかり用いられて刀槍が軽んじられとるが、我が国の万国に勝っとる武勇誉れは死を賭して戦う血戦にあるのじゃけぇ、必ずしも西洋の長を用いる必要はないのである。我が長を以って西洋の短を挫いてこそ我が国の武勇と言えるのである」
晋作が『兵法問答書』の一節を読み終えると、小楠が
「まだ儂が肥後におったころにこげんことゆうてきた若者がおってな、おもしろかったち、そん問いを本の一節に書き記したばい。そん問いに対する儂の答えも続きにあるばい」
と言って続きを読むよう促してきたので、晋作はそれに従って再び本の続きを読み始めた。
「西洋の鉄砲を主すれば我が国の血戦が廃れ、我が国の血戦を主とすれば西洋の鉄砲を退け、双方共に並び立つことはなくどちらか一方に執着するしかないとするんは、それすなわち太平の世の心を以って乱世を見ることと同義である。乱世に生きていれば兵器ほど武士の身に切実なものはなく、これが優れてとれば相手に勝って乱世を生き抜くことができるのである。源平から南北の乱までは弓馬長刀太刀を用い、応仁の乱ごろからようやく槍を用いるようになった。槍は元来蒙古の兵器であり、この槍が用いられるようになって以降騎戦が廃されて歩戦が主となった。また弘治のころに西洋より鉄砲が渡り、その器が猛烈なるを以って一斉に天下で使われるようになり、弓も実戦で使われることがなくなった。槍も鉄砲もみな外国の器であるが優れて利用価値があるけぇ、天下に広く用いられ、古来からの兵器も廃するに至り、誰一人として異議を唱える者もおらんかった。世の人にとって利害こそ身に切なるものだったからである。今の世で頑なに西洋の長が拒絶されとるんは太平の心を未だに持ち続けて身が切迫してない故のことである」
晋作は答えの部分を読み終えると感嘆の声を上げて、
「なかなかおもしろき問答であります! ぜひこの本を写させては頂けませんでしょうか?」
と小楠に懇願した。
「もちろん構わんたい。こん『兵法問答書』は我が国の陣法を廃して西洋の銃隊に変ずる必要はなしの箇所もなかなかにおもしろき問答となっておるち、写したあとに精読することたい。あとこん『学校問答書』も是非読んで書き写して欲しいたい。『学校問答書』は政の何たるかを説いた本たい。きっと勉学の励みになるはずばい」
小楠は上機嫌で『学校問答書』も晋作に手渡した。
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