幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち

KASPIAN

文字の大きさ
上 下
124 / 152
第15章 諸国遊歴

3 壬生の城下町

しおりを挟む
 加藤と面会した翌日、晋作は笠間城下をあとにして下野国の宇都宮城下へと旅立ち、そこからさらに日光、鹿沼を経て壬生城下にたどり着いた。
 壬生は笠間や土浦よりも小さい城下町であったが、江戸三大流派の一つである神道無念流の開祖福井兵右衛門の故郷であったため、笠間や土浦以上に剣術の盛んな土地であった。
 土浦や笠間で剣術試合を断れた晋作は宇都宮や日光でも剣術試合を申し込むがものの見事に断られ、何度も断られ続けることに不信感と失望感を感じながらも一縷の望みをかけてこの壬生城下を訪れ、壬生の士との文のやり取りを通じてついに聖徳太子流の遣い手である松本五郎兵衛と剣術試合をすることが決まった。
 五郎兵衛と剣術試合をすることが決まった日の夜、晋作の泊まっている旅籠に三十くらいの侍が晋作を訪ねてきた。
「お初にお目にかかっ。儂は肥前鍋島家家中の田中竜之助と申す者たい。貴殿が長州の高杉晋作殿で間違ぎゃあにゃあか?」
 田中竜之助と名乗る肥前侍が晋作に尋ねる。
「如何にもわしが高杉晋作じゃがなしてわしの事を知っとるんじゃろうか? それにこねぇ夜更けに一体何用あって参られたんか? 田中殿」
 晋作が訝し気に尋ね返す。
「実は儂も貴殿と同じく松本五郎兵衛殿と剣術試合すっことになっとっけん、それで貴殿に挨拶に参った次第ばい」
 竜之助が晋作を訪ねた訳を最初に説明すると続けて、
「貴殿の素性については五郎兵衛の門弟から伺い知った。長州の侍に会うんは真に久しぶりたい。明倫館の内藤作兵衛殿に剣の教えを乞うていた頃が懐かしゅう思えてくっ」
 と晋作の名を知った訳についても語った。
「何っ! 田中殿も作兵衛先生の元で剣を学んどったんか?」
 晋作が驚いたような表情で竜之助に尋ねる。
「左様。まだ儂が佐良雄蔵ゆうん名を名乗ってた時けん、今から約八年程前か。剣術修行で長州におってな、作兵衛殿にはそん時にいろいろ世話んなった。あいだけの剣の技量と器を兼ね備えたん侍はなかなかおらんばい。作兵衛殿は長州の宝たい」
 竜之助が作兵衛のことを絶賛すると、晋作はうれしそうな顔で、
「剣術修行のために江戸を出立してからというものあまりいいことがなかったが、ついにわしにも運が向いてきたようじゃな!」
 と言うと続けて、
「そうじゃろうそうじゃろう! 作兵衛先生は儂の剣術の師であり尊敬しとる侍の一人でな、今のわしがあるんはあのお人のお陰っちゅうても言い過ぎではないとさえ思うとる! まさかこねぇな田舎で作兵衛先生の知人に会えるとは夢にも思わんかった!」
 と作兵衛に剣術を教えてもらっていた時の事を思い出しながら熱く語った。
「それは儂も同じ気持ちたい。こん下野の小さな城下町でまた長州の侍に会えっとはよか縁ばい。いつか貴殿ともじぇひ剣の手合わせをしちゃあもんばい」
 作兵衛がにっこり笑いながら言う。
「ぜひ手合わせを致しましょうぞ! 田中殿!」
 晋作も満更でもない顔つきだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

妖刀 益荒男

地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女 お集まりいただきました皆様に 本日お聞きいただきますのは 一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か 蓋をあけて見なけりゃわからない 妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう からかい上手の女に皮肉な忍び 個性豊かな面子に振り回され 妖刀は己の求める鞘に会えるのか 男は己の尊厳を取り戻せるのか 一人と一刀の冒険活劇 いまここに開幕、か~い~ま~く~

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

幕府海軍戦艦大和

みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。 ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。 「大和に迎撃させよ!」と命令した。 戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

処理中です...