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第14章 三度目の江戸

7 旅立ち

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 桂に叩きのめされた後、晋作は平右衛門の部屋へと戻って一人ふて寝をしていた。
「今日もえろうご機嫌斜めでありますなあ、婿殿」
 務めを終えて部屋に戻ってきた平右衛門が晋作に声をかけた。
「亀五郎殿よりもええ腕の剣客が相手なら、少しは機嫌がようなりますかな?」
 平右衛門が微笑みながら言うと晋作は、
「……そうかもしれませぬな」
 と複雑そうな顔をしながら呟いた。
「義父上。この広い天下にはわしが知らぬだけで、わしよりも強い剣客がようけおるんじゃろうか?」
 晋作が平右衛門に尋ねる。
「おるじゃろうな。稽古を重ねに重ねて剣の道を極めたち思うても、上には上がおるもんじゃ」
 平右衛門は思慮深げに言うと続けて、
「仮にこの江戸にある三大道場の剣客達全員を倒せるほどの力量があったとしても、決して一番にはなれん。何故ならまだ見ぬ強者は江戸以外の田舎にようけ埋もれとるからな。それら田舎の強者達を全て倒そうと思うたら百年では足りん。正直二百年、三百年っちゅう月日があっても倒しきれるかどうか分からん。とにかく天下は儂等が思うとるよりはるかに広いんじゃ」
 と自身の見解を熱く語った。
「わしが見た所、婿殿はまだ井の中から抜け出すことができておらんようじゃ。婿殿はまだ若いけぇ、もっと大海を知らねばいけんち思うぞ」
 平右衛門が晋作に忠告すると、晋作はぼそっと小さい声で、
「……そうでございますな」
 と言ってそのままふて寝を続けたのであった。




 それから一月後の万延元(一八六〇)年八月二十八日。
 晋作は父の小忠太から帰省するよう促した文が矢のように何通も届いたこともあり、江戸を後にして萩へ戻ることとなった。
 だが何も得る事なく萩に戻ることを良しとしなかった晋作は関東・北陸を巡歴して、諸国の剣術道場で己の剣術を磨きながらまだ見ぬ賢人達に会って、見識を深めた上で萩に帰ることを決意し、その報告を小塚原で眠る師・寅次郎の墓前の前で行うことにした。
「まっこと情けないのう」
 寅次郎の墓の前で晋作が合掌しながら一人呟く。
「航海術を会得することも、撃剣・文学修行することもできんまま江戸を離れねばならんようになるとは。家の者達にもお殿様にも顔向けできんっちゃ……」
 憂いに満ちた表情の晋作はやるせない思いで一杯だ。
「じゃけぇ諸国の腕の立つ剣客達と交わって剣術を磨き、隠れた賢人達に会うて見識を深めることで藩命を果たせなかった罪滅ぼしをしたく考えとります。先生、こねぇ駄目な弟子ではありますが、どうかわしのことを見守ってくれんかのう……」
 晋作がいつになく弱気になっていると、後ろから三人組の侍が近づいてきた。
「そねぇ卑屈になっとっては先生も浮かばれんじゃろうのう」
 三人組の侍のうちの一人が言った。
「久坂! それに桂さんと亀までおるんか!」
 自身の後ろに久坂と桂、従兄弟の南亀五郎が立っているのを確認した晋作は大層驚いている。
「おめぇが今日江戸を旅立つと平右衛門殿から聞いてな、見送りに参ったのじゃ」
 桂がにっこり笑っている。
「桂さん、有備館では……」
「何も言うな、晋作。わしは気にしとらんけぇ、しっかり剣術修行に励みんさい」
 気まずそうにしている晋作に対して桂が優しく言った。
「せっかく晋作の剣術稽古の相手を務めるのに慣れてきたっちゅうのに、まっこと寂しいのう」
 亀五郎が残念そうにしている。
「はは、またそのうちできるじゃろ。ま、次会うときは今以上に力量差が生じとるかもしれんが」
 晋作が冗談ぽく言うと、亀五郎は何とも言えない表情で、
「そうかもしれんの……」
 と呟いた。
「道中体には気を付けてな、晋作」
 久坂が労いの言葉をかける。
「ありがとの、久坂」
 



 その後晋作はこの友人達と千住宿まで行ってそこで別れ、常州方面へと旅立っていった。
 
 
 
 
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