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第12章 師の最期
8 寅次郎の審判
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晋作が荷造りをしていたころ、評定所にて井伊掃部守達が、寅次郎の裁きをどうするかについて話し合っていた。
「やはり吉田寅次郎も死罪にするのが妥当かと存じまする!」
町奉行の石谷因幡守穆清が寅次郎の処刑を主張する。
「間部様の誅殺を企んだ者などを生かしておいては、後々幕府の災いになることは火を見るよりも明らか! 橋本左内や頼三樹三郎、飯泉喜内らと同じように伝馬獄にて斬首するのが理に敵うておりまする!」
石谷は何としてでも寅次郎の首を刎ねなければ気が済まないようだ。
「いくら間部様の誅殺を企てたからと言って、寅次郎を斬首するのは余りにも苛烈過ぎるのではござりませぬか?」
勘定奉行の池田播磨守頼方が石谷に対して異を唱えると、石谷はむっとした表情になる。
「御定書から申し上げましても、寅次郎は八丈島辺りに遠島するのが妥当であると存じます。それに九月五日及び十月五日の尋問における寅次郎の立ち振る舞いを見る限りでは、奴が本気で幕府に弓を引くつもりだったかどうかさえも疑わしく存じます。確かに間部様の誅殺を企てたことは許されざることではござりまするが、それも国を憂うるが故の暴走、心情的にもここは武士の情けで遠島にするのが肝要ではないでしょうか」
池田播磨守はあくまでも寅次郎の処刑に反対するつもりのようだ。
「播磨の申すとおりじゃ。寅次郎が儂を亡き者にしようとしたのは私怨ではなく、あくまでも外夷に侵略されんとする国の将来を憂いてのこと、儂も寅次郎は遠島に処すのが妥当だと思う」
寅次郎の暗殺の標的になった老中の間部下総守も池田播磨守の意見に賛同する。
「そもそも橋本左内や頼三樹三郎、飯泉喜内等を死罪にすること自体儂は反対であった。どんなに重くても遠島か、あるいは重追放程度に留めておくべきであったと今でも思うておる……」
間部下総守が苦悶の表情を浮かべながら本音をこぼす。
「それは京で先頭きって、在野の志士共を一網打尽にされた方のお言葉とは到底思えませぬなあ、下総殿」
寺社奉行の松平伯耆守宗秀が間部に毒づく。
「貴方様は御公儀に歯向かった者を一人残らず仕置なさるつもりであったのではござりませぬか? それを今更変節してかような事を申されるとは誠に理解に苦しむ。それならば初めから、京に乗り込んで志士共の粛清などなさらなければよろしかったのではありませぬか?」
松平伯耆守に図星をつかれた間部はさらに苦しそうな表情になった。
「掃部守様は此度の一件について、如何なさるおつもりで御座いますか?」
ずっと沈黙している井伊掃部守に対して石谷因幡守が尋ねる。
「下総や播磨の申すとおり、確かに吉田寅次郎を死罪にするのはいささか無情な仕打ちであるな」
因幡守の問いに対して井伊掃部守が厳格な表情で答えた。
「じゃが今この日本国はエゲレスやフランス、オロシアなどの外夷に狙われて、未曾有の危機に瀕しておるのじゃぞ。奴らからこの国を守りきらねばならぬという時に、国の要である幕府が攘夷浪士や公卿共にいいように振り回されていては、外夷に攻め込まれるよりも前に内から国が崩壊し、かつての戦国乱世の時代に逆戻りすることになるのは自明の理じゃ。そうなればこの国を外夷から守る手立てが完全になくなり、日本国が印度や清国の二の舞になるであろうことは申すまでもない。そのような事態になることを防ぐためには、例えどれだけ憎まれようとも、どれだけ血を流そうとも、幕政を乱す輩は一人残らず極刑に処して断固たる決意を示さなければならぬ。それが幕府の大老であるこの井伊掃部守の務めなのじゃ」
掃部守が自身の並々ならぬ覚悟のほどを語ると、他の面々はみな俯いて誰も何も言わなくなった。
井伊掃部守が吉田寅次郎を死罪にすることを正式に決定したのは、この話し合いから十日ほど後のことであった。
「やはり吉田寅次郎も死罪にするのが妥当かと存じまする!」
町奉行の石谷因幡守穆清が寅次郎の処刑を主張する。
「間部様の誅殺を企んだ者などを生かしておいては、後々幕府の災いになることは火を見るよりも明らか! 橋本左内や頼三樹三郎、飯泉喜内らと同じように伝馬獄にて斬首するのが理に敵うておりまする!」
石谷は何としてでも寅次郎の首を刎ねなければ気が済まないようだ。
「いくら間部様の誅殺を企てたからと言って、寅次郎を斬首するのは余りにも苛烈過ぎるのではござりませぬか?」
勘定奉行の池田播磨守頼方が石谷に対して異を唱えると、石谷はむっとした表情になる。
「御定書から申し上げましても、寅次郎は八丈島辺りに遠島するのが妥当であると存じます。それに九月五日及び十月五日の尋問における寅次郎の立ち振る舞いを見る限りでは、奴が本気で幕府に弓を引くつもりだったかどうかさえも疑わしく存じます。確かに間部様の誅殺を企てたことは許されざることではござりまするが、それも国を憂うるが故の暴走、心情的にもここは武士の情けで遠島にするのが肝要ではないでしょうか」
池田播磨守はあくまでも寅次郎の処刑に反対するつもりのようだ。
「播磨の申すとおりじゃ。寅次郎が儂を亡き者にしようとしたのは私怨ではなく、あくまでも外夷に侵略されんとする国の将来を憂いてのこと、儂も寅次郎は遠島に処すのが妥当だと思う」
寅次郎の暗殺の標的になった老中の間部下総守も池田播磨守の意見に賛同する。
「そもそも橋本左内や頼三樹三郎、飯泉喜内等を死罪にすること自体儂は反対であった。どんなに重くても遠島か、あるいは重追放程度に留めておくべきであったと今でも思うておる……」
間部下総守が苦悶の表情を浮かべながら本音をこぼす。
「それは京で先頭きって、在野の志士共を一網打尽にされた方のお言葉とは到底思えませぬなあ、下総殿」
寺社奉行の松平伯耆守宗秀が間部に毒づく。
「貴方様は御公儀に歯向かった者を一人残らず仕置なさるつもりであったのではござりませぬか? それを今更変節してかような事を申されるとは誠に理解に苦しむ。それならば初めから、京に乗り込んで志士共の粛清などなさらなければよろしかったのではありませぬか?」
松平伯耆守に図星をつかれた間部はさらに苦しそうな表情になった。
「掃部守様は此度の一件について、如何なさるおつもりで御座いますか?」
ずっと沈黙している井伊掃部守に対して石谷因幡守が尋ねる。
「下総や播磨の申すとおり、確かに吉田寅次郎を死罪にするのはいささか無情な仕打ちであるな」
因幡守の問いに対して井伊掃部守が厳格な表情で答えた。
「じゃが今この日本国はエゲレスやフランス、オロシアなどの外夷に狙われて、未曾有の危機に瀕しておるのじゃぞ。奴らからこの国を守りきらねばならぬという時に、国の要である幕府が攘夷浪士や公卿共にいいように振り回されていては、外夷に攻め込まれるよりも前に内から国が崩壊し、かつての戦国乱世の時代に逆戻りすることになるのは自明の理じゃ。そうなればこの国を外夷から守る手立てが完全になくなり、日本国が印度や清国の二の舞になるであろうことは申すまでもない。そのような事態になることを防ぐためには、例えどれだけ憎まれようとも、どれだけ血を流そうとも、幕政を乱す輩は一人残らず極刑に処して断固たる決意を示さなければならぬ。それが幕府の大老であるこの井伊掃部守の務めなのじゃ」
掃部守が自身の並々ならぬ覚悟のほどを語ると、他の面々はみな俯いて誰も何も言わなくなった。
井伊掃部守が吉田寅次郎を死罪にすることを正式に決定したのは、この話し合いから十日ほど後のことであった。
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