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第12章 師の最期

2 伝馬町牢屋敷

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 伝馬獄の西奥揚屋に入れられた寅次郎は、晋作の他に飯田正伯や尾寺新之丞などの塾生達からも、獄卒の金六を通じて金子を用立ててもらったお陰で、牢内においてそれ相応の地位を得ることに成功していた。
 寅次郎が入れられた西奥揚屋は、主に御家人や大名の家臣、医師、僧侶などが収容されていた牢であり、町人や無宿人が収容されていた西大牢や西二間牢に比べると幾分か治安がよかったが、それでも牢名主を頂点に据えた厳しい自治制度があったため、彼らに目を付けられないようにするためにも金子を差し出さなくてはならなかった。
 この日、寅次郎は金子とともに届いた晋作からの文を読んでいた。
「昌平坂での学問儒学ばかりにて時勢に触れず頗る退屈にて候。人生夢の如し、このまま腐儒を学び続けて何の甲斐があり候や。私の心は糸の如くに乱れ、日々男子の死すべきところは如何、また何をすれば可ならんかを考えおり候。もし答え御座候わば、是非ご教授頂きたく候」
 寅次郎は文の内容を半分近く読むと、一度文を畳の上に置いて息をつく。
「高杉君も大分思いつめちょるようじゃ。僕も野山獄に再獄された時からずっと死について考えとったが、そねー簡単に答えがでるものではないけぇ、まっこと返答に困る」
 寅次郎は頭を抱えながら独り言を呟くと文を手に取って続きを読み始める。
「また私天朝に忠節、幕府を助けなされ候事が国是建つ本源と存じ候得共、御国の勢にては、かくの如く出来かね、日々我が藩の行く末、及び国是建つるための策を苦慮致し候。もし先生に良策あらば、是非お教え頂きたく候」
 寅次郎が文の続きをぶつぶつ言いながら読んでいると、牢役人の一人が寅次郎の元にやってきた。
「囚人の身の上でありながら悩みごとの相談をされるとは随分な慕われようですな、寅次郎殿」
 牢役人の田島伝左衛門が嫌味たっぷりに言った。他の牢役人達もにやにや笑いながら寅次郎と田島の事を見ている。
「これは田島様。何かお気に障ることでも?」
 寅次郎は微笑みながら田島の嫌味を受け流した。
「別に気に障る事などない。ただご老中を亡き者にしようとした奴が一体どのような返事をするのか、いささか気になってな」
 寅次郎に絡む田島は意地汚い笑みを浮かべている。
「田島様が期待されちょるようなことは何もございませんよ。ただありきたりなことを書いて送るつもりでございます。それ以上も以下もございませぬ」
 寅次郎は毅然とした態度で田島に応対した。
「貴様、新入りの分際で牢役人たるこの俺に楯突く気か!」
 寅次郎の態度が気に入らなかった田島が激高する。
「楯突くつもりなど毛頭ございませぬ。僕はただありのままを申し上げただけであります」
 寅次郎がきっぱりと言い切った。
「ちっ、口の減らない奴じゃ。まあよい。せいぜいつまらぬ文でも書いておれ。ご老中暗殺を企んだ貴様は近いうちに必ず首を斬られる。貴様の行く末に待っておるのは破滅だけじゃ」
 田島は吐き捨てるように言うと主である牢名主の沼崎吉五郎の元へ去っていったので、寅次郎は文を再び読み始めた。
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