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第9章 老中暗殺計画
8 再獄される寅次郎
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周布達が萩城で寅次郎の事を話し合っていたころ、当の本人の寅次郎は間部暗殺計画を着々と進めていた。
藩政府に貸し付けを依頼した大砲や弾薬の他、門下生の佐世八十郎に小銃弾の購入を別途相談したり、また友人である土屋矢之助に軍資金百両の調達を頼んだりと、大規模な武装蜂起に向かってまっしぐらに突き進んでいった。
この日寅次郎は軍資金集めのために、塾舎にあった無用の家財道具を掻き集めて、それらを売り払おうとしていた。
「寅次郎、今度は一体何をしちょるんじゃ?」
寅次郎が塾舎から鍋や釜、まな板などを持ち出しているのを見て驚いた梅太郎が、妹の文とともに寅次郎の側に駆け寄ってくる。
「なに、不要になった家財道具を整理しちょるだけですよ、兄上。この鍋も釜も塾にはもういらぬものじゃけぇ、とっとと売り払って塾舎内をきれいにしようと……」
「その鍋も釜も、お前や塾舎で寄宿しちょる塾生達のために儂等が金を出して買ったものじゃぞ! それを不要などとゆうて売り払おうとするとは何事じゃ!」
寅次郎の言い分に対して梅太郎が激怒した。
「兄上の申すとおりですよ! それらの家財道具は寅にぃだけのものではないっちゃ! 塾生達みんなのものっちゃ!」
文も梅太郎同様憤慨している。
「兄上達が何と申そうと、僕はこれらの家財道具を売り払うつもりであります! これらの道具を売り払うことは大事を成すための第一歩なのであります!」
寅次郎は頑なに家財道具を売り払うことを主張した。
「大事とは何じゃ? 松本川の河原で塾生達とともに地雷火の製作に勤しむことか?」
梅太郎の怒りは益々膨れ上がっていく。
「そうではございませぬ。兄上に隠しても仕方がないので正直に申し上げますが、これは全て老中の間部下総守を討ち取るための金子調達のためなのであります。井伊の赤鬼の手先となって、この神州を誤った方向へ導こうとしちょる俗物を討って、尊王攘夷の実を成し遂げるためなのであります。そのためには莫大な金子と銃、大砲、弾薬、兵糧等が必要となるけぇ、こねーにしてかき集めちょるのであります」
寅次郎が澄ました顔で事情を全て説明すると、衝撃のあまり梅太郎も文も言葉を失って黙り込んでしまった。
しばらくの間重い空気が漂っていたが、梅太郎が遂に口を開き、
「寅次郎の破天荒ぶりにはいろいろ困らされてきたが、まさかご老中の襲撃を企てるまでに至るとはな……」
と頭を抱え嘆き始めた。
「お前は何故そねー生き急ぐんじゃ? 何故そねー自身の死を招くようなことばかりするんじゃ? お前が何かしでかせば、それはお前だけの問題だけで済まぬことは黒船密航のときによう理解したはずじゃろう。お前も儂等も運よく今こうして生きちょるが、本来ならあの時にお家取り潰しとなって、皆野垂れ死にしちょってもおかしくはなかったんじゃぞ」
失望のあまり、梅太郎はぽろぽろと涙を流し始める。
「もし僕が杉家の災いとなるのであれば、勘当でも何でもしてもらって構いませぬので、もうこれ以上口出しをしないで頂きたい。誰に何をゆわれようとも、僕は僕の志を貫き通しまする。間部を討つと決めたその時から、僕は命を捨てちょるけぇ、今更何を恐れることがありましょうや」
泣いている兄を余所に寅次郎はいたって冷静に自身の覚悟を述べた。
この会話から数日後、寅次郎は藩の命により野山獄に再獄されることが決定したが、これで寅次郎の暴走が止まることは決してなかった。
藩政府に貸し付けを依頼した大砲や弾薬の他、門下生の佐世八十郎に小銃弾の購入を別途相談したり、また友人である土屋矢之助に軍資金百両の調達を頼んだりと、大規模な武装蜂起に向かってまっしぐらに突き進んでいった。
この日寅次郎は軍資金集めのために、塾舎にあった無用の家財道具を掻き集めて、それらを売り払おうとしていた。
「寅次郎、今度は一体何をしちょるんじゃ?」
寅次郎が塾舎から鍋や釜、まな板などを持ち出しているのを見て驚いた梅太郎が、妹の文とともに寅次郎の側に駆け寄ってくる。
「なに、不要になった家財道具を整理しちょるだけですよ、兄上。この鍋も釜も塾にはもういらぬものじゃけぇ、とっとと売り払って塾舎内をきれいにしようと……」
「その鍋も釜も、お前や塾舎で寄宿しちょる塾生達のために儂等が金を出して買ったものじゃぞ! それを不要などとゆうて売り払おうとするとは何事じゃ!」
寅次郎の言い分に対して梅太郎が激怒した。
「兄上の申すとおりですよ! それらの家財道具は寅にぃだけのものではないっちゃ! 塾生達みんなのものっちゃ!」
文も梅太郎同様憤慨している。
「兄上達が何と申そうと、僕はこれらの家財道具を売り払うつもりであります! これらの道具を売り払うことは大事を成すための第一歩なのであります!」
寅次郎は頑なに家財道具を売り払うことを主張した。
「大事とは何じゃ? 松本川の河原で塾生達とともに地雷火の製作に勤しむことか?」
梅太郎の怒りは益々膨れ上がっていく。
「そうではございませぬ。兄上に隠しても仕方がないので正直に申し上げますが、これは全て老中の間部下総守を討ち取るための金子調達のためなのであります。井伊の赤鬼の手先となって、この神州を誤った方向へ導こうとしちょる俗物を討って、尊王攘夷の実を成し遂げるためなのであります。そのためには莫大な金子と銃、大砲、弾薬、兵糧等が必要となるけぇ、こねーにしてかき集めちょるのであります」
寅次郎が澄ました顔で事情を全て説明すると、衝撃のあまり梅太郎も文も言葉を失って黙り込んでしまった。
しばらくの間重い空気が漂っていたが、梅太郎が遂に口を開き、
「寅次郎の破天荒ぶりにはいろいろ困らされてきたが、まさかご老中の襲撃を企てるまでに至るとはな……」
と頭を抱え嘆き始めた。
「お前は何故そねー生き急ぐんじゃ? 何故そねー自身の死を招くようなことばかりするんじゃ? お前が何かしでかせば、それはお前だけの問題だけで済まぬことは黒船密航のときによう理解したはずじゃろう。お前も儂等も運よく今こうして生きちょるが、本来ならあの時にお家取り潰しとなって、皆野垂れ死にしちょってもおかしくはなかったんじゃぞ」
失望のあまり、梅太郎はぽろぽろと涙を流し始める。
「もし僕が杉家の災いとなるのであれば、勘当でも何でもしてもらって構いませぬので、もうこれ以上口出しをしないで頂きたい。誰に何をゆわれようとも、僕は僕の志を貫き通しまする。間部を討つと決めたその時から、僕は命を捨てちょるけぇ、今更何を恐れることがありましょうや」
泣いている兄を余所に寅次郎はいたって冷静に自身の覚悟を述べた。
この会話から数日後、寅次郎は藩の命により野山獄に再獄されることが決定したが、これで寅次郎の暴走が止まることは決してなかった。
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