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第9章 老中暗殺計画

5 孤立する晋作

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 京で志士達の弾圧が行われていたころ、無事江戸についた晋作は桜田にあった長州藩邸の西長屋にて日々を過ごしていた。
 晋作は当初すぐにでも昌平坂学問所に入所する予定であったが、空きがなかったため止む無く日本橋にあった大橋訥庵の塾に入塾するも、僅か二月余りで退塾してしまい、今は同じ村塾生である中谷正亮と西長屋で同居生活をしていた。
 この日晋作の住む長屋に中谷や桂小五郎、そして京から江戸に戻ってきた久坂などが集まって水戸に下った密勅のことで話し合っていた。
「井伊の赤鬼と間部の青鬼が水戸に下った密勅を塵の如くにしたけぇ、近いうちに水戸以外の諸侯に勅が下ることになるじゃろうのう!」
 晋作は井伊達への憤りは勿論の事、旧友たちと久しぶりに話すことができるうれしさもあってか、かなり興奮している。
「もし我が殿に勅が下ったならば、他の諸侯に勅を伝達した後に兵を率いて京へ上洛し、さらに江戸に下って勅をたてに江戸城へと乗り込み、幕府に使節をメリケンへ派遣させ、その使節に条約を破棄する旨を一方的に通達させるのが妥当じゃとわしは思うちょる。皆もそうは思わんか?」
 晋作は久坂達に対し自身の意見に同意するよう求めてきた。
「残念じゃが君の意見には同意できかねる」
 桂は厳しい表情で同意を示すことを拒否すると、
「仮に我が殿に勅が下ったならば、それを利用して将軍を京に上洛させ、帝の前で条約破棄を誓わせる方が理にかなうとる。その後に藩政改革を断行し、西洋の兵法や銃陣を徹底的に浸透させ、外夷に匹敵する力を身に着けることこそ、真の攘夷へとつながるんじゃ。晋作、今の君の意見は鎖国論であり、この国を誤った方向に導きかねん考えじゃ。もしそれでメリケンと戦にでもなったらどねーするつもりなんじゃ?」
 と自身の考えを述べながら晋作の意見を非難した。
「戦はわしの望むところであります! いんや、むしろメリケンと全面的に戦をしなければ、この国を蝕もうとしちょる外夷を阻むことはできんとさえ思うちょります! 一滴の血も流さずにこの神州を守ろうなど、所詮絵空事でしかないのであります!」
 晋作はあくまでも自身の意見を貫き通す姿勢を見せる。
「それにわしは鎖国を望んでいるわけではござりませぬ! 今の幕府のように異人共の言いなりになって交易を開始すると、外患のない時には士風は衰え、兵は弱体化して人心も怠惰となり、終いには異人共から辱めを受けるのではないかとただ恐れているだけであります! また巷で流行っているコロリも、元を正せば異人共が持ち込んだものとゆうではありませんか! じゃけぇさっさと体たらくな幕府を見限って、天朝のために我が藩の国是を定めるのが寛容じゃと思うのであります!」
 大井川を越えたあと、半蔵からコロリが広まった理由について聞かされていた晋作は、異人達への敵対心をますます強めていたため、素直に桂の意見に耳を傾けることができずにいた。
「高杉、おめぇがゆうちょることはただの妄想、たわごとに過ぎん。西洋の兵法や銃陣をまともに扱えん今の状態で異人共に戦を挑んでも、勝ち目など万に一つもありはせぬ。じゃけぇ今為すべきことは西洋の兵法や銃陣を学ぶことが第一なのじゃ」
 中谷も桂同様晋作を厳しく批判する。
「中谷さんのゆうちょる通りじゃ。今は西洋の技術や言語を習得することを最優先すべきであり、徒に過激な思想に走るのはよくない。晋作もこれを機に西洋の兵法や銃陣を本格的に学び始めたらどうじゃ?」
 最近村田蔵六(後の大村益次郎)の元で西洋学を学び始めた久坂も、桂や中谷と同じ考えであったため、晋作に翻意を促した。
「誰が何と言おうがわしは自身の考えを曲げるつもりはありませぬ! もし今わしの話を聴いちょったのが桂さん達ではなく先生じゃったら、きっとわしに賛同してくれたじゃろうのう! これから用事があるけぇ、わしはこれにて失礼致しまする!」
 晋作は誰からも賛同を得られなかったためか、心底不満そうな様子で長屋を出て行った。
 
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