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第7章 晋作と玄瑞

7 久坂の決断

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 村塾の夜の講義が終わって晋作達が塾舎から帰ったあと、久坂は一人塾舎に居残って寅次郎と話をしていた。
「縁談の件について考えてくれたかのう? 久坂君」
 寅次郎はいつもの穏やかな口調で問いかけたが、どこか不安を隠しきれずにいる。
「はい、考えました。先生」
「して答えは?」
 寅次郎はじっと久坂の顔を見つめた。
「……私でよければ、ぜひ先生の義弟にして下さい!」
 しばらく沈黙の後にようやく覚悟を決めたのか、久坂が力強く返答する。
「それはよかった! 君が文の容姿のことをとやかくゆうて躊躇しちょると耳にしちょったけぇ、正直心配だったんじゃ。僕はもちろんのこと、父上も文も、君が杉家の親族になることを認めちょる。此度の君の決断、うれしく思うぞ」
 寅次郎は安堵したのか、笑いが止まらない。
「晋作に先程この縁談の件で説教されましての、それでやっと目が覚めました」
 久坂は気恥ずかしそうにしている。
「なるほど、あの高杉君が君に説教を。これはある意味、僕が理想とする形に整いつつあるっちゅうことかもしれんな」
 寅次郎は感心感心といってうなづく。
「それは一体どねーなことなのでしょうか?」
 久坂は不思議そうな顔をしている。
「君と高杉君がお互いに切磋琢磨して成長してゆく形が整ってきたっちゅうことじゃ。そもそも僕が初めて高杉君に出会うたときに君にも勝てんとゆうたり、事あるごとに高杉君と君を比較したりしたんは、高杉君に君を意識してもらいたかったからなんじゃ。君を意識して高杉君が学問に励めば励むほど、高杉君の識はますます磨かれてゆく。その高杉君の磨かれた識に君が触発されて、君もまたその才を伸ばしてゆく。そねーな循環を僕は作りたいと思うちょったんじゃ」
 寅次郎はいつになくうれしそうにしている。
「先生が私と晋作を競わせるようなことをせんでも、私は晋作のことを認めちょるし、先生と出会うずっと前から、私は晋作に追い付き追い越すことを目指して精進してきました。そしてそれはこれからも変わることは御座いませんよ」
 久坂はにっこり笑いながら言った。
「そうか、それは余計なことをしてしまったのう。君達二人はこの松下村塾が誇る双璧じゃけぇ、これからもよろしく頼むぞ」
 寅次郎は上機嫌な様子で久坂の肩をぽんとたたいた。





 一月後の安政四年十二月。
 杉家において久坂は文と婚儀を執り行った。
 久坂と文の婚儀には、寅次郎や梅太郎、百合之助、瀧などの杉家の面々の他、玉木文之進やその息子の彦助などが参加した。
「村塾きっての俊才である久坂がわしの義弟になるとは、この世の中何が起こるか分らんのう」
 梅太郎が酒に酔った勢いで本音をこぼす。
「全くじゃ。久坂を義理の息子として迎えられるとは、長生きした甲斐があったのう」
 百合之助が感慨深そうにしている。その横で文の母の滝がうんうんと頷いていた。
「お文、お前は久坂君の妻としてはまだまだ未熟じゃ。未熟じゃがお前の心持次第で、久坂君の妻に相応しい女子になれる可能性はまだ残っちょる。じゃけぇ自ら励み、自ら勤めねばいけんことを決して忘れるな」
 寅次郎が厳しい口調で文にゆうと、文は緊張しながら「かしこまりました兄上」とだけ言った。
「お前の名前は、文之進叔父上の文の一字をとって付けられた名じゃけぇ、その名に恥じぬよう、読書をして大義に通じるようにならねばいけんぞ。」
 寅次郎が続けて文に戒めの言葉を与えると、文は無言でこくりと頷く。
「そねーご心配なさらずとも、お文は必ず立派な婦女になりますよ、義兄上。お文もあまりかたくならんでええ、せっかく祝言をあげちょるんじゃけぇ、もっと柔らかくせい」
 久坂はうれしそうに笑っている。
 こうして寅次郎と寅次郎の一番弟子たる久坂玄瑞は晴れて義兄弟となったのだった。

 
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