幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち

KASPIAN

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第7章 晋作と玄瑞

2 憤る門下生

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  村塾での討論を終えた帰り道、晋作と利助は松本川の河原に寄り道をしていた。
「ああ! まっことおもしろくないのう!」
  寅次郎に自身を否定されて機嫌の悪い晋作が吐き捨てるようにして言った。
「そねーにわしのことが気に食わんのであればこちらから村塾など辞めてやるわ! 何かっちゅうといちいち久坂を引き合いに出しおって、まっこと忌々しい!」
  晋作は怒りのあまり近くにあった小石を拾って川に投げ始める。
「やはり腑に落ちんのう……」
 利助が不思議そうな顔をしながら呟く。
「腑に落ちん? 何が腑に落ちんのじゃ?」
 利助の呟きを聞いた晋作が小石を投げながら問い質す。
「先生は、例えどねー取るに足らぬものであっても分かりやすく学問を教え、怒ることも貶すこともせんと栄太から聞いちょったから、わしにはどねーにしても今日の先生の言動が腑に落ちんのです。一体なぜ先生は、高杉さんにあねーな態度を取ったのじゃろうかのう?」
 利助が晋作の質問に答えると、晋作は少し落ち着きを取り戻したのか、川に石を投げるのを止めた。
「おーい! そこにおるのは晋作と利助かのう?」
 晋作達の後ろから何やら声が聞こえてきた。利助が声の主を確かめるべく振り向くと、塾生の一人である吉田栄太郎が走りながらこちらに近づいてくるのが確認できた。
「おお! 栄太か! お殿様の駕籠に従って江戸に行ったのではなかったんか?」        
 利助が驚いた様子で栄太郎に尋ねる。
「江戸へ出立するのは明後日じゃ! 今日は江戸へ行くための金子の調達をしちょんたんじゃ!」
  栄太郎はまた江戸に行くことができて嬉しそうな様子だ。
「ところで晋作は何やら不機嫌そうじゃが、何かあったんか?」
 晋作の様子に気づいた栄太郎が尋ねる。
「何があったもない! 寅次郎め! 皆の前でこのわしを馬鹿にしおった! 仮にも毛利家譜代の家柄であるこのわしをだ! 許せん! 絶対に許せん!」
   晋作は寅次郎から受けた屈辱をまた思い出したのか、怒りで地団駄を踏み始めた。
「そねー頭に血を上げるな、晋作。どねーにしても先生に認めてもらいたければ、学問に打ち込むほかないじゃろう。松下村塾は学問を学ぶ場である以上、学問こそ全てなのじゃから」 
   栄太郎が晋作を宥めたが、とうの晋作はどこか煩わしそうにしている。
「学問に打ち込めと? わしはこれまで剣術や弓術などの武芸にばかり励んで、学問を疎かにしてきた男じゃぞ! 今更学問に励んたとて、結果は知れてるわ! それにこの村塾に入塾したのじゃって、久坂にすら勝てんと申す寅次郎の真意が一体何なのかを知るためであり、別に学問を学びたかったわけじゃないけぇのう」 
  晋作が栄太郎の助言を頭から否定した。
「なればこそじゃ! なればこそ学問に打ち込むべきなのじゃ! 先生はおめぇが武芸ばかりに打ち込んで、学問を疎かにしちょるのを見かねて、敢えてきつく当たっちょるに違いない。きっと先生の真意もそこにあるはずじゃ!」
 栄太郎は諦めることなく必死になって晋作を説得しようとする。
「それに晋作は本当にこのままでええと思うちょるのか? 先生に久坂よりも劣ると言われっぱなしのままで悔しくないんか? 先生のことを見返してやりたいとは思わんのか?」 
 栄太郎が畳みかけるようにして言うと、晋作はしぶしぶながらも納得して、
「分かった。おめぇがそこまでゆうなら学問にも打ち込もう。このまま久坂よりも劣っちょると思われたままではわしの体面にも関わるし、何よりこれで寅次郎の鼻を明かせるのなら本懐を遂げられるとゆうものじゃ」
 と言って一人河原を後にした。

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