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第5章 松陰と玄瑞
4 久坂の反論
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さらにまた数日が経過した頃、久坂から寅次郎宛に文の返事が届いた。
「また例の久坂殿から文が届きましたよ、兄上」
妹が久坂の文を持って寅次郎の部屋に入ってきた。
「おお! 待ちわびたぞ! 一体どねーな事が書かれちょるのか楽しみじゃのう!」
寅次郎は目を輝かせながら妹から文を受け取ると、早速封を開けて中身を読み始める。
「ん? なになに? 貴方は国勢を論じるのであれば、神宮皇后や豊臣秀吉を手本とすべきであり、北条時宗など手本にならないと仰られるが、『我一歩退かば彼一歩進む』っちゅう古人の言の如く、メリケンやオロシアの勢いが一歩進んで、それとは逆に我が国の勢いが一歩後退している現状においては、どねーにしても北条時宗しか手本になる人物がおらんのではないか……ふむふむ、やはり僕の期待通り、久坂君は反発してきたか!喜ばしい限りじゃ。では続きを読むとしよう」
寅次郎はうれしそうに言うと再び文を読みだした。
「そもそも神宮や秀吉が万里の荒波を乗り越えて、海外で功績を立てることができたんは、ひとえに国の守りを磐石にした上で海外へ攻め入ったからであり、メリケンやオロシアの勢力が朝鮮とは比べ物にならないくらい強く、また威光が縮みすぎてかつての神宮の様に威光を振わすことも、力が阻まれ過ぎてかつての秀吉の様に力を伸ばすこともできない今の世においては、海外に出兵するなど夢のまた夢じゃ。それに我が国の銃砲は範囲が数里に及ぶ外夷の銃砲には及ばず、軍船も城郭の様な堅固さを誇る外夷のものには遠く及ばんのじゃけぇ、神宮や秀吉の時代と今の時代を同じように考えるべきではない。そうなるとやはり手本とできるのは北条時宗しかおらず、彼の様に使者を切り捨てて戦への覚悟を固め、身支度を万全にした上で外夷と一戦を交えてこれを撃退すれば、縮んだ威光は振い、阻まれた力も必ず伸びるとゆうものじゃ。この方策が国の守りを磐石にし、外夷を後退させ、そのまま逆に我らが歩を進めることへと繋がり、最終的には神宮や秀吉のように、海外で功績を立てられるようになるとゆうても過言ではないのじゃ」
寅次郎はすっかり久坂の文を読むことに夢中になっていたのか、この時、妹が一度部屋から退出し、お盆にお茶を載せて再び部屋に入ってきたことに全く気が付いていないようだった。
「それに貴方はメリケンの使節を斬るならば癸丑の黒船騒ぎの時に行うべきであり、甲寅の黒船再来時では遅い、丙辰の今では問題にならないくらい遅いとも仰りましたが、『兎を見て犬を顧みても未だ遅からず』や『羊を失いて牢を補いても未だ遅からず』の言も御座います。なのになして遅いなどとゆうことがございましょうや。今メリケンの使者を斬らねば、威光は益々縮み、力も益々阻まれ、遂には外夷の悪習に染まるのみじゃ。全く一指の寒がその手足に及ぶまで気に留めず、また手足の寒がその四体に及ぶまで気に留めずとは正に今の状況を現した言であり、外夷の悪習がこの神州を蝕む前に使者を斬ることこそ、天下の大計と呼んで差し支えないのじゃ。また医者の分際で天下の大計を論ずるのは確かに烏滸がましい事と心得ておりますが、それでも私の心の内の憤激を抑えることができず、今回紙に書かせて頂いた次第で御座います。私は宮部殿から吉田寅次郎は豪傑の士とお聞きしておりましたが、まさかこねーな罵言妄言ばかりを書いた返事を寄越されるとは夢にも思うちょりませんでした。正直貴方が本当に豪傑の士なのかどうか、疑わしく思うちょります」
寅次郎は文を全て読み終えると、妹が自身の側に置いたお茶を飲んで一服する。
「これは僕が思うていた以上の逸材じゃのう! よし一旦時を置いたうえで、再度彼に文を書くことにしよう!」
寅次郎はこの上無くうれしそうな様子だ。
「また例の久坂殿から文が届きましたよ、兄上」
妹が久坂の文を持って寅次郎の部屋に入ってきた。
「おお! 待ちわびたぞ! 一体どねーな事が書かれちょるのか楽しみじゃのう!」
寅次郎は目を輝かせながら妹から文を受け取ると、早速封を開けて中身を読み始める。
「ん? なになに? 貴方は国勢を論じるのであれば、神宮皇后や豊臣秀吉を手本とすべきであり、北条時宗など手本にならないと仰られるが、『我一歩退かば彼一歩進む』っちゅう古人の言の如く、メリケンやオロシアの勢いが一歩進んで、それとは逆に我が国の勢いが一歩後退している現状においては、どねーにしても北条時宗しか手本になる人物がおらんのではないか……ふむふむ、やはり僕の期待通り、久坂君は反発してきたか!喜ばしい限りじゃ。では続きを読むとしよう」
寅次郎はうれしそうに言うと再び文を読みだした。
「そもそも神宮や秀吉が万里の荒波を乗り越えて、海外で功績を立てることができたんは、ひとえに国の守りを磐石にした上で海外へ攻め入ったからであり、メリケンやオロシアの勢力が朝鮮とは比べ物にならないくらい強く、また威光が縮みすぎてかつての神宮の様に威光を振わすことも、力が阻まれ過ぎてかつての秀吉の様に力を伸ばすこともできない今の世においては、海外に出兵するなど夢のまた夢じゃ。それに我が国の銃砲は範囲が数里に及ぶ外夷の銃砲には及ばず、軍船も城郭の様な堅固さを誇る外夷のものには遠く及ばんのじゃけぇ、神宮や秀吉の時代と今の時代を同じように考えるべきではない。そうなるとやはり手本とできるのは北条時宗しかおらず、彼の様に使者を切り捨てて戦への覚悟を固め、身支度を万全にした上で外夷と一戦を交えてこれを撃退すれば、縮んだ威光は振い、阻まれた力も必ず伸びるとゆうものじゃ。この方策が国の守りを磐石にし、外夷を後退させ、そのまま逆に我らが歩を進めることへと繋がり、最終的には神宮や秀吉のように、海外で功績を立てられるようになるとゆうても過言ではないのじゃ」
寅次郎はすっかり久坂の文を読むことに夢中になっていたのか、この時、妹が一度部屋から退出し、お盆にお茶を載せて再び部屋に入ってきたことに全く気が付いていないようだった。
「それに貴方はメリケンの使節を斬るならば癸丑の黒船騒ぎの時に行うべきであり、甲寅の黒船再来時では遅い、丙辰の今では問題にならないくらい遅いとも仰りましたが、『兎を見て犬を顧みても未だ遅からず』や『羊を失いて牢を補いても未だ遅からず』の言も御座います。なのになして遅いなどとゆうことがございましょうや。今メリケンの使者を斬らねば、威光は益々縮み、力も益々阻まれ、遂には外夷の悪習に染まるのみじゃ。全く一指の寒がその手足に及ぶまで気に留めず、また手足の寒がその四体に及ぶまで気に留めずとは正に今の状況を現した言であり、外夷の悪習がこの神州を蝕む前に使者を斬ることこそ、天下の大計と呼んで差し支えないのじゃ。また医者の分際で天下の大計を論ずるのは確かに烏滸がましい事と心得ておりますが、それでも私の心の内の憤激を抑えることができず、今回紙に書かせて頂いた次第で御座います。私は宮部殿から吉田寅次郎は豪傑の士とお聞きしておりましたが、まさかこねーな罵言妄言ばかりを書いた返事を寄越されるとは夢にも思うちょりませんでした。正直貴方が本当に豪傑の士なのかどうか、疑わしく思うちょります」
寅次郎は文を全て読み終えると、妹が自身の側に置いたお茶を飲んで一服する。
「これは僕が思うていた以上の逸材じゃのう! よし一旦時を置いたうえで、再度彼に文を書くことにしよう!」
寅次郎はこの上無くうれしそうな様子だ。
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