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第3章 松陰密航
5 いざ横浜へ
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翌日の暁七つ(午前四時)ごろ、寅次郎は寄宿先で日本橋桶町にある蒼龍軒塾の塾主・鳥山新三郎に別れを告げ密航の旅へと出た。
徳川将軍家の菩提寺である増上寺を過ぎて赤羽根橋まで進むと、橋のたもとに金子重輔が待ちくたびれた様子でたたずんでいた。
金子は長州藩の麻布屋敷に勤めている足軽の青年であり、寅次郎と同じ蒼龍軒塾に通っていたために寅次郎の密航計画を知り、同行することを強く求めた結果、ついに寅次郎の同意をとりつけてこの赤羽橋で落ち合うこととなっていた。
「随分遅かったですね、先生」
金子が寅次郎に対して声をかけた。
「おお、すまんかったのう。金子君」
寅次郎が謝る。
「旧友達と別れの挨拶をしててな。じゃがそのお蔭で旅費に困ることはなさそうじゃ」
寅次郎は冗談ぽく言うと、革袋から大量の銀貨や銅銭をとり出して金子に見せた。
「これだけのお金を……さすが先生です。本当に徳の高い御方だ」
金子は感激したような様子で言う。
「はは、ありがとうの。それより準備の方はええか? 金子君」
寅次郎はにっこり笑いながら言った。
「もちろんです! では参りましょう」
金子は元気よく言うと橋を意気揚々と渡り始めた。
寅次郎達は東海道を歩いてその日のうちに保土ヶ谷宿まで行くと、そこから金沢道へと道をかえ、井土ヶ谷村を迂回し、暮六つ(午後六時)頃に横浜村に到着した。
横浜村には、ペリーと林大学頭の会談の舞台となった応接所の他、応接所を警備する目的で小倉藩と松代藩がそれぞれ陣営を構えていた。
寅次郎達は師の佐久間象山が松代藩の軍議役として横浜村に滞在していることを警備兵から聞きつけ、彼に頼るべく松代藩の陣営に足を運び象山と面会することとなった。
「御無沙汰しております、先生」
寅次郎が礼儀正しく象山に挨拶する。
「久しぶりじゃな、寅次郎。息災であったか?」
象山はうれしそうな様子で寅次郎に尋ねた。象山が最後に寅次郎に会ってからもう半年近くの月日が流れていた。
「息災です。長崎の密航は失敗に終わってしまいましたが」
寅次郎はばつが悪そうに言う。
「本日は先生に折り入って頼みたきことがあり、こちらに参りました」
「してその頼みたきこととは?」
「ペルリの黒船に密航する際に渡す予定の渡航趣意書の添削をして頂きたいのです」
寅次郎は懐から漢文の渡航趣意書をとり出す。
「寅次郎……やはり何が何でも密航するつもりなのじゃな?」
象山は神妙な面持ちだ。
「はい。長崎に旅立つ際に先生から送別の詩をもろうた時から、僕の覚悟は決まっちょります」
象山の質問に答えた寅次郎の表情からは強い覚悟が感じられた。
「……相分かった、ならば何もゆうまい。どれ儂がその趣意書を添削してやるからこちらに寄越せ」
しばらくの沈黙の後に、象山が添削することを決意して手を差し出すと、寅次郎はその手に渡航趣意書を預けた。
「儂が添削している間、お前達は村のどこかで体を休めておれ。今日はもう日も暮れておるゆえな」
象山は渡航趣意書を読みながら、寅次郎に休むよう促す。
「そねーな訳には参りませぬ。私は一刻も早くペルリの黒船に密航せねばなりませぬので」
寅次郎はそのまま陣営の前で待機していた金子を引き連れ、密航のための小舟を近隣の漁師から借りるべく海辺へと向かった。
徳川将軍家の菩提寺である増上寺を過ぎて赤羽根橋まで進むと、橋のたもとに金子重輔が待ちくたびれた様子でたたずんでいた。
金子は長州藩の麻布屋敷に勤めている足軽の青年であり、寅次郎と同じ蒼龍軒塾に通っていたために寅次郎の密航計画を知り、同行することを強く求めた結果、ついに寅次郎の同意をとりつけてこの赤羽橋で落ち合うこととなっていた。
「随分遅かったですね、先生」
金子が寅次郎に対して声をかけた。
「おお、すまんかったのう。金子君」
寅次郎が謝る。
「旧友達と別れの挨拶をしててな。じゃがそのお蔭で旅費に困ることはなさそうじゃ」
寅次郎は冗談ぽく言うと、革袋から大量の銀貨や銅銭をとり出して金子に見せた。
「これだけのお金を……さすが先生です。本当に徳の高い御方だ」
金子は感激したような様子で言う。
「はは、ありがとうの。それより準備の方はええか? 金子君」
寅次郎はにっこり笑いながら言った。
「もちろんです! では参りましょう」
金子は元気よく言うと橋を意気揚々と渡り始めた。
寅次郎達は東海道を歩いてその日のうちに保土ヶ谷宿まで行くと、そこから金沢道へと道をかえ、井土ヶ谷村を迂回し、暮六つ(午後六時)頃に横浜村に到着した。
横浜村には、ペリーと林大学頭の会談の舞台となった応接所の他、応接所を警備する目的で小倉藩と松代藩がそれぞれ陣営を構えていた。
寅次郎達は師の佐久間象山が松代藩の軍議役として横浜村に滞在していることを警備兵から聞きつけ、彼に頼るべく松代藩の陣営に足を運び象山と面会することとなった。
「御無沙汰しております、先生」
寅次郎が礼儀正しく象山に挨拶する。
「久しぶりじゃな、寅次郎。息災であったか?」
象山はうれしそうな様子で寅次郎に尋ねた。象山が最後に寅次郎に会ってからもう半年近くの月日が流れていた。
「息災です。長崎の密航は失敗に終わってしまいましたが」
寅次郎はばつが悪そうに言う。
「本日は先生に折り入って頼みたきことがあり、こちらに参りました」
「してその頼みたきこととは?」
「ペルリの黒船に密航する際に渡す予定の渡航趣意書の添削をして頂きたいのです」
寅次郎は懐から漢文の渡航趣意書をとり出す。
「寅次郎……やはり何が何でも密航するつもりなのじゃな?」
象山は神妙な面持ちだ。
「はい。長崎に旅立つ際に先生から送別の詩をもろうた時から、僕の覚悟は決まっちょります」
象山の質問に答えた寅次郎の表情からは強い覚悟が感じられた。
「……相分かった、ならば何もゆうまい。どれ儂がその趣意書を添削してやるからこちらに寄越せ」
しばらくの沈黙の後に、象山が添削することを決意して手を差し出すと、寅次郎はその手に渡航趣意書を預けた。
「儂が添削している間、お前達は村のどこかで体を休めておれ。今日はもう日も暮れておるゆえな」
象山は渡航趣意書を読みながら、寅次郎に休むよう促す。
「そねーな訳には参りませぬ。私は一刻も早くペルリの黒船に密航せねばなりませぬので」
寅次郎はそのまま陣営の前で待機していた金子を引き連れ、密航のための小舟を近隣の漁師から借りるべく海辺へと向かった。
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