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第2章 黒船来航

4 若党奉公

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 この頃、利助は家の諸事情で法光院を出て、大組で石高が一六〇石の浅川家に若党奉公をしていた。
 法光院の恵運住職の影響ですっかり学問に魅了されていた利助であったが、人使いの荒い浅川家に若党奉公をするようになってからはほとんど学問に時間を割く暇がなく、ただひたすらあごでこき使われる日々を送っていた。
 そんなある日、利助は浅川家の主人である清次郎の外出のお供をして、清次郎の親戚筋にあたる大組の松田家へと出かけた。
 主人の清次郎が松田家の当主である伝兵衛と談笑している間、利助は玄関の土間に控えるよう命じられ待機していたが、こっそり主人の目を盗んで土間の上に座り込み、指で字を書いて学問の習得に励んでいた。
「忠孝仁義の孝の書き順はまずは土を書いて、それからノを書いて……」
 利助は一人ぶつぶつ言いながら、懸命に孝という字を指で書いてはまた消してを繰り返している。
「そこで何をしちょる? 利助」
 伝兵衛との談笑を終え、屋敷に帰るべく玄関にやってきた清次郎は咎めるように言った。
「な、なにもしてはおりませぬ、旦那様……」
 字を書くのにすっかり夢中になっていた利助は、清次郎の声に驚いてしりもちをついた。
「また土間で字を書いちょったな。全くお前とゆう奴は!」 
 清次郎は呆れている。
「申し訳ありませぬ! 少しでも早う学問を身に付けたく、ついこねーな真似を……」 
 利助はばつの悪そうな顔をしながら主人の清次郎に対して謝罪した。
「相変わらず懲りん奴じゃのう、おめぇは。若党なら若党らしく、余計な事を考えずおとなしく土間で主人を待っちょればええんじゃ」
 清次郎はうんざりしたような口調で利助を叱りつけると、
「ほれ、わしはもう帰るけぇ、早う支度をせえ」
 と命じてきたので、この若党は草履を主人の目の前に素早く用意した。


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