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第三十一話 妹を想う兄姉
しおりを挟む「……………。」
「……………。」
いつもとは違う通学路。雫と和葉ちゃんを待たず、人気の少ない廃れた商店街を二人歩いている俺と三葉先輩は、先程置いてきたお互いの妹の事を頭で考えて、その事しか考えられない状況であった。
俺は不意に雫が泣いていた事を、先輩は和葉ちゃんの事ともしかすると雫の事も心配してくれているのかもしれない。
しかしそのどちらにせよ……、俺は雫の涙を見てしまった事で、気が気ではなかった。
そんな俺は自分でも信じられない程に雫の事が気になり、先程は了承してしまったが、今からでも二人の元に戻ろうか?と、そこまで頭の中で考えた所で……。
ぎゅっ……。
不意に、俺の手を握っていた先輩がその手に少しだけ力を入れて、驚いて振り向いた俺の事をじっと見つめてくる。
その瞳には俺を責めるような色はなく、どこまでも真っ直ぐに、ただ俺の事だけを見つめていて……、俺はその瞳に、失っていた冷静さを少しだけ取り戻す事が出来た。
今の俺達、二人の間には言葉は無かった。
しかし見つめ合う瞳、繋いだ手から伝わる二人分の鼓動と温もりが、見えない線のようなものを二人の間に繋いでくれているように感じられて……、言葉で伝える以上にお互いの気持ちを理解する事が出来た。
二人を信じよう。今の雫には和葉ちゃんがついているし、二人は大丈夫だと確かに先輩はそう言っているのだ。
そして先輩のそんな思いが、今も繋いだ指越しに温もりと共に伝わって来る。
「(そうだ……。和葉ちゃんが自分から任せてと言ってたんだ。本当にそう口にした訳ではないけど、しっかりとした目でちゃんと……。なのにそれを見ておきながら、俺が信じてあげないでどうする?
それに……、心配なのは先輩だって同じだ。こんなにも義理堅い、人の気持ちに寄り添う事の出来る先輩が、俺の妹の事を心配しない訳がないんだよな……。)」
改めて、言葉以上の想いが伝わる先輩の手の温もりのお陰で落ち着いた俺は、二人を心配しているのは何も自分だけではないという事に今更ながら気が付いた。
勿論、先輩も和葉ちゃんの事が心配だし、その後二人がどうなったのか分からないのも俺と同じ状況なのだ。
そして、そこまで頭で考えられたのなら、俺がするべき事は分かっている。
「ありがとうございます。先輩。俺が一人焦っていても仕方ないですよね……。今は和葉ちゃんと雫、二人の事を信じて、俺達は俺達がすべき事をしましょう。
まずは……、そうですね。そろそろ学校行きましょうか?このまま立ち止まっていては二人して遅刻してしまいますし。」
俺は改めて先輩の気遣いに感謝しつつ、まだ始業時間までそれなりに余裕はあるが、出来るだけ余裕を持って行こうと思って、再び止まっていた登校の歩みを進める。
すると、それを聞いた先輩は「そうですね。そろそろ行きましょうか。」と言って、ニコッとこちらに可愛いらしい微笑みを見せてくれるのだった……。
そうして、俺達が歩き始めてから少しして、二人のスマホがほぼ同時に着信音を響かせたので……、お互いに顔を見合わせ、その内容を同時に確認してみると……。
『こっちはもう大丈夫だよ。お兄ちゃん。ホント心配させてごめん……。ちゃんと今夜にでも説明するね?
それと、私は和葉ちゃんと途中まで一緒に登校するから、こっちの心配はしないでね?あっ!あと……、三葉さんには色々と心配掛けてごめんなさいって言っておいてね!お兄ちゃん!行ってきます!』
『こっちは無事元気になってくれたよ( ^∀^)
雫ちゃんとも仲良くなれたから、私今日は雫ちゃんと一緒に行くね(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
それと、お姉ちゃんから相太さんによろしく伝えておいて!じゃあ、行ってきます!』
と、どちらも大丈夫だったとの連絡が俺と先輩の二人同時に入ったのだった。
そして、雫の突然の和葉ちゃん呼びや意外にも可愛らしい絵文字を使っている和葉ちゃんのLINEなど、色々と気になる所はあるのだが、今の俺達兄、姉が言える事は一つだけ。
「「よかったぁぁ(です)……。」」
二人の無事を心底安堵する、安心から来る心の叫びが二人共から漏れ出るのであった。
そして二人同時に肩を撫で下ろし、安堵の声が漏れ出た事に対して、思わずお互いに顔を見合わせて笑い合う。
「「ぷっ!あははは!!」」
何だか二人可笑しくなり、周りの目も気にせずしばらく笑い合うのだった……。
・
・・
・・・
・・
・
「おい!あれ見ろよ!」
「あれ?って……、えぇ!?」
「えっ!あれって大岡さん!?その隣にいるのは……、え?」
「確かあの隣にいる男の方、つい先日1年の黛と別れたんじゃ?」
「でもあれは確かに大岡さん……。えぇ?これって一体どういう事なの?」
「わ、分からない……。何で手を?」
ざわざわ……。ざわざわ……。
俺と三葉先輩、二人喋りながらちょうど商店街の道を抜け、『第一高校』と『第一女学院』の共同校区、登校する生徒達が急に増えだした辺りで、俺達二人がとても注目され、ひそひそと噂されている事に気が付いた。
先輩との会話に集中し過ぎて、周りの様子など全然気付かなかった……。
俺は予想以上に周りからの注目を集めている事に戸惑い、少しだけ肩身の狭い思いを感じつつ、このまま登校するしかないと考えていた……、そんな俺に対して先輩は。
「えい!」「えっ!?せ、先輩……?」
突然そのような掛け声と共に、先輩が俺の腕にぴたりと抱きついてきて、居心地の悪かった気持ちがアッサリと霧散してしまう。
突然抱きついてきた事も謎なのだが……、どうしてこんな、もっと周りから目立つようになる真似を……?
現にそれを見た、主に男性陣の皆さんから、殺意にも似たとてつもない視線の数々を一身に受けているような気がする。
そして、俺が「どうしたんですか!?」と慌てて先輩の方を見ると、先輩は少しだけ頬を赤らめ、軽く目を逸らしながら答える。
「こ、これは……、そう!猫井さんに言われている『偽装交際』の一環です!私達は『第1女学院』の生徒さんから見た理想の彼氏彼女を演じないといけないんですから……。
こ、こうして、腕を組むのも当然の事で、これは仕方のない事なんです!そうなんです!
べ、別にこちらに気を引きたかったとか、そういう訳じゃないんです……。」
そして、ごにょごにょと言い訳じみた事を言っている先輩は、それを言い終わる頃には耳まで真っ赤になっていて……、控えめに言って可愛らし過ぎて困る……。
俺にだけ聞こえる程の小さな声、その照れた声が近過ぎるが故に俺だけ聞こえてしまったという事実が……、どうしようもなく恥ずかしくて、そして何よりも嬉しい。
今だけは俺がこの人の1番近くにいてその様子を見ていられる。
俺だけが今この人の1番近くでその声を聞き、一緒に会話をする事が出来る。
俺はその幸運を腕から伝わる先輩の温もりから実感し、それがとても掛け替えのないものであると改めて認識する事が出来た。
そして、照れて赤くなった顔を逸らしている先輩に、俺が取ろうとする行動は唯一つ。
「そう…ですね。これも仕方のない事ですよね?俺もその理想の彼氏彼女を演じるために、今だけは……、俺も理想の彼氏として先輩だけを見てる事にしますね?」
そう言うや否や、俺は先程先輩が組んだ腕を組みやすいように少しずらし、今だけは先輩の理想の彼氏だと自身に言い聞かせて、その言い訳に笑顔で応えるのだった。
そして、俺と先輩はそれまで以上に注目されたまま無事?学校に到着し、別々の階に分かれるその時まで、一緒に話をしながらそれぞれの教室に向かうのだった……。
あと俺が1年の階で先輩に別れを告げた際、名残惜しそうに手を離した先輩が「では……また相太くんに会いに行きます。」と耳元で囁き、俺の事をドキッとさせたのは……、俺だけの秘密にしておこう。
こうして、俺と先輩の間で始まった偽りの恋人関係は初めから多くの衝撃を与え、客観的な関係の変化は多くの葛藤と選択を周りにもたらすのであった……。
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