5 / 6
第一章 強制退場
強制退場4
しおりを挟む
「……はぁ?」
このカボチャは何を言っているのか、と眉間に皺を寄せた。
自分は交通事故にあった。そして転倒したバスの中で何も出来ないまま死んでしまった。だからここに来たのではないか。
祖父母の家に仏壇があるのだから多分仏教に沿った死の世界に行くのだろう。そうなると閻魔大王の裁判があるのか。……いや、閻魔大王に辿り着く前にいくつか裁判があると聞いた。
それに「親より先に子が死ぬ」こと事態が大きな罪だって聞いたことがある。ならば、俺は天国には行けない。罪人として川の近くで石を積み上げる罰を受けることになる。
「……あれ?」
そこで、ふっ、と俺は気付く。
(そもそも此処は何処だ?)
さっき仏教とか天国とか考えていたけれど、そもそもうちに仏壇があるのにこんな西洋のようなカボチャがいるのは可笑しくないか?
いや、待て。誰も死後の世界に行って帰ってきた者はいないのだから、何を基準にすればいいのかわからない。
(いやでも、昔にキリストに出会った男の子の実話があるって聞いたことあるようなぁ)
昔の記憶をチラかせたが、曖昧のものだ。ややこしくと判断していまは遥か彼方へとふっ飛ばしておく。
(それにこのカボチャは一度もここを『死後の世界』だなんて言っていないよな……?)
それは俺が混乱して勝手に死後の世界だと思っていることで、実は最初の「ここは何処だ」という謎は何も解決していない。
「……!!」
次々と襲いかかる情報量に大忙しだった脳内が『あること』に気付くいた。
それは当たり前過ぎて、生まれてから一緒にあるものだからこそ当然のもので。
「まさか……!!」
それを確かめるために自分の手をしっかり見つめる。そして、力を込めて拳を作り———思いっ切り自分の頬を殴りつけた。
「いっつ~!!」
滅茶苦茶痛い。勢いが良過ぎて涙が出るほど痛い……が、それで確信することができた。
痛いのだ。
つまり、痛覚といった感覚神経が働いている。
最初に確認したではないか。自分の足がしっかり地面に着いている感覚を。手を擦り合わせて摩擦で熱が生まれた感覚を。頬を叩いた衝撃も。
全部最初に確認して、この世界が『現実』であることを確認したではないか。
人は死ぬ時は次々と感覚がなくなっていき、そして最後に残るのは聴覚だという。
もしかしたら死後の世界では全て感覚が戻るのかもしれない。そりゃ地獄で熱湯の釜に入れられたり磔にされたりするのだ。苦痛を味わさせるためにも魂にも感覚があるのもしれない。
でも、まさか。もしかしたら、一縷の望みは捨てられない。
俺はわずかな可能性に賭けて希望を抱いたこの言葉を口にする。
「俺はまだ生きている……?」
カボチャの反応は――と、期待と不安を胸に落書き顔への目を向けた。
不気味だと思って見るのが怖かった顔を真っ直ぐ見れば、少し驚いたような顔の落書きに変化している。
果たしてこの考えは正解か不正解か。
カボチャからの返答は希望か絶望か。
自分でもこの回答は数パーセントの確実だと思っている。
それでも……この答えに賭けたかった。
そして……カボチャは声を出した。
少し驚いた声を俺に向かって。
「えぇ。貴方様は生きていらっしゃいますよ」
生きている。
俺はまだ生きている———!!
また涙が溢れてきた——でもそれは先程までのものと同じではない。
生きている。言葉では表せない喜びがいま自分の中にドッと波のように身体の内側から押し寄せてくる。
「あぁ……あぁぁああ‼︎ 生きてる‼︎ 俺、生きてる‼︎」
プライドも何も関係ない。
声を出して泣こう。
泣くことは生者としての特権。自分勝手で、迷惑なんて知るものかとでも言うかの様に大声を出して泣いてやる。
この涙に生きていることへの感謝を。湧き上がる想いを言葉で表せないならば泣くことで表してやろう、と。
王門 誠は生きている。
家族に届くように。
泣き叫び、知らせよう。
「ど、どうしたーのですかー!? いきなーり泣いて!?」
急に泣き叫び出した俺にカボチャが焦り出す。それをわかっていながらも俺は喉の奥が熱くなるのを無視して感情を爆発させ続けた。
「もう! 怒ったーり泣いたーり青ざーめたーり! 大声出ーしてまーたー泣いたーりと忙しい人ですねー! 泣ーき過ぎて頭がー痛くなーっても知りまーせんよー?」
落書き顔も焦った表情の絵に変わっているかもしれないが、カボチャの表情を気にしていられるほど俺には余裕がない。この感情を抑えることが出来そうにないのだ。
「あーあーもう。わーかーりまーしたーよー! 泣きなーさーい泣きなーさーい、思う存分泣きなーさーい! 確かに、私も最初に言わなーかーったーとこなーど悪いところが沢山あーりまーしたー!」
泣き叫ぶ俺に観念したようで。カボチャはその骨の手と手を合わせて音を鳴らす。それも骨独特の音ではなく、ポンっと可愛い音で思わず俺は泣いた顔のままカボチャを見た。
手品なのだろうか。何もないところからステッキが出てきたかと思えば、それを振るったら今度ば蒸したタオルと水のペットボトルが出てきたではないか。
「ほら、これを使いなーさーい。これで顔を拭いて、水を飲んで体内の水分と喉を回復さーせてくださーい」
「ひっく、ひっく、あ、ありがと……」
人間の骨に怖がりながらも素直に受け取って蒸したタオルを泣き腫らした目に乗っける。
「気持ちがいい……」
涙でベッタベタの顔を拭いて続いて水のペットボトルの蓋を開ける。一瞬毒が入っているのではと警戒心を持ったが、日本で有名なメーカーだったことと……何よりもこのカボチャは心配そうに眉を下げた落書き顔で俺を見ていたので、これを突き返したら申し訳ないと思った。
先ほどまでなあんなに不気味だと思っていた落書き顔から、優しさを感じることができた。
だからその感性を信じて俺は水を飲んだ。
「……美味しい」
有名メーカーのものだからか、もう二度と飲めないと思っていた水飲むことができたからか。途中で止めることなく一気に飲み干して空になった。
「へへ……」
空になったペットボトルがこんなに嬉しいと思う日がくるなんて思わなかった。
「もう一杯飲みまーすかー?」
「……ううん、大丈夫」
「そうですか。では、片付けましょう」
俺の返答にカボチャ嬉しそうに何度か頷いた後、ステッキを振るった。また可愛らしい音が鳴って使い終わったタオルと空のペットボトルが宙へと消えた。
「ありがとう……」
「どいたーしまーしてー」
——————…………
湧き上がる想いを爆発させ切ったことで頭が段々冷えて、物事を考えられるようになった……やはり驚きは隠せない。
この全方向真っ暗な空間にカボチャの手品……いや、何もない所から物を出すだけでなく人の記憶を読み取ったのだから最早「魔法」って呼んでいいだろう。
生きていることがわかって嬉しかったが此処は自分の世界ではない。
これは『異世界』——とでもいえばいいのだろうか。自分の常識が通用しない空間をそれ以外の言葉で表現することが難しかった。
(それにしても……)
「どうしまーした?」
目の前にいるこのカボチャ。最初はあんなに人をバカにしていたような態度だったが、『何か』が違うと分かってから俺のことで悩んでくれていたのではないか?
さっきも泣き出した俺を心配してくれるだけでなく、落ち着ける様に色々用意してくれた。
(コイツ実は良い奴なのか?)
こんな状態で良い奴も悪い奴もないが、信用出来る奴か情報を知っている奴かはわからなければならない。
……でも、その前に言うべきことがある。
「なんか……いろいろと迷惑を掛けてすみませんでした……」
こんな状況だが迷惑をかけたのは真実なので謝罪をする。人生で初めて人外にする謝罪だ。あとで振り返ってみると凄い体験をしたなぁと思うだろな。
「おーやおやおやおやー。礼儀が正しいですねー。さーっきとは大違いだー」
「……大変申し訳ございませんでした」
「冗談でーす。君がーとても良い子なのはー記憶を見てわかってまーしたーよー」
そう言って俺の頭に手を置こうと手を伸ばしてきた。多分、頭を撫でるつもりだったのだろう。……がその手は頭に触れる寸前で引っ込められ、代わりにニッコリとした落書き顔に変わった。
きっと……俺がさっきその手に恐怖したのを思い出してやめてくれたのだろう。
その優しさに申し訳なさを感じる。
「私こそ貴方様に許可なーく勝手に触れて過去を見てしまーって申し訳あーりまーせんでしーた」
「……確かにびっくりしたけどそれは何かを確かめるためだったんだろう? ならいいよ」
人間って余裕があると人を許すことができるんだなぁ、と改めて思う。
いまこの状態で自信を持って余裕がある、と言い切れるわけではないけど。それでも『生きている』という真実があるだけで少し優しくなろうと思えた。
何故かカボチャの顔が驚いた絵を浮かべ……でもすぐにほほ笑んだ落書き顔へと変えた。
「そうですかー。優しいのですねー……」
「……ううん。優しくなれたのは、あんたが優しくしてくれたから……」
「その言葉が優しいのですよー。……そうですか。では貴方様のたーめに本題に入りまーしょー」
そう……ここからが本題だ。
確かに俺は生きている。
だが、それがおかしい。
「ここは何処って話もあるし……いや、その前に。俺は確かにあのときバスの中にいて事故に巻き込まれたんだ。痛みだって感じた。なのに、なんで何処も怪我をしていないんだろう?」
事故を思い出してあの意識が遠のく感覚も思い出してゾッとしたが頭を振って頭から追い出す。
大きな衝撃を受けて痛みを感じた腕や頭。少なくともこの二箇所に怪我がなければおかしい。
そんな俺の質問にカボチャは目を瞑って考えるような落書き顔を浮かべ、暫く黙った後に声を発した。
「……そうですねー。貴方様の持つ疑問全てを答えらーれるかわーかりまーせんがー、私が伝えるべき答えを教えしまーしょー」
コツーン———
カボチャがステッキを地に一突き、音を響かせ——今まで真っ暗だった世界に一つの映像が宙に映し出された。
「わぁ⁉︎」
突然現れたことに驚きながらも映像を確認してみれば、そこには見覚えのあるバス———下校の時に乗っていたバスが転倒している状態が映し出されていた。
「貴方様は確かーにこちらーの交通事故に巻き込まーれまーしたー……しかし」
コツーン———とまたステッキを地に一突き。映像が変わって今度は転倒したバスの中が映し出され——倒れているボロボロの俺が写っていた。
「ひっ⁉︎」
突然事故にあった自分の姿に見たことで息が止まってしまった……が、すぐに映像の中の俺がそこからいきなりいなくなってしまった。
「あれ、俺は?」
「その貴方様がここにいるのですよー」
「えっ!?」
咄嗟にカボチャへと目線を向ける。
「『我が主』様が貴方様を此処の空間に喚び出したーのですー。その時の空間移動の影響で貴方様の受けた傷は全て治さーれたーのですよー」
「つまり……俺は召喚されたってこと?」
「そうなーりまーすー」
そんなことがあるのか。
確かに『異世界』と表したが、この俺が———何の取り柄もない普通の高校生である俺がそんなラノベみたいなことに巻き込まれたっていうのか。
「……ちなみになんだけど。元の世界に帰ったら怪我とか戻ったりする……?」
主人公だろうが引き立て役Aだろうが異世界の登場人物になるなんて、そんな大業お断りだ。
帰らせてくれ。早く帰って馬鹿にされてもいいから家族に抱き付きたいんだ。母親の手料理が待っている暖かい家に帰っていつも通りの朝を迎えたい。ただそれだけなんだよ。
「いえ。戻ることはーあーりまーせんよー。傷は全て完治さーれてまーすかーらー」
「なら帰してくれ、元の世界に!」
戻ったらすぐに周りの人を助けてなければ。怪我が治っているのならば自分は直ぐに救助活動を行える。この奇跡を命を助ける奇跡に繋げるためにもカボチャへに必死に懇願した。
「……申し訳あーりまーせん。私にはー貴方様を返すことはー出来まーせん……」
このカボチャは何を言っているのか、と眉間に皺を寄せた。
自分は交通事故にあった。そして転倒したバスの中で何も出来ないまま死んでしまった。だからここに来たのではないか。
祖父母の家に仏壇があるのだから多分仏教に沿った死の世界に行くのだろう。そうなると閻魔大王の裁判があるのか。……いや、閻魔大王に辿り着く前にいくつか裁判があると聞いた。
それに「親より先に子が死ぬ」こと事態が大きな罪だって聞いたことがある。ならば、俺は天国には行けない。罪人として川の近くで石を積み上げる罰を受けることになる。
「……あれ?」
そこで、ふっ、と俺は気付く。
(そもそも此処は何処だ?)
さっき仏教とか天国とか考えていたけれど、そもそもうちに仏壇があるのにこんな西洋のようなカボチャがいるのは可笑しくないか?
いや、待て。誰も死後の世界に行って帰ってきた者はいないのだから、何を基準にすればいいのかわからない。
(いやでも、昔にキリストに出会った男の子の実話があるって聞いたことあるようなぁ)
昔の記憶をチラかせたが、曖昧のものだ。ややこしくと判断していまは遥か彼方へとふっ飛ばしておく。
(それにこのカボチャは一度もここを『死後の世界』だなんて言っていないよな……?)
それは俺が混乱して勝手に死後の世界だと思っていることで、実は最初の「ここは何処だ」という謎は何も解決していない。
「……!!」
次々と襲いかかる情報量に大忙しだった脳内が『あること』に気付くいた。
それは当たり前過ぎて、生まれてから一緒にあるものだからこそ当然のもので。
「まさか……!!」
それを確かめるために自分の手をしっかり見つめる。そして、力を込めて拳を作り———思いっ切り自分の頬を殴りつけた。
「いっつ~!!」
滅茶苦茶痛い。勢いが良過ぎて涙が出るほど痛い……が、それで確信することができた。
痛いのだ。
つまり、痛覚といった感覚神経が働いている。
最初に確認したではないか。自分の足がしっかり地面に着いている感覚を。手を擦り合わせて摩擦で熱が生まれた感覚を。頬を叩いた衝撃も。
全部最初に確認して、この世界が『現実』であることを確認したではないか。
人は死ぬ時は次々と感覚がなくなっていき、そして最後に残るのは聴覚だという。
もしかしたら死後の世界では全て感覚が戻るのかもしれない。そりゃ地獄で熱湯の釜に入れられたり磔にされたりするのだ。苦痛を味わさせるためにも魂にも感覚があるのもしれない。
でも、まさか。もしかしたら、一縷の望みは捨てられない。
俺はわずかな可能性に賭けて希望を抱いたこの言葉を口にする。
「俺はまだ生きている……?」
カボチャの反応は――と、期待と不安を胸に落書き顔への目を向けた。
不気味だと思って見るのが怖かった顔を真っ直ぐ見れば、少し驚いたような顔の落書きに変化している。
果たしてこの考えは正解か不正解か。
カボチャからの返答は希望か絶望か。
自分でもこの回答は数パーセントの確実だと思っている。
それでも……この答えに賭けたかった。
そして……カボチャは声を出した。
少し驚いた声を俺に向かって。
「えぇ。貴方様は生きていらっしゃいますよ」
生きている。
俺はまだ生きている———!!
また涙が溢れてきた——でもそれは先程までのものと同じではない。
生きている。言葉では表せない喜びがいま自分の中にドッと波のように身体の内側から押し寄せてくる。
「あぁ……あぁぁああ‼︎ 生きてる‼︎ 俺、生きてる‼︎」
プライドも何も関係ない。
声を出して泣こう。
泣くことは生者としての特権。自分勝手で、迷惑なんて知るものかとでも言うかの様に大声を出して泣いてやる。
この涙に生きていることへの感謝を。湧き上がる想いを言葉で表せないならば泣くことで表してやろう、と。
王門 誠は生きている。
家族に届くように。
泣き叫び、知らせよう。
「ど、どうしたーのですかー!? いきなーり泣いて!?」
急に泣き叫び出した俺にカボチャが焦り出す。それをわかっていながらも俺は喉の奥が熱くなるのを無視して感情を爆発させ続けた。
「もう! 怒ったーり泣いたーり青ざーめたーり! 大声出ーしてまーたー泣いたーりと忙しい人ですねー! 泣ーき過ぎて頭がー痛くなーっても知りまーせんよー?」
落書き顔も焦った表情の絵に変わっているかもしれないが、カボチャの表情を気にしていられるほど俺には余裕がない。この感情を抑えることが出来そうにないのだ。
「あーあーもう。わーかーりまーしたーよー! 泣きなーさーい泣きなーさーい、思う存分泣きなーさーい! 確かに、私も最初に言わなーかーったーとこなーど悪いところが沢山あーりまーしたー!」
泣き叫ぶ俺に観念したようで。カボチャはその骨の手と手を合わせて音を鳴らす。それも骨独特の音ではなく、ポンっと可愛い音で思わず俺は泣いた顔のままカボチャを見た。
手品なのだろうか。何もないところからステッキが出てきたかと思えば、それを振るったら今度ば蒸したタオルと水のペットボトルが出てきたではないか。
「ほら、これを使いなーさーい。これで顔を拭いて、水を飲んで体内の水分と喉を回復さーせてくださーい」
「ひっく、ひっく、あ、ありがと……」
人間の骨に怖がりながらも素直に受け取って蒸したタオルを泣き腫らした目に乗っける。
「気持ちがいい……」
涙でベッタベタの顔を拭いて続いて水のペットボトルの蓋を開ける。一瞬毒が入っているのではと警戒心を持ったが、日本で有名なメーカーだったことと……何よりもこのカボチャは心配そうに眉を下げた落書き顔で俺を見ていたので、これを突き返したら申し訳ないと思った。
先ほどまでなあんなに不気味だと思っていた落書き顔から、優しさを感じることができた。
だからその感性を信じて俺は水を飲んだ。
「……美味しい」
有名メーカーのものだからか、もう二度と飲めないと思っていた水飲むことができたからか。途中で止めることなく一気に飲み干して空になった。
「へへ……」
空になったペットボトルがこんなに嬉しいと思う日がくるなんて思わなかった。
「もう一杯飲みまーすかー?」
「……ううん、大丈夫」
「そうですか。では、片付けましょう」
俺の返答にカボチャ嬉しそうに何度か頷いた後、ステッキを振るった。また可愛らしい音が鳴って使い終わったタオルと空のペットボトルが宙へと消えた。
「ありがとう……」
「どいたーしまーしてー」
——————…………
湧き上がる想いを爆発させ切ったことで頭が段々冷えて、物事を考えられるようになった……やはり驚きは隠せない。
この全方向真っ暗な空間にカボチャの手品……いや、何もない所から物を出すだけでなく人の記憶を読み取ったのだから最早「魔法」って呼んでいいだろう。
生きていることがわかって嬉しかったが此処は自分の世界ではない。
これは『異世界』——とでもいえばいいのだろうか。自分の常識が通用しない空間をそれ以外の言葉で表現することが難しかった。
(それにしても……)
「どうしまーした?」
目の前にいるこのカボチャ。最初はあんなに人をバカにしていたような態度だったが、『何か』が違うと分かってから俺のことで悩んでくれていたのではないか?
さっきも泣き出した俺を心配してくれるだけでなく、落ち着ける様に色々用意してくれた。
(コイツ実は良い奴なのか?)
こんな状態で良い奴も悪い奴もないが、信用出来る奴か情報を知っている奴かはわからなければならない。
……でも、その前に言うべきことがある。
「なんか……いろいろと迷惑を掛けてすみませんでした……」
こんな状況だが迷惑をかけたのは真実なので謝罪をする。人生で初めて人外にする謝罪だ。あとで振り返ってみると凄い体験をしたなぁと思うだろな。
「おーやおやおやおやー。礼儀が正しいですねー。さーっきとは大違いだー」
「……大変申し訳ございませんでした」
「冗談でーす。君がーとても良い子なのはー記憶を見てわかってまーしたーよー」
そう言って俺の頭に手を置こうと手を伸ばしてきた。多分、頭を撫でるつもりだったのだろう。……がその手は頭に触れる寸前で引っ込められ、代わりにニッコリとした落書き顔に変わった。
きっと……俺がさっきその手に恐怖したのを思い出してやめてくれたのだろう。
その優しさに申し訳なさを感じる。
「私こそ貴方様に許可なーく勝手に触れて過去を見てしまーって申し訳あーりまーせんでしーた」
「……確かにびっくりしたけどそれは何かを確かめるためだったんだろう? ならいいよ」
人間って余裕があると人を許すことができるんだなぁ、と改めて思う。
いまこの状態で自信を持って余裕がある、と言い切れるわけではないけど。それでも『生きている』という真実があるだけで少し優しくなろうと思えた。
何故かカボチャの顔が驚いた絵を浮かべ……でもすぐにほほ笑んだ落書き顔へと変えた。
「そうですかー。優しいのですねー……」
「……ううん。優しくなれたのは、あんたが優しくしてくれたから……」
「その言葉が優しいのですよー。……そうですか。では貴方様のたーめに本題に入りまーしょー」
そう……ここからが本題だ。
確かに俺は生きている。
だが、それがおかしい。
「ここは何処って話もあるし……いや、その前に。俺は確かにあのときバスの中にいて事故に巻き込まれたんだ。痛みだって感じた。なのに、なんで何処も怪我をしていないんだろう?」
事故を思い出してあの意識が遠のく感覚も思い出してゾッとしたが頭を振って頭から追い出す。
大きな衝撃を受けて痛みを感じた腕や頭。少なくともこの二箇所に怪我がなければおかしい。
そんな俺の質問にカボチャは目を瞑って考えるような落書き顔を浮かべ、暫く黙った後に声を発した。
「……そうですねー。貴方様の持つ疑問全てを答えらーれるかわーかりまーせんがー、私が伝えるべき答えを教えしまーしょー」
コツーン———
カボチャがステッキを地に一突き、音を響かせ——今まで真っ暗だった世界に一つの映像が宙に映し出された。
「わぁ⁉︎」
突然現れたことに驚きながらも映像を確認してみれば、そこには見覚えのあるバス———下校の時に乗っていたバスが転倒している状態が映し出されていた。
「貴方様は確かーにこちらーの交通事故に巻き込まーれまーしたー……しかし」
コツーン———とまたステッキを地に一突き。映像が変わって今度は転倒したバスの中が映し出され——倒れているボロボロの俺が写っていた。
「ひっ⁉︎」
突然事故にあった自分の姿に見たことで息が止まってしまった……が、すぐに映像の中の俺がそこからいきなりいなくなってしまった。
「あれ、俺は?」
「その貴方様がここにいるのですよー」
「えっ!?」
咄嗟にカボチャへと目線を向ける。
「『我が主』様が貴方様を此処の空間に喚び出したーのですー。その時の空間移動の影響で貴方様の受けた傷は全て治さーれたーのですよー」
「つまり……俺は召喚されたってこと?」
「そうなーりまーすー」
そんなことがあるのか。
確かに『異世界』と表したが、この俺が———何の取り柄もない普通の高校生である俺がそんなラノベみたいなことに巻き込まれたっていうのか。
「……ちなみになんだけど。元の世界に帰ったら怪我とか戻ったりする……?」
主人公だろうが引き立て役Aだろうが異世界の登場人物になるなんて、そんな大業お断りだ。
帰らせてくれ。早く帰って馬鹿にされてもいいから家族に抱き付きたいんだ。母親の手料理が待っている暖かい家に帰っていつも通りの朝を迎えたい。ただそれだけなんだよ。
「いえ。戻ることはーあーりまーせんよー。傷は全て完治さーれてまーすかーらー」
「なら帰してくれ、元の世界に!」
戻ったらすぐに周りの人を助けてなければ。怪我が治っているのならば自分は直ぐに救助活動を行える。この奇跡を命を助ける奇跡に繋げるためにもカボチャへに必死に懇願した。
「……申し訳あーりまーせん。私にはー貴方様を返すことはー出来まーせん……」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

超文明日本
点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。
そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。
異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

異世界に転移す万国旗
あずき
ファンタジー
202X年、震度3ほどの地震と共に海底ケーブルが寸断された。
日本政府はアメリカ政府と協力し、情報収集を開始した。
ワシントンD.Cから出港した米艦隊が日本海に現れたことで、
アメリカ大陸が日本の西に移動していることが判明。
さらに横須賀から出発した護衛艦隊がグレートブリテン島を発見。
このことから、世界中の国々が位置や向きを変え、
違う惑星、もしくは世界に転移していることが判明した。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。


やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる