美しくも脆き世界

乃蒼•アローヤンノロジー

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第一章 強制退場

強制退場4

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「……はぁ?」

 このカボチャは何を言っているのか、と眉間に皺を寄せた。

 自分は交通事故にあった。そして転倒したバスの中で何も出来ないまま死んでしまった。だからここに来たのではないか。

 祖父母の家に仏壇があるのだから多分仏教に沿った死の世界に行くのだろう。そうなると閻魔大王の裁判があるのか。……いや、閻魔大王に辿り着く前にいくつか裁判があると聞いた。
 それに「親より先に子が死ぬ」こと事態が大きな罪だって聞いたことがある。ならば、俺は天国には行けない。罪人として川の近くで石を積み上げる罰を受けることになる。

「……あれ?」

 そこで、ふっ、と俺は気付く。

)

 さっき仏教とか天国とか考えていたけれど、そもそもうちに仏壇があるのにこんな西洋のようなカボチャがいるのは可笑しくないか?
 いや、待て。誰も死後の世界に行って帰ってきた者はいないのだから、何を基準にすればいいのかわからない。

(いやでも、昔にキリストに出会った男の子の実話があるって聞いたことあるようなぁ)

 昔の記憶をチラかせたが、曖昧のものだ。ややこしくと判断していまは遥か彼方へとふっ飛ばしておく。

(それにこのカボチャは一度もここを『……?)

 それは俺が混乱して勝手に死後の世界だと思っていることで、実は最初の「ここは何処だ」という謎は何も解決していない。

「……!!」

 次々と襲いかかる情報量に大忙しだった脳内が『あること』に気付くいた。

 それは当たり前過ぎて、生まれてから一緒にあるものだからこそ当然のもので。

「まさか……!!」

 それを確かめるために自分の手をしっかり見つめる。そして、力を込めて拳を作り———思いっ切り自分の頬を殴りつけた。

「いっつ~!!」

 滅茶苦茶痛い。勢いが良過ぎて涙が出るほど痛い……が、それで確信することができた。

 
 つまり、

 最初に確認したではないか。自分の足がしっかり地面に着いている感覚を。手を擦り合わせて摩擦で熱が生まれた感覚を。頬を叩いた衝撃も。
 全部最初に確認して、

 人は死ぬ時は次々と感覚がなくなっていき、そして最後に残るのは聴覚だという。
 もしかしたら死後の世界では全て感覚が戻るのかもしれない。そりゃ地獄で熱湯の釜に入れられたり磔にされたりするのだ。苦痛を味わさせるためにも魂にも感覚があるのもしれない。

 でも、まさか。もしかしたら、一縷の望みは捨てられない。
 俺はわずかな可能性に賭けて希望を抱いたこの言葉を口にする。

……?」

 カボチャの反応は――と、期待と不安を胸に落書き顔への目を向けた。
 不気味だと思って見るのが怖かった顔を真っ直ぐ見れば、少し驚いたような顔の落書きに変化している。

 果たしてこの考えは正解か不正解か。
 カボチャからの返答は希望か絶望か。
 自分でもこの回答は数パーセントの確実だと思っている。
 それでも……この答えに賭けたかった。

 そして……カボチャは声を出した。
 少し驚いた声を俺に向かって。

「えぇ。貴方様は生きていらっしゃいますよ」

 生きている。
 俺はまだ生きている———!!

 また涙が溢れてきた——でもそれは先程までのものと同じではない。
 生きている。言葉では表せない喜びがいま自分の中にドッと波のように身体の内側から押し寄せてくる。

「あぁ……あぁぁああ‼︎ 生きてる‼︎ 俺、生きてる‼︎」

 プライドも何も関係ない。
 声を出して泣こう。

 泣くことは生者としての特権。自分勝手で、迷惑なんて知るものかとでも言うかの様に大声を出して泣いてやる。
 この涙に生きていることへの感謝を。湧き上がる想いを言葉で表せないならば泣くことで表してやろう、と。

 王門 誠は生きている。      
 家族に届くように。
 泣き叫び、知らせよう。

「ど、どうしたーのですかー!? いきなーり泣いて!?」

 急に泣き叫び出した俺にカボチャが焦り出す。それをわかっていながらも俺は喉の奥が熱くなるのを無視して感情を爆発させ続けた。

「もう! 怒ったーり泣いたーり青ざーめたーり! 大声出ーしてまーたー泣いたーりと忙しい人ですねー! 泣ーき過ぎて頭がー痛くなーっても知りまーせんよー?」

 落書き顔も焦った表情の絵に変わっているかもしれないが、カボチャの表情を気にしていられるほど俺には余裕がない。この感情を抑えることが出来そうにないのだ。

「あーあーもう。わーかーりまーしたーよー! 泣きなーさーい泣きなーさーい、思う存分泣きなーさーい! 確かに、私も最初に言わなーかーったーとこなーど悪いところが沢山あーりまーしたー!」

 泣き叫ぶ俺に観念したようで。カボチャはその骨の手と手を合わせて音を鳴らす。それも骨独特の音ではなく、ポンっと可愛い音で思わず俺は泣いた顔のままカボチャを見た。
 手品なのだろうか。何もないところからステッキが出てきたかと思えば、それを振るったら今度ば蒸したタオルと水のペットボトルが出てきたではないか。

「ほら、これを使いなーさーい。これで顔を拭いて、水を飲んで体内の水分と喉を回復さーせてくださーい」
「ひっく、ひっく、あ、ありがと……」

 人間の骨に怖がりながらも素直に受け取って蒸したタオルを泣き腫らした目に乗っける。

「気持ちがいい……」

 涙でベッタベタの顔を拭いて続いて水のペットボトルの蓋を開ける。一瞬毒が入っているのではと警戒心を持ったが、日本で有名なメーカーだったことと……何よりもこのカボチャは心配そうに眉を下げた落書き顔で俺を見ていたので、これを突き返したら申し訳ないと思った。

 先ほどまでなあんなに不気味だと思っていた落書き顔から、優しさを感じることができた。
 だからその感性を信じて俺は水を飲んだ。

「……美味しい」

 有名メーカーのものだからか、もう二度と飲めないと思っていた水飲むことができたからか。途中で止めることなく一気に飲み干して空になった。

「へへ……」

 空になったペットボトルがこんなに嬉しいと思う日がくるなんて思わなかった。

「もう一杯飲みまーすかー?」
「……ううん、大丈夫」
「そうですか。では、片付けましょう」

 俺の返答にカボチャ嬉しそうに何度か頷いた後、ステッキを振るった。また可愛らしい音が鳴って使い終わったタオルと空のペットボトルが宙へと消えた。

「ありがとう……」
「どいたーしまーしてー」

 ——————…………

 湧き上がる想いを爆発させ切ったことで頭が段々冷えて、物事を考えられるようになった……やはり驚きは隠せない。

 この全方向真っ暗な空間にカボチャの手品……いや、何もない所から物を出すだけでなく人の記憶を読み取ったのだから最早「魔法」って呼んでいいだろう。
 生きていることがわかって嬉しかったが此処は自分の世界ではない。

 これは『異世界』——とでもいえばいいのだろうか。自分の常識が通用しない空間をそれ以外の言葉で表現することが難しかった。

(それにしても……)
「どうしまーした?」

 目の前にいるこのカボチャ。最初はあんなに人をバカにしていたような態度だったが、『何か』が違うと分かってから俺のことで悩んでくれていたのではないか?
 さっきも泣き出した俺を心配してくれるだけでなく、落ち着ける様に色々用意してくれた。

(コイツ実は良い奴なのか?)

 こんな状態で良い奴も悪い奴もないが、信用出来る奴か情報を知っている奴かはわからなければならない。
 ……でも、その前に言うべきことがある。

「なんか……いろいろと迷惑を掛けてすみませんでした……」

 こんな状況だが迷惑をかけたのは真実なので謝罪をする。人生で初めて人外にする謝罪だ。あとで振り返ってみると凄い体験をしたなぁと思うだろな。

「おーやおやおやおやー。礼儀が正しいですねー。さーっきとは大違いだー」
「……大変申し訳ございませんでした」
「冗談でーす。君がーとても良い子なのはー記憶を見てわかってまーしたーよー」

 そう言って俺の頭に手を置こうと手を伸ばしてきた。多分、頭を撫でるつもりだったのだろう。……がその手は頭に触れる寸前で引っ込められ、代わりにニッコリとした落書き顔に変わった。
 きっと……俺がさっきその手に恐怖したのを思い出してやめてくれたのだろう。
 その優しさに申し訳なさを感じる。

「私こそ貴方様に許可なーく勝手に触れて過去を見てしまーって申し訳あーりまーせんでしーた」
「……確かにびっくりしたけどそれは何かを確かめるためだったんだろう? ならいいよ」

 人間って余裕があると人を許すことができるんだなぁ、と改めて思う。
 いまこの状態で自信を持って余裕がある、と言い切れるわけではないけど。それでも『生きている』という真実があるだけで少し優しくなろうと思えた。

 何故かカボチャの顔が驚いた絵を浮かべ……でもすぐにほほ笑んだ落書き顔へと変えた。

「そうですかー。優しいのですねー……」
「……ううん。優しくなれたのは、あんたが優しくしてくれたから……」
「その言葉が優しいのですよー。……そうですか。では貴方様のたーめに本題に入りまーしょー」

 そう……ここからが本題だ。
 確かに俺は生きている。
 だが、

「ここは何処って話もあるし……いや、その前に。俺は確かにあのときバスの中にいて事故に巻き込まれたんだ。痛みだって感じた。なのに、

 事故を思い出してあの意識が遠のく感覚も思い出してゾッとしたが頭を振って頭から追い出す。
 大きな衝撃を受けて痛みを感じた腕や頭。少なくともこの二箇所に怪我がなければおかしい。
 そんな俺の質問にカボチャは目を瞑って考えるような落書き顔を浮かべ、暫く黙った後に声を発した。

「……そうですねー。貴方様の持つ疑問全てを答えらーれるかわーかりまーせんがー、私が伝えるべき答えを教えしまーしょー」

コツーン———

カボチャがステッキを地に一突き、音を響かせ——今まで真っ暗だった世界に一つの映像が宙に映し出された。

「わぁ⁉︎」

 突然現れたことに驚きながらも映像を確認してみれば、そこには見覚えのあるバス———下校の時に乗っていたバスが転倒している状態が映し出されていた。

「貴方様は確かーにこちらーの交通事故に巻き込まーれまーしたー……しかし」

 コツーン———とまたステッキを地に一突き。映像が変わって今度は転倒したバスの中が映し出され——倒れているボロボロの俺が写っていた。

「ひっ⁉︎」

 突然事故にあった自分の姿に見たことで息が止まってしまった……が、すぐに映像の中の俺が

「あれ、俺は?」
「その貴方様がここにいるのですよー」
「えっ!?」

 咄嗟にカボチャへと目線を向ける。

「『我が主』様が貴方様を此処の空間に喚び出したーのですー。その時の空間移動の影響で貴方様の受けた傷は全て治さーれたーのですよー」
「つまり……俺は召喚されたってこと?」
「そうなーりまーすー」

 そんなことがあるのか。
 確かに『異世界』と表したが、この俺が———何の取り柄もない普通の高校生である俺がそんなラノベみたいなことに巻き込まれたっていうのか。

「……ちなみになんだけど。元の世界に帰ったら怪我とか戻ったりする……?」

 主人公だろうが引き立て役Aだろうが異世界の登場人物になるなんて、そんな大業お断りだ。
 帰らせてくれ。早く帰って馬鹿にされてもいいから家族に抱き付きたいんだ。母親の手料理が待っている暖かい家に帰っていつも通りの朝を迎えたい。ただそれだけなんだよ。

「いえ。戻ることはーあーりまーせんよー。傷は全て完治さーれてまーすかーらー」
「なら帰してくれ、元の世界に!」

 戻ったらすぐに周りの人を助けてなければ。怪我が治っているのならば自分は直ぐに救助活動を行える。この奇跡を命を助ける奇跡に繋げるためにもカボチャへに必死に懇願した。

「……申し訳あーりまーせん。私にはー貴方様を返すことはー出来まーせん……」



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