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閑話の7 ファッション
しおりを挟む俺は自宅を愛している。世情の浮き沈みなど関係なく、思うがままに日々を謳歌できる素晴らしい至上空間を愛している。
今日も今日とて、愛嬌あふれる彼女と共に、俺はだらだら自適ライフを満喫している。カシューナッツをつまみながらポケポケとした会話を交わし、皿が空になれば次はアーモンドを並べ、手元のあたたかい緑茶を飲む。幸せであった。
さて、彼女は現在手を口に運ぶ超速運動を停止し、なにやら平べったい本を熱心に読んでいた。文庫本サイズの小説なら何度も読んでいるのを見たことがあるが、雑誌は珍しい。彼女も雑誌から情報を仕入れるんだなあ、とムダに得心した。
「なに読んでんの?」
「ファッション雑誌だよ」
「へえ」
ファッション。縁遠い言葉である。俺は服装に無頓着な方なので、そういう類の雑誌は読んだことがなかった。
いやまあ、考えれば当然だろう。彼女だって年頃の乙女である。流行だって抑えるし、お姫様のような服に眼を輝かせることもある。以前だって、TVに映ったサンバ・カーニバルの衣装を見て「あれ着たい」と呟いていた。
「ねえねえ」
「ん?」
「これ似合うと思う?」
ばさっと開かれたページには、淡い水色を基調とした、なんだか清楚っぽい服が載っていた。てっきりサンバだとか小林幸子のような衣装を見せられると思っていたのに。
「なんでも似合うと思うぞ」
「あっテキトーだ」
「いや本気で」
「もっとファッショナブルな視点からアドバイスちょうだい」
「んー俺そういうの疎いんだよね」
そう、俺はファッションに疎いのだ。世間がダサいと言うものに心惹かれたり、沸騰中の衣装に顔をしかめることもある。結局のところ素材なのだ。可愛い人が着ていたら可愛いし、綺麗な人が着ていたら綺麗なのだ。
ので、彼女への「なんでも似合う」はガチガチの本心なのだが、どうやらそれは通じないらしい。世知辛い世の中である。
と、そんな折。彼女が唐突に俺のボディを舐めるように見回し、半笑いで眉尻を下げた。なんだかイラっとする顔だった。
「失礼なこと言っていい?」
「俺の服がダサいとかそんな感じ?」
「当たりっ」
「なんで満面の笑みなんだよ」
かなしい。
俺が着ているのは部屋着である。だるだるのズボンに、"Albatross"というなんだかよく分からないがカッコいい単語がプリントされたシャツ。「単語の意味わかってるの?」と聞かれたので「分からない」と答えると、「アホウドリ」と返ってきた。
許すまじTシャツメーカー。
「別にいいじゃん二人なんだし」
「私はちゃんとおめかししてるのにな~」
「ありがたいことだけどさあ」
「じゃあこれなんてどう?」
差し出されたメンズのファッションページには、イケメンな西欧人モデルが紫だの黄緑だの光過敏性発作を起こしそうなくらいチカチカした服を着こなす姿があった。こんなヘンテコ服でもモデルが着ればオシャレに見えるから不思議である。やはり素材なのだ。
「俺には似合わないよ」
「なんでも似合うよ」
「あっテキトーだ」
「ホンキホンキ」
なるほど、「なんでも似合う」とはこう聞こえるのか。確かにテキトーである。まあ彼女の場合本当にテキトーな可能性が高いのだが。
「具体的に何着たらかっこいいのさ」
「着ぐるみとか?」
「俺である意味は?」
「あなたが着ぐるみ姿になることに意味があるのですよ」
「わけわかんねえ」
着ぐるみ姿の自分を想像しても、全くピンとこない。詳しく問い詰めると「中で汗かきながらあたふたしてる姿がステキ」とのことだった。よくわからない。
「クローゼット見ていい?」
「別にいいけど」
唐突な所持品検査である。おおかた俺のファッションセンスの是非を問うつもりだろう。しかし彼女のだらしなくほころんだ頬から、なにかしらアタックを仕掛けるつもりなのだと直感した。いつものことであった。
「うっわー同じ服が3着ある」
「お気に入りのパーカーだぞ」
「なんか一周回ってハイセンスだね」
「もしかして俺バカにされてる?」
パーカーは大好きだ。なぜ好きなのか? 小さい頃母に与えられていた服がパーカーだらけだったからだ。ある種の洗脳教育。その驚異のブナンさで連続のヘビーローテションを組んでも「うわずっと同じ服着てる……」と引かれないのがポイントである。決して服に目がいかないほど地味というわけではない。断じてない。ないのだ。
そんなこんなでクローゼット・アドベンチャーを繰り広げていた彼女だが、突然手を止めて「おっ」と声を上げた。
「あるじゃんオシャレ服」
「あー……」
「どしたの?」
「それ初デートに着て行ったやつだ」
なんだか妙にカッチリしたジャケットが発掘された。恥ずかしいので詳細は控えるが、まあ、オシャレな服であった。
今こそこんなロマンスもへったくれもない奇妙な関係を楽しんでいるが、当然始まりの頃は普通のカップルだったのだ。
やはりというべきか、彼女はにぱっと咲くように笑うと、その服を持ったまま俺に顔を近づけ、ねだるように体を揺らした。愛らしい猫のようだった。
「着てよ」
「やだ」
「一生のお願い!」
「もう6回くらい聞いたよそれ」
「好きな服着てあげるから!」
好きな服。
脳裏になんだかいかがわしい格好が浮かんだ。多感な男の子にそういう発言はNGである。大人になっても男児は男児、脳内の六割はふわふわしたピンク色。ましてそこに愛情のエッセンスが加われば、言わずもがなケミカル・エクスプロードである。
「いまヘンなこと考えた?」
「考えてないよ」
「カワイイなあ顔赤くしちゃって」
しまった。彼女がメンタリスト並みに俺の感情を読み取るのが得意ということを忘れていた。
完全にちょっかいモードである。こうなっては止まらない。満足するまで俺をイジり倒し、茹でダコのごとく真っ赤になるまでじゃれてくるつもりだ。
「どんな服着てほしいの?」
「いや……」
「言ってごらんよ怒らないから」
言えるはずもない。サンバ・カーニバル・ダンサーもビックリの露出度であった。男児の想像力たるや、パブロ・ピカソに匹敵すると言っても過言ではない。
ここはごまかしの一手に限る。彼女もなんだかんだで乙女、イケてる台詞の一つで討ち倒せる。渾身のキメ顔を作ると、俺は流し目で言った。
「君が着るならどんな服だってステキさ」
「ごまかそうとしてもダーメ」
「えぇ~」
瞬殺であった。
「まあいいや」
「いいんだ」
「何言っても着てくれないでしょ?」
「恥ずかしいからな」
「多分初デートの写真残ってるしOKだよ」
「えっ」
「それ見て一人で笑うから」
「ひどい」
抜かった。過去の俺よ、なぜそんな写真を撮ったのか。思い出にも取捨選択の権利があるはずだ。
ところで、初デート。思い返せば、なんとも青かったなあ、という感じである。彼女はいつも通りだった気もするが。ガチガチに緊張している俺を見てニヤニヤ笑いを浮かべていた気もするが。
「ね」
「うん?」
「デート行かない?」
「初デートの場所でか」
「うん」
彼女から告白されて、ポーカーフェイスを崩壊させながら受諾して、翌日のデートだった。妙に気張った珈琲店で飲んだブラックコーヒーがとても苦かったのを覚えている。
「オシャレしたほうがいい?」
「ううん」
彼女はいつものように、心の底から楽しそうに笑うと、「部屋着のままは流石にアレだけど」と前置きをして、続けた。
「適度にダサくなきゃ困るもん」
「どういうこと?」
「だってこれ以上カッコよくなったら取られちゃうでしょ?」
やられた。やはり彼女には敵わない。
「行こうか」
「部屋着は脱いでね」
「Albatrossじゃダメ?」
「アホウドリは流石にねえ」
閑話終わり。ブナンなパーカーを着込んだら、また次の語らいに想いを馳せる。
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