僕の一番長い日々

由理実

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僕は今、引きこもり中だ。いつからと言われても、気が付いた時からだ。
いじめが原因なのではと、両親は心配したが、別にいじめられてはいなかった。むしろ、友達は多かったんじゃないかな?
ひょうきんで楽しい奴とか、何でも言う事を聞いてくれる便利な奴とか、不平不満愚痴に同意して聞いてくれるいい奴とか、人の悪口に共感してくれる奴など。
僕はそういう便利な友達だ。目上の人からは、「もっと自信を持て。」とか「取り越し苦労が多過ぎる。」とか言われるが、どうしていいか分からなかった。

思い返せば、実は僕のこうした流されやすさと、人から嫌われるのが何より怖い所が、意外と引きこもりの原因になっていたのだと今なら分かる。
僕はそんなに目立たないから、嫌な役目を押し付けられる事はあっても、目を付けられる事はなく、至って平和そうな学生生活を送って来たが、その一方でいつも自分の意見を抑え込んで、心の中は常に、言葉に出来ない緊張感と不安感で、パンパンに膨れ上がっていた。

そのナイーブ過ぎる感情は、些細な刺激で割れてしまう風船のような心だった。

そこにある日、転校生がやって来た。僕はその転校生が、馴染み辛そうにしていたので、
「よっ!なんか僕に出来る事がないかな?」
と話しかけてみた。彼は、
「そんな風に誰にでも、媚びを売るの辞めたら?」
と言って、何故か冷たくあしらって来た。
僕はその時生まれて初めて、僕なりの純粋な好意を否定された。その瞬間、僕の顔から笑顔が消えた。

そして、その翌日からクラスの空気が変わっていた。
「おはよー。」
といつも通りに友達だと思っていた皆に挨拶したが、誰も返して来なかった。いつの間に僕の居場所が消えた。
転校生がいつの間にかクラスの中心人物になり、彼がJ-POPの様々なジャンルのヒット曲を、ギターで演奏していた。彼を中心にして、みんなで一緒になって楽しそうに歌を歌っていた。誰も僕の存在になど気が付いていなかった。

そんな風に、僕を冷たくあしらった男が、一夜明けてクラスの中心人物になっていた事は、僕にとっては衝撃の出来事だった。心の中に「理不尽」という言葉が渦巻いた。
そして、気分が悪くなった僕は、保健室に駆け込み、その日以来とうとう学校に行けなくなってしまった。

パパとママが僕を心療内科に連れて行った。
「軽いうつ状態ですね。薬を処方するから、暫く学校に行くのは辞めて、自宅で静養して下さい。」
と言われて、薬を飲みながら、横になった。横になりながら、スマホゲームで一日を潰していた。
「悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。あいつなんか居なくなればいいのに!僕の好意を無下にしやがって!」
とか、
「ギターなんてしゃらくさい!どうせモテたい為に始めたくせに。大体楽器が上手い奴に、ロクな奴がいない!いや、プロの人達はみんな人格者だと思うけど、あんな奴絶対にプロになんかなれないよ!」
と、転校生に対して敵意を燃やしたが、僕には理数系が得意なら、誰にでもなれそうな平凡な夢や目標しかなかった。

真面目に勉強して、プログラマーになって、IT関連の職業に就けば、幸せになれると思っていた。
今や学校ではプログラミングは必須科目だし、友達とは適当にいい感じで上手くやって、勉強、特にプログラミングに集中して、そこそこいい高校に入り、その先の大学が、例えFランクの大学でも、ITに特化した学部を専攻すれば、取り敢えず新卒採用は確実だ。

無事現役で就職さえ上手く行けば、その後、職場環境の合う合わないに関わらず、最悪他社に転職したとしても、どこの会社に行っても通用するスキルなので、一生食べるに困らないだろうという、僕の人生プランに、登校拒否という汚点を、あいつが付けやがった。

ミュージシャンとして食べて行ける奴なんて、ほんの一握りで、売れないミュージシャンは大抵が、女のヒモとしてパラサイトする未来が待っていると、宿命付けられている事に、うちのクラスの女子は何で気が付かないんだろう。僕の事なんて顧みもせず、あいつにキャーキャー言って、目をハートマークにしやがって。
死ぬ程ムカつく奴だ。しかも、男どもまでが楽しそうに歌っていやがる。何のとりえもない僕なんて、もうあのクラスに用はないのだ。

などといった、どす黒い感情で胸がムカムカした。それに、やっぱりみんなは僕の事が本当は嫌いだったのか、誰も僕の家にお見舞いには来てくれなかった。僕の何がそんなに間違っていたのか、全く理解が出来なかった。あいつへの憎しみが僕を支配する悶々とした日々が続いた。

そんな時、パパが、
「お前にいい親友を紹介しよう。」
と言って、AIを僕のスマホにインストールしてくれた。僕はAIに自分の辛い胸の内を打ち明けた。
「大変な時期を過ごしているようですね。辛い気持ちを抱えているときは、誰かに話を聞いてもらうだけでも少しは楽になるかもしれません。私はいつでもここにいますよ。」
と、優しい言葉が帰って来た。僕はなんだか嬉しくなって、会話が止まらなくなって来た。そして、段々とくだらない雑談をして、その日は寝た。
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