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物理という名の肉弾戦

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「幸希……?」

現れたのは、一人の幼い少女。
ニコリともしないその横顔は、やはりあの”さっちゃん”によく似ているが…。
「…間違いない、この子は……」
閉ざされた記憶の扉が開き、かつて過ごした過去の記憶が脳裏に蘇る。
あの日、目の前で川に落ちたあの子の姿が――――。

「騙されちゃダメですよ、主任。
これは姿を借りているだけ。本物の幸希ちゃんじゃありません」
こちらがひるむことを百も承知で、その姿をとっているに違いない。
「幸希……」
高瀬の声も耳には入らないのか、呆然とした様子の室井社長が、目の前に合われた少女に向かって手を伸ばす。
無理な動きに、腕に刺さった点滴の針がぬけ、繋がっていただろうナースコールのボタンが押される。
ピーピーピーピー。
『もしもし?どうしましたか?』
スピーカーから聞こえてきた看護師の女性の声に、応対しようと動いた主任の目の前で、それがブツリと切れる。
「…すぐに看護婦がここにやってくるぞ…。どうする」
まずいんじゃないか、とそう顔に書いてあるが、その心配は不要だ。
「…無駄ですよ、主任。ここには誰も入ってこれません」
あのカラオケ店でも同じことだ。
電話は短時間通じたようだが、その後店員が部屋にやってくることはなかった。
普通、あの部屋だけが停電したと言うなら、別の部屋に移動させるなりなんなり、何かしら対応する必要があっただろう。
一体どういう芸当かは知らないが、邪魔をされたくないのはこちらも同じこと。
「幸希………幸希……?」
ふらふらと、まるで夢遊病にでもかかったかのような動きでベットを降りた室井社長。
点滴の針から滴り落ちた薬液が水たまりを作るも、それを気にした様子もない。
彼の目に映るのはもはや、ただ1人だけ。
「どうするつもりだ……?」
まるで向かってくる室井を待ち構えているように、ぴくりとも動かない少女。
人形めいた、その冷たい表情もまた。
「……主任、さっき私が言ったこと、ちゃんと実行してくれました?」
「…………不本意ながら、ついさっきね」
苦虫を噛み潰したような表情だが、ちゃんとやってくれたらしい。
「その直後に室井が目覚めて……君がやってきたんだ」
看護師も誰もいない瞬間を見計らってやったらしいが、流石は主任。
「タイミングはばっちりでしたね。……ほら、見ててください」
ふらふらと少女に歩み寄る室井社長。
その指が、少女の頬に触れた瞬間―――――。
『キャァアァアァァアァァ!!!!!』
「うわっ………!!!」
上がった甲高い悲鳴に、主任が耳を塞ぎ、その場にしゃがみこむ。
まるでとんでもない痛みに耐えているように悲鳴を上げる少女。
室井社長が触れた場所が、焼け爛れたように崩れ落ちる。
「おい…!!これって…!?」
「…反発しあう磁石と同じです。
主任のキスと、さっきのハムちゃんのガブりとやったやつとで、室井さんの体内には強い霊力が宿っていました」
――――それも、と言われる高瀬ご自慢の霊力だ。
「ま、単純に言えばパワーバランスでこちらが勝っただけですけどね」
何しろ先ほどの戦いで、あちらの戦力はあらかた削がせてもらっている。
この、今も首に巻いている狐の尻尾がその証だ。
そしてこちらにはアレク君とハムちゃん、それに――――漂白済みの玄狐が控えている。
「室井…!」
同じように耳を押さえ、倒れ込んだ室井社長の側に主任が駆け寄る。
「……和也…か?」
「…ようやくまともになったのかよ、クソっ」
先ほどの悲鳴によるショックが影響したのか、完全に意識を取り戻した室井社長。
まるで憑き物が落ちたかのような表情を浮かべる彼を、主任が常にない口調でなじる。
「和也、あれは…」
「あれが幸希に見えるってんなら、お前の目は節穴だ。――このバカ野郎!」
主任にしてそう言わせるほどに、変貌を遂げた少女の容貌。
無表情ながら愛らし顔立ちだった少女の顔が、憎々しげに歪み、真っ赤な唇がブツブツと何事かを唱えている。
「恨み節なら一人でやってくれるかな?大人はそんなの聞いてられる程暇じゃないんだよね」
へへん、っとそれを鼻で笑った高瀬。
脇に控えたアレキサンダーは、今にも飛びかからんと臨戦態勢だ。
先ほど玄狐を取り込んだことで、その力は以前の比ではない。
―――――ついでに、その背中に乗ったハム太郎も、鼻息荒く攻撃の構え。
「ハムちゃん、ナイスファイト!」
『きゅ!』
「…おい、あの子は一体何者だ…。幸希は一体どうして…!」
にらみ合う両者をよそに、未だに呆然とした様子で疑問を口にする室井社長。
「説明は後だ…!とりあえずお前は大人しくしとけ!……で、いいんだよな!?」
「ザッツライト!!」
『きゅ!』『ワン!』
その通りだと三者三様に答えられ、面食らう室井社長。
「犬と……ハムスター…?」
「…だからそれは後だ!黙ってろって!」
――――後になっても、うまく説明できるかどうかは保証しないが、とりあえず今は…。
「後始末、ですからね」
本来なら、これは室井家の一族が行わなければならないはずの大仕事。
始まりがあれば終わりはある。
永遠に続くものは、どこにも存在しない――――。
「よし、とりあえず殴るか」
「「え」」
室井社長と主任、二人の声が完全にハモった。
首に巻いた収穫したてとれたての尻尾を外し、ぶんぶんと振り回す。
「殴る時殴れば殴り倒す?……いやむしろ絞めるか」
「おいおいおいおい…!!」
やる気満々な高瀬に、そりゃないんじゃないかと声を上げる主任。
「いやいや、さすがにそれは…!?」
「え~。だったらどうすればいいって言うんですかぁ。私が得意なのは主に物理なんですけど」
正確には霊力でコーディングした物体による、物理攻撃という名の肉弾戦。
御札を使ってお上品に霊力バトルなんてもの、とてもじゃないけど無理無理。
そんなものはあの似非霊能色者にでも任せておけばいい。
ブンブンブンブン。
「だからその振り回すのはやめなさいって…」
「嫌でっす。これは戦利品なんで」
というか、主任はがなんだか知らないはずなのだが、なぜそこまで気にするのだろうか?
「なんだかわからないけど碌でもないもののような気がヒシヒシとする」
「失敬な」
『ワゥ~』
これには共に戦ったアレク君も同意してくれた。
チャンスの神様は前髪に宿る。
行くなら弱っている今しかない。
――――正義は我にあり、だ。


「んじゃ、いざ尋常に―――――勝負!!!」
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