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比丘尼塚伝説編①

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「おぉう……」

入口を入るなり、モン○ンに出てくる獲物レベルの存在感放つ猪の剥製に迎えられ、思わず仰け反る高瀬。

「こりゃまさに、でかい、硬い、黒い、って感じだなぁ」
「ケンちゃん、ボディビルダーの褒め言葉じゃないんだからさ………」

何気ない仕草でペシペシと剥製の頭を叩く賢治にツッコミを入れつつ、ちらりと見るのは宿の人間と会話中の竜児の背中。
高瀬と賢治は完全に茅の外だ。

「ケンちゃんはあっちで話さなくていいの?」
「俺はほら、今回は子守担当だから」
「……子守り」

それはもしかしなくても私のことですかと、じとーっとした目で賢治を見上げる高瀬。

「ま、俺の役得だな。
細かいことは竜児に任せて、俺らは実働班ってとこ」
「つまり交渉事担当は竜児で、私たちは物理担当と?」
「そういうこと。珍しく話が早いな、タカ子」
「私とケンちゃんの組み合わせじゃそれしかないでしょ」

なんとなくだが、求められている役割は理解した。

地方。
旅館。
事件。

「なるほど今回は金○一少年的なノリなのか」

もしくはコナン君。
気分は名探偵だが、頭を使うのは竜児の担当と決まっている。
ここはヒロインポジションを誇示したいところが、ちょっとそれはおこがましいかも知れない。

「つか何の前情報もなしに行く先々で事件に巻き込まれるって、最早疫病神か呪われてるかのどっちかだよな、あれ」
「一流の名探偵は死亡フラグの建築も一流なんだよ、きっと」

うんうん、と頷いたところで、交渉事を終えたらしい竜児と合流。
この宿の中居らしい女性が後ろに控えており、「今から部屋に案内するそうですから、行きましょう」と促される。
正直ちょっとワクワクだ。

「寝る前に枕投げでもするか?タカ子」
「大変魅力的ですがその前にちょっとまった。まさかの3人相部屋!?」
「「当然」」

いやいやいや。

「ダメでしょ!?嫁入り前の娘が男ふたりと同室とかどう考えてもまずいでしょ!?」

こういう時、部長と主任ならまず間違いなく部屋は別にしてくれる筈。
まぁ、泊まりがけの出張になる時はそうないが、とにかく同室なんて考えもしないのが普通。
普段さんざん竜児の自宅にお泊まりしていることはさておき、高瀬にも世間体と言うものがある。
しかし世間体を一番気にする筈の弁護士様の意見はは流石だった。

「今更何を言っているんですかタカ子。
どうせ嫁に行く場所は決まっているんですから、既に嫁いだも同然でしょう」
「だから待て。私は売約済の仔牛か」

頭の中に流れるのは紛れもないドナドナだ。

「……とまぁ、冗談はここまでにして。
和洋室タイプの部屋を用意してもらいましたから、少なくとも寝室はきちんと別にできますよ」
「そっちのベッドはキングサイズらしいぞ?寂しがらずに一人で寝れるか?タカ子」
「別に僕とタカ子が二人でベッドに眠るのでも構いませんが」
「キングサイズだから3人でも寝れるぞ?きっと。折角だから昔みたいに川の字で寝るか?
今更恥ずかしがるような間柄でもないだろ、遠慮すんなって」
「その場合寝ぼけたタカ子にベッドから蹴落とされるのは賢治、君でしょうね」
「毎回なぜか俺が蹴られるんだよなぁ。なんで?」
「寝相にまで責任はもてないから聞かれても無理」

というか、折角寝室が別で安心したというのに、これではなんの意味もない。
思い切り流された上に大した抵抗感がないとは言え、適齢期の男女3人としていいのかこれで。

「まぁ仲がおよろしいこと。……三人でなんてあらお盛ん……おほほほほほ」

その3人の会話を耳に、どことなく生暖かな謎の笑み浮かべる中居の女性。
なんか間にぼそっと妙な言葉が挟まっていた気がするが、気のせいだろうか。
気にはなるが、主に自分の精神衛生の為に、彼女の目に自分たちがどう写っているのかは聞かずに置くことにする。
最早旅の恥はかき捨てだ。
さっさと覚悟を決めて諦めるしかない。

「さぁ、こちらへどうぞ」

雛の間、と書かれた部屋の前で立ち止まった中居に案内され、中へと足を踏み入れて驚いた。

「おぉ・・・・・すごい豪華なお部屋」
「当館最高級のお部屋をご用意させていただきました。
昼食をまだお召し上がりではないということでしたが、お荷物の整理が済みましたらこちらのお部屋まで膳をお持ち致しますか?それともこれからどこかでお召し上がりに?」

それでしたら近くの店へとお連れしますのでご連絡を、と控えに告げる中居に礼を告げ、面倒なので膳を部屋まで運んでもらうようにさっさと依頼する賢治。
高瀬もそれに賛成だ。
せっかく部屋に落ち着いたのに直ぐに移動ではあまりに忙しない。

「しかし本当にすごい部屋だね。
……あ、本当にこっちがベッドルームになってる」

案内された部屋はこの旅館の貴賓室とでも言うべき場所らしく、竜児の説明通り、部屋には和室と洋室、それか今のような部屋が三つ、それぞれ区切られて存在している。
3人どころか倍の人数でも余裕で泊まれそうな立派な部屋だ。
普通に泊まったら一泊いくらだろう。

「別に僕がここを指定したわけではありませんよ。
先程も少し話しましたが、今は旅館業務もほぼ休業中ですからね。部屋も余っていたんでしょう」
「あれ?じゃあ、宿代とかか……」
「必要経費に含まれますので相手持ちですね」
「おぉ…」

どんな依頼かは知らないが、太っ腹だ。

「ちなみに旅の最中に呑み喰いしたもんも全部必要経費として落とすつもりだから、好きなもの食っていいって話だぞ」
「おぉ!!」

それは純粋に嬉しい。

「相手は金には困らない政治家先生だからな。
たっぷり使い込んでやろうぜ」
「え?依頼人って政治家なの?」

さらっと流されたが、初めて聞いた。

「今は伏せるが、タカ子も名前くらいは聞いたことがあると思うぞ。テレビなんかにもたまに出るし、今は大臣も勤めてる相手だ」
「大臣……」

そんな相手からの依頼、一体何だろう。
というか、そんな相手が二人に一体何を頼んできたというのか。

「ちなみに言うとこの依頼を受けたのは竜児で、俺はいつも通り実働要員兼助手としてコイツに雇われてる形な」
「タカ子、君は僕の婚約者ということになっていますので、そのつもりで」
「!?」

なぬ!?と竜児を振り返る高瀬を、「まぁ便宜上だから」と笑顔でなだめる賢治。

「タカ子を俺のアシスタントとして、ってのも考えたんだが後々のことを考えるとそれもな。
今回の件に関してタカ子に力を貸してもらう可能性は高いし、その分の人件費も本来発生してしかるべきなんだが、なにしろその説明が難しい。
話し合った結果、一応今回タカ子の扱いは、正月早々恋人と離れたくなかった竜児が個人的に連れてきた婚約者ってことになってる」
「……婚約……」
「ひとまずタカ子の身の安全を第一に考えてな。
竜児の婚約者なら相手も無下には出来ないし、名目上霊能者として扱うってのも考えたんだが、下手に名前が広まっても厄介だ。タカ子はそっちの道で飯を食ってくつもりはないんだろ?」
「勿論。今の仕事も気に入ってるし、霊能力者とか絶対ないから」
「俺たちもタカ子はそれで正解だと思ってる」

大きすぎる力は時に禍をもたらす。
高瀬の能力は、あまり表に出すべきではないというのは昔から三人共通の見解だ。

「名を売るつもりならうってつけの相手だが、有名になりたくないのなら影に隠れているに限る。
さしずめ今回のタカ子の役割はヒロイン役だな。
まぁ、それほど気にする必用はないが、一応そういう話になってるってことだけは覚えておけよ?」
「う~、了解」

冗談半分にヒロインを気取っていたらまさかのマジだった。
年明け早々またこのネタか、とは思うが、どうせ遠く離れた地方、部長の関係者と出会う可能性はほぼゼロ。
今回はこれで押し通すしかないだろう。

「ってか、私と竜児が婚約者同士ってなってるなら、ふつうケンちゃんは別の部屋に案内されない?」

常識的に考えて、カップル同士を同室にするのは理解できるが、普通助手まで一緒の部屋には案内しない。

「そこはほら、な?」
「僕の婚約者はお嬢様育ちなので、世話役の下僕(=賢治)がつきっきりで側にいないとまともに生活できないと説明してあります」
「おい」

なんだそのとんでもないホラ話は。

「流石に僕と二人部屋ではタカ子が納得しないでしょうし、かといって君を一人にして賢治と二人で同室というのも僕にとってあまり歓迎できたものではなかったもので」
「結果、私が二人の男を侍らせたおバカお嬢様扱いされてるわけか」

あの中居の生ぬるい視線はそのせいかと今更ながらに納得した。
風評被害がひどすぎる。


「とにかく一度落ち着きましょう。タカ子、君の着替えはこちらのクローゼットに入れておきますから、後で確認を」
「ん~」

最早勝手に用意された着替えにツッコミを入れる元気すらなく、ひとりぽすっとキングサイズのベッドに顔から突っ伏す高瀬。

部長たちと初詣に行ってからまだ数時間仕方っていないはずなのに、随分遠いところまできてしまったものだと思いつつ、まぁなるようにしかならないかとため息を吐く。
そこでまだ何か忘れているような気が…と考え、ようやくあることを思い出した。

「・・・・・ハッ!!!そうだ、福袋!!!」

中塚女史達と買い物へ行く約束の日が今日だったことに気づき絶叫するも、時に既に遅し。

「中塚先輩たちから電話とかなかった!?」
「勿論、丁重にお断りしておきましたよ。今の君は、インフルエンザで寝込んで僕の家で看病されていることになっています」
「初耳!!」
「無断で約束を破るよりはいいでしょう?連絡が付かないのではあちらも心配でしょうし」
「気を使うところが違う!!」

全力で叫んだところで、くぅとお腹が悲鳴を上げる。

そういえば朝ごはんすら食べていないんだった。
今頃本当ならきっと、中塚女史たちと美味しい年明けスイーツを堪能していたはずなのに。

恨めしげに竜児を睨む高瀬の耳に、トントン、と戸を叩く音が聞こえてくる。
どうやらお昼の善、とやらの用意ができたらしい。

「ほらタカ子、まずは食おうぜ
例の彼女らには、経費で土産をたっぷり用意してやるから、な?
それで怒られたら一緒に謝ってやるし。
今回の件についての説明もしたいしな?機嫌直せって」

とにかく飯にしようと促され、仕方なく頷く高瀬。
文句を言うにも力がいる。
腹が減っては戦ができぬ。

数分後、美味しい料理を前にころっと機嫌を直す高瀬がいたのは……まぁ、お約束だろう。
チョロすぎる高瀬を見守りながら、「ほら、こっちも食え」と料理を差し出す二人の視線は暖かい

三人の旅はまだ、始まったばかりだった。
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