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エピローグ①

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ーーーーー翌日。

「ですから、ものすごく大変だったわけなんですよ。
美少女を侍らせたオッサンが黒幕の下っ端で、ぶちょーがもふもふでアオーンて吠えて、ピーちゃんが仲間を呼んで止めを刺してーーーーー」
「うん、ごめん高瀬君。
まともな説明を期待した俺が馬鹿だった。全く意味がわからない」
「失敬な!!」
「そもそもここは社内だよ?上司に説明を求められてるのに、なんで口の中がリスみたいに膨らんでるの?そのほっぺにはいくつクッキーが入ってるのかな?ん?」
「セクハラです。口の中身とかなんとなくいやらしい。そしてこれは正当な報酬なので誰からも文句は言わせません。文句を言うならむしろこのまま冬眠します」
「栄養つけて冬眠って、それリスじゃなくて熊だろ」
「むしろ狸寝入り?」
「ーーーーあながち間違ってないけど、それ自分で言うセリフじゃないから」

労いの意味を持って社長からプレゼントされた高級洋菓子の丸い缶を机の上にドンとおき、口の中に放り込んではもごもごと咀嚼しながら答える高瀬。
主任にも一応お裾分けしようと思ったのだが、当然のように断られたのでほぼ独り占め。
デスク周りは一人お茶会状態。
どう考えても仕事をしている人間の態度ではないが、あんなことがあった翌日なので、それくらいは大目に見てもらえると思う。
というか、見て欲しい。

「だからしょうがないじゃないですか。めちゃくちゃお腹がすいてるんですもん!」

ついでに言えば、筋肉痛が結構ひどい。
身体はほとんど動いていないはずなのに筋肉痛とはこれ如何に。
おもしろがった主任に朝方散々つつかれたので、今は少し主任との距離をとっている。
最もそんなことを気にする主任ではなく、逆に面白がって散々弄ばれ、筋肉痛が余計に悪化した。

いつか絶対仕返しする。
正座で痺れた足とかを遠慮なくつついてやると心に誓いつつ、新しいクッキーを口に放り込む高瀬。

「というか、あんなことがあった翌日でも人は当たり前のように仕事をしてるんだなぁと思うと、大人になったなとしみじみ感じますよね」
「大人なんて所詮、社会の小さな歯車だからねぇ。
有給なんて砂漠の蜃気楼みたいなもんでしょ」

つまり、幻。

「オカルトよりもむしろ現代社会に垣間見える闇が恐怖です」
「谷崎も少し働きすぎだったのかなぁ?」
「主任、ここは私たちが倍速で働いて部長のフォローをするべきところでは」
「高瀬君が倍速で働いたところで、埋められる穴は奥歯に空いた虫歯くらいの大きさじゃない?」
「その一本が命取り。虫歯を舐めると老後が楽しめなくなりますからね!」
「うん、見事に話がどんどんずれてくね。これは俺が悪かったの?」
「いえっす!!」

虫歯とか変な喩えをするから、頭の中でドリルを持った虫歯菌が踊り始める羽目になるのだ。
虫歯建設株式会社、なんて歌があったなぁと懐かしく思うが、奥歯の詰め物だって立派な社会の役割の一つだと反論したい。
だがせめてもう少し大きな仕事ーーーせめて落とし穴の穴埋めくらいはしたいものである。


何はともあれ、あのあと無事に病院へとたどり着いた高瀬。
二人の女性が無事に目覚めたことを知りほっとしたのも束の間、聞かされたのは部長が倒れたという信じられない一報だった。

「ま、高瀬君が戻ってきたらすぐ意識を取り戻したことだし、あれも一種のかまってちゃん現象だったのかな?」
「部長に言ったら怒られますよ、それ。
というか、お医者さんが言ってたじゃないですか。過労による一時的な貧血だって」
「今時医者の言うことを全て鵜呑みにする人間なんていないよ?そもそも高瀬君はあの時の状況を見てないからそんなことが」
「あの時の、状況?」

何かを言いかけて、一瞬口ごもる主任。

「……実は谷崎が意識を失う前にーーーーーーいやーーーでもあれは……」
「なんですか、はっきりしてください主任」

部長の身に何が起こったというのか。
主任には何かしらの心当たりがある様子。
次の言葉を待つ高瀬だったが、主任は言いかけた言葉を飲み込み、真剣な表情で高瀬を見つめ、こう切り出した。

「……ねぇ高瀬君。谷崎っぽい性格のでっかい狼とやらが出てきたって、いつごろだった?」
「?いつごろ……と言われても」

時計を持っていたわけでもないし、時間の概念などほとんど無に等しい。

「だけど、タイミング的に見てどう考えてもぴったり合うんだよな………」

ボソリとしたつぶやきに、主任の言いたいことはなんとなくわかった。

「あの狼が本物の部長だったってことですか?まっさかぁ!いくらんでもそれは……」
「絶対にないと言い切れるかい?」
「ーーーーでもあれ、結局のところアレク君が化けてたみたいですし」

物的証拠はこれといってないが、状況証拠から言ってあの巨狼がアレク君だった可能性は極めて高い。

「犬が狼に化けるって、その時点で既におかしいだろ」
「カラスが小鳥になるくらいだからおかしくないと思います」

あっと驚く大変身。
ついでに言えば狐だって当たり前のように人化する。
何が起こっても不思議ではない。

ちなみに言えばそのピーちゃん。
実は現在も高瀬の足元にて、落ちたクッキーのカスをちょこちょことついばんでいたりする。
普通に可愛いが、その正体を考えるとちょっと複雑だ。
そもそもこの子、元は紙だったはずなのになんでクッキー食べてるんだろ。

「まぁ、確かにいつものアレクくんとはちょっと性格が違うような気もしましたけど………」

姿が変化すれば性格にも多少変化があるのかもしれないと、そこは前向きに考えた。

「そのアレク君は結局部長について行ったんですか?」
「多分ね。午前中には診察が終わるはずだから、そろそろ帰ってきてもおかしくはない頃だよ」

昨日倒れたことが原因で、大学病院でのきちんとした診察を受けてくるように社長から命令された部長。
命令を守らず一度は普通に出勤してきた部長だったが、そこはさすが身内。
朝一番に社長専属の運転手付きハイヤーが手配され、憮然とした顔の部長は、売られていく子牛の如くドナドナされていった。
勿論、行く先は市場ではなく都内の大学病院である。

「あと、さっきこっちにも連絡が入ったんだけど、例の会社の社長令嬢とその婚約者も無事に目を覚ましたって」
「婚約者ってーーーーーー例のあの人ですよね?」

恋人の復讐のために、多くの人間を巻き込んで今回の事件を起こした元凶。

「一度は心肺停止状態にまで陥ったらしいんだけど、なんとか息を吹き返したみたいだね。
令嬢共々しばらくはリハビリが必要な状態だってさ。
社長の方は身体に現れてた痣がだんだん消えてきてるって」
「つまり、丸く収まったわけですね」

例の僧侶の呪いが無事に解けたということだろう。

「高瀬君のおかげだね」

珍しく素直に高瀬を褒め称える主任だったが、問題はそこからだった。

「……で、高瀬君的にはこのあとどうしたい?」
「どうするって………何をですか?」
「例の婚約者だよ。あの彼、このまま野放しにしていいの?結局全部彼のせいで起こった事なんだろ?」
「そうなんですよねぇ……」

そう言われれば、確かにそうなのだが。
黒幕らしき人物は不在、自称使いっぱしりのおっさんは逃走。
まだあの事件の完全なる全容が判明したわけではないが、あの婚約者が黒であることはほぼ確定。
だが、状況的に見て同情すべき点があるのも事実でーーーー。


「あの二人。残念ながらお腹の子供はダメだったみたいだけど、来年には予定通り式を挙げることになるらしいぞ」
「え!?婚約続行なんですか!?」

まさか、と流石に高瀬も驚いた。
一時期は自らの命をかけてまで復讐を果たそうとしていたというのに、そんなことがあり得るのだろうか。

「だって、あの人にとって令嬢はあくまで復讐のターゲットだったわけですよね?今回のことが失敗に終わった今、結婚する意味なんてないはずーーーー」

令嬢側としても、生まれるはずだった子供がダメになってしまったことで、無理に結婚しなければならない理由はなくなったはずだ。

「令嬢の夫として収まりつつ、今後も虎視眈々と復讐を狙うつもりとか……?」

ありえない話ではないが、だとしたらさすがにまずい。

「それがねぇ……。
おかしなことに目が覚めてから例の二人、ずーーーっと仲睦まじくべったりくっついてるんだって」
「は?」
「結婚も早めて、式は来年だけど、リハビリを終えて退院したら籍だけはすぐ入れるって」
「なんですかその急展開」

突然過ぎて全く意味がわからない。

「しかもね、令嬢の方は事故のショックで記憶喪失。
事故の時に庇ってくれた婚約者のことだけは覚えてたらしくて、ベタ惚れの状態らしいんだよね」
「ーーーーそんな、都合のいい話」

漫画でもあるまいし、と続けようとした高瀬に、「うんうん」と頷く主任。

「まぁ、普通に考えてありえないよね。そもそも婚約者が彼女をかばったっていうのもどうかと思うし…」

むしろついでとばかりに息の根を止めにかかっていてもおかしくないくらい、彼女たちを憎んでいたはずなのだが。

「ともかくその令嬢、目覚めてからはまるでなんだってさ」
「……人が、変わった………」
「それに婚約者も。今までは形式だけ婚約者として振舞ってたらしいんだけど、それが嘘みたいに献身的になって、嬉しそうに彼女の看病をしてるって。
彼女の方も、記憶喪失って割には案外しっかりしてるらしくて、どう見ても二人共、仲睦まじい恋人同士にしか見えないらしいんだけど……これどう思う?」
「どう思うって……」

そう聞かれて、一体何と答えればいいのか。
幸せそうなんだからいいじゃないですかといえばいいのか、それとも。

「俺なりに今回の事件を考えてみたんだけどさ。
その美少女付きのオッサン?ってのが言ってたっていうセリフがどうも引っかかるんだよな」
「用件が済んだ、ってやつですか?」
「そうそう。恋人の復讐が目的なら、そのセリフはちょっとおかしいだろ」
「……確かに」

あの時既に、呪いは破綻しかかっていたはず。

「ということはだ。本当は他に何か狙いがあって、それが達成されたからこそ後のことはもうどうでもよくなった-ーーーとも考えられないか」

………本当の、目的。

「それから最後に一つ。
高瀬くんが言ってた、『師匠』こと高木君。
例の現場には姿を現さなかったらしいけど、彼女、一体どこへ行ったの?」
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