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絞殺か撲殺か。

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暴力は何も生まないというのは定説だが、拳でしか解決できない問題というのもまま存在する。

「よし」
「……あー、嬢ちゃん?いくらなんでも短絡的すぎねぇかそりゃ」

ポリポリと頭を掻きつつ、高瀬のアグレッシブすぎる解決方法に戸惑う男。

「ひとまず沈黙はした」
「……沈黙っつーか気絶だろ、これ」

骸骨との正面衝突により意識を失い、大の字になって倒れた寺尾少年。
踏んだり蹴ったりのまさに満身創痍で、先程からピクリとも動かない。

「こうしてみるとただの人体標本みたい」
「……見た目だけならな」

そういえばどこぞの小学校で、偽物だと思っていた人体標本が実は人骨だったことが判明した、なんてニュースを聞いた覚えがあるが、ちょっと納得した。
骸骨=恐ろしいものと感じるのはそれが「死」を連想させるからであり、骨自体には特に恐怖を感じない。
言ってしまえばただのモノだ。

この場合もそう。
崩れ落ちた骸骨からは、先ほど感じたような得体の知れない恐怖は全く感じない。
まるで魂が抜け落ちてしまったかのようだ。

ーーーーまさかの一発ダブルKO?

ここまであっけなく沈黙されると、この後どうしたらいいかもちょっと悩む。

「そもそもこの骨どうしよう?」

放置したら殺人事件と勘違いされそうだ。
まぁ、死んだ年代が年代なので直ぐに誤解は解けるだろうが、無駄に市民を騒がせるのも申し訳ない。

「あ、いいこと思いついた」

どうせ乗りかかった船、龍一に頼んでこの骨を供養してもらったらどうだろうか。
ついでに賢治を呼んで寺尾少年を自宅まで運んでもらおう、と。

「竜児ーーーーーーー」

骸骨に背を向け振り返った瞬間、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、それは始まった。

「タカ子……!!」
「っ……!!」

一瞬、何が起きたのかわからなかった。
息ができない。


「おいやめろ……!!」

血相を変えた龍一がこちらに向かってくるのが見える。
竜児がスタンガンを手に一切の迷いなくそれを振り上げる姿も。


あ、首絞められてるな私、と。
もがきながら、妙に冷静な頭で納得した。
首を絞める手は恐らくだが、先程まで気絶していた寺尾少年のものだろう。

『きゅ!!!』

ハム太郎が必死にその手にかぶりつくが、抵抗の甲斐もなくあっけなくもう片方の手に振り払われ、地面に叩きつけられる。

「ケホ……ッツ!!」

首を絞める手がほんの少し緩んだ瞬間、喉を通る新鮮な空気に咳き込む。
霊体のはずなのになんで私苦しんでるんだろう、とか。
今更な疑問文を抱えつつ、こちらに向かってくる竜児へと助けを求めて手を伸ばす高瀬。


ーーーーだが。

「………ふざけた真似を!!」

寺尾少年を再び気絶させるべくこちらに駆け寄ろうとした竜児の足が、ぴたりと止まった。
竜児の悪態の原因はその足元。

走り出そうとする竜児の足を、地面から生えた白骨の腕ががっしり掴み取っていた。
スタンガンを振り、その腕を破壊しようと試みるが、骨はびくともせず。

「瀬津!」

その隙に動いた龍一が背後から寺尾少年に掴みかかるが、その手は高瀬の首にかけられたままびくともしない。
子供の力とは到底思えず、少年が再び何者かにとりつかれていることは明白だった。

「チッ……!!」
「ーーーーーーどうやらこいつは、嬢ちゃんを危険だと認識したみてぇだなぁ」


妙に間延びした声でのんびりと告げる男のその声に場が苛立つ。
協力しろなどとは口が裂けても言いたくないが、傍観するのはいいかげんにしろと殴りたくなるのは時間の問題だ。


クルシイ。
酸素なんて霊体には必要ないはずなのに、なんで苦しさを感じるんだろう。
そもそも、霊体って死ぬの?
たしか首をしめられて死ぬ場合って脳に酸素が送られなくなってどうこうってーーーーーーーと。

走馬灯のごとく駆け巡る妙な雑学でごちゃごちゃな頭。
初めて体験する明確な危険に、対象方法が見つからない。

足が地面を離れ、宙に浮いた。

「タカ子……!!」

少年の腕の力は徐々に増している。

もう、背後で何が起こっているのかを認識するだけの余裕もない。

必ずふたりが何とかしてくれる。
足元では少年をなんとか止めようとその足にかじりつくハム太郎もいる。

ーーーーーー大丈夫、大丈夫!
必ずなんとかなる、大丈夫!!

せめて隙ができればと、首を締められた状態のまま、後頭部を思い切り逸らし、そこにいるだろう少年めがけて頭突きを繰り出す高瀬。

よしっ……!!!

「うぐ……!」
「ゲホッ……!!」

やはり至近距離からの頭突き攻撃はそれなりに効いたのだろう。
首を絞めていた腕がパッと放され、そのまま地面に落とされる高瀬。

これで逃げられる。
そう思い、咳き込みながらもなんとか立ち上がろうとしたところで、耳に響く奇妙な音。

シャン………。
シャン……。

金属同士がこすれあう独特の音。

ーーーーーこれは?

「タカ子…!!」

しっかりしろと叫ぶ竜児の声にハッと顔を上げる。
その目の前で、ゆらりと立ち尽くしていた少年の体が、再びドサッっと倒れ落ちた。

「!?」

そして。

少年がいなくなったその場所。
影も気配すらもなく突如として現れ、高瀬の前にたっていたのは、骸骨でも少年でもなく。

「お坊……さん?」

ボロボロの衣服をまとい、骨と皮ばかりにやせ細った、餓鬼の如き一人の男。
僅かな皮こそ付いているが、今にもぼとりと落ちそうなほどに落ち窪んだ眼球は、先ほど見たばかりの骸骨の姿を高瀬に連想させる。

ーーーー彼があの骨の持ち主だと、直ぐに想像は付いた。

僧侶であると判断できたのは、その枯れ枝のような腕が握る錫杖によるところが大きい。
粗末な木の棒のようなもので作られたそれは、痩せた男の腕と同じ程の細さで。
てっぺんに取り付けられた遊環ゆかんが、腕を振り上げた男の動きに合わせてシャン・・・・と音を響かせる。

そういえば。
即身仏になる為に土中に埋められた僧侶は、生きている間ずっと鈴を鳴らし続けるってーーーーー。

生と死、人と仏の境界。
その音が途切れたとき、人は人ではなくなる。

杖を振り上げたその先にいるのは、まだ立ち上がることができず地面に手を付いたままの高瀬。
金属でできた輪と、木製の杖。
幼女を殴り殺すには、十分すぎるほどの凶器だ。

ーーーーー絞殺の次は撲殺……!?

そう悟った瞬間、咄嗟に腕を振り上げ、頭を庇う高瀬。

杖が風を切る男が聞こえる。
こちらに向かって走り寄る足音。
伸ばされた誰かの腕。

その腕に向かって無意識に手を伸ばした高瀬。

「ーーーーーーーーー!!!!」

振り下ろされた杖は、高瀬のすぐ目前にまで迫っていたーーーーーーーーー。
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