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間話 何でもない日じゃなかった10月~部長編~

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10月。

芋栗かぼちゃが美味しい季節、秋である。
秋といえばさんまがうまい。
秋といえば食欲の季節。

秋といえば、そう。

「魔性の季節」
「…………素直にハロウィンと言えないのか?君は」

なんでそうなるんだ、と。

先程得意先から頂いてきたばかりの土産用洋菓子を前に、はぁと深々ため息をつく部長。
パッケージには可愛らしい黒猫と幽霊、そして魔女が描かれていて大変可愛らしい。
10月限定。まさにハロウィン仕様だ。

「ええ~。意味合い的には同じじゃないですか。
ということで部長、このお菓子下さい。ついでに悪戯もさせて下さい」
「ついでの意味がわからんが、菓子なら好きにすればいいだろう。だが悪戯は断固断る」

ハロウィンにはまだ早い、と。
デスクに置かれた卓上カレンダーを指さし、日付を見て見ろと促す部長。

わかってます。
もちろんわかっていますとも。

「部長。不思議の国のアリスいわく、何でもない日こそめでたい、と」

彼女達はお茶会を開き祝うのだ。
「何でもない日おめでとう」と。

ーーーーだからハロウィンだって多少前倒しでもいいと思うんです。

そう力説したところ、無言で土産物を箱ごと渡され、しっしと追い払われた。

なかなかにひどい扱いであるが、文句をいって菓子を取り上げられるのみ困るのでさっさと退散するのみ。

手に入れた菓子折りを見下ろせば、そこに書かれたイラストの魔女が、こちらに向かってウィンクしている。

うむ。
これはあれだな。
魔女というより魔女っ子だ。


「個人的には私、魔女っ子よりは魔女になりたいタイプです」
「……意味がわからん」
「プリキ○アよりも断然魔女の宅○便」

派手なミニスカ衣装よりも、黒ずくめの地味なワンピースに萌える。
あれぞ大人の魅力。
青少年を惑わす魔性の女!

「………その具体例に意味はあるのか?」

答え:ありません。

「……わかった。ないんだな」

顔色だけで答えを正確に読み取った部長が大きくため息をつき、今度こそ部屋を追い出されるかと首をすくめた高瀬。


しかし。


「高瀬君」
「はい?」

なぜかそこで逆に手招きされ、菓子折りを抱いたままちょこちょこと近づいていく。
すると自らのデスクの中から何かを取り出した部長。

「ついでだ」

そう言って、ぽんと菓子折りの上に乗せられたもの、それは。

「ーーーーーーーー何でもない日なんかじゃない。今日は君の誕生日なんだろう」

赤いリボンのついた、プレゼントの袋。

「知ってたんですか?部長」
「当然だろう」

開けてみろ、と少し憮然とした表情で告げる部長に促され、恐る恐るリボンを緩めれば、そこに見えたのは。
黒い帽子とマントを身につけた、ハロウィン仕様のハムスターのぬいぐるみ。

・・・・・ではなく。

『きゅ!!』
「え、ハムちゃん?」

本物だ。
ぬいぐるみかと思いきや本物のハムちゃんだった。

これにはさすがの高瀬も本気で驚く。
そしてなぜか部長までもがぎょっとした顔をしているのはなぜだ。

「ん?ハムちゃん、何を持ってるの?」
『きゅ~?』

ハロウィン衣装を身につけたままのハム太郎がしっかりと腕に抱いているもの。
それは可愛らしい猫のぬいぐるみだった。
非常に触り心地の良さそうな毛並みのいい黒猫。

サイズ的に見て、今ハムちゃんが身につけているハロウィン衣装は本来その猫のものだったのだろう。
部長が非常に苦々し顔でハムちゃんに向かい、「返しなさい」と命令している。
思い切り知らんぷりされてるが。

と、いうことはだ。

「……これ、私のってことでいいんですよね?」

あのタイミングで渡されたのだ。プレゼント以外の何があるんだとじーっと部長を見上げる高瀬。

「そのつもりで用意したんだが………」

そこで言葉を切り、何とも言えない表情でハム太郎を見下ろす部長。

「……一体いつの間に混入したんだ……?」
「混入……」

なんかその言葉、ちょっとどうかと思います。
プレゼントの中に忍び込むハムちゃんもハムちゃんですが。
異物混入ならぬハム混入事件発生。

余程猫のぬいぐるみが気に入ったのか、それとも自分の方が可愛いという嫉妬なのか、なかなかぬいぐるみを手放そうとしないハム太郎。
もうこれはセットでいいんじゃないだろうか思いながら、菓子折りをデスクに置き、ひょいとハム太郎の背中をつまみ上げる。

『きゅ?』

「うんうん、かわいいかわいい」

部長権限でうちの会社のマスコットキャラとかにしたらすごくいいと思う。
今度是非、社長に売り込んで貰いたい。

「ありがとうございます、部長」

おぉ、肌触り最高!と、ハム太郎ごとギュッとほっぺに押し付け、笑う高瀬。

「部長」
「ん?」

ひとしきり黒猫の毛並みを堪能し、デスクの上にハム太郎とぬいぐるみを乗せた高瀬。
もう飽きたのかと思ってそれを見ていれば、まさに猫のような身のこなしですっとこちらに近づいてきた高瀬が、ちょんちょん、とスーツの袖を引っ張り、「部長、頭」と小さく囁く。

「……頭を下げろということか?」

首をかしげながらも言うとおりにすれば、更に擦り寄ってきた高瀬が腕にギュッとしがみつき、少しだけつま先立ちして、耳元で一声、「にゃおん」と、楽しげに鳴くと。

ちゅ!

「……!?」

キスされた。
もちろんほっぺに軽くだが。

驚いて高瀬の顔を見下ろせば、恥じらいどころかワクワクとした表情でこちらを見上げる魔性の黒猫。

「……今のは」
「お礼兼、今日のです」
「悪戯、か」

ハロウィンだから悪戯させろ、とは言っていたが、それがまさかこんなイタズラだったとは。
断固として断るといったものの、これは予想外だった。
こんな悪戯だと知っていれば、初めから甘んじて受けていたものを。

ーーーー勿論、俺限定での話だが。

「……その悪戯、ほかの人間には決してやらないように」
「うにゃん?」

つい、真面目な顔で念を押す部長に、招き猫ポーズで首をかしげる高瀬。

「そりゃ他の人にはやりませんよ。部長への悪戯はサービス料込みです。これぞ正しくリップサービス!」
「それは違う」

サービス料の意味がおかしい。
そもそもリップサービスだというのならせめて愛の言葉の一つも囁いて欲しいものだと思うが……まぁ、先ほどの「悪戯」だけでも、プレゼントのお返しには十分。
むしろお釣りが出るくらいだ。

「誕生日をサプライズで祝って貰えるのとかって、なんか愛を感じますよねぇ」

ハム太郎をつんつんとつつきながら、しみじみと語る高瀬。

「……君は、俺が君にプロポーズしていることを忘れてるのか?」
「忘れてはませんが、信じてもいませんでした。でも今無性に部長からの愛を感じます」
「……単なるぬいぐるみだぞ?」

高価なアクセサリーでも何でもない。
ちょっとした贈り物。
もっと高価なプレゼントも考えたが、未だ進展のない自分たちの関係を考え、妥当なところで手を打った。
これくらいなら気兼ねなく受け取るだろう、という打算付きで。

その目論見通り、素直に嬉しいと喜びを表す高瀬。
手元に残った包装用リボンでハム太郎をくるくる巻にし、なんとなくラッピング。
手のひらに乗せてみれば、案外満更でもない表情のハム太郎。

「誕生日を身内以外の誰かに祝ってもらうのって、特別な事だと思うんですよね」

誕生を祝うということはつまり、その人に対して、「生まれてきてくれてありがとう」と感謝しているようなものではないだろうか。

「及川高瀬27歳、目指す魔性の女。レッツ!」
「…ちょっとまて。なぜそこで女豹めひょうが出てきた」
「猫科最強の魔性といえばそりゃあ女豹でしょう」

一度はやってみたい女豹のポーズ。

にゃん is The みっしょん!

『きゅ!』

只今リボンにて絶賛緊縛中のハムちゃんも、勢いよくその短い手をあげる。

「……ほどほどにしなさい」

溜息を吐きつつ、何がほどほどになのか言っている自分ですらもよくわからない。
だが。

「今年もよろしくな」
「こちらこそ」

あなたが生まれてきてくれたこと。あなたに出会えたことが私の喜びです。

ーーーーーHAPPY BIRTHDAYを君へ。

何でもない日じゃなかった、特別な10月のある日。
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