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あくまでブレない矢部先輩。

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……猫を連れた若い男と、例の矢部先輩の兄が、一緒に?
それが本当であれば。

「状況的に真っ黒だな」

そうポツリとつぶやいたのは主任だ。

「……本当にそうなんですか?矢部先輩」

もしそうだとしたら、この猫は既に……。
どうか違っていて欲しいと願う気持ちとは裏腹に現実は残酷だ。

「――――あなたのご想像の通り、とでも言えば満足かしら」

皮肉げに口を歪みながら、中塚先輩を睨むように見つめる矢部先輩。

ってことはですよ、と。

「黒幕がいる、ってさっき言ってましたよね。
じゃあその黒幕っていうのが矢部先輩の見た若い男なんですか?
それに、例の人と別れたあと、矢部先輩通り魔にも襲われてましたけど……」

あれは、もしやただの偶然ではなく。

「黒幕かどうかはわからないけど、そっちは多分別人だったと思うわ。
ー――――ーむしろあの男の差金だったとしても驚かないけど」

「先輩……」

いくら義理とは言え、妹の命を狙うなんて……。
両親を殺害した疑惑がかかっている以上今更なのかもしれないが、人ごとながら胸が痛む。

「ケージに入れて猫を運んでた上、犯人と目される人物と接触があったってことは、その男が事件に関わっている可能性は高いな」

もう少し詳しく話をと乞われ、再び話し出す矢部先輩。

「………猫の入ったケージを持った男とぶつかった後のことです。
そのまましばらく歩いていたら、大通りを外れた路地でさっき見た男とアイツがこそこそ話しているのを見かけて。何を話しているのかわからないけど、きっとろくなことじゃないと思って……」

彼ら二人が別れ、その場から離れたのを見計らい、そのまま例の義兄の跡をつけたのだという。
猫を持った男も勿論気になったが、生憎追えるのは一人だけ。
矢部先輩にとっては当然の判断だった。

おそらくだが、中塚先輩が矢部先輩の姿を見つけたのは丁度その頃のことなのだろう。

そしてチャンスを狙い、矢部先輩は直接対決に打って出た。

「問いただしたのよ。どうなってるのかってね」

「じゃあ、お金っていうのは……」
「寺尾さんからだまし取ったお金の返済のことよ。
詐欺グループの主犯格が捕まった時、あの男を警察につき出すこともできたけど、あえてしなかったの。
少しずつでも、彼女に対する弁済を行うことを条件にね」

確かにそのまま牢屋に入ってしまったのでは、失ったお金は一円たりとも戻ってこない。

「最も全部口だけで、実際に返済したことは一度もないらしいわ。
それだけじゃなくこんな騒ぎを起こして自分の息子まで巻き込むなんて……」

つまり、お前のせいで実の息子が犯人扱いされて捕まったとぞ正面から非難していたわけだ。
一体何を考えているんだと問い詰めた矢部先輩は、相当頭にきていたんだろう。
それは、あの時見た様子からも十分に伺えた。

「詐欺グループが捕まったことでようやく悪い連中と手が切れたかと思ったのに、また妙な人間と手を組んで……」

はぁ、と深い溜息をつく矢部先輩。

「その、妙な人間ってのは?例の息子さんが見たってやつかい?」
「ええ。顔も見えない二人組だったそうです」
「……二人組……」

つまり、矢部さんのお兄さんを利用して何かをしようとしている人間が、二人?
矢部先輩のいっていることが本当なら、猫のケージを持っていた男と例の通り魔は別人。
だが今聞いた話では、矢部先輩の義兄を含め、その3人がつながっている可能性も捨てきれない。

「で、甥っ子くんは一体そいつらが何をしているところを目撃したのかな?」
「……それは……」
「……?何って……」
どういうことだろう。
怪しい奴らと話しているのを見かけた、というだけではなかったのか。

「ちょっと考えてみればわかるでしょ。
今時の若い子だよ?たかがその程度のことで遠縁を頼ってわざわざ相談しに行くと思うかい?」
「……確かに」

言われてみればその通りだ。

「なにか見ちゃいけないものを見た。そう思ったからわざわざ他の大人を巻き込んでまで父親を尾行してたんだろ」
「それって、つまり……」

ごくりと、喉が鳴るのがわかった。


「――――ー猫殺し。彼はその現場を直接見たんじゃないのか」

「!」

その瞬間矢部先輩の顔色が変わったのが、はっきりとわかった。

「ま、今までの君の言動を考えると、そう推測するのは簡単だよね。
つまり、実の父親がここ最近起きている事件の犯人であると考えた彼は、協力してくれる大人ーーーーつまり矢部君に協力を求めた。
その一方で自分も現場周辺をうろついて父親の姿を探してた……ってところじゃないの?」

その姿が近隣の住人に目撃され、今度の事件の最重要被疑者扱いにされてしまったわけだ。

「矢部先輩の言うとおり、息子さんはまったくの無罪、ってことですね」
彼が大人しく警察に捕まったのは、本当の犯人が自分の父親であると知っていたからなのかもしれない。

「え、でもちょっとまって。そうだとすればさっき言ってたその子が呪われてるかもしれない云々って話は……」

一体どうなったの?

はて?と首をかしげて矢部先輩を見る。
直後、ぎくりと肩を震わせたのを見逃さなかったのは主任だ。

「まさかと思うけど……。その子に取り付いてる幽霊が怖くて、電話で相談を受けたはいいものの、一度も実際に会ったことがなかった……とか?」

まさかだよね、と。
念を押すまでもなく、その瞬間矢部の顔を見た全員が、はっきりと確信した。

――――ーーーー図星か、と。

「それ、矢部先輩いくらなんでもひどくないですか!?」

そんな大事な相談を受けといて、幽霊が怖くて行けませんって!!

それはない、と思わず声をあげた高瀬に逆ギレする矢部。

「仕方ないでしょ!?初めて見たのよあんなにはっきりとした霊を!!しかも写真を見ただけでよ!?つまりそれだけ凶悪な霊だってことじゃない!!ヘタに関わって私まで祟られたらどうするのよ!!」

「!?」

ちょ、最後、最後本音出てますって!!
せめてその本音は隠しておきましょうよ!!
人のこと言えないけどっ!!
流石に部長が白い目を向けてますからっ。


「……あぁ~………。わかったわかった。
つまり、最近になって急に高瀬君に近づいてきたのは、彼に今回の事件の容疑がかけられて、流石にそんなこと言ってる場合じゃなくなりそうだったからってことか」

ということは、今回の件と直接どんな関係があるのかは、今のところ全くの不明。

「とにかく今はあの子が無実だってことだけわかれば十分でしょ!?」
「え~と、まぁ、その、はい……」

自己正当化を図るかのごとく息巻く矢部先輩の勢いに負け、仕方なく相槌を打ったものの、全体的に白けたムードが漂う。

せっかく話が繋がりそうになっていたのに、その糸口が一気に見えなくなってしまった。

「こっちにだっていろいろ事情はあるのよ!!」と、半分ヤケになって訴える矢部先輩。

うんうん、わかりますわかります。
いろいろ大変でしたよね。

でもひとつだけ言わせてください。

矢部先輩、あなた……。


「ほんっっとに、ブレない人ですね………」
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