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倍率どーん!

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「今の環境をどう思うかですか?そりゃぶっちゃけ快適ですけど」
あっけらかんとしたその口調に、主任がちょっと拍子抜けしたような顔だ。
「いや、むしろなんでそんな事聞くんですか?まさか配置替え!?アレク君の活躍で私がいらなくなったからどこか他の場所へ捨てようって言うんですかっつ!!そんなことしたら夜毎枕元に化けて出ますよ!(文字通り)」
恐ろしい想像をしてしまい、焦ってデスクを叩く高瀬に、「そんなことあるわけないでしょ」とすっかり呆れ顔の主任。
「むしろなんでそんな発想にになったのか教えてくれる?この際だからさ」
そういわれ、高瀬は少し考えた。
はて。なぜそう思ったのかと言われても。
「……?」
「もしかして自覚がない?」
訝しげに言われ困惑する。
「これまで派遣が長かったって言うから、その弊害なのかなぁ?もしかして」
「弊害…ですか?」
一体なんのことだろう。
「高瀬君はさ、なんだかんだ言って誰かのためにいつも必死になって動いてくれてるけど、自分のために俺たちに何かをさせようってきはあんまりないよね」
「え…?」
ついさっき差し入れをせびったばかりなのだが、それはノーカウントということにしてもらえているのだろうか。
その疑問が顔に出ていたのか、主任があっさりその答えをくれる。
「あぁ、勿論差し入れだとか食事だとか、その程度のことは別にしてだよ。
そのくらい普通の付き合いでもよくある話だし、額だって大したことはないし」
「むしろそれ以外に何をしてもらえばいいのかわかりません」
え、これ何の話ですか。
「自分が既に結構な割合で俺たちの弱みを握ってるって、自分で気づいてる?」
「弱み……?」
それはもしかしなくても、前回の主任のお友達の件だろうか。
だがあれは別に主任の弱みでもなんでもなく、主任はただ巻き込まれただけだ。
部長だって、主任のために色々と努力してくれた。
では弱みとはなんだろう。
あ。
「巨乳好きか!!」
「違うから」
ぱっと思いついた言葉を叫んだ瞬間、即効でダメ出しを受けた。
そしてこんこんと始まる説教。
「あのね。その程度なんの弱みでもないから。むしろそれは大抵の男にとっての常識だよ、常識。
俺や谷崎がその程度のことで弱みを握られたなんて思う訳無いだろ」
「えぇ!!!そんな、なんて恐ろしいっ!!」
「え、ごめんなんでそこで恐れおののいたのか意味がわからないんだけど」
「だって巨乳好きが常識なんてそんな恐ろしいこというからっ!!」
世の大半の男性が巨乳好きならば、自分など売れ残り確定ではないか。
その場合の引き取り手は既に見つかっているとは言え、個人的になかなかの衝撃だ。
主任は何かしばし考え込んだあと、両手をあげて降参を示した。
「……うん。俺が悪かった。さっきの発言は全くの嘘でもないけど、大抵じゃなくて、ある一定に訂正しとく。
ちなみに谷崎は胸の大きさとか全く気にしないタイプだから」
「おお…」
「…高瀬君相手だとなんでこう話がずれるんだろうな…?まぁ面白いからいいけど」
「主任、時間は有限ですよ。面白がらないで早く先を続けてください」
「それ君が言う?」
あからさまに納得のいかない表情の主任だが、まぁいいや、とすぐに気を取り直す。
「つまり高瀬君にとっては弱みを握ってる自覚すらもないってことか…」
呟いた主任の言葉を、高瀬がなんの悪気もなく否定する。
「え、そういうわけでもないですよ?
前回の時はちゃんと主任を助ければ弱みを握れるぜ!って思ってましたし」
あ、そういえば一度も使ったことないな、その権力。
すっかり忘れてた。
「…だからそれ、普通本人に言わないと思うよ?」
「てへ?」
つい口が滑った。失敗失敗。
「え、弱み握ろうとしてたの?」
「はい。せっかく入った会社をクビになりたくなかったし、部長と主任の弱みを握れば社内は私の天下だぜ!って」
おもいっきり主張したありし日の記憶をなかったことにはできまい。
「……その割には弱みを握られた感はなかったんだけど……。
高瀬君、君そういうの一度も態度に出さなかったよね…?」
せいぜいが差し入れを持ってきてほしいなと催促するくらいで、後はきちんと文句も言わず真面目に働いていた。
上司の弱みを握った部下にしては随分善良だ。
「だってさっきも言ったとおり、正直快適なんですもん、部長たちの部下って」
「……は?」
「なんで不思議そうなんですか?そりゃあ、嫌な相手が上司だったら話は別ですけど、別になんの不満もない相手に対して何を要求しろと」
賃上げ交渉……は社長とするべきだろうし。
ボーナス…を上げてくれるのは嬉しいが、入社1年目では正直平均額もよくわからない。
「部長にしても主任にしても既に気心はしれてますし、私が何を言い出しても大抵付き合ってくれますよね?」
「……うん、まぁね…」
「これでも私、今までの派遣先ではそれなりに大人しくしてたんですよ?」
「……確かに、俺たちも高瀬君がこんな面白い性格しているとは思ってもみなかったな」
ただの派遣社員だった時の高瀬は、出社時間の5分前に出勤し、定時ぴったりに帰っていく、ある意味なんの面白みもないただの事務員だった。
今でも、部長や主任、中塚女子といった気心の知れた相手以外には比較的大人しい性格だと思われているくらいだ。
「じゃあ、なんで俺らには素をだそうと思ったんだい?」
「そりゃ………」
そこまでいって、これまた返答につまった。
その結果、ゆっくりと小首をかしげ。
「………なんででしょうね?」
「それを俺に聞かれても…」
う~ん、ともう一度眉を寄せて苦悶し、ようやく答えらしきものを見つめた高瀬は、「強いて言うならば…」と言葉を続ける。
「部長たちのことを信じようと思ったからですかね」
「え?」
「いや、ほらよく言うじゃないですか。猫好きに悪い人はいないとか、犬好きに悪い人はいないとか」
「まぁ言う人はいるけど…」
「それと同じで、自分には見えないものをきちんと理解して容認することのできる人に、悪い人はいないと思ったんですよ」
つまりそれは、高瀬が部長に目をつけられることになった霊能力に由来すること。
「はじめ主任に会った時。主任は、霊感のある部長と同じものを見ることができない自分を、内心で辛く思ってましたよね」
「…!」
「部長だって、他人に自分の体質のことを話すのは大変な決断だったと思います。
それこそ言いふらされるかも知れない危険性だってあったのに、私を頼ろうと決意して身を任せてくれた」
正社員になりたいと思っていたのは本当だが、実際のところ決め手になったのは部長自身だ。
正直、霊と遭遇しているところを見らたのが部長以外だったら、その場でこの会社を辞めていた可能性だってあった。
部長達は絶対そんなことをしないと今では信じているが、霊感持ちだということがバレて面白おかしく噂される、そんなことは御免だと思っていた。
そんな経験が今までに一度もなかったわけではない。
こう見えて、案外逃げ足が早いことが自慢なのだ。
面倒事からはさっさと退散するに限る。
……まぁ、裏から竜児が手を回したというのもあるのだが。
「簡単にいえば部長のそばで働くのは魅力的に思えたんですよね。久しぶりに見つけたご同類だし、そういう人が上司なら楽しく過ごせるかなと。んで、折角落ち着ける場所を見つけたんだから、どうせなら長く楽しく働きたいなぁと思って…」
猫をかぶるのをやめて、最初から素を出してみたところ何の問題もなかったので。
「結果オーライ、私の見る目は間違ってなかったんだと思います」
えっへん。
「………高瀬君、君って人は……」
呆れ半分、驚き半分。
「んで、要件はなんでしたっけ?
……あ。そうだ。部長たちにしてほしいことはなにかないかって話ですよね」
「……違うけど……うん、まぁそれでいいかな?」
複雑そうな表情の主任だが、なんとか自分の中で折り合いをつけたらしい。
「んじゃ、主任!!!さっきの件ですよさっきの件!!」
「ん?」
もう忘れたのか、とデスクをバンと叩く高瀬。
「綺麗なお姉さんのいるお店!!」
「……………」
「あ、ダメなら主任の元カノ紹介してくれるんでもいいですけど。主任の元カノならきっと女子力高そうだし!」
我ながらいいことを思いついた。
「そうだ、ついでに部長にも同じことを頼めば2倍の女子力をゲットできる計算に……」
「ならない。ならないから。女子力を単純計算で求めない。というか、さすがに谷崎にそれを聞くのはどうかと思う」
「え。ダメなんですか?部長のことだからさぞやセレブな元カノが…折角だから参考までに……」
「男の尊厳を木っ端微塵に砕くような真似はやめておこうね、高瀬君」
「ぶーーーーー」
「ブーたれてもダメ。さすがに谷崎が気の毒すぎるから」


強い口調でいわれ、部長の前ではこの話は決して言わないようにと誓ったのだが…。
あれ、もともとなんの話をしてたんだっけ。


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