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なぜこのような場所に子供が、と思うが、その小さな背中に背負ったかごの中身を見れば一目瞭然。
「坊主、こんな時間に薬草採取……か?」
「おうよ」
姿を現したその子供ーーーー年の頃で言えば、10を僅かに過ぎるか過ぎないかといった少年は、服についた汚れをぽんぽんと払うと、驚いた顔の青年二人を見上げ、「そっちこそ、旅人か?」と生意気な口調で尋ねる。
「そうだ。都を目指して旅をしている最中でな。驚かせて済まなかったな、坊主」
「まったくだ」
うんうん、と頷く少年に、「おい、我らが謝る必要などどこにあるのだ!」と不服そうな東風。
だが、明らかにこのあたりに住むと思しき少年と、一過の客である自分たちでは、立場が違う。
この様子からして、少年にとってこのあたりでの薬草採取は日々の日課のようなものなのだろう。
だとしたら、邪魔をしたのは完全に自分達の方だ。
「おまけに大声まで出して、獣がこちらに気づいたらどうするんだよ?」
「!」
その正論に、改めてハッとしたした表情で辺りを伺う東風。
「人食い虎か!!」
「……虎?」
真っ青になった東風を見上げ、今度はきょとんと首をかしげる少年。
その様子に、何かおかしいと気づいたのは北鷹だった。
「街のものに、このあたりには人食い虎が出るという話を聞いたのだが、知らぬのか?」
「はぁ?人食い虎なんていやしねぇよ。猪やら熊ならしょっちゅう出るけどな」
「なに……?」
思わず顔を見合わせる二人。
張居に聞いていた話とはあまりに様子が違う。
これは一体どういうことだろう。
「言っとくけど、俺はこの山に住んでるんだぜ。
人食い虎なんてものがいるんだったら、俺もおっかぁも、とっくの昔に食われちまってらぁ」
はは、と馬鹿にしたように笑う少年。
「母御と二人でこの山に住んでおるのか?父親はどうした」
「いねぇよ、そんなもん。俺とおっかぁの二人っきりだ」
何の感情もなさそうなその言葉から考えるに、父親は少年が物心つく前に亡くなったかなにかしたのであろう。
「しかし、このような山奥に母親と二人など……」
少々危険ではないか?と尋ねれば、少年は「おっかぁはすごいんだぜ!」と誇らしげに胸を張る。
「おっかぁはこの山で取れた薬草を使って、薬師をしてるんだ。おっかぁの薬はよく効くんだ!」
「薬師か、なるほど。では坊主はその手伝いをしておるのだな。えらいぞ、坊主」
「えへへ」
誉められ、満更でもない表情の少年。
確かに、薬草を手に入れるためにわざと山奥に住んでいるというのならば、それは仕方のないこと。
事情は理解できないこともない。
もしや、亡くなった夫は猟師かなにかで、夫婦揃ってこの山で生業を立てていたのだろうか。
「しかし、張居殿に聞いた話しとはあまりに様子が違う。人食い虎を知らぬというのはちと妙だな……?
どう思う、東風殿」
こっそりと東風に耳打ちすれば、こちらもまた難しい表情。
「もしや、あの男が我らを足止めするために嘘をついたのではないか?」
「東風殿は本当にそう思うのか?」
「む……」
北鷹からすれば、張居の言葉に悪意があったとは到底思えない。
ほんの数日だが共に旅をして、その人柄が誠実であることは十分わかった。
そしてそれは、本心では東風も同じ事なのだろう。
張居には嘘をつく必要などどこにもない。
だが同じように、この山に住むというこの少年にも、彼らに嘘をつく理由はないのだ。
果たして、どちらが言っていることが本当なのか。
「………まぁ、虎が出ぬというのならばそれで良いか。坊主、邪魔をして悪かったな」
分からぬことを今ここで考えても仕方ないと、少年の前にしゃがみこみ、その頭をぐりぐりと大きな手のひらで撫でる北鷹。
まるで父か兄のようなその北鷹の態度に、どこかくすぐったそうな顔をした少年は、ちょっと顔を俯かせ、ためらいがちに口を開く。
「兄ちゃん達、旅の途中なのか?だったらーーーーーーーー」
そういいかけた、その時。
少年の顔色が一気に変わった。
「兄ちゃん、後ろだ!!!」
その刹那、草むらをかき分け、浅黒いなにか巨大な塊が、彼らに向かって一気に踊りかかった。
「うわぁぁ!!!」
咄嗟に避けたはいいが、そのままの勢いで尻餅をついた東風。
少年を抱き上げ、その場からすぐに立ち上がった北鷹は、尻餅をついたままの東風のもとに少年を下ろすと、「少しの間頼むぞ!どこかに隠れていてくれ」と声をかけ、再びこちらに向かってくるであろうその塊と対峙するべく懐の刃物へと手を忍ばせる。
ほうほうの体ながら、「い、いくぞっ」っと声をかけ、少年のともになんとか別の草むらへと隠れた東風。
突然のことに体がろくに動かないのか、その場でガクガクと震える少年。
こんな時、子供の扱いになれた北鷹であれば慰めの一言も言えるのだろうが、あいにく東風にそんな芸当ができるはずもなく。
「に、兄ちゃんっ!!!」
「ええい!心配するなっ!あの男は強い!何も気にせずここで待てば良いのだっ」
少なくとも自分はそうしてきた、と自慢できることでもないセリフを吐きつつ、少年の頭を押さえる東風。
「大丈夫だ。山賊だろうと化物だろうと、あの男は飄々と退治してのけた。
だから今回も、必ず無事で帰ってくる!!」
その必死な叫びを耳にした北鷹が、緊迫した状況の中でも少し口元を緩め、くすりと笑う。
その一瞬の隙を狙い、再びこちらに飛びかかる巨体。
だが、それは北鷹があえて作った隙だった。
逆にその懐へと入り込んだ北鷹は、そのまま獣を思いっきり裏返し、その内側に、懐から取り出した刃物を、一気に突き立てる。
「!!!!」
獣の断末魔の声が、山に響き渡った。
「坊主、こんな時間に薬草採取……か?」
「おうよ」
姿を現したその子供ーーーー年の頃で言えば、10を僅かに過ぎるか過ぎないかといった少年は、服についた汚れをぽんぽんと払うと、驚いた顔の青年二人を見上げ、「そっちこそ、旅人か?」と生意気な口調で尋ねる。
「そうだ。都を目指して旅をしている最中でな。驚かせて済まなかったな、坊主」
「まったくだ」
うんうん、と頷く少年に、「おい、我らが謝る必要などどこにあるのだ!」と不服そうな東風。
だが、明らかにこのあたりに住むと思しき少年と、一過の客である自分たちでは、立場が違う。
この様子からして、少年にとってこのあたりでの薬草採取は日々の日課のようなものなのだろう。
だとしたら、邪魔をしたのは完全に自分達の方だ。
「おまけに大声まで出して、獣がこちらに気づいたらどうするんだよ?」
「!」
その正論に、改めてハッとしたした表情で辺りを伺う東風。
「人食い虎か!!」
「……虎?」
真っ青になった東風を見上げ、今度はきょとんと首をかしげる少年。
その様子に、何かおかしいと気づいたのは北鷹だった。
「街のものに、このあたりには人食い虎が出るという話を聞いたのだが、知らぬのか?」
「はぁ?人食い虎なんていやしねぇよ。猪やら熊ならしょっちゅう出るけどな」
「なに……?」
思わず顔を見合わせる二人。
張居に聞いていた話とはあまりに様子が違う。
これは一体どういうことだろう。
「言っとくけど、俺はこの山に住んでるんだぜ。
人食い虎なんてものがいるんだったら、俺もおっかぁも、とっくの昔に食われちまってらぁ」
はは、と馬鹿にしたように笑う少年。
「母御と二人でこの山に住んでおるのか?父親はどうした」
「いねぇよ、そんなもん。俺とおっかぁの二人っきりだ」
何の感情もなさそうなその言葉から考えるに、父親は少年が物心つく前に亡くなったかなにかしたのであろう。
「しかし、このような山奥に母親と二人など……」
少々危険ではないか?と尋ねれば、少年は「おっかぁはすごいんだぜ!」と誇らしげに胸を張る。
「おっかぁはこの山で取れた薬草を使って、薬師をしてるんだ。おっかぁの薬はよく効くんだ!」
「薬師か、なるほど。では坊主はその手伝いをしておるのだな。えらいぞ、坊主」
「えへへ」
誉められ、満更でもない表情の少年。
確かに、薬草を手に入れるためにわざと山奥に住んでいるというのならば、それは仕方のないこと。
事情は理解できないこともない。
もしや、亡くなった夫は猟師かなにかで、夫婦揃ってこの山で生業を立てていたのだろうか。
「しかし、張居殿に聞いた話しとはあまりに様子が違う。人食い虎を知らぬというのはちと妙だな……?
どう思う、東風殿」
こっそりと東風に耳打ちすれば、こちらもまた難しい表情。
「もしや、あの男が我らを足止めするために嘘をついたのではないか?」
「東風殿は本当にそう思うのか?」
「む……」
北鷹からすれば、張居の言葉に悪意があったとは到底思えない。
ほんの数日だが共に旅をして、その人柄が誠実であることは十分わかった。
そしてそれは、本心では東風も同じ事なのだろう。
張居には嘘をつく必要などどこにもない。
だが同じように、この山に住むというこの少年にも、彼らに嘘をつく理由はないのだ。
果たして、どちらが言っていることが本当なのか。
「………まぁ、虎が出ぬというのならばそれで良いか。坊主、邪魔をして悪かったな」
分からぬことを今ここで考えても仕方ないと、少年の前にしゃがみこみ、その頭をぐりぐりと大きな手のひらで撫でる北鷹。
まるで父か兄のようなその北鷹の態度に、どこかくすぐったそうな顔をした少年は、ちょっと顔を俯かせ、ためらいがちに口を開く。
「兄ちゃん達、旅の途中なのか?だったらーーーーーーーー」
そういいかけた、その時。
少年の顔色が一気に変わった。
「兄ちゃん、後ろだ!!!」
その刹那、草むらをかき分け、浅黒いなにか巨大な塊が、彼らに向かって一気に踊りかかった。
「うわぁぁ!!!」
咄嗟に避けたはいいが、そのままの勢いで尻餅をついた東風。
少年を抱き上げ、その場からすぐに立ち上がった北鷹は、尻餅をついたままの東風のもとに少年を下ろすと、「少しの間頼むぞ!どこかに隠れていてくれ」と声をかけ、再びこちらに向かってくるであろうその塊と対峙するべく懐の刃物へと手を忍ばせる。
ほうほうの体ながら、「い、いくぞっ」っと声をかけ、少年のともになんとか別の草むらへと隠れた東風。
突然のことに体がろくに動かないのか、その場でガクガクと震える少年。
こんな時、子供の扱いになれた北鷹であれば慰めの一言も言えるのだろうが、あいにく東風にそんな芸当ができるはずもなく。
「に、兄ちゃんっ!!!」
「ええい!心配するなっ!あの男は強い!何も気にせずここで待てば良いのだっ」
少なくとも自分はそうしてきた、と自慢できることでもないセリフを吐きつつ、少年の頭を押さえる東風。
「大丈夫だ。山賊だろうと化物だろうと、あの男は飄々と退治してのけた。
だから今回も、必ず無事で帰ってくる!!」
その必死な叫びを耳にした北鷹が、緊迫した状況の中でも少し口元を緩め、くすりと笑う。
その一瞬の隙を狙い、再びこちらに飛びかかる巨体。
だが、それは北鷹があえて作った隙だった。
逆にその懐へと入り込んだ北鷹は、そのまま獣を思いっきり裏返し、その内側に、懐から取り出した刃物を、一気に突き立てる。
「!!!!」
獣の断末魔の声が、山に響き渡った。
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