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フレイヤの襲来

12話

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「あの・・・エーメさん、この方は一体・・・?」

なんとなく、聞きたくない、聞きたくはないが、聞かなかったら聞かなかったで、なんだか大変なことになるであ
ろうことは、すでに想像がつく。

ヴァーニスが小声で隣のエメラルドをつつくが、エメラルドは仏頂面のまま、口を開こうともしない。
どうやら、エメラルドにとってもあまり都合の良くない相手であることは、一目瞭然である。

(……その態度がものすごぉく不安だ)

しかし、そんなエメラルドやヴァーニスの様子にも、何ら気にすることなく、少女はにこやかな笑顔で、ヴァーニスへ己の正体を明かしたのである。
 
「はじめまして、ホーリー神父?私の名はフレイア・クレセント。そこにいらっしゃるエメラルドさんの同僚で、代々バチカン所属のヴァンパイアハンターをしておりますの」

――――やっぱりかっ!!
 
(・・・・またかっつ!?またなのかっつ!?エメラルドさんだけでも十分なのにっつ!!)

 差し出された答えのあまりに想像通りな展開にがくん、とうなだれ、心の中で激しく葛藤を繰り返す。

エメラルドに聞かせれば、「一緒にするな!」とくらいいったかもしれないが、そんなことを口に出せるはずもなく、表面上にこやかに笑うしかないヴァーニスは、恨めしげな上目遣いでエメラルドを見つめた。
エメラルド自身、不本意なことだったのか、さっきからぶすくれたままで愛想のかけらもない。

 小さな田舎村の牧師館に、ヴァンパイアハンターが二人、ヴァンパイアが一人。
しかもにこやかに挨拶を交わしている。

 (私は、呪われてるのか・・・・?)

 普通、こんな非常識な事体など、ありえないはず。

ちらり、と視線を向けた先では、フレイヤ(豊穣の女神)の名を持つ少女が、何の邪気もなく、いかにも神の恩寵をたたえたかのごとき微笑を浮かべている。
そしてすぐそばでは、物騒な緑柱石の瞳の女神が無言のまま睨みを利かせている。

 (・・・・私にどうしろと)

まさに硬直、といったこの状況。

しかし、意外なことに、口を開いたのは、先ほどまで無言の圧力とともに沈黙を守りつづけていたエメラルドだった。
 「フレイア。お前、なぜここがわかった?」

「噂ですわ」

「・・噂?」
さらっといったフレイアに、怪訝そうなエメラルド。

フレイアは、なぜかちらりとヴァーニスを見ると、肩をすくめ、とんでもない爆弾発言をかました。

 「エメラルドさんが、最近田舎町の牧師さまととても親しい仲で、最近では2ヶ月に一回、貴重な休みを削ってまで必ず会いに行っている程の親密な間柄だと」

……ピシッツ。
 
瞬間、ヴァーニス、エメラルド、両人の肩がぴくっとゆれ、特にヴァーニスは、ひきつった笑顔のまま固まっていた。

 (ちょ、ちょっとエーメさんっつ!!なんて噂が流れてるんですかぁぁぁぁ!!!)

 (知るかっつ!!!私だって初耳だ!!!)

 当人達の預かり知らないところで発生していたとんでもない誤解に、無言のまま互いをつつきあう二人。
 「とても親しい」「親密な間柄」などといっているが、二人とも子供ではない。
その言葉に隠された真実の意味は、十分理解できた。

 (……私と、エーメさんが……恋人同士だと思われてるのか・・・?)

まぁ、確かにエメラルドもヴァーニスも、はたから見ればまだまだ若い。
しかも、バチカン直属であるエメラルドほどの人物が、一定期間ごとにわざわざ田舎の一牧師に会いにいっているとなるとそれを邪推するやからが現われるのは、仕方のないことではあるのだが、それにしても・・・・。

 (・・・・・・なんて恐ろしい噂を・・・・・・)

まぁ、普通吸血鬼ハンターと吸血鬼が馴れ合っているなど、誰も思うはずもなく、そんな噂になるよりは、よほどましといえばまし。
ばれれば、二人ともただではすまない。

エメラルドのほうでもそう思ったのか、しばしなにか(ヴァーニスにとっては不幸極まりない)思案をすると、今度は、それを逆手にとり、フレイアに、はじめてにこりと微笑んだ。
しかも、さり気にその手は、ぎょっとするヴァーニスの肩に、いかにもな感じで置かれていた。

 「フレイア。それを知ってるなら、なぜここにきた?」

――――要約するなら、「人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえ」。

これほど面と向って言われ、対応に困る台詞もない。

 当然フレイアも、あっけにとられている。

 (・・・・あぁ、また誤解に拍車がかかるようなことを・・・)

 反論しようにも、肩に置かれたエメラルドの手がどうも怖い。

どうやら、エメラルドはよほどこの少女―フレイア―が嫌いらしい。
それに比べれば、ヴァーニスとの噂などへでもないといったところだろう。
とうとう、最大最強の爆弾発言を最凶の笑顔で告げた。

 「バチカンだって、そう始終私の生活を監視する権利はないと思うが?
 私が誰と逢引しようと、誰と愛を語り合おうと勝手だろう?なぁ?ヴァーニス」

にこやかに、言い切ったエメラルドに、まさかそこまで開き直られるとは思っていなかったらしいフレイアが少々顔の筋肉を引きつらせた。

 (・・・・捨て身だ・・・。捨て身の戦法だ・・・・・)

 駄目押しとばかりに、エメラルドのヴァーニスの肩に置かれた手が、さらり、となまめかしい手つきでヴァーニスの頬をなでる。

 「あ、あの・・・・エメラルドさん・・・・・・・・」

そのどこか冷たい感触に、ヴァーニスの全身にぞくぞくっと震えが走る。

 「なんだ?何か文句でもあるのか?」

 手はすぐ離れたが、エメラルドの笑顔は、いまだヴァーニスをおびえさせるに十分だった。

 「・・・・・・・・・イエ。ないです・・・」

 果敢にも反論を試みたヴァーニスはそのまま沈没した。

 (・・・あぁ、視線が痛い・・・・そして、これからが怖い・・・・・・!)

もちろん、視線とはフレイアのものである。

 先程からじっと、真実の是非を問うているのか、それとも単なる好奇心なのか、なんともいえないフレイアの視がヴァーニスに向けられている。

そして、心配しているのは、今後のエメラルドの動向だ。

ここまで開き直ったら、もうエメラルドに怖いものはない。
今言ったことは、間違いなく近いうちにバチカン内で噂以上の真実として語られることだろう。
エメラルドは一度やったことに対して後悔をするような人種ではないので、いっそせいせいしたと、これまで以上にヴァーニスを構うに違いない。

 (・・・・・もうイヤだ、こんな生活・・・・・・)

 嘆いたところで状況が変わるわけでもないが、ヴァーニスは嘆かずに入られなかった。
もし、ここに深い井戸があったとしたら、まず間違いなく、ヴァーニスは叫んでいたことだろう。

 (エ―メさんのばかー―――――――!!!!!!)

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