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性別が行方不明になりました

惚れてまうやろ

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参ったな。

ナイフの冷たい感触を頬に感じながら、どう動くべきか忍もまた迷っていた。
多少の護身術に心得がないわけではないが、相手は二人。
嫌、サラリーマンを加えれば三人。
何かあればすぐ警察に連絡するよう頼んだものの、警察が到着するまで何分かかるか…。
「よぉ、金を払うのか払わないのか、早く決めてくれや」
ゆすりに負けるのは簡単だが、一度支払ってしまえば取り返しがつかない。
「お金はお支払いできません。どうぞお帰りください」
「なんだと!?その綺麗な顔、皮一枚ぺろりと剥いてやろうか!?」
ぐっとナイフに力が込められ、わずかに斜めにされた刃に顔の皮ほんの一ミリほどが触れた。
「忍ちゃん…!血が!!」
「大丈夫よオーナー、どうってことないわ」
切れたのはほんの薄皮一枚。
それ以上動かない所を見れば、相手とて大事にはしたくないのがわかる。
要するに、こちらがビビるのを待っているのだろう。
後ろで一言も発さないもう一人が気になるが、ここはいっそこちらの優位を見せるためにも目の前のチンピラを先に片付けるべきか…。
自分ひとりでは決心がつかず、オーナーの意見を確認しようとそちらに目を向けた忍だったが、そこにすっと明日美が現れた。
オーナーが連れてきた、武道経験のあるという綺麗な顔の大学生だ。
まさか、自分で相手をするつもりなのか。
そう思ったが、オーナーと二人で何事かを話していたかと思うと、こちらに向かい、まるで「自分に任せてくれ」とでも言わんばかりの態度で目配せする。
困ってオーナーを見るが、どうやらこれにはオーナーも賛成のようだ。
従ってくれ、と視線で告げられ、悩んだもののなにか考えがあるのかと一歩下がる。
そこへやってきた明日美は、すっと己のドレスの胸元から一枚の紙を取り出した。
随分上質な紙を使っているようだが、あのサイズは恐らく名刺だ。
なぜそんなものを?と怪しむ間もなく、チンピラがその名刺を目にし、あっさり投げ捨てる。
「はっ。こんな偽物にビビると思ってんのか?あぁ?」
ダメだったか。
そう思い、もう一度前に出ようとしたその時。
後ろに控えていたもうひとりの男が、名刺を拾い上げ、血相を変えて前に出た男を止めた。
止めた、というより思い切り殴り倒している。
「あ、兄貴ぃ!何するんですか!!」
「何するじゃねぇ!!てめぇこのやろう、よく見もせず良くも偽物呼ばわりしやがったな!?こりゃ本物だ!」
「は!?嘘だろ!?」
兄貴分が拾い上げた名刺を、もう一度まじまじ見つめる。
「俺は本物を見たことがある。間違いねぇ、こりゃ本物だ。しかも裏にプライベートナンバーまで書いてあるじゃねぇか!!このクソが!!」
兄貴分はそう言うと、男の頭を押さえつけたまま、明日美の目の前で土下座してみせる。
そして、「すみませんでしたーーー!!!!」と直角に頭を下げた。

―――あの名刺、いったい誰のものだったんだ…?
ヤクザものがあれだけビビる名刺。
少し、気になる。
というか、それを所持している明日美のことも相当気になるが。

名刺を捧げ持つようにして明日美に返した男は、明日美から許しを得ると、これでもかというほど頭を下げ、逃げるように店を去っていく。

「あ…あの…!」
去り際、明日美が彼らを引きとめようとするのには驚いた。
だがそのあとのセリフはこうだ。

「そこの人、一緒に連れてってください。後、お店の弁償代も置いてってもらえると…」
明日美の言葉を聞いた男は、弟分の懐から財布を取り出し、カードの類だけを抜き取るとそのまま財布ごと明日美に渡してしまう。
「これでご勘弁を…」という男に明日美も満足気だ。
ついでに連れて行けと言われたサラリーマンの男は、真っ青な顔になって先に逃げ出した。
「捕まえますか?」と兄貴分は明日美に聞いていたが、それには首を振ったようだ。
確かに、置いていかれるのは困るが、自分から出て行ってくれる分には文句はない。
幾重にも頭を下げながら去っていく二人。
その背が見えなくなると、オーナーが明日美の背中に抱きついて喜んでいる。
「さすが明日美ちゃん!!そんな隠し玉、いつのまに!?」
「…あぁ…まぁ。ただ念の為、だったんですけどね…」
苦笑する明日美。
その彼女の足が自分の方に向いてくるのに、一瞬どきりとする。
腕っ節が立つ上に、凛とした姿勢の良さを持つ明日美は、女装などしていなければ女がほうっておかないいい男なのだろう。
その明日美は、忍のもとに近寄ると、ハンカチを取り出し、すっと頬に一筋付いた血の跡を拭う。
そして吐かれた言葉に、はからずも忍は自分の性癖を疑うこととなった。
「美人は血を流しても美人なんですね…。そんな美人の顔に傷跡が残ることになったら大変ですよ」
早く治療してもらってください。
そう言って、自分は事態の収拾に当たるべく、率先して動き始める。
会計しようとしていた客もしばらくあっけにとられていたが、店のホステスたちに誘導され、どうにかこうにか元に戻ったようだ。
迷惑をかけた侘びに酒を一杯無料でご馳走する、とオーナが皆の前で宣言し、歓声が上がっている。
「おい、大丈夫か…?」
「あぁ…」
音もなく近づいてきた友人に気遣われるが、それどころではない。
頬に当てられたハンカチをギュッとつかみながら、無意識に目が明日夢の背を追ってしまう。
先ほどの明日美は、その気のなかった忍ですらも思わず乙女心が芽生えそうなほどに男前で。


―――この子、来る場所間違ったんじゃねぇの?

絶対、ホストの方が向いてる。

というか、俺が客でも確実に貢ぐ。


つまりは。


「惚れたかもしれん…」



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