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ブラック企業に勤める社畜OLが異世界トリップして騎士の妻になるそうです

語られない事実

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「ただ今戻りました」
セインを風呂場まで案内し、みはるが戻ってきた時にはすでにアイリーンの姿はそこになかった。
「あれ…アイリーンさん、もう帰っちゃったんですか…?」
「ミハルに申し訳なかったと謝っておいてくれと言われたよ」
残念だが今日は穏やかに食事を取るような気分ではない、そう言ったらしい。
「そう…ですか…」
折角の機会だったが、失敗したようだ。
「…あの二人を会わせればこうなることは予想できただろう。…結果はどうだった?」
リュートにはみはるの考えはお見通しだったらしい。
「…余計、わからなくなったかもしれません。
少なくともセインさんは…まだ何か隠していることがあると思いました」
「それを知りたい?」
「…」
正直を言えば、知っておいたほうがいいのだろうとは思う。
だが。
「…別れてほしいと、セインさんに言われました」
「そうか」
「嫌だって…答えたんです」
「当然だ」
がんばったな、とリュートの腕が伸び、みはるをぐっと抱きしめる。
「悲しそうでした。とても」
いっそ泣きそうなあの顔は、決して嘘ではないと感じた。
彼には彼なりの理由があるのは間違いない。
けれどそれでも、飲める条件と飲めない条件があった。
「彼が隠していること…。私にもその心当たりがないわけじゃない」
「…え?」
「私にとっては済んだ話だが…セイン殿にとっては、諦めきれない夢なのだろうな」
―――私の為、というよりは父の為に。
苦しげに口にしたリュートに、まさか、と一つの予測が脳裏をよぎる。
そう、昨日例の話を聞いた時から既に、その想像は頭の片隅にあった。
「現王にはたった一人しか子供が存在しない。
不幸なことに、一人目の王子の出生後、高熱を出したことが原因で王は子をなせない体になってしまったからだ」
みはるの想像を肯定するかのような、その事実。
「王様には…ほかにご兄弟はいらっしゃらなかったんですか?」
勿論、リュートの父親以外で、の話だが。
「側室の中に子を産んだものはいたが…残念ながら、生き残ったのは現王ただひとりだ」
そう、ものは。
後宮とは、日本で言う大奥だ。
世継ぎの母の座を狙い、側室間での争いは絶えることはなかったという。
ましてや、貴族としてのプライド、国の政治情勢などが絡めばそれはすぐさま殺し合いに発展する。
自らの子ではない幼い命を奪うことなど、彼らにとって容易いことなのだ。
それが、この国でも起こったのだろうと簡単に予想はつく。


――つまり、王太子に何かあれば、王の血はそこで途絶えるのだ。

  ただひとり、リュートの存在を除いて――――

「しかも、現王の正室にはきな臭い噂がある。
セイン殿が先日のような強硬を行った理由も、そこに起因したものである可能性は高い」
セインは王族に仕える身。
王の血統が途絶えるのを恐れ、リュートの存在を確保しておきたいと考えていた…?
いやリュートはそれを彼の夢だといった。
「まさか、セインさんは…」

リュート様を、王に―――――。

もっと言うならば、本当は彼の父こそを…。

「ミハル。それは口にしてはならない言葉だ。
私も父も、そんなことは望んではいなかった。無用な争いは避けねばならない」
口元に指をあて、沈黙を示す。
「私は国に仕える人間だが、国のために自らの人生を捧げたいとは思わない。
同じことを、恐らく父も思っていたはずだ」




秘密は秘密のまま眠らせて。




「王も、それを望んでいる」



永遠に、鍵をかけよう。



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