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ブラック企業に勤める社畜OLが異世界トリップして騎士の妻になるそうです
ようこそここへ、私の青い鳥(Verリュート)
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「いいこと、リュート。
どうしても欲しいと思うものができたら、何事も最初が肝心なの」
過たず落とせ、と真剣な顔をしてまだたった12歳の息子に告げるのは、よく似た顔の母。
没落した元貴族の出身、という根も葉もない噂まで流れるほどの美貌を駆使し、正しく欲しいものを手に入れた母親の言葉に、リュートは深くうなづいた。
息子の目から見ても、父親を深く…それこそ根深く愛していた母。
どこかのほほんとして穏やかなあの父は、母曰く「とても難しい人」なのだそうだ。
一つでも間違えれば、すぐに消えてしまう。
でも、一緒にいられればとても幸福な気持ちになれる。
幸せを告げる鳥のような人だと。
鳥を捕まえるのに必要なのは鳥かごではない。
ただ、鳥がそこに帰ってきたいと思わせることができればいい。
そこが自分の居場所だと、分からせてやればいいのだと。
愛という名の”鳥籠”は、知らず知らずのうちに鳥の羽を奪い取り、逃げ道をふさいでいく。
それを不幸と思わなければ、鳥もまた幸せだ。
―――毎日、母とともに穏やかに笑う父は、きっと不幸ではない。
「リュート様!今日のごはんは牛ホホ肉の煮込みです!ほっぺが落ちそうな仕上がりですよ!」
ホクホクした顔の彼女を見ると、それだけで幸せになれる。
だが、それだけでは満足することができないのは、母の血なのだろう。
大切に、大切にしまいこんで―――この腕の中にいてほしい。
最初に彼女を見たとき、あぁ、ようやく戻ってきたのだと思った。
幸せの鳥。
母が見失った、大切な鳥が。
ならば今度こそ、確実に囲い込まなければ。
もう一度失ってしまう、その前に。
彼女――ミハルが仕事をくれと言い出した時、チャンスだと思った。
それを理由にすれば、彼女は自分の傍を離れられない。
…もっとも、あれほど仕事漬けの生活を送らせる予定ではなかったのだが、彼女の能力は想定外だった。
館に閉じこもって延々書類の整理を続けるだけの生活を苦にも思わずやってのけるとは、さすがに思っても見なかったことである。
初めのうちは、早い段階で人を雇い入れ、彼女との時間を増やすはずだった。
溜まってしまった執務は、そう簡単に終わるものではなかったし、手伝うと言ってくれたその言葉だけでも嬉しいと。
だが、実際に蓋を開けてみればどうだ。
ほぼ完璧に近い仕事をやってのけた彼女は、有能であるがゆえに他を寄せ付ける隙を見せることもなかった。
つまり、他人に仕事を手伝わせるよりも、彼女一人に全てを任せてしまったほうが圧倒的に早い。
彼女の故郷は、彼女は今よりもはるかに多くの仕事を任されていたと聞き驚いたが、今では納得がいく。
恐らく優秀すぎるが故に、人の手に任せることなく全てを自分の手で終わらせていたのだろう。
そして周囲もそれを当然のように思ってしまっていた。
それ故の荒仕事。
止めなければと思いつつもつい続けさせてしまったのは、彼女によってもたらされる実益があまりに大きかったことと、少なくとも今の状態であれば確実に彼女を自分の元に置いておけるという打算から。
事実、彼女はほとんどの時間を自分とともに過ごし、ほかに目を向ける暇などありもしない。
彼女がこの領地にとっても有益であることはすぐに知られることとなり、自身が何もせずとも、周囲の人間がこぞって気をきかせ、外堀を埋める手伝いをするようになったのは、想定外の幸運だった。
――それでも、ここまで来るのに2年もかかるとは。
自分や周囲が考えている以上に、彼女は己をわかっていない。
直ぐにでも囲い込みたいと思わせるその有能さも、年若く愛らしい一人の女性であるという自分自身も。
領主である自分が彼女を過去っている状態で有るからこそ、領のものは誰も彼女に手を出そうとしない。
だがそうでなければ、彼女のもとにはすぐに大勢の男が馳せ参じてきたことだろう。
事実、一年を過ぎたあたりで、「彼女を妻にするつもりがないのなら、ぜひうちの息子に…」と言い出すものが現れた。
勿論無言の笑顔で黙らせ、それ以上を言葉にさせることはなかったが、不快だったのは間違いない。
決定打は、つい先日のこと。
領地として収入が圧倒的に増えたことなどを理由に、リュート自身への縁談が各地から送りつけられるようになり、その一つをみはるが目にすることになった。
その時の、彼女のセリフ。
「お~。見てくださいリュート様!巨乳です!むちゃ巨乳ですよ!!
…あ、でもこれ絵姿ですもんね。いくらでも修正できるかぁ…。日本の見合い写真だって半ば詐欺レベルで修正できるしな。でも絵姿通りの巨乳だって可能性も0ではないわけですし、どうします?リュート様。
お見合い、お受けしますか?」
―――笑顔で「否」と即答した自分は、きっと身も心も凍りついていたことだろう。
「そうですか、残念ですねぇ。リュート様は巨乳好きではない、と。
これからもこういうお話は増える一方でしょうし、好みのタイプを教えていただければ、こちらで選りすぐって見合いをセッティングしておきますよ」
朗らかに笑うみはるを前に。
多少強引にでも彼女を手に入れてしまおう。
そう、決意した瞬間だった。
そうして全ての外堀を埋め、彼女を手に入れることができたその時。
自分は、幸せを噛みしめるよりも早く、恐怖したのだ。
この幸せを失ったとき、自分は一体どうなってしまうのだろう、と。
決して失えないものを手に入れてしまった、その恐ろしさを。
―――だからこそ、「彼」に封書を出した。
それが失敗だったのか、果たして正しかったのか。
―――答えが出るのは、これからだ。
どうしても欲しいと思うものができたら、何事も最初が肝心なの」
過たず落とせ、と真剣な顔をしてまだたった12歳の息子に告げるのは、よく似た顔の母。
没落した元貴族の出身、という根も葉もない噂まで流れるほどの美貌を駆使し、正しく欲しいものを手に入れた母親の言葉に、リュートは深くうなづいた。
息子の目から見ても、父親を深く…それこそ根深く愛していた母。
どこかのほほんとして穏やかなあの父は、母曰く「とても難しい人」なのだそうだ。
一つでも間違えれば、すぐに消えてしまう。
でも、一緒にいられればとても幸福な気持ちになれる。
幸せを告げる鳥のような人だと。
鳥を捕まえるのに必要なのは鳥かごではない。
ただ、鳥がそこに帰ってきたいと思わせることができればいい。
そこが自分の居場所だと、分からせてやればいいのだと。
愛という名の”鳥籠”は、知らず知らずのうちに鳥の羽を奪い取り、逃げ道をふさいでいく。
それを不幸と思わなければ、鳥もまた幸せだ。
―――毎日、母とともに穏やかに笑う父は、きっと不幸ではない。
「リュート様!今日のごはんは牛ホホ肉の煮込みです!ほっぺが落ちそうな仕上がりですよ!」
ホクホクした顔の彼女を見ると、それだけで幸せになれる。
だが、それだけでは満足することができないのは、母の血なのだろう。
大切に、大切にしまいこんで―――この腕の中にいてほしい。
最初に彼女を見たとき、あぁ、ようやく戻ってきたのだと思った。
幸せの鳥。
母が見失った、大切な鳥が。
ならば今度こそ、確実に囲い込まなければ。
もう一度失ってしまう、その前に。
彼女――ミハルが仕事をくれと言い出した時、チャンスだと思った。
それを理由にすれば、彼女は自分の傍を離れられない。
…もっとも、あれほど仕事漬けの生活を送らせる予定ではなかったのだが、彼女の能力は想定外だった。
館に閉じこもって延々書類の整理を続けるだけの生活を苦にも思わずやってのけるとは、さすがに思っても見なかったことである。
初めのうちは、早い段階で人を雇い入れ、彼女との時間を増やすはずだった。
溜まってしまった執務は、そう簡単に終わるものではなかったし、手伝うと言ってくれたその言葉だけでも嬉しいと。
だが、実際に蓋を開けてみればどうだ。
ほぼ完璧に近い仕事をやってのけた彼女は、有能であるがゆえに他を寄せ付ける隙を見せることもなかった。
つまり、他人に仕事を手伝わせるよりも、彼女一人に全てを任せてしまったほうが圧倒的に早い。
彼女の故郷は、彼女は今よりもはるかに多くの仕事を任されていたと聞き驚いたが、今では納得がいく。
恐らく優秀すぎるが故に、人の手に任せることなく全てを自分の手で終わらせていたのだろう。
そして周囲もそれを当然のように思ってしまっていた。
それ故の荒仕事。
止めなければと思いつつもつい続けさせてしまったのは、彼女によってもたらされる実益があまりに大きかったことと、少なくとも今の状態であれば確実に彼女を自分の元に置いておけるという打算から。
事実、彼女はほとんどの時間を自分とともに過ごし、ほかに目を向ける暇などありもしない。
彼女がこの領地にとっても有益であることはすぐに知られることとなり、自身が何もせずとも、周囲の人間がこぞって気をきかせ、外堀を埋める手伝いをするようになったのは、想定外の幸運だった。
――それでも、ここまで来るのに2年もかかるとは。
自分や周囲が考えている以上に、彼女は己をわかっていない。
直ぐにでも囲い込みたいと思わせるその有能さも、年若く愛らしい一人の女性であるという自分自身も。
領主である自分が彼女を過去っている状態で有るからこそ、領のものは誰も彼女に手を出そうとしない。
だがそうでなければ、彼女のもとにはすぐに大勢の男が馳せ参じてきたことだろう。
事実、一年を過ぎたあたりで、「彼女を妻にするつもりがないのなら、ぜひうちの息子に…」と言い出すものが現れた。
勿論無言の笑顔で黙らせ、それ以上を言葉にさせることはなかったが、不快だったのは間違いない。
決定打は、つい先日のこと。
領地として収入が圧倒的に増えたことなどを理由に、リュート自身への縁談が各地から送りつけられるようになり、その一つをみはるが目にすることになった。
その時の、彼女のセリフ。
「お~。見てくださいリュート様!巨乳です!むちゃ巨乳ですよ!!
…あ、でもこれ絵姿ですもんね。いくらでも修正できるかぁ…。日本の見合い写真だって半ば詐欺レベルで修正できるしな。でも絵姿通りの巨乳だって可能性も0ではないわけですし、どうします?リュート様。
お見合い、お受けしますか?」
―――笑顔で「否」と即答した自分は、きっと身も心も凍りついていたことだろう。
「そうですか、残念ですねぇ。リュート様は巨乳好きではない、と。
これからもこういうお話は増える一方でしょうし、好みのタイプを教えていただければ、こちらで選りすぐって見合いをセッティングしておきますよ」
朗らかに笑うみはるを前に。
多少強引にでも彼女を手に入れてしまおう。
そう、決意した瞬間だった。
そうして全ての外堀を埋め、彼女を手に入れることができたその時。
自分は、幸せを噛みしめるよりも早く、恐怖したのだ。
この幸せを失ったとき、自分は一体どうなってしまうのだろう、と。
決して失えないものを手に入れてしまった、その恐ろしさを。
―――だからこそ、「彼」に封書を出した。
それが失敗だったのか、果たして正しかったのか。
―――答えが出るのは、これからだ。
応援ありがとうございます!
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