異世界TS転生後、元の世界に召喚されたら前世の○○が夫になりました。

隆駆

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ブラック企業に勤める社畜OLが異世界トリップして騎士の妻になるそうです

藪をつついて鬼畜を出す(ある不幸な男より)

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『もう泣きたいっ』
目の前の光景をただ見せつけられ続ける彼らの心境は、その一言に尽きた。
「ミハル。あれ、どうなっっている?」
「!あぁ、あの件でしたら例の場所にまだ。それよりリュート様、こっちはどうします?」
「それはあれだね。この間と同じ処理で構わないと思う。他にこれとこれも」
「了解です。ということは、これも同じですね。後残ってるのはこれだけですか?」
「ん。さすがミハル。本当に申し訳ないね。まさかたった数日で呼び戻すことになるなんて」
思ってもいなかった、と口だけ申し訳なさそうに、爽やかな笑顔で話すリュート。
『いや、絶対思ってた。絶対わかってただろう!?』
思っていても、決して口には出さない。
先程から続くふたりの会話のほとんどが「あれ」「これ」「それ」ですまされ、まさに阿吽の呼吸とでも言うような調子で山のようにあった書類がどんどんと片付けられていく。
たった数枚の書類に何時間もかけた自分たちがバカみたいだ、とそれだけでも泣きたくなるのに、更にこのお呼びでないふたりの雰囲気。
意識しているのかしていないのか(少なくとも片方は承知の上でやっていると思われる)熟練夫婦の域だ。
ついいきがって、「女にでもできるような仕事なら、自分ならもっと早くできる。きっと色仕掛けでも使って領主をたらしこんだに違いない」なんてことを声色高く酒場で吹聴しているのを聞かれ、「ならばやってみろ」とばかりに数日前に雇われたはいいが、そこからがまさに地獄。
初日こそ、「自分たちの能力を買われてのことに違いない」と自信をもって仕事に臨んだのだが…。
その意気込みは、一日と持つことはなかった。
書類一枚とっても、まずはその意味を理解できない。
結果、わからないことがあるたびにリュート本人に尋ねる羽目になり、仕事は遅れ。
それどころか、あまりに度々尋ねるもので、リュートの最早手伝いに来ているのか邪魔をしに来ているのかわからなくなる始末。
それでも、少しずつ仕事を覚えていけばきっと大丈夫だとまだ信じて二日目。
予定していた仕事の三分の一も終わらぬままにまた新しい仕事が増え。
ここはもういいと、領主館にやってくる領民への対応を任されれば、「なんでミハルちゃんじゃないのか」「彼女ならもっとちゃんと対応してくれた」「あの子と同じ仕事ができると思うなんて自惚れてるんじゃないのか」等々、彼らの自信を打ち砕く言葉のオンパレード。
まぁ、これまでは領民の要望等への受け答えもすべてみはるが行っていたのだから、それも当然の話。
みはるが入ってから、後回しにされがちだった案件も直ぐに返答がもらえるようになり、生活に直結した問題などは、すぐさま対処してもらえるようになった。
尚且つ、たとえ受け入れられないと断られた要望に対しても、「なぜ駄目なのか」をわかりやすく説明され、どういった要望であれば受け入れられるかのアドバイスまで受けることができるとあって、それまで領主一人に頼ることに対して遠慮がちだった領民達がこぞって相談事を寄せるようになり、その結果領主の仕事は更に増えてしまったのだが、それに対して嫌な顔一つ見せないのがみはるだった。
2年の日々の積み重ねの結果、みはるの存在は、既に領民たちにとってもなくてはならない存在となっていたのだ。
元々みはるはこの領の人間ではなく、いつここを出て行ってもおかしくはない。
だからこそ、みはるが領主と結婚し、女主人となると聞いた時には皆「ようやくか」という思いと共に、打算的な考えでもみはるがこの領を出て行く心配がなくなったことを喜んだ。
そんなみはるの代わりなど、とってつけたようにやってきたばかりの彼らに務まるはずがないのだ。
たった二日で彼らの心は完全に折られた。粉々である。
しかし、雇われた以上すぐさまそこでもう出来ません、と白旗を上げることなどできるはずもなく、なんとかもう少し人数を増やしてもらうか、みはるを呼び戻してほしいとリュートに直談判してみるが。
「おかしいな。君たちはミハルよりも優秀だと言って私に雇われたはずなのだが?それは偽りだっと…」
『領主の私に、偽りを言ったというんだな』
「そうだな、どうしても終わらないというのであれば他に人を雇ってもいいのだが、残念ながら他のものには既に自分では到底彼女の代わりは務まらないとお断りされていてね。雇いたいというのなら、自分で探してきてくれないか?な君たちなら、すぐ代わりも見つけてこられるだろう」
『お前たちのような身の程知らず、他にいるわけがないだろう?口ほどにもないこのクズが』

――――あ、無理だ。
どこからともなく、副音声が聴こえてくる。

隠す気などなくダダ漏れになった心の声がっつ。

穏やかな表情とは裏腹の凍えるような冷たい目に射すくめられた彼らは、まさにカチンコチンに固まった。
そして、能力を買って雇い入れてくれたのだとばかり思っていた目の前の領主が、己の伴侶となる女性を馬鹿にした人間に対する意趣返し(またの名を報復)として、自分達を雇ったのだとようやく気づく。
ズバリ、自分たちは彼に、最初から。

『無茶苦茶キレられてる…!!』

サーっと、顔面から血の気が引いた。
けれど、なんと言えようか。
表面上何事もなく装っている(けれどダダ漏れ)相手に。
土下座して謝罪でもすればいいか。
だが、たとえ土下座しても「何か?」とあっさり流される気しかしない。
『飲まず食わずでもやれ、自分たちの言った言葉に責任を取れ』と。



彼らの失敗、それは周囲の反応を正しく読み違えたことだ。
二人は実は、三ヶ月ほど前まで別の領地に働きに出ており、ここに帰ってきたのはつい最近だった。
それも、こちらの街が栄え始めたと聞いて、うだつの上がらなかった前の職場をやめ、急いで出戻ってきたのである。
だが、戻ってきたはいいものの、なかなかいい仕事は見つからず、自分たちが知らぬ間に現れ、どこで聞いても良い噂ばかり流れる『領主婦人(仮)』に対して嫉妬し、くだらない暴言を吐いた。
そこに至るまでの過程を知らず、結果だけを見て安易に「女性にできる仕事が自分たちにできないはずがない」「自分たちに仕事がないのは、彼女のような女が出しゃばっているせいだ」と思い込んだのだ。
――そう言ってクダを巻く二人を、周囲の人間が冷たい目で見つめていたことににも気づかずに。
思えば、彼らに対して怒りをあらわにしてその場で「帰ってもらえないか」と言われたこともあったというのに、
領主に対して媚を売っているのだと誤解して、まともに受け取りもしなかった。
全部が、失敗だった。
そのツケがこれだ。
当然、やめることなど許されないだろう。


そう悟った彼らはそれこそ死に物狂いで働いた。
最早隠す気もなくなった領主の冷たい視線になんとか気づかないふりをし、がむしゃらに働くほど数日。
気づけば彼らは、領主館を抜け出し、みはるに懇願していた。

ふたりの心はひとつ。


『無理。もうホント無理ッ』



そうして頼み込んで帰ってきてもらえば、それまで溜まっていた仕事は嘘のように片付き。
自分達に対して冷たい視線を送っていたのが嘘のように穏やかな領主は何事もなかったかのように笑顔で彼らを無視し始め。
帰ることもできず、かと言ってみはる達の会話に口を出すこともできず。
自らの無能さを目の前で見せつけられ、ほぼ置物と化した状態で、その場で固まることほぼ半日。
通いの使用人により、それこそゴミのように、彼らふたりはポイッと、領主館の外に放り出された。
――恐らくみはるは、自分たちがいなくなったことにすら気づいていないに違いない。
そして後から自分たちは自ら職を辞して出て行ったとでも説明をされることになるのだろう。


「…俺らって、道化もいいところだな」
「ネチネチいびられる程度で済んだだけまだましだろ…。
お前、あれ以上耐えられたかよ」
「無理」
彼らに対する蔑視と、みはるがいないストレスによるイライラが目に見えてきたリュートに対する恐怖は、想像を絶するものだった。
それでいて、彼女にはそんな様子すら微塵も見せることはないのだろう。

「愛か…」
「愛だよな…。愛がなきゃ無理だわ」

みはるは確かに優秀だが、それでもあれだけの能力を一朝一夕に身につけられたはずがない。
目の前で彼女のもはや滅私奉公とでもいうべき献身をみせつけられ、自分達が太刀打ちできるはずなのなかったのだと納得した二人は、トボトボと歩き出す。



後にみはるは言う。

「え?なんであんなに頑張って仕事してたのかって?そりゃ領主様の為ってのもありましたけど…」
――愛する人の為にどんなに無理をしても頑張っていたのでは?
「いやいや、あの位別に無理って言うほどでもないですよ。徹夜せず夜は眠れましたし、使用人の方がちゃんと三食運んでくれて、食事にもありつけましたし。むしろいたれりつくせりの部類でしょう」
…じゃあ、あなたにとっての無理って?
「そりゃ、夜討ち朝駆けで3日連続の徹夜?尚且つその週は一度も休みなしで家にも着替えを取りに一度帰るだけ。朝焼けに小人が阿波踊りを踊ってる幻が見えるくらいじゃないと…」

まだまだですよ、全然まだまだ、と笑うその目は百パーセント本気だった。



結論。


『―――社畜の常識、非常識』


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