異世界TS転生後、元の世界に召喚されたら前世の○○が夫になりました。

隆駆

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ブラック企業に勤める社畜OLが異世界トリップして騎士の妻になるそうです

ハッピーメリーウエディング?

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「結婚?誰と誰がですか」
「―――この場に、君と私以外の誰かがいるように見えるかい?」
僅かに開いたカーテンから、うっすらとした日差しの差し込む室内。
きちんと掃除をしているはずだが、日光に照らしだされ、空気中には一見きらきらと埃が舞っている。
部屋に漂うのは、真新しいインクの匂いと、古い本の匂いだ。
向き合うのは二人の男女。
一人は若い女だが、その顔には若い娘らしい化粧っけもなく、目の下にはうっすらとしたクマ。
着ているものも質素なお仕着せで、しかも型は古く、若干サイズが合っていないように見える。
「…お言葉ですが、私はリュート様の秘書として雇われたはずでは?
秘書に手を出すというのは、あれですよ、周囲の外聞も悪いし、うちの世界ではそういうのは”セクハラ”といいまして、訴訟案件になりやすい問題で…。
なにより、リュート様のような顔面偏差値の方でしたら、私みたいなくたびれ女を相手にしなくてもいくらでもいい相手がみつかるんじゃ…」
女は、いつの間にかがっしりと握られた両手にじんわりと滲んできた汗を自覚しつつ、なんとかこの場を逃げられないものか、と行った様子で後ずさる。
その手をがっしりと掴んだまま、真摯な表情を崩さない男は、顔面偏差値高め、と言われたように、鼻筋はすっきりと通り目はアイスブルー、髪は黒銀とでも言うべきか、僅かに渋みがかかった銀髪で、身長は軽く女の頭一つ半ほど高い。
街中で遭遇しようものなら拝観料を払って近くで拝ませてもらいたくなるような近づき方が美形だが、本来彼はその容姿に似合わず、柔和な草食系だ。
・・・いや、草食系だと思っていた、が正しい所か。
今、旧草食系男子は、ロールキャベツのごとくその皮を脱ぎ捨て、ギラギラとした肉食の目で女――みはるを見つめている。
「自分の仕事を私生活を削ってまでサポートしてくれて、24時間ほとんど常に傍にいてくれる。それでいて気疲れすることもなく、大した給料を払っている訳でもないのに、文句の一つも言わない。そんな女性を他に見つけられる気はしないんだが」
「…終身雇用?もしかしてこれ、プロポーズと見せかけたブラック企業の終身雇用契約ですか!?タダで労働力を永久に確保することが目的ですよね!?」
ひぃぃ、と今度は顔中から吹き出してきた汗を気にする間もなく、未離しては貰えない両手をブンブンと振り回す。
「勘弁してください!!リュート様のことは素晴らしい領主だと思いますし、そんなことしなくてもちゃんと働かせてもらいますから!給料だって、ここに住み込ませてもらってるおかげで衣食住ほとんどかからないから特に文句がなかったというか…いや、もっと劣悪な環境を知っているだけにこのくらい全然マシだと思っていたというか…」
「マシ?君のような若くて頭もいい女性がこの数ヶ月、ほとんどこの屋敷から一歩も出ない、いや、屋敷どころか、一日の大半をこの執務室で過ごしているような、この状態がマシ?」
「いや、でも本当なんですよ!前の仕事なんて、数ヶ月に一度休みがあるかないかくらいでしたし、夜遅くまで仕事して、それでも仕事の半分は家に持ち帰り、朝もたまった仕事のために早朝から出勤なんてザラ!家になんてほとんど寝に帰ってただけですし、今は仕事と家が一緒みたいなもんですから、その分睡眠時間も増えたくらいでむしろ環境的には格段に良くなってると断言できます!おまけにリュートさんみたいな輝かしい顔面の方と一緒に仕事できるなんて、むしろこちらが日当をお支払いしたくなるくらいですよ!」
信じられないと眉根を寄せる相手に向かい必死になって訴えるが、はっきり言ってその常識はブラック企業による洗脳の賜物である。
案の定。
「なんなんだその職場は…?ミハルはそんな劣悪な環境で暮らしていたのか。かわいそうに、もう大丈夫だぞ。
私はあまり口がうまい方ではないから、先ほどの言葉で誤解させたかもしれんが、なにも君の仕事ぶりだけを見て君への求婚をきめたわけじゃない。君に私の仕事を手伝ってもらって、それが大変役に立ってくれていることは事実だが、それだけで一生を共にする女性を選べるほど、割り切った性格はしていないよ。
ミハル、君と過ごす時間が心地よかった。何かと理由をつけたが、結局はただそれだけのことなんだ。
根っからの貴族の奥方のような贅沢はさせてはやれないが、ミハルとこれから生まれてくる子供達を養っていける程度の蓄えは既に出来た。
…これは私のわがままだが、君を離したくない。一生そばに置いて置ける理由が欲しい」
真摯な言葉と、その言葉を裏切らない瞳。
―――ダメだ。これはダメだ。
みはるの揺れ動く心をさらに強く押すように、リュートの瞳がキランと輝く。
そして語りだしたのは、有無を言わさぬ彼の決定事項だった。
「領民にも相談したんだが、式は領の春の収穫祭と同時に行ってはどうだろうか?領民たちも喜ぶし、祭りの華として盛り上げてくれるなら、式の費用のほとんどは領の商人たちが負担しても構わないといっている。
確か…スポンサー、というのだろう?以前ミハルは言っていた制度をうまく活用してみたんだが。
本当は全て私が用意をしてやりたいのだが、そうするとどうしても費用の関係で君に負担を敷いてしまうことになると思って、私なりに考えてみたんだ。お金の事は何も心配はいらない。生活だって、これまでと何も変わることはないだろう。ただ、雇用関係が夫婦関係に変わり、私達をつなぐものが、仕事への責任感と金銭から夫婦の情と家族愛に代わるだけだ」
止めとばかりにそのアイスブルーの瞳を細め、「だからいいだろ?」と言いたげに微笑まれ、みはるはがっくりと膝をつきそうになる自分を、必死で押しとどめる。
脳裏に浮かぶのは、領民一同がいい笑顔でスコップ片手にざっくざくと外堀を埋める姿だ。
―――ここで負けたら終わりだよ、みはる!大阪城並みに外堀が埋め尽くされて丸裸だわ!!
「…いやいやいやいやいや!だからちょっと待ってくださいって!」
「この地方では式の最中に互の瞳の色と同じ色の石のついた装飾品を贈り合うのが定番でな。
互いに揃いのデザインの耳飾りを誂えるのが一般的なんだ。商人がいくつか良いものを見繕ってくれるという話なんだが、なにかほかに好みの装飾品があれば…」
ミハルの意見を考慮するし、最大限に取り入れるつもりだ。
そう言い切ったリュートに、ミハルはもはや声もあがらず絶句する。
ちょっと待て。だから待ってくれ。私の意思はどこに行った。結婚を受け入れるか否かの私の選択の自由はガン無視か!
普段それほど饒舌ではないリュートのやり手営業マンのセールストークのごとき言葉の流れに、嫌な汗を滝のように流しながら懸命に静止しようとするが、彼の言葉は止まらない。
「ミハル」
ささやいたリュートは、これまで頑として離さなかったみはるの手をすっと離すとその場に膝をつき、彼女を見上げる。
「君を愛してる。君を手放すことを、こんなにも恐れるほどに」
そして、トドメは刺された。
「君を永遠に求め続けると誓う。―――私と結婚、してくれるかい?」
硬直するみはるの手を取り、夢に見たライトノベルの騎士そのままの仕草で口付けるリュート。
ぽん、っと頭が瞬間沸騰し、思わず、無意識のうちに、口づけられた右手を取り返し、そのままピンっと上にあげ、「はい!」と叫んでいた。


――どうせ”あちらの世界”では、行く遅れの喪女になるか、過労死するかの未来しか想像できなかったくらいだ。

そんな自分を、こんなにも欲してくれるというのなら、もはや考えるまでもないのではなかろうか。

求婚に対する答えは、初めからひとつしか用意されていなかった。

こうなりゃやけくそだ。飛んで火にいる夏の虫、喜んで焼け焦げて差し上げよう。


「はい!喜んでっ!!」







駅のホームから階段落ちして、気づけば異世界でした、なんて、本当に笑えない。
お気に入りのラノベによく登場するような「目覚めたら知らない天井だった」などという状況をリアルに歓迎できる人間はそうはいないだろう。
状況を理解した瞬間「異世界来た―――!!」なんて、思わず叫んでしまったのは、今となっては黒歴史だ。
ラッキーだったのは、「おぉ勇者よ!」なんて大広間で偉そうな王様に言われる勇者召喚パターンではなく、唯の迷い人―――しかも実際には異国の行き倒れとしか思われていない―――としての異世界トリップだったことか。
階段から落ちた時についたものか、多少の怪我を負いながら、領地の外れで気を失って倒れているところを発見され、保護してくれたのがつい先ほど婚約者(当確)となった彼―――リュート・クラレンスだった。
着の身着のまま突然異世界に放り出されたものの、なぜかこの世界の言葉の読み書きには不自由せず、通貨の単位などの知識を当たり前のように持ち合わせていることに気づいたのは、ここが異世界だと認識してすぐ。
保護者となってくれたリュートには当たり前のように言葉が通じたため、初めは自分がこの国の言葉を無意識にしゃべっていることすら気付かなかった。
もはや母国語のような勢いでペラペラと会話ができる。
これこそが世に言う異世界チートというものなのか、と妙に感心したのも懐かしい。
理由はわからないが、そのおかげで随分助かっているのは間違いない。
「奥様、式の最中にお召になるドレスは、最近ではこのあたりのものが主流になりますが、いかがでしょうか?ベールは、領民の娘が皆でレース編みをして作ると張り切っておりますので、それに合わせた形になるか、もしくはご領収の瞳の色のアイスブルーを基調とした色味のものも…」
「右のものは少し色が濃いな。ミハルには似合わない。
そうだな…もし間に合うようであれば、総レースの仕上げにするのも悪くなさそうだ。
納期はどれくらいかかりそうか?」
「いやいや、お目が高い。総レースは本来であれば半年以上はお時間を頂くところですが、領主様のためとあれば、みな夜を通してでも間に合わせることでしょう」
ドレスのデザイン見本を差し出し、揉み手をしながらニコニコと微笑む商人を前に、婚約者様(確定)が顎に手を当てて真剣に考え込む。
―――こういうのって、男の人はあんまり興味を示さないって聞いてたんだけどなぁ…。
学生時代の先輩は、式で着るお色直しのドレスを選ぶとき、旦那に「なんでもいいよ」「どれでもいいよ」と言われその場で大喧嘩になった、と聞いたが。
―――なんだろう、このノリノリな感じは。
むしろ、主役である花嫁が蚊帳の外だ。
「しかし本当におめでたい。
奥様が住み込みで領主様のお手伝いをなさると聞いたときには、もしやこうなるのではと、と薄々感づいてはおりましたが…。ここまで来るのに2年かかるとは、正直予想外でしたな」
「そう言わないでくれ。こんなにかかってしまったのは偏に私の不甲斐なさが原因だからな」
「いえいえ、領主様も奥様も、まだまだお若い。本当に、早いうちにまとまってようございました」
「…あの~」
「はい?」
「なんだ?」
ニコニコと話し合う場を、思い切り割って入るのに少々気まずい思いをしながらも、みはるはそっと手をあげる。
「今更だっていうのは重々承知なんですけど…。ひとつ質問が」
「式のことか?」
「いや、そうじゃなくて…」
「レースのパターン見本でしたら後日またお届けしますが…それとも何かほかにご質問が?」
「いえね、ですから、そういう話じゃなくて、ただ単に気になったというか…」
二人の会話を聞いていて、そういえば知らなかったな、と思うことがあったのだ。
耳を傾け、みはるの言葉を聞く体勢になっている二人に、思わずゴクリと生唾を飲みながらおそるおそる口をひらく。
「あのですね…。今まで誰も口にしてなかったし、私も聞いたことがなかったので知らなかったんですけど…」
そう、特に必要な情報だとは思っていなかった。だが、ここにきて、ちょっとまずいのではないか?と思ったり…。
「なんだ?遠慮せず言って欲しい。私たち二人の仲じゃないか」
「…そうですよね~。私たちこれから結婚しちゃうんですよね~。だったら知らないとおかしいんじゃないかな~と思ったりして…」
「だから、何を?」
本当に心当たりがないのか、不思議そうに首をかしげる。
「そのですね…」
真顔の二人を前に、言いづらいな~とっても言いにくいな~と内心大汗をかきながら、それでもここで聞かねばもう後はないかもしれないと口を開く。
「私、リュート様の年齢って聞いたことがなかったんですけど、おいくつなんですか?」
「……はい?」
「ふむ。そういえば、話したことがなかったような…」
「私の年齢は2年前ここに雇ってもらう時にお話しましたよね?21歳って。でも、リュート様がおいくつなのかは特に興味がな…あ、いえそんなことを聞くのは失礼かな~と思って聞き逃していたといいますか…」
興味なかった、とざっくり言おうとすれば、悲しそうに目尻を下げるリュートの顔が目に入り、思わず口を濁す。
「私は今年32になったなぁ…。
今から11も年上の男はごめんだと言われても、返す言葉はないんだが…」
もしかして、年齢を気にしていたりするのだろうか?
「11年上、ですか…。あ、いえ別に気にするとかじゃなくてですね…!その…リュート様はお若く見えますね!!」
年上だろうとは思っていたが、若く見えるためにまだ20代後半かと思っていたみはるは、小さくつぶやいたあと、リュートの顔色が若干悪くなったのを見、慌ててフォローしようとするが、どうもうまくいかなかったようだ。
「だってですね…。初めて会った時のリュート様は冬眠から開けたばかりのクマみたいな様子で、すっかり40歳過ぎだと思い込んでましたし」
彼に保護され、始めたその顔を見た時、リュートの顔は今と違い、無精ひげをはやし、髪を整える間もないといった、くたびれた風体だったのだ。
伸び放題の前髪のおかげで顔はほとんど見えず、頬は若干こけていた。
それでいて、突然現れた異国の見るからに怪しい女に対して「傷が治るまでいつまででもいてくれていい」と優しくもてなしてくれるその優しさに、みはるの心は打たれた。
ここで恩を返さねば日本人失格である、と。
ましてリュートがそのような容貌になってしまったのは、日頃の領主の仕事の多忙さが原因だと聞かされてしまえば、言うことは一つだ。
「私でよければ、お手伝いさせてください」と。
初めは難色を示していたリュートだが、体が完全に回復をしてから少しずつ彼の執務室へ出入りするようになると、徐々に仕事をまかせてくれるようになり、今では彼の右腕を自負するほどに成長したと思っている。
その頃には彼も多少の余裕ができ、ある日突然、彼が冬眠明けの熊から驚きのビフォアーアフターを果たし、神々しいイケメンに変身した時には、軽く腰を抜かすところだった。
そのインパクトのおかげで、ついつい年齢を聞くのを忘れていた、とも言える。
「お、奥様!!領主様は、今まさに男真っ盛りですぞ!領主様ほどのお方は、そういらしゃいません!その位の歳の差など、よくあることですよ!あるある!」
「・・・あるある?」
みはるからのまさかの質問に焦ったのか、なんとか上手くまとめようと言い募る商人。
こちらはこちらで、今になってこの話が破談になったら大事だとでもおもっているのだろう。
逃がさへんで~、という思いが陽炎のように背後から透けて見えるようだ。
「別に歳の差は気にしませんけど…」
なんだか、結婚を急ぐ割には、お互い話していないことが多すぎるのではないかと今更になって気づいただけだ。
「知りたいことがあれば、いつでも聞いてくれて構わない。何も遠慮することはないだろう?君は常に私と二人、共にあるのだから」
―――そう。常に、このだだっ広い屋敷に二人きり、だ。
冷静に考えれば、その時点で確かに少しおかしかったのではなかろうか。
財政難の領主館には、現時点で使用人はほんの少数しかおらず、それも住み込みではなく出入りのものばかりで、夜にはリュート以外誰もいなくなる。
それに対して、すっかりこの領主館に住み着いてしまったみはるは、ほぼ24時間この領主館にいる状態で、それはもはや結婚しているのと何が違うのかと言いたくなるような状態で…。
『いつかこうなると思ってた』という商人の言葉は、邪推でもなんでもなくこの状況ではある意味当然のもの。
若い身空の娘が、身分ある男性と、二人きりで24時間をまる2年、だ。
おかしい。おかしすぎる状況だろう。
今になって気づく自分も相当だが。
だが、それくらい切羽詰った状況だったのだ。当時の領主であるリュートの置かれている環境は。
勤め始めて最初に聞かされた話だが、彼自身はもともと平民で、彼が領主となったのは、亡くなった彼の父の功績を評価されての報償だったのだそうだ。
彼の父は平民だが腕の立つ騎士だったそうで、王族をかばい命を落とした。
それに対する労をねぎらう意味で、遺族となったリュートとその母親に、この領主館の主としての地位が与えられたということだが…ちょっと待って欲しい。
領主の経験などまったくないただの平民が、突然領地を与えられて、さぁ今日からお前の土地だ管理しろ、などと言われて、誰がうまくやっていけるものか。
当然、そう簡単に軌道に乗るはずはなく、彼の母親はあっという間に心労で倒れ、みはるがここにやって来る数年前に病で命を落としたそうだ。
幸い、父親の友人達の何人かが親身になって相談に乗ってくれたおかげでなんとかやって行けていたようだが、リュート自身、本当に日々がいっぱいいっぱいだったに違いない。
おまけに任されたこの領地は、全領主が匙を投げたほど問題の多い土地であり、ただの平民であった彼を簡単に領主にできたのも、その辺りの理由が大きく関わっていると考えられる。
―――褒美と言いながら問題のある土地をおしつけるあたり、貴族という人種にはまったく好感をもてないな、と思ってしまうが。
その問題を一つ一つ解決し、それでも逼迫する領地経営に頭を抱えていたところ、やってきたのがみはるだった。
かつて営業事務を勤めていたみはるは、せっかくのチートを活かし書類仕事の大半の処理をかって出、基本的には彼の補佐に勤め、時には科学の進んだ現代日本人として、様々なアドバイスを小出しに行ってきた。
(小出しに行ったのは、知識をひけらかしすぎて警戒されることを恐れたためだが、ここ最近ではその心配も薄れ、すっかり自重しなくなっていたあたりお約束である)
その甲斐もあってか、問題山積だった領地もなんとか片付き、ようやく肩の荷がおりると思った矢先が、今回の求婚である。
今になって考えれば、もしかすると彼は寂しかったのかもしれない、と思う。
母親がなくなってからはこの広い屋敷にたった一人。
仕事が落ち着けば、やがてみはるもこの屋敷から出て行くつもりだった。
その思いに気づき、先手を打ったのが今回の求婚劇だったのだと考えれば納得がいくのだ。
2年を共に過ごし、既に家族枠に入りつつあったみはるを手放すのが嫌だったのだろう。
彼は仕事の能力だけで伴侶を選ぶことはしないといったが、逆に愛のためだけに妻を選ぶことが出来るほど、彼の立場は軽いものではない。
家族としての愛と仕事能力、それらを総合的に考えた最善の結果がこれだったのだろう。
領民が誰も反対しない、というのも大きかったかもしれない。
うぬぼれかもしれないが、この2年、みはるはリュートと共に、時に領地を見て回り農地改革の推進を図り、下水道の拡充の為の費用を商人に掛け合い見事分捕るなど、様々な事業に携わり、その顔を売ってきた。
つまり、みはるのやってきたことを領地ほとんどの人間がしっているのだ。
全くの何の関係もなかった領民の多面汗水たらし、目の下にクマまで作って必死になって働くその姿に心打たれ、領主である彼に対しても、「早く嫁に貰わないと、他の若い衆に取られても知りませんよ!」相当やきもきしていたらしい。
後になってその事を聞かされたみはるとしては、もはや笑いしか出ないが。
―――必死で働きすぎて、そっち方面何も考えてなかった…。
恋愛脳になるには、社畜歴が長すぎた。
何しろ18で高校を卒業してから3年間ほぼ休みなしの仕事を続けていたのだ。
仕事に恋愛を持ち込むような余裕など到底ありはしなかった。それに
―――リュート様の手伝いは、なんていうか働いてる実感がある、というか、働きがいがあったからなぁ…。
ほとんど褒められることもなく日々大量の仕事に追われていた日本の生活より、余程はりがあった。
だからこそ逆に、そちら方面に頭が向かなかったのかもしれないが…。
リュートにとっては、また違ったらしい。
愛されてるわ~なんて脳内でお花畑満開になれるほど、現実を甘く見るつもりはない。
だが、今くらいは…夢をみても、いいのだろうか。
年齢差を理由に結婚を断られるのではないかと、どこかビクビクした様子でこちらを伺ってくる二人の姿になんだがおかしくなり、笑う。
「そうですね。これから、夫婦の時間なんていくらでもとれますよね。年齢だって、女性の方が年下なら、旦那様よりも早く更けていく心配、しなくてすみますし。老後の介護お手のものですよ」
年齢なんてものを理由に結婚を断るなんて、そんなもったいないことできるわけない。
リュートの求婚を受け入れてから、みはるは心に決めたのだ。
―――こうなったらもう、人生楽しんだもの勝ちだ、と。
神々しいイケメン(しかも性格もよし)を夫にできるなら、清濁併せてごくごく飲み込んでやろうと。
「もう一回、そっちのデザインを見せてもらってもいいですか?」
花嫁衣裳。オーダーで作ってもらえるなんて、あちらでは考えもしないことだ。
「はい!勿論です!お気に召さなければまた後日別のデザインもございますから、ゆっくりお選びください」
「そうだな、ミハル。君が着るものだ。納得がいくまで、ゆっくり選んで欲しい」
―――ただ、結婚式を伸ばしたくはないから、できれば期限までには決めて貰いたいと目尻を下げるリュートに、しっかりとうなづきながら。
これが幸せかぁ、とみはるは一人、今頃になってやってきた結婚に対する実感を噛み締めていた。



        『ダッテ、モウコウカイハ、シタクナイカラ』

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