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うらにわのこどもたち2 それから季節がひとつ、すぎる間のこと
case4.蒼一郎(1/2)
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……ざわざわと、人の話し声がする。
天気の話。昨日観たテレビの話。今日の授業の話。放課後の予定の話。明日のテストの話。たくさんの、話し声。
そうだ。これは夢だ。時々見る夢。ずいぶんと久し振りに見る「学園」の夢。触れた机の感触も、暖房の暖かさも、何もかもがこんなにもリアルなのに、目覚めればすぐに薄れていってしまう不思議な夢。そして、夢の感覚がリアルになるにつれて、僕は反対に、「施設」のことを忘れていく。元よりそんな世界は存在しなかったかのように。
朝の教室。皆に挨拶しながら、自分の荷物を机に置く。交通事故で両親を亡くし、九月にこの「学園」に転校してきてから迎える初めての冬。強い木枯らしが教室の窓を鳴らす。晴天の淡く澄んだ空。マフラーを外そうとして、静電気の小さな痛みが指先を襲う。
「おはよう! カイ、十歌!」
教室の窓際、すっかり見知った二人に声をかける。
「……おはよ」
不機嫌な顔が僕に挨拶を返してくれる。カイは大体こんな調子だ。この頃は特に機嫌が悪そうにしている。寒いのが苦手らしい。椅子に浅く腰かけ、学校指定のセーターの袖先から僅かに指先だけを出して腕組みしている。
うちの学園の中等部は、昨今珍しく女子も男子もセーラー服だ。女子はスカート、男子は膝丈のズボン。昔の少女漫画のギムナジウムものじゃないんだから、と思うけれど、大人からの(特に世の母親達からの)評判は何故か良いらしい。
カイはクラスの男子の中でも小柄で、その上柔らかい髪色と大きな瞳、声だって変声期のはじめだ。そんな彼が着るセーラー服はとてもよく似合っていて、一見、凛々しい女の子に見えなくもない。もっとも、それらの要素は本人にとっては大きなコンプレックスらしいのだが、成長期真っ只中の僕らは、きっとすぐに、この制服が似合わなくなる日が来るのだ。それを裏付けるかのように、高等部の制服は、男女共にブレザーなのだから。
「おはよう」
カイと机を挟んで立っている十歌も挨拶を返してくれる。カイとは逆に、背の順で後ろの方の十歌は、あまり感情を表に出さない。態度も、表情も、声色も、いつも同じだ。変声期の終わった、低めだけど聞き取りやすい声。決して口数が多い方ではない彼に、いつも淡々としていて何を考えているのか分からない、という印象を持つクラスメイトが多い事を僕は知っている。だけど、言葉にしないだけで、十歌の内面まで無口な訳ではないのだ。むしろ、たくさんの事を感じたり、考えたりしている。それに、彼は周囲の空気や相手の感情の機微を読む事にとても長けている。だからこそ、余計なことは口にしない。
転校してきて四ヶ月が経つ。その間、この二人とは色々あった。拒絶されたり、反発したり、ケンカしたり。自分の未熟さがつくづく嫌になったこともある。だけど、それぞれが抱えているものを知った時。それをさらけ出して互いに向き合った時。僕は改めて、自分の弱さと強さを知った。カイや十歌の強さと弱さを知った。今では、二人のことを心から「大切な友達」だと、胸を張って言える。
……あの事故から、一年になる。
真っ白な病室で目が覚めた時、僕は何もかも失った後だった。それから、痛みも悲しみも忘れたつもりで笑っていた。僕を引き取ってくれた、父さんの弟夫婦である今の義父さんや、義母さんが、僕を見ていて悲しまないように、胸を痛めないように、どこかで無理をしていた。無理をしていることすら、自分を騙して、気付かないようにしていた。気付いてしまったら、自分も、自分を大切にしてくれる人達も、傷付けてしまうような気がしたから。
今は違う。今は――失った悲しみも含めて、笑えるようになった。カイや十歌との出会いが、僕をそんな風に成長させてくれた。「もっと広い世界を見てこい」と、父さんや母さんに背中を押されているような、両親はそのために、僕を生かし続けてくれているような、そんな気がしている。
「おはよう。なんの話してるの?」
僕が聞くと、二人は一度、顔を見合わせてから、
「「夢の話」」
と声を揃えた。
「夢?」
「十歌が最近、よく見る夢があるんだって」
「へー。どんな?面白い夢?……じゃ、無さそうだね」
二人の間を流れる空気から察するに、毎日でも見たい夢、という訳では無さそうだ。
「えーと、聞かない方がいい?」
踏み込まない方がいいのかとも思って、一応尋ねてみる。十歌は首を横に振った。
「どんな夢?」
「……施設、の夢だ。白い、研究施設のような場所に、俺達が暮らしている。お前と、眠兎や、真白や、白雪も。カイとは出会っていないが、……恐らく、いる」
「なんだか不思議な夢だね」
「しかも名前も姿かたちもほとんど同じなのに、性格が全然違うんだって」
カイが口を挟む。
「へえ、僕は夢の中だとどんな感じなんだい?」
「点滴を、ずっとしていて、……施設の研究員達に、よく懐いている。懐いている、というより……何かに、利用されている、ような……」
「なんだいそれ。ああでも、逆に気になる……」
研究施設。研究員。点滴。性格の違う僕達。一つ一つのキーワードだけでも、好奇心がかき立てられてうずうずする。なんだかミステリー小説のようだ。
「なんで楽しそうなの。利用されるとか、僕は嫌だけどね」
「でも、夢の話だろう?」
そうだけど。と、どこか納得いかないというように、カイは呟く。
「問題はそこじゃなくて。十歌にとってはこの夢が、ただの夢じゃないってことだよ」
「……どういうこと?」
十歌の表情が、僅かに曇る。
「分からなく、なるんだ。これが、本当に、夢なのか。このままで、いいのか」
「でも、」
夢じゃなかったら、何だっていうんだと、言おうとして、口をつぐむ。
「全てが管理され、その範囲内で生きていれば、ある程度の生活水準と、幸福が約束されるだろう、場所。研究員の、言う事にさえ、素直に従えば。だけど、それは本当に、幸福なのか?俺には、分からない。蒼一郎は、どう思う?」
「どう、って……うーん……」
僕も、腕組みをして考える。
「今の話だけじゃあ、情報が少なすぎるよ。管理された世界、って部分だけなら、僕達が生きる社会だって似たようなものじゃないか。その、研究員だっけ?その人達が、もし何か悪い事をしようとしているなら、良くない事だとは思うけど……その辺は、夢の中ではどうなの?」
「分からない。でも、何かしらの目的のために、俺や皆を、利用しようとしている。そんな気がして、ならない」
「うーん……せめて、夢をもっと共有できたら、もっと雰囲気も分かって考えやすいんだけどなぁ……」
「共有、……共有、か……」
共有、共有、とぶつぶつ呟きながら、十歌は更に考え込んでしまう。いつになく真剣な様子に、カイと顔を見合わせる。
「……最近、こんな調子なんだよね」
ぼそぼそと、カイ。
「似たような夢を見たことがないか聞かれたり、すごく真剣に何か考えてたり、妙にこの夢にこだわってるみたいで、思い詰めてるみたいなんだ」
「それ、大丈夫なのかい?」
「正直、結構心配」
「うわ……僕も心配だなぁ……」
互いに囁き合いながら、改めて十歌を見る。元々夢見が悪いことは知っていたけれど、それは彼の過去にまつわる、別の夢の話だ。
忘れたくても忘れられない記憶の再現。呪い、としか言いようのない過去。それについて悩むのなら、僕にも分かる。
でも、今彼がこだわっているのは、そういう夢じゃない。ただ、恐らく十歌にとっては悪夢の分類に入る夢で、それを繰り返し見る、というのは心配だ。たかが夢、されど夢。それで思い詰めて、精神的に参ってしまったら大変だ。
「僕は十歌と同じ夢を見るわけじゃないから分からないけどさ」
少しでも気休めになればいいな、と思いながら、口に出す。
「それだけ同じ夢を見るってことは、もしかしたら十歌は、その世界で果たすべきことがあるのかも」
「果たす、べき、事……?」
「そう。ほら、よく漫画でもあるじゃないか。何らかの使命があって、異世界に召喚される、みたいなやつ。それを果たせば、その夢も見なくなるかも」
「……使命、か……」
十歌はちらりとこちらを見て、
「確かに、流されるだけ、では、状況は、変わらない、か……」
呟く。深いため息に、僅かな決意を含ませて。
そこで、意識はすっと遠くなって――……。
……ふと、目が覚めた。
いつもの、少し薄汚れた天井と、ゆらゆら揺れる点滴パックが目に入る。目をこすりながら身体を起こす。向かいのベッドには、もう身支度をすませた十歌くんが座っていた。
「おはよう、十歌くん」
「おはよう」
あいさつをしてから、枕元に置いた青いヘアピンで、前髪の端をとめる。
十歌くんはいつも、僕より先に起きている。僕もそれなりに早く起きているはずなんだけれど、十歌くんより先に目が覚めたことがない。前に、そんなに早く起きて何をしているのか気になって聞いてみたら、「考え事」とだけ言われた。
「そういえば、今日は夢を見た気がするよ」
まだぼんやりとした頭で、十歌くんに話しかける。
「どんな夢だったかな……でも、十歌くんそっくりな子が出てきた気がする」
「俺が?」
うん、と夢の記憶をたどりながら頷くと、十歌くんは少し、驚いたような顔をした。
「……他には、何か覚えてないか?」
「うーん、あ、僕達くらいのこどもがたくさんいた気がする」
「他には?」
「えっと……どうかな、夢だから、もう思い出せないや。どうして?」
「……そうか。いや、何でもない」
「……? そう……?」
なにか気になることでもあるの?と言いかけて、ドアをノックする音にさえぎられる。
「蒼一郎くーん、十歌くーん、朝だよー!」
換えの点滴と共に、大規先生が部屋に入ってきた。
「おはようございます、先生」
「……おはようございます」
「はい、おはよう」
大規先生は、今日もにこにこしている。その顔を見ていたら、夢の事なんて、すっかり忘れてしまった。
天気の話。昨日観たテレビの話。今日の授業の話。放課後の予定の話。明日のテストの話。たくさんの、話し声。
そうだ。これは夢だ。時々見る夢。ずいぶんと久し振りに見る「学園」の夢。触れた机の感触も、暖房の暖かさも、何もかもがこんなにもリアルなのに、目覚めればすぐに薄れていってしまう不思議な夢。そして、夢の感覚がリアルになるにつれて、僕は反対に、「施設」のことを忘れていく。元よりそんな世界は存在しなかったかのように。
朝の教室。皆に挨拶しながら、自分の荷物を机に置く。交通事故で両親を亡くし、九月にこの「学園」に転校してきてから迎える初めての冬。強い木枯らしが教室の窓を鳴らす。晴天の淡く澄んだ空。マフラーを外そうとして、静電気の小さな痛みが指先を襲う。
「おはよう! カイ、十歌!」
教室の窓際、すっかり見知った二人に声をかける。
「……おはよ」
不機嫌な顔が僕に挨拶を返してくれる。カイは大体こんな調子だ。この頃は特に機嫌が悪そうにしている。寒いのが苦手らしい。椅子に浅く腰かけ、学校指定のセーターの袖先から僅かに指先だけを出して腕組みしている。
うちの学園の中等部は、昨今珍しく女子も男子もセーラー服だ。女子はスカート、男子は膝丈のズボン。昔の少女漫画のギムナジウムものじゃないんだから、と思うけれど、大人からの(特に世の母親達からの)評判は何故か良いらしい。
カイはクラスの男子の中でも小柄で、その上柔らかい髪色と大きな瞳、声だって変声期のはじめだ。そんな彼が着るセーラー服はとてもよく似合っていて、一見、凛々しい女の子に見えなくもない。もっとも、それらの要素は本人にとっては大きなコンプレックスらしいのだが、成長期真っ只中の僕らは、きっとすぐに、この制服が似合わなくなる日が来るのだ。それを裏付けるかのように、高等部の制服は、男女共にブレザーなのだから。
「おはよう」
カイと机を挟んで立っている十歌も挨拶を返してくれる。カイとは逆に、背の順で後ろの方の十歌は、あまり感情を表に出さない。態度も、表情も、声色も、いつも同じだ。変声期の終わった、低めだけど聞き取りやすい声。決して口数が多い方ではない彼に、いつも淡々としていて何を考えているのか分からない、という印象を持つクラスメイトが多い事を僕は知っている。だけど、言葉にしないだけで、十歌の内面まで無口な訳ではないのだ。むしろ、たくさんの事を感じたり、考えたりしている。それに、彼は周囲の空気や相手の感情の機微を読む事にとても長けている。だからこそ、余計なことは口にしない。
転校してきて四ヶ月が経つ。その間、この二人とは色々あった。拒絶されたり、反発したり、ケンカしたり。自分の未熟さがつくづく嫌になったこともある。だけど、それぞれが抱えているものを知った時。それをさらけ出して互いに向き合った時。僕は改めて、自分の弱さと強さを知った。カイや十歌の強さと弱さを知った。今では、二人のことを心から「大切な友達」だと、胸を張って言える。
……あの事故から、一年になる。
真っ白な病室で目が覚めた時、僕は何もかも失った後だった。それから、痛みも悲しみも忘れたつもりで笑っていた。僕を引き取ってくれた、父さんの弟夫婦である今の義父さんや、義母さんが、僕を見ていて悲しまないように、胸を痛めないように、どこかで無理をしていた。無理をしていることすら、自分を騙して、気付かないようにしていた。気付いてしまったら、自分も、自分を大切にしてくれる人達も、傷付けてしまうような気がしたから。
今は違う。今は――失った悲しみも含めて、笑えるようになった。カイや十歌との出会いが、僕をそんな風に成長させてくれた。「もっと広い世界を見てこい」と、父さんや母さんに背中を押されているような、両親はそのために、僕を生かし続けてくれているような、そんな気がしている。
「おはよう。なんの話してるの?」
僕が聞くと、二人は一度、顔を見合わせてから、
「「夢の話」」
と声を揃えた。
「夢?」
「十歌が最近、よく見る夢があるんだって」
「へー。どんな?面白い夢?……じゃ、無さそうだね」
二人の間を流れる空気から察するに、毎日でも見たい夢、という訳では無さそうだ。
「えーと、聞かない方がいい?」
踏み込まない方がいいのかとも思って、一応尋ねてみる。十歌は首を横に振った。
「どんな夢?」
「……施設、の夢だ。白い、研究施設のような場所に、俺達が暮らしている。お前と、眠兎や、真白や、白雪も。カイとは出会っていないが、……恐らく、いる」
「なんだか不思議な夢だね」
「しかも名前も姿かたちもほとんど同じなのに、性格が全然違うんだって」
カイが口を挟む。
「へえ、僕は夢の中だとどんな感じなんだい?」
「点滴を、ずっとしていて、……施設の研究員達に、よく懐いている。懐いている、というより……何かに、利用されている、ような……」
「なんだいそれ。ああでも、逆に気になる……」
研究施設。研究員。点滴。性格の違う僕達。一つ一つのキーワードだけでも、好奇心がかき立てられてうずうずする。なんだかミステリー小説のようだ。
「なんで楽しそうなの。利用されるとか、僕は嫌だけどね」
「でも、夢の話だろう?」
そうだけど。と、どこか納得いかないというように、カイは呟く。
「問題はそこじゃなくて。十歌にとってはこの夢が、ただの夢じゃないってことだよ」
「……どういうこと?」
十歌の表情が、僅かに曇る。
「分からなく、なるんだ。これが、本当に、夢なのか。このままで、いいのか」
「でも、」
夢じゃなかったら、何だっていうんだと、言おうとして、口をつぐむ。
「全てが管理され、その範囲内で生きていれば、ある程度の生活水準と、幸福が約束されるだろう、場所。研究員の、言う事にさえ、素直に従えば。だけど、それは本当に、幸福なのか?俺には、分からない。蒼一郎は、どう思う?」
「どう、って……うーん……」
僕も、腕組みをして考える。
「今の話だけじゃあ、情報が少なすぎるよ。管理された世界、って部分だけなら、僕達が生きる社会だって似たようなものじゃないか。その、研究員だっけ?その人達が、もし何か悪い事をしようとしているなら、良くない事だとは思うけど……その辺は、夢の中ではどうなの?」
「分からない。でも、何かしらの目的のために、俺や皆を、利用しようとしている。そんな気がして、ならない」
「うーん……せめて、夢をもっと共有できたら、もっと雰囲気も分かって考えやすいんだけどなぁ……」
「共有、……共有、か……」
共有、共有、とぶつぶつ呟きながら、十歌は更に考え込んでしまう。いつになく真剣な様子に、カイと顔を見合わせる。
「……最近、こんな調子なんだよね」
ぼそぼそと、カイ。
「似たような夢を見たことがないか聞かれたり、すごく真剣に何か考えてたり、妙にこの夢にこだわってるみたいで、思い詰めてるみたいなんだ」
「それ、大丈夫なのかい?」
「正直、結構心配」
「うわ……僕も心配だなぁ……」
互いに囁き合いながら、改めて十歌を見る。元々夢見が悪いことは知っていたけれど、それは彼の過去にまつわる、別の夢の話だ。
忘れたくても忘れられない記憶の再現。呪い、としか言いようのない過去。それについて悩むのなら、僕にも分かる。
でも、今彼がこだわっているのは、そういう夢じゃない。ただ、恐らく十歌にとっては悪夢の分類に入る夢で、それを繰り返し見る、というのは心配だ。たかが夢、されど夢。それで思い詰めて、精神的に参ってしまったら大変だ。
「僕は十歌と同じ夢を見るわけじゃないから分からないけどさ」
少しでも気休めになればいいな、と思いながら、口に出す。
「それだけ同じ夢を見るってことは、もしかしたら十歌は、その世界で果たすべきことがあるのかも」
「果たす、べき、事……?」
「そう。ほら、よく漫画でもあるじゃないか。何らかの使命があって、異世界に召喚される、みたいなやつ。それを果たせば、その夢も見なくなるかも」
「……使命、か……」
十歌はちらりとこちらを見て、
「確かに、流されるだけ、では、状況は、変わらない、か……」
呟く。深いため息に、僅かな決意を含ませて。
そこで、意識はすっと遠くなって――……。
……ふと、目が覚めた。
いつもの、少し薄汚れた天井と、ゆらゆら揺れる点滴パックが目に入る。目をこすりながら身体を起こす。向かいのベッドには、もう身支度をすませた十歌くんが座っていた。
「おはよう、十歌くん」
「おはよう」
あいさつをしてから、枕元に置いた青いヘアピンで、前髪の端をとめる。
十歌くんはいつも、僕より先に起きている。僕もそれなりに早く起きているはずなんだけれど、十歌くんより先に目が覚めたことがない。前に、そんなに早く起きて何をしているのか気になって聞いてみたら、「考え事」とだけ言われた。
「そういえば、今日は夢を見た気がするよ」
まだぼんやりとした頭で、十歌くんに話しかける。
「どんな夢だったかな……でも、十歌くんそっくりな子が出てきた気がする」
「俺が?」
うん、と夢の記憶をたどりながら頷くと、十歌くんは少し、驚いたような顔をした。
「……他には、何か覚えてないか?」
「うーん、あ、僕達くらいのこどもがたくさんいた気がする」
「他には?」
「えっと……どうかな、夢だから、もう思い出せないや。どうして?」
「……そうか。いや、何でもない」
「……? そう……?」
なにか気になることでもあるの?と言いかけて、ドアをノックする音にさえぎられる。
「蒼一郎くーん、十歌くーん、朝だよー!」
換えの点滴と共に、大規先生が部屋に入ってきた。
「おはようございます、先生」
「……おはようございます」
「はい、おはよう」
大規先生は、今日もにこにこしている。その顔を見ていたら、夢の事なんて、すっかり忘れてしまった。
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