うらにわのこどもたち

深川夜

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うらにわのこどもたち2 それから季節がひとつ、すぎる間のこと

case3.真白(1/2)

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 たとえば、どんなにすきな食べものでも、どんなにすきなあそびでも、それがずーっと続いたら、あきる。そんなにすきじゃないものだったら、もっとあきる。

 雨。雨。まいにち、雨。

 こんなに雨が続いたら、はこにわ流されちゃうぞ、とおれがいったら、おーきせんせーは「この時期は仕方ないよ」っていってたけど、全然、しかたなくない。しかたなくなくなくなくなく……あれ、わかんなくなった。
 とにかく、全然、外であそべない。せっかくともだちになったカイとも会えない。
 そんなわけで、おれは今、とってもとってもたいくつだ。

 *

「みんとー! みんとー! あそぼーぜー!」
「うわっ……真白ましろか」

 みんとのへやのドアをいきおいよくあけると、いすにすわっていたみんとがびっくりしてこっちを見た。それから小さくしたうちされた。
 さいきんのみんとは、あんまりせんせーたちにおこられていない。前に、せんせーたちにおこられてしばらく帰ってこなかったときから、ちょっとおとなしくなった気がする。はんせーしてるのかもしれない。でも、それはそれでめずらしい。いいことだと思うけど、みんとらしくなくてちょっとこわい気もする。
 あとは、むずかしい顔をしていることが、ふえた。なにを考えているのかはわからない。

「……公正世界こうせいせかい仮説かせつ
「え?」
公正世界こうせいせかい仮説かせつについて、ざっくりでいいから説明できるようになった?」

 いっしゅん、なんのことだかわからなかったけど、すぐに思い出した。こーせーなんとか。

「あー、……ああ! あれだろ、まえにいってたやつだろ!」
「そう」
「できる!」

 へへん、とむねをはる。

「〝いいことをしたらいいこと、わるいことをしたらわるいことがかえってくる世界〟がこの世界、って考え方、の、こと!」
「おー、どこで得たのその知識」
「まえにおーきせんせーにきいた!」

 もういちど、したうちされた。それ、あんまりよくないぞ、と、心の中でこーぎする。

「まあ、妥当《だとう》な相手か……」

 みんとはつぶやくと、「そこのドア閉めろよ」といった。

「せいかいした?」
「したした」

 やったぜ、と、おれがバンザイすると、みんとがふっと笑う。あ、ちょっとしたことだけど、なんだかうれしい。
 ドアをしめてへやにはいる。ベッドにすわってみんととむきあう。

「で? 僕と遊ぼうって言っても限られてると思うけど」
「うーん、あ、じゃあしつもん!」
「真白に質問するだけの知恵と頭があったのか……まあいいや。何?」

 今、すごくしつれいなことを言われた気がするけど、気にしないことにしておく。

「あのさー、そのカセツ? のやつ? いいこととかわるいことって、だれがきめてんの?」
「はい?」
「これはいいこと、これはわるいこと、ってきめてるやつがいなかったら、ちゃんとかえってこないだろ? わるいことしていいことがかえってきたら、おかしいじゃん」

 あれ、みんとが動かなくなった。みんとは息まで止めてたっぷりだまったあと、「はー……そう来たか……」とつぶやいた。なんだかよくわからないけど、なぜかかんしんされたらしい。えっ、なんで? なんでかんしんされたの? おれ、へんなこときいた?

「善悪の定義と決定者ねぇ……どう説明しようかな……うーん……」

 いつもは何をきいてもへいぜんとしてすらすら答えるみんとが、おでこのあたりに手をあてて考えこんでいる。そのせいで、かけているメガネのいちがずれる。
 どうしよう。おれは今、とてもめずらしいものを見ている。今日ねておきたら、ほんとにはこにわ流されちゃうかもしれない。

「えー……っと、公正世界こうせいせかい仮説かせつ自体が、色んな考え方の中のひとつだって所までは、分かる?」
「う、うん、わかる……」

 みんとの声がからかうみたいじゃなく、しんけんにせつめいしようとしているのが分かって、おれも思わずきちんとすわりなおす。

「それと同じように、これがいい事、これが悪い事、っていうのも、色んな考え方があるんだよ。立場や状況、考え方が違えば、良い事と悪い事の基準も変わってしまう。誰かにとっては|素晴らしく良い事である事象が、別の誰かにとって最低最悪の悪い事であることも十分にあり得るんだ。これは絶対に全ての人にとって善であると信じた行動が誰かの利益を損なう事はままある」
「え? え? つまり?」
「善と悪という言葉自体、人によって受け取り方は微妙に違うし、誰かにとってのこの世界が公正世界こうせいせかいだったとしても、別の誰かにとってその定義が成立しない、なんてことはあると思う。まあ、だからこそ〝仮説〟なんだけど。その上で、この世界が公正世界こうせいせかいだと仮定し、善悪の行いを定義し、公正な結果を返してくれる存在がいたとしよう」
「ち、ちょっとまって――」

 みんとがすごいいきおいでせつめいしてくれているのは分かる。
 ただ、内容がおれにはむずかしすぎて、あたまのうえを通りすぎていく。

「何」
「はなしがむずかしい」
「そりゃあ難しい話してるから当たり前だろ。で、いたとしよう」

 ダメだ。待ってくれなかった。

「人はそれをこう呼ぶだろうね。宇宙の意思。秩序。運命。もっと短絡的たんらくてきな呼び方をするなら」
「す、するなら……?」

 なんとか、ことばのさいごだけをひろう。
 みんとはおれを見てニヤリと笑って、こう言った。


「神様」


「かみ、さま……?」

 みんとがうなずく。

「そのひと、ヒーローとどっちが強い……?」
「神様の圧勝」
「つよい……」

 いたくなったあたまでそれだけ言うと、みんともおおきくしんこきゅうした。

「あー! 久し振りにまともな頭の使い方した! これだよ、本来頭ってのはこう使うものだよ!」

 うんうんうなずきながら、本当に楽しそうにみんとが笑うから、おれも笑う。みんとがこんな風に笑うのも、ひさしぶりに見た気がする。


眠兎みんとくんと仲良くなりたいなら、ずっとそう願っていたら、きっと叶うよ』


 ふと、おーきせんせーに言われたことを思いだした。
 ほんとだ。いつもはいじわるばかりのみんとと、今はこうして笑っている。話はむずかしくて、ほとんどわからなかったけど、それでも、なかよく笑えるって、うれしい。ほんの小さなことが、みんとをいじわるにさせたり、笑わせたりするのかもしれない。だったらおれは、みんとにもっと、笑っててほしい。
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