22 / 69
うらにわのこどもたち2 それから季節がひとつ、すぎる間のこと
case2.カイ(1/2)
しおりを挟む遠くで、雨の降る音がして目が覚めた。
感覚がはっきりしてくるにつれ、雨の音は次第に近くなってくる。ベッドから起き上がり、カーテンを少しだけめくって外を見る。灰色の空と、ガラスに当たる雨粒。今日も外は雨。せっかく友達になったあの子とも、会えない。
起床時間にはまだ早くて、僕はもう一度、ベッドにもぐりこむ。シーツの香りに、わずかに混じった雨の日の匂い。頭まですっぽり布団をかぶって丸くなっていると、なんだかとても落ち着く。
暖かい布団の中で、また、眠りの中に落ちていく。
*
ドアを開ける音で、再び目が覚めた。それから、ご飯のいい匂いと、カーテンを開ける音がする。布団の上から、優しく僕をゆする感触。
「カイ、朝だよ」
日野尾先生だ。もぞもぞと布団から顔を出す。
「おはよう、先生」
「おはよ。よく眠れた?」
僕がうなずくと、先生がよしよし、と僕の頭を撫でる。先生が嬉しそうだと、僕も嬉しい。
食事はいつも、日野尾先生と二人で食べる。僕がご飯を食べている向かいに座って、先生はよくお茶を飲んでいる。その日によってお茶の香りは違って、今日はローズティーだよ、とか、今日はダージリンだよ、とか、先生はお茶の名前を教えてくれる。ふわっと漂うお茶の香りと、先生と過ごすのんびりとした時間が僕は好きだ。たまに、大規先生も一緒の時があるけれど、日野尾先生はあまり嬉しそうじゃないみたい。
「雨だねぇ」
窓の外を見て、日野尾先生が言う。
「昨日も雨だった」
僕も窓の外を見て答える。最近は、ずっと雨が降っている気がする。
「カイは雨の日は好きじゃないのかな?」
「あんまり……雨の日は外で本が読めないし、頭が痛くなることも多いし、それに……」
外じゃないと、あの子に会えない。
「それに?」
「ううん。なんでもない……」
そう言った僕がよっぽどしょんぼりして見えたのか、先生は困ったように笑って、励ましてくれた。
「まあ、カイの体調が悪くなるのは、私も嫌だなぁ。でもね、雨の日って、晴れの日と違って、なんだか落ち着いて色んなことを考えられるじゃない?だから、何か考えごとをするための日だと思えば、雨も悪くないかもよ?」
「うーん……先生はどんなことを考えるの?」
「そうだねぇ……色々あるけど、今日はお花のことでも考えようかな」
「お花?」
「そう。雨続きだから、たまには部屋に花でも飾ろうかなって。飾るとしたら、どんな花がいいかなーって、考える」
「そっかぁ。じゃあ、商店街に買いに行くの?」
ほんの一瞬、先生の手がぴくりと震えた気がした。言ってから、僕は、僕の知らない単語を使ったことに気がついた。
商店街。
どこで覚えたんだろう。本の中だろうか。商店街、というのはなんだろう。そこには、お花があるのだろうか。買いに行く?商店街というところには、お花が売っているのだろうか。自分の口から出た言葉なのに、それがなんなのか、今ひとつつかめない。
僕には時折、こういうことがある。僕自身も知らない単語が口から飛び出す時。先生の話によると、それは僕の頭痛と関係があるらしかった。知らない単語を使うと、日野尾先生はなんだかとても悲しそうに見えるから、僕は早く、そういうことがなくなればいいと思っている。
「……ぼ、ぼく、」
「庭の薔薇か、ああ、ラベンダーやカモミールなら、可愛いし香りも楽しめていいかもしれないねぇ。摘んできたら、カイの部屋にもおすそ分けしに来るよ」
先生は何事もなかったかのようににこにこしている。
「どうしたの?」
「…………ううん」
気のせい、だったのかな。
いつも飲んでいる錠剤を受け取って、水で飲み干す。空になった食器をトレーに重ねて、先生は立ち上がる。
「今は頭は痛くない?」
「平気」
「なら良かった。何かあったら呼ぶんだよ」
「ねえ先生」
部屋を出ようとする先生に声をかける。
「何?」
「姉さん達は元気?」
「元気だよ」
僕の目を見ずに、先生は答えた。
*
雨の音を聴きながら、読みかけの詩集の続きを目で追っていたけれど、だんだん中身が頭に入ってこなくなって、栞を挟んで本を閉じる。僕が「こども」として名前を贈られた時、一緒に渡された詩集に挟んであった栞。ちいさな青い押し花の、その花の名前は知らないけれど、こんな雨の日にぴったりの、少しくすんだ淡い青を僕は気に入っている。
今頃、あの子はどうしているだろう。初めてできた、僕の友達。
僕とは違う、くせっ毛の真っ黒な長い髪。すごく元気な女の子。はじめは自分のことを「おれ」って言うから、もしかしたら男の子なのかもしれないってびっくりした。だって、日野尾先生は、自分のことを「私」って言うし、姉さん達も、そうだったはず。……はず?
でも、「おれ」でなかったのは、確かだ。
「えっと、真白、ちゃん……? で、いい、ですか……?」
「ましろでいーぜ! あと、けーごじゃなくていいよ。ともだちなんだし」
「あ、……うん。じゃなくて。その……真白……、は、女の子、だよね?」
「…………? おれはおれだぜ?」
真白はとっても不思議そうにこっちを見るから、僕の方が戸惑ってしまう。
「え、えっと……。ほら、性別ってあるよね、男とか、女とか……」
「ん?んー、せーべつ、せーべつ……」
真白は自分の身体をぺたぺたと触って、更にひとしきりうーんとうなってから、
「ひのおせんせーやしらゆきと同じだから、たぶん女であってる。おーきせんせーも、ましろちゃん、って呼ぶし」
と答えた。「しらゆき」っていうのが誰なのか分からなかったけれど、きっとそういう名前の誰かがいるんだろう。
「もしかして、自分が男か、女か、考えたことなかったの……?」
「んー、あんまり。だって、おれはおれだなーってこととか、これはとくいだなーとか、これはすきだなーってことのほうが、だいじだし」
カイに言われなかったら考えなかったかもなー、と、真白はなんてことのないように言うけれど、僕にとっては衝撃だった。すごく新しくて、素敵な考え方だと思った。
「つーかさ、なんでせーべつってあるんだろうな?べつに分けなくてもいいのにな?」
「……たしかに」
真白って、不思議だ。
真白と話していると、今まで当たり前だと思っていたことが、そうじゃないんじゃないかって思えてくる。
きらきらした、お日様の光のような、女の子。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
待つノ木カフェで心と顔にスマイルを
佐々森りろ
キャラ文芸
祖父母の経営する喫茶店「待つノ木」
昔からの常連さんが集まる憩いの場所で、孫の松ノ木そよ葉にとっても小さな頃から毎日通う大好きな場所。
叶おばあちゃんはそよ葉にシュガーミルクを淹れてくれる時に「いつも心と顔にスマイルを」と言って、魔法みたいな一混ぜをしてくれる。
すると、自然と嫌なことも吹き飛んで笑顔になれたのだ。物静かで優しいマスターと元気いっぱいのおばあちゃんを慕って「待つノ木」へ来るお客は後を絶たない。
しかし、ある日突然おばあちゃんが倒れてしまって……
マスターであるおじいちゃんは意気消沈。このままでは「待つノ木」は閉店してしまうかもしれない。そう思っていたそよ葉は、お見舞いに行った病室で「待つノ木」の存続を約束してほしいと頼みこまれる。
しかしそれを懇願してきたのは、昏睡状態のおばあちゃんではなく、編みぐるみのウサギだった!!
人見知りなそよ葉が、大切な場所「待つノ木」の存続をかけて、ゆっくりと人との繋がりを築いていく、優しくて笑顔になれる物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる