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うらにわのこどもたち
case5.真白(1/2)
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ときどき、へんなゆめを見ることがある。
ゆめの中のおれは、〝学園〟というところに通っていて、そこで一日のほとんどをすごす。そーいちろうや、とーたや、みんとも出てくる。でも、いつものみんなとは、ぜんぜんちがう。
そーいちろうはもっとげんきでおしゃべりだし、とーたももっとふんいきがおとなっぽい。みんとはもっとやさしいし、おれやみんなともなかよしだ。
ゆめの中のおれは、〝ヒーロー〟にあこがれている。ヒーローっていうのは、わるいやつをたおす強いやつ。かっこよくて、やさしい。よくわかんねーけど、きっとひのおせんせーや、おーきせんせーみたいな人のことをいうんだと思う。おれのくらすはこにわは、わるいやつなんていないから、ヒーローもやってこないけど、二人とも、強くて、かっこよくて、やさしいから、きっとそう。
……もしかして、ひのおせんせーや、おーきせんせーがヒーローだから、わるいやつがいないのかな?
ゆめの中には、せんせーたちは出てこない。
もし出てきたら、せんせーたちも、せいかくがぜんぜんちがうんだろうか。
だったらおれは、ゆめの中より、せんせーたちがいる今のほうがいいな。
カーテンからこぼれる朝の光で目がさめる。思いっきりのびをして、ベッドからぬけだす。
カーテンのむこうは、ぴかぴかの青空。
「よーし!」
今日も、おれの一日がはじまる。
*
「みんとー!サッカーしよーぜー!」
「君が公正世界仮説について、ざっくりでいいから説明出来たら遊んであげる。あと、うるさい」
「えー」
みんとの話はいつもむずかしい。わざとむずかしいことばを使うのかもしれない。すごく頭がよくて、へやには本がいっぱいあるけど、いじわるで、らんぼうで、よくせんせーたちにおこられている。
「みんとはいっつもむずかしいことばっかりいうよなー」
「真白が馬鹿なだけだろ」
「ばかじゃねーもん。いーよ、おーきせんせーとあそぶから」
みんとのへやのドアを、わざとばたんとしめる。
ろうかを走りながら、おれはかなしいような、くやしいような気持ちで、むねがちくちくした。
ほんとーは、もっとなかよくしたいのにな。
*
青空の下で、おーきせんせーとボールをける。
おれが口をとがらせてみんとの話をすると、せんせーはあはは、と笑った。
「眠兎くんは相変わらず手厳しいなー」
「うー。笑いごとじゃねーし」
「ごめんごめん。ほら、男の子って女の子に意地悪したくなる生き物だから。きっと眠兎くんもそうなんだよ」
「……せんせー。まじめに考えてねーだろ」
せんせーはごまかすように、またあはは、と笑った。まったく。おれは強めにボールをける。おっと、と言いながら、せんせーが受けとめる。
「しかし、公正世界仮説なんて、眠兎くんは随分と難しい言葉を知ってるんだね」
「それ。その、こーせーせか……ナントカってやつ、せんせーは知ってる?」
せんせーがけったボールを受けとめてから聞くと、せんせーはあごに手を当ててだまりこんだ。それから、「んー」とか「あー」とか言った後に、「こういうのは、所長の方が詳しいんだけどね」と前置きして、せつめいしてくれた。
「公正世界仮説、っていうのはね。ものすごくざっくり言うと、〝いいことをすればいいことが返ってきて、悪いことをすれば悪いことが返ってくる世界が、この世界なんですよ〟っていう考え方のこと……かな。僕もちょっと説明に自信が無い」
「……えーとー……、つまり、当たり前のことにむずかしい名前をつけただけ?」
「そうだなぁ。あくまでひとつの考え方だからね。真白ちゃんにとって、この考え方がしっくりくるなら、真白ちゃんは公正世界仮説を考えた人と、考え方が近いのかもしれないね」
「ふーん……」
おれはなるほどなぁと思いながら、せんせーのせつめいを聞く。
「じゃあさ、当たり前じゃないやつもいるってこと?」
「世の中には、多分ね」
「そうなんだ。あ、でもせんせー」
「何?」
「おれ思ったんだけどさー、その、〝いいこと〟とか、〝悪いこと〟って、だれがきめてるんだろーな?ちゃんときまってなかったら、いいことにはいいことがちゃんと返ってこないだろ?そしたらおかしくなっちゃうもんな」
「…………」
せんせーは、だまったまま、まっすぐおれを見た。それから少しだけうつむいて目を細めた。目から下は、真っ白いマスクにかくれて、どんなことを考えているのかよく分からない。
「……せんせー?」
おれ、なんか変なこと聞いちゃったのかな?
その時、げんかんの方から、「先生!」と声がした。そーいちろうがこっちに向かって手をふっている。となりにはとーたもいた。
「はーい。今行きまーす。真白ちゃん、途中なのにごめんね。蒼一郎くんの点滴を見に行かないと」
「いーぜ。またあそぼーな」
「真白ちゃんも一緒に来る?」
「ううん。いい天気だから、もーちょっと外にいる」
せんせーの目元がにこっと笑って、おれの頭をなでてくれる。せんせーの大きな手でなでられると、なんだかちょっとくすぐったい。
「……ねえ、真白ちゃん。眠兎くんと仲良くなりたいなら、ずっとそう願っていたら、きっと叶うよ。気休めじゃなくてね」
「ありがと、せんせー」
手をふって、せんせーを見送る。
やっぱり、おーきせんせーはやさしい。
強くて、かっこよくて、やさしくて。
ヒーローみたいだ。
*
あそびあいてがいなくなってしまったので、おれはたんけんごっこをすることにする。
ゆめの中に出てくる〝学園〟は、ここよりずっと広かった気がするけど、おれにとってはこのはこにわもとても広い。青空の下を歩いていると、ときどきねこが歩いていたり、ちょうちょが飛んでいたり、たてものの中にはない発見がある。
さいきん見つけたのは、おれたちが生活している場所のとなりくらいにある、バラがいっぱいさいている場所。つたがからみあって、その場所だけを、ぐるりとかこんでいる。つたじゃないバラもたくさんさいていた。もしかしたら、バラじゃない花も、さいているかもしれない。
もうひとつ、見つけたものがある。
バラがさいている場所にときどきいる、きらきらしたかみのけの、男の子。見かけるときはいつもひのおせんせーがいっしょにいて、二人でなにかを話しているから、話しかけたことはないけど。
今日は、いるかな?
ゆめの中のおれは、〝学園〟というところに通っていて、そこで一日のほとんどをすごす。そーいちろうや、とーたや、みんとも出てくる。でも、いつものみんなとは、ぜんぜんちがう。
そーいちろうはもっとげんきでおしゃべりだし、とーたももっとふんいきがおとなっぽい。みんとはもっとやさしいし、おれやみんなともなかよしだ。
ゆめの中のおれは、〝ヒーロー〟にあこがれている。ヒーローっていうのは、わるいやつをたおす強いやつ。かっこよくて、やさしい。よくわかんねーけど、きっとひのおせんせーや、おーきせんせーみたいな人のことをいうんだと思う。おれのくらすはこにわは、わるいやつなんていないから、ヒーローもやってこないけど、二人とも、強くて、かっこよくて、やさしいから、きっとそう。
……もしかして、ひのおせんせーや、おーきせんせーがヒーローだから、わるいやつがいないのかな?
ゆめの中には、せんせーたちは出てこない。
もし出てきたら、せんせーたちも、せいかくがぜんぜんちがうんだろうか。
だったらおれは、ゆめの中より、せんせーたちがいる今のほうがいいな。
カーテンからこぼれる朝の光で目がさめる。思いっきりのびをして、ベッドからぬけだす。
カーテンのむこうは、ぴかぴかの青空。
「よーし!」
今日も、おれの一日がはじまる。
*
「みんとー!サッカーしよーぜー!」
「君が公正世界仮説について、ざっくりでいいから説明出来たら遊んであげる。あと、うるさい」
「えー」
みんとの話はいつもむずかしい。わざとむずかしいことばを使うのかもしれない。すごく頭がよくて、へやには本がいっぱいあるけど、いじわるで、らんぼうで、よくせんせーたちにおこられている。
「みんとはいっつもむずかしいことばっかりいうよなー」
「真白が馬鹿なだけだろ」
「ばかじゃねーもん。いーよ、おーきせんせーとあそぶから」
みんとのへやのドアを、わざとばたんとしめる。
ろうかを走りながら、おれはかなしいような、くやしいような気持ちで、むねがちくちくした。
ほんとーは、もっとなかよくしたいのにな。
*
青空の下で、おーきせんせーとボールをける。
おれが口をとがらせてみんとの話をすると、せんせーはあはは、と笑った。
「眠兎くんは相変わらず手厳しいなー」
「うー。笑いごとじゃねーし」
「ごめんごめん。ほら、男の子って女の子に意地悪したくなる生き物だから。きっと眠兎くんもそうなんだよ」
「……せんせー。まじめに考えてねーだろ」
せんせーはごまかすように、またあはは、と笑った。まったく。おれは強めにボールをける。おっと、と言いながら、せんせーが受けとめる。
「しかし、公正世界仮説なんて、眠兎くんは随分と難しい言葉を知ってるんだね」
「それ。その、こーせーせか……ナントカってやつ、せんせーは知ってる?」
せんせーがけったボールを受けとめてから聞くと、せんせーはあごに手を当ててだまりこんだ。それから、「んー」とか「あー」とか言った後に、「こういうのは、所長の方が詳しいんだけどね」と前置きして、せつめいしてくれた。
「公正世界仮説、っていうのはね。ものすごくざっくり言うと、〝いいことをすればいいことが返ってきて、悪いことをすれば悪いことが返ってくる世界が、この世界なんですよ〟っていう考え方のこと……かな。僕もちょっと説明に自信が無い」
「……えーとー……、つまり、当たり前のことにむずかしい名前をつけただけ?」
「そうだなぁ。あくまでひとつの考え方だからね。真白ちゃんにとって、この考え方がしっくりくるなら、真白ちゃんは公正世界仮説を考えた人と、考え方が近いのかもしれないね」
「ふーん……」
おれはなるほどなぁと思いながら、せんせーのせつめいを聞く。
「じゃあさ、当たり前じゃないやつもいるってこと?」
「世の中には、多分ね」
「そうなんだ。あ、でもせんせー」
「何?」
「おれ思ったんだけどさー、その、〝いいこと〟とか、〝悪いこと〟って、だれがきめてるんだろーな?ちゃんときまってなかったら、いいことにはいいことがちゃんと返ってこないだろ?そしたらおかしくなっちゃうもんな」
「…………」
せんせーは、だまったまま、まっすぐおれを見た。それから少しだけうつむいて目を細めた。目から下は、真っ白いマスクにかくれて、どんなことを考えているのかよく分からない。
「……せんせー?」
おれ、なんか変なこと聞いちゃったのかな?
その時、げんかんの方から、「先生!」と声がした。そーいちろうがこっちに向かって手をふっている。となりにはとーたもいた。
「はーい。今行きまーす。真白ちゃん、途中なのにごめんね。蒼一郎くんの点滴を見に行かないと」
「いーぜ。またあそぼーな」
「真白ちゃんも一緒に来る?」
「ううん。いい天気だから、もーちょっと外にいる」
せんせーの目元がにこっと笑って、おれの頭をなでてくれる。せんせーの大きな手でなでられると、なんだかちょっとくすぐったい。
「……ねえ、真白ちゃん。眠兎くんと仲良くなりたいなら、ずっとそう願っていたら、きっと叶うよ。気休めじゃなくてね」
「ありがと、せんせー」
手をふって、せんせーを見送る。
やっぱり、おーきせんせーはやさしい。
強くて、かっこよくて、やさしくて。
ヒーローみたいだ。
*
あそびあいてがいなくなってしまったので、おれはたんけんごっこをすることにする。
ゆめの中に出てくる〝学園〟は、ここよりずっと広かった気がするけど、おれにとってはこのはこにわもとても広い。青空の下を歩いていると、ときどきねこが歩いていたり、ちょうちょが飛んでいたり、たてものの中にはない発見がある。
さいきん見つけたのは、おれたちが生活している場所のとなりくらいにある、バラがいっぱいさいている場所。つたがからみあって、その場所だけを、ぐるりとかこんでいる。つたじゃないバラもたくさんさいていた。もしかしたら、バラじゃない花も、さいているかもしれない。
もうひとつ、見つけたものがある。
バラがさいている場所にときどきいる、きらきらしたかみのけの、男の子。見かけるときはいつもひのおせんせーがいっしょにいて、二人でなにかを話しているから、話しかけたことはないけど。
今日は、いるかな?
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