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うらにわのこどもたち
研究の合間に(1/2)
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窓の外で、こどもたちが遊ぶ声が聞こえる。私はその声を聞きながら、ゆったりとティーカップに口をつける。大規くんはそこそこ優秀だから雑務を任せることは多いけれど、紅茶は絶対に私がいれる。彼の紅茶は茶葉の量も抽出時間もルーズで、美味しくないから。
大規くんは私の向かいのソファーに座って、一緒に紅茶を飲んでいる。いつも彼の口元を覆っているマスクも、今は彼の顎下だ。意地でも完全に外す気は無いらしい。
お互い、こどもたちの資料をめくりながらの打ち合わせ。よく晴れた、のどかな昼下がり。紙が擦れる音が、室内に響く。
「カイは変化なし、……蒼一郎も変わらずだったら文句なしなんだけどねぇ。君、もう少し時間のルーズさはどうにかならないの? 大きな記憶改変なく済んだからいいものの、大事な〝こども〟なんだから。そこ、忘れてない?」
じろり、と大規くんを睨む。彼は資料をめくる手を止めて、感情の起伏に乏しい顔をこちらへ向ける。こどもたちに向ける顔とは大違いだ。
「申し訳ありません」
「言い訳しないのはよろしい。……はぁ。仕方ないとはいえ、本棚撤去かぁ。残念だなぁ」
「刺激は増えれば増えるほど、制御が難しくなります」
「そうだね。物事は単純な方がコントロールしやすいからね。十歌という因子が増えたなら、別の因子を減らした方が、不測の事態に備えられるよねぇ。誰かさんが点滴交換を忘れなかったら減らさなくてもいい因子とかねぇ」
「では所長がやりますか」
「出来たらとっくにやってるっつーのー」
投げやりに答えて、ソファーに背をあずける。
好きか嫌いかはともかく、薬の調合はどうも苦手だ。注射はもっと苦手だ。繊細な作業なだけに、神経を使う。その点、大規くんは細やかな作業が得意だ。大抵のことはソツなくこなしてしまう。だったら、紅茶だって美味しくいれられるはずなのに、妙なところがルーズなのだ。
「蒼一郎くんの場合、今までも知識と連想がトリガーになって、脱走しかけた事が何度もありました。本の撤去は時間の問題でした」
「まあねぇ。最近は落ち着き始めてたけど……これで完全に落ち着いてくれるといいなぁ。匙加減ってのは難しいねぇ」
手元の資料をぼんやりと眺める。蒼一郎。知識欲、好奇心、想像力、感受性。そのいずれも優れた少年。時折、記憶と自己イメージに大きな混乱をきたす以外は、本当に優秀なこども。
「その後、私から見た感じは問題なさそうだけど、大規くんから見ても異常は無さそうかな?」
「ええ。再度の混乱は、現時点で見受けられません」
「おっけー」
私は資料にいくつかのことを書き込んでから、十歌の資料へと目を移す。
「で?君のお気に入りも相変わらずのようだけど」
私の言葉に、大規くんはにこっと人の良さそうな笑みを浮かべてみせる。
「蒼一郎くんとの交流で、少しは動くようになりましたよ」
「本っっ当に最小限ね。目線を動かしたり、頷いたり首は振るようになったねぇ」
「ええ、素晴らしい変化です」
「そうだね。処分しよう」
「駄目ですって」
「じゃあもう一度痛めつけよう。前回は足りなかったのかも。泣きながら命乞いするまで殴ろう。はい決定」
「だから駄目ですって。短絡的かつ即物的な攻撃法を提示しないで下さい。物騒です」
「物理じゃなかったらいいのか君は」
思わず半眼になってしまった。
「あの子に関しては、薬物投与のないケースとして扱ってるから、色々興味深く思うところもあるけど……やっぱり投与対象にした方が良くない?」
こちらの抗議を無視して、大規くんは続ける。
「動くようになったということは、彼の中に多少なりとも変化が生まれつつあるということです。せっかく自我が生まれつつあるというのに、それを今このタイミングで摘み取ってしまうのは勿体ないじゃないですか」
何処かうっとりとした大規くんの口調に、私はやや呆れて溜息をつく。
「……。摘み取るにしても、もっと育ってから手折った方が面白いって?」
「なんの事やら」
しれっと、大規くん。
「わー」
えげつないなぁ、この人。
我が部下ながら、彼の将来が心配になった。自分の倫理観が破綻しているのは重々承知しているが、大規くんも相当である。
こほん、と咳払いして、他の資料を手に取る。
「真白は完全に問題なし。白雪も同様。眠兎は……あぁ、頭痛い」
「共感性の欠如が顕著ですからね。先日のウサギも眠兎くんでしたし……生き物を痛めつけるのは、嘆かわしいですね」
「そうねぇ」
私達が言うのもおかしな話だけどねえ。そんなことを、頭の片隅で付け加えてしまう。
彼は自分の発言の矛盾に気づいているのだろうか。
「白雪ちゃんへの嫌がらせも目立ちますし……薬物投与の効果も他のこどもたちより低迷しています。現実と空想世界を混同することはありませんが、確実に双方を認識した上で楽しんでいるのは、問題ですね」
「眠兎は頭だけはいいからねぇ……」
首の後ろを抑えるようにして、ぎゅっと目を閉じ、再び眠兎の資料を見詰める。じっと文字を辿りながら、脳内の情報をまとめあげていく。蓄積されたデータを再生させるのに近い感覚。次第に、目の前の文字が記号の羅列のように意味を成さなくなる。内側の情報処理に集中している時特有の、不思議な感覚。
「他害行為は何でだろう……死の確認? ただの嗜虐的性格傾向による衝動の発露? それとも、彼にとっての非言語的コミュニケーション手段? 何のため? ……違うな、そんな難しいことじゃない。多分、暇つぶし。より強い刺激を求めてやってるだけ。子供らしいといえばそうだけど、同じこどもは、大切にして欲しいなぁ……」
ふう、と大きく息をつく。
「問題は山積みだねぇ……」
ぼやく私に、大規くんは首を傾げる。
「むしろ、何故眠兎くんを処分対象にしないのですか?彼こそ、他のこどもにとって害になる行動が多いと思うのですが」
「えー」
途端に、にひひー、と頬が緩み、私はチェシャ猫のように笑う。
「だってぇ、手間がかかる子ほど可愛いっていうか。知的な活動は活発な癖に、やることなすこと子供らしくて可愛いっていうか。あの反発心の塊みたいな子がいつか大人しくなるのかなぁって考えたらこう、ワクワクするっていうか」
生き生きと語れば語るほど、大規くんの顔が死んでいく。
「……でしたら十歌くんも大切にして欲しいものです」
呆れたように大規くんが呟く。さっきのやり取りとはまるで逆だ。きっと内心、えげつないなぁ、と思われているんだろうな、と思う。
「まあ、でも、色々問題があることは間違いないし。眠兎も他の子も、どうしたものかなぁ。投与量、もう少し見直した方がいいかもね」
「では明日からを再調節したものを投与します。本日中にデータを出しますので……夜には渡せるかと。今後は調節頻度を今までの半分に縮めます」
「うーん、今夜から倍にできない? 早く効果見たい」
「……出来なくはないですけど、突然倍にするのは了承しかねます。せめてもう少し段階を考えて下さい。全員を失いたくはないでしょう?」
「……だよねぇ」
もっともなことを言われたので、大人しく従っておく。今の〝こども〟はそれなりに上手くいっている以上、自分の好奇心で失ってしまうのは惜しい。労力が無駄になってしまう。
大規くんは私の向かいのソファーに座って、一緒に紅茶を飲んでいる。いつも彼の口元を覆っているマスクも、今は彼の顎下だ。意地でも完全に外す気は無いらしい。
お互い、こどもたちの資料をめくりながらの打ち合わせ。よく晴れた、のどかな昼下がり。紙が擦れる音が、室内に響く。
「カイは変化なし、……蒼一郎も変わらずだったら文句なしなんだけどねぇ。君、もう少し時間のルーズさはどうにかならないの? 大きな記憶改変なく済んだからいいものの、大事な〝こども〟なんだから。そこ、忘れてない?」
じろり、と大規くんを睨む。彼は資料をめくる手を止めて、感情の起伏に乏しい顔をこちらへ向ける。こどもたちに向ける顔とは大違いだ。
「申し訳ありません」
「言い訳しないのはよろしい。……はぁ。仕方ないとはいえ、本棚撤去かぁ。残念だなぁ」
「刺激は増えれば増えるほど、制御が難しくなります」
「そうだね。物事は単純な方がコントロールしやすいからね。十歌という因子が増えたなら、別の因子を減らした方が、不測の事態に備えられるよねぇ。誰かさんが点滴交換を忘れなかったら減らさなくてもいい因子とかねぇ」
「では所長がやりますか」
「出来たらとっくにやってるっつーのー」
投げやりに答えて、ソファーに背をあずける。
好きか嫌いかはともかく、薬の調合はどうも苦手だ。注射はもっと苦手だ。繊細な作業なだけに、神経を使う。その点、大規くんは細やかな作業が得意だ。大抵のことはソツなくこなしてしまう。だったら、紅茶だって美味しくいれられるはずなのに、妙なところがルーズなのだ。
「蒼一郎くんの場合、今までも知識と連想がトリガーになって、脱走しかけた事が何度もありました。本の撤去は時間の問題でした」
「まあねぇ。最近は落ち着き始めてたけど……これで完全に落ち着いてくれるといいなぁ。匙加減ってのは難しいねぇ」
手元の資料をぼんやりと眺める。蒼一郎。知識欲、好奇心、想像力、感受性。そのいずれも優れた少年。時折、記憶と自己イメージに大きな混乱をきたす以外は、本当に優秀なこども。
「その後、私から見た感じは問題なさそうだけど、大規くんから見ても異常は無さそうかな?」
「ええ。再度の混乱は、現時点で見受けられません」
「おっけー」
私は資料にいくつかのことを書き込んでから、十歌の資料へと目を移す。
「で?君のお気に入りも相変わらずのようだけど」
私の言葉に、大規くんはにこっと人の良さそうな笑みを浮かべてみせる。
「蒼一郎くんとの交流で、少しは動くようになりましたよ」
「本っっ当に最小限ね。目線を動かしたり、頷いたり首は振るようになったねぇ」
「ええ、素晴らしい変化です」
「そうだね。処分しよう」
「駄目ですって」
「じゃあもう一度痛めつけよう。前回は足りなかったのかも。泣きながら命乞いするまで殴ろう。はい決定」
「だから駄目ですって。短絡的かつ即物的な攻撃法を提示しないで下さい。物騒です」
「物理じゃなかったらいいのか君は」
思わず半眼になってしまった。
「あの子に関しては、薬物投与のないケースとして扱ってるから、色々興味深く思うところもあるけど……やっぱり投与対象にした方が良くない?」
こちらの抗議を無視して、大規くんは続ける。
「動くようになったということは、彼の中に多少なりとも変化が生まれつつあるということです。せっかく自我が生まれつつあるというのに、それを今このタイミングで摘み取ってしまうのは勿体ないじゃないですか」
何処かうっとりとした大規くんの口調に、私はやや呆れて溜息をつく。
「……。摘み取るにしても、もっと育ってから手折った方が面白いって?」
「なんの事やら」
しれっと、大規くん。
「わー」
えげつないなぁ、この人。
我が部下ながら、彼の将来が心配になった。自分の倫理観が破綻しているのは重々承知しているが、大規くんも相当である。
こほん、と咳払いして、他の資料を手に取る。
「真白は完全に問題なし。白雪も同様。眠兎は……あぁ、頭痛い」
「共感性の欠如が顕著ですからね。先日のウサギも眠兎くんでしたし……生き物を痛めつけるのは、嘆かわしいですね」
「そうねぇ」
私達が言うのもおかしな話だけどねえ。そんなことを、頭の片隅で付け加えてしまう。
彼は自分の発言の矛盾に気づいているのだろうか。
「白雪ちゃんへの嫌がらせも目立ちますし……薬物投与の効果も他のこどもたちより低迷しています。現実と空想世界を混同することはありませんが、確実に双方を認識した上で楽しんでいるのは、問題ですね」
「眠兎は頭だけはいいからねぇ……」
首の後ろを抑えるようにして、ぎゅっと目を閉じ、再び眠兎の資料を見詰める。じっと文字を辿りながら、脳内の情報をまとめあげていく。蓄積されたデータを再生させるのに近い感覚。次第に、目の前の文字が記号の羅列のように意味を成さなくなる。内側の情報処理に集中している時特有の、不思議な感覚。
「他害行為は何でだろう……死の確認? ただの嗜虐的性格傾向による衝動の発露? それとも、彼にとっての非言語的コミュニケーション手段? 何のため? ……違うな、そんな難しいことじゃない。多分、暇つぶし。より強い刺激を求めてやってるだけ。子供らしいといえばそうだけど、同じこどもは、大切にして欲しいなぁ……」
ふう、と大きく息をつく。
「問題は山積みだねぇ……」
ぼやく私に、大規くんは首を傾げる。
「むしろ、何故眠兎くんを処分対象にしないのですか?彼こそ、他のこどもにとって害になる行動が多いと思うのですが」
「えー」
途端に、にひひー、と頬が緩み、私はチェシャ猫のように笑う。
「だってぇ、手間がかかる子ほど可愛いっていうか。知的な活動は活発な癖に、やることなすこと子供らしくて可愛いっていうか。あの反発心の塊みたいな子がいつか大人しくなるのかなぁって考えたらこう、ワクワクするっていうか」
生き生きと語れば語るほど、大規くんの顔が死んでいく。
「……でしたら十歌くんも大切にして欲しいものです」
呆れたように大規くんが呟く。さっきのやり取りとはまるで逆だ。きっと内心、えげつないなぁ、と思われているんだろうな、と思う。
「まあ、でも、色々問題があることは間違いないし。眠兎も他の子も、どうしたものかなぁ。投与量、もう少し見直した方がいいかもね」
「では明日からを再調節したものを投与します。本日中にデータを出しますので……夜には渡せるかと。今後は調節頻度を今までの半分に縮めます」
「うーん、今夜から倍にできない? 早く効果見たい」
「……出来なくはないですけど、突然倍にするのは了承しかねます。せめてもう少し段階を考えて下さい。全員を失いたくはないでしょう?」
「……だよねぇ」
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