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うらにわのこどもたち
case1.カイ
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頭が痛い。
「ねえ先生、姉さん達は元気?」
「元気だよ」
日野尾先生が、優しく微笑んで僕を抱きしめてくれる。
最近は、暖かい日が多い。それでも突然寒い日がやってくると、僕はすぐに体調を崩してしまう。
「先生、また頭が痛いよ、なんでかな」
「季節の変わり目だからねぇ。今大規先生が来るからねぇ」
先生は、僕を抱きしめたまま、ゆっくり背中をさすってくれる。僕はベッドに座って、静かに目を閉じる。
しばらくすると、ドアが開いて、大規先生がやって来た。薄目を開けた僕に、やあ、と軽く手を挙げて挨拶する。僕も、小さく頷いて、それに答える。
「大丈夫? どれくらい痛い?」
「目が、痛くなる、くらい」
「ああ、じゃあいつもの注射で落ち着いたら、薬を飲もうか」
僕はその言葉に素直に従う。日野尾先生が不満げに「私がやるのにー」と呟いて、大規先生に「所長注射下手でしょ」と突っ込まれていた。
注射器の中の変な色の液体が僕の身体に入ってくると、すうっと痛みが引いて、意識が薄れてくる。
先生達が何かを話しているけれど、内容が僕に届くことは無かった。
*
少し薄汚れた白い部屋。白いベッド。清潔なシーツの香り。布地の、柔らかな肌触り。
僕はいつからここに居たんだっけ。
薬で微睡んだ頭で考えるけれど、思い出せない。ずっと昔からのような気もするし、つい最近のような気もする。
姉さん。僕の双子の姉さん達。最後に会ったのはいつだったっけ。昨日? それとも、ついさっきだっけ。
どうしてだろう。思い出せない。姉さん達の顔。声。髪の色。思い出せないなんて、そんなはずはない、のに。姉さん達の記憶が、輪郭が溶けていく。
おかしいな。
目が覚めたら、明日も学校だ。
……学校? 〝学校〟って、何だっけ。そんな場所、知らないはずなのに。そんな単語、どこで知ったのだろう。本の中? 思い出せない。僕はこの〝はこにわ〟の外なんて、知らない。外があるのかも、知らない。そのはずなのに、何かを忘れているような……。
知らない単語。知らない記憶。どれが本物で、どれが本物ではないのか、分からない。どの記憶が、本当の僕?
そもそも、「本当の記憶」なんて、あるのだろうか。
ふと、よぎる。哀しそうな眼差し。
あなたは誰?
ずっと昔から知っているような、初めて見るような瞳。
ちくり、と胸が痛む。
意識が溶ける。真っ暗な闇の中に、僕が溶けていく。
*
「おはよう」
目が覚めると、間近に大規先生の顔があった。その後ろに、日野尾先生が心配そうに立っている。
「頭痛はどう? 少しはマシになった?」
日野尾先生の声に微笑んでみせる。「よかったー」と先生も笑った。
「じゃあ、これ飲んでおいて」
大規先生が白衣のポケットから小さなピルケースを出して僕に渡した。一緒に渡されたペットボトルの水で、ケースの中の錠剤を流し込む。
「暫くは大人しく寝てるんだよ。何かあったらすぐ呼んで」
「お大事に」
ひらひらと手を振って、日野尾先生が部屋から出て行く。その後ろについて、大規先生も部屋から出て行った。
ドアを閉める直前、大規先生がちらりと僕を見た。先生の口元はいつも白いマスクで隠れているけれど、何故だかその時、僕には大規先生が笑っているように思えた。
「ねえ先生、姉さん達は元気?」
「元気だよ」
日野尾先生が、優しく微笑んで僕を抱きしめてくれる。
最近は、暖かい日が多い。それでも突然寒い日がやってくると、僕はすぐに体調を崩してしまう。
「先生、また頭が痛いよ、なんでかな」
「季節の変わり目だからねぇ。今大規先生が来るからねぇ」
先生は、僕を抱きしめたまま、ゆっくり背中をさすってくれる。僕はベッドに座って、静かに目を閉じる。
しばらくすると、ドアが開いて、大規先生がやって来た。薄目を開けた僕に、やあ、と軽く手を挙げて挨拶する。僕も、小さく頷いて、それに答える。
「大丈夫? どれくらい痛い?」
「目が、痛くなる、くらい」
「ああ、じゃあいつもの注射で落ち着いたら、薬を飲もうか」
僕はその言葉に素直に従う。日野尾先生が不満げに「私がやるのにー」と呟いて、大規先生に「所長注射下手でしょ」と突っ込まれていた。
注射器の中の変な色の液体が僕の身体に入ってくると、すうっと痛みが引いて、意識が薄れてくる。
先生達が何かを話しているけれど、内容が僕に届くことは無かった。
*
少し薄汚れた白い部屋。白いベッド。清潔なシーツの香り。布地の、柔らかな肌触り。
僕はいつからここに居たんだっけ。
薬で微睡んだ頭で考えるけれど、思い出せない。ずっと昔からのような気もするし、つい最近のような気もする。
姉さん。僕の双子の姉さん達。最後に会ったのはいつだったっけ。昨日? それとも、ついさっきだっけ。
どうしてだろう。思い出せない。姉さん達の顔。声。髪の色。思い出せないなんて、そんなはずはない、のに。姉さん達の記憶が、輪郭が溶けていく。
おかしいな。
目が覚めたら、明日も学校だ。
……学校? 〝学校〟って、何だっけ。そんな場所、知らないはずなのに。そんな単語、どこで知ったのだろう。本の中? 思い出せない。僕はこの〝はこにわ〟の外なんて、知らない。外があるのかも、知らない。そのはずなのに、何かを忘れているような……。
知らない単語。知らない記憶。どれが本物で、どれが本物ではないのか、分からない。どの記憶が、本当の僕?
そもそも、「本当の記憶」なんて、あるのだろうか。
ふと、よぎる。哀しそうな眼差し。
あなたは誰?
ずっと昔から知っているような、初めて見るような瞳。
ちくり、と胸が痛む。
意識が溶ける。真っ暗な闇の中に、僕が溶けていく。
*
「おはよう」
目が覚めると、間近に大規先生の顔があった。その後ろに、日野尾先生が心配そうに立っている。
「頭痛はどう? 少しはマシになった?」
日野尾先生の声に微笑んでみせる。「よかったー」と先生も笑った。
「じゃあ、これ飲んでおいて」
大規先生が白衣のポケットから小さなピルケースを出して僕に渡した。一緒に渡されたペットボトルの水で、ケースの中の錠剤を流し込む。
「暫くは大人しく寝てるんだよ。何かあったらすぐ呼んで」
「お大事に」
ひらひらと手を振って、日野尾先生が部屋から出て行く。その後ろについて、大規先生も部屋から出て行った。
ドアを閉める直前、大規先生がちらりと僕を見た。先生の口元はいつも白いマスクで隠れているけれど、何故だかその時、僕には大規先生が笑っているように思えた。
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