BL短編

水無月

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その他

松巳も

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※ 微ホラー。












「っはぁ~……」

 やけ酒ならぬやけラーメンしていると、対面の椅子に誰かが勝手に腰かけてきた。椅子が四つのファミリー席。カウンター席も他の席もガラ空きなのに。

「はあ?」
「よっ」

 にこやかな笑顔。
 顔を上げるとそこにいたのは浅枝(あさえ)だった。幼稚園だけ同じだったのに交流が続いている幼馴染? いや、腐れ縁か。
 とにかく見知った顔だったことにホッとし、またズルズルと食べ始める。

「塩ひとつと半チャーハン」
「あいよ」

 浅枝もラーメンを注文すると鞄や上着を横の椅子に置いた。やれやれと言った顔でネクタイを緩めている。

「まっちゃんもラーメン気分だったの? 好きだね~」
「まあ、ね」

 歯切れが悪かったせいか、身を乗り出した浅枝が覗き込んでくる。黙っていると少し怖い印象がある吊り目だが、口を開けばさわやかな性格の男なので彼女候補が三人という、超常現象のような男だ。さらっとした黒髪に、うっすらと花の香りまでする。こいつは香水をつけないので彼女さんのが移ったのだろう。モテ男め。
 間近に迫ったイケメンにぐっとのけ反る。でも俺の顔じゃなく、右肩を見ている気がした。

「近い!」
「元気ない? っぽいから。腹痛いの?」

 腹痛い奴がラーメン屋に入るかよ。
 イケメンの肩を押して椅子に座らせる。

「うーん……。いや、なんでもない」
「そう? まあ、食い終わるまでは当たり前だけどここにいるし。言いたくなったら言えよ。言ったらすっきりするかも知れないし」
「はい。塩ラーメンと半チャーハン」
「ありがとうございます」

 おやっさんが運んできたラーメンが湯気を立てる。割り箸を引き抜くとパキッときれいに割った。
 ふうふうと息を吹きかけてすする。
 しばし麵をすする音だけがする。
 俺の器に麺が残り少なくなったころ、無意識に呟いていた。

「……わかれたんだ。彼氏と」
「ん?」

 浅枝が顔を上げる。そこでようやく俺は口を滑らせたことに気がついた。
 でも、止まらなかった。

「彼氏と誰かがキスしてるとこ見ちゃって……。そのまま。メールで別れようって、送信だけしといた」
「……」

 浅枝は口を半開きにしたまま、ボー然としている。

 そりゃそうか。こんな、情けない話。

「……一緒にいて楽しかったんだけど」
「ああ、待って待って! 待って」

 浅枝は何を焦っているのか、紙ナプキンでごしごしと口を拭っている。

「何? 変なこと言った?」
「彼氏って何? 彼女、じゃなくて?」
「あ」

 そうだった。身内以外、俺がゲイだと伝えていなかったんだ。
 一気に青ざめる。
 と同時に「だるいな……」という気持ちもあった。
 ゲイとバレるだけでめんどくさかったり不愉快な言葉を浴びせかけられたりと、多々あった。それでも受け入れてくれていたのがさっきメールで別れた彼だった。明るくていい奴だったのに。
 浅枝との関係も、これで終わりかと思うと気が重くて。残り少なく短くなった麺を、箸でぐるぐるかき混ぜる。

「ああ。そうだったんか。びっくりした。子どもの頃からの付き合いなのに、知らないことってあるんだな……」
「まあ。な」

 適当な相槌を打ちながらじっと見つめるが、浅枝から嘲笑うような雰囲気は伝わってこなかった。それどころか大きめのチャーシューに白い歯で齧りついている。俺の話よりラーメンに夢中だ。

「それだけ?」
「なにが?」
「なにがって……。だから。その。ゲイって……ことに。なにか、反応、無いの?」

 はぐはぐと、チャーシューを一気に口内に押し込んでいる現在三人の女性に言い寄られている男。
 飲み込むのを待っている間、あきれ顔でウーロン茶を傾けた。

「それより、なんか嬉しいぜ。俺は。まっちゃん。女の子にすっげー興味なさそうだったから、恋とか興味ないのかな? って思ってたから。自覚あったかは知らないけどさ。端目から見たらすんごい乾いた人間に見えてたんだぜ? まっちゃんにも恋する心があるのを知って、嬉しいわ。俺は」
「…………」

 ぽかんと口を開けた。

「え? 俺ってそんな、周囲からそんな印象だったの?」
「まあ? 学生の時とか砂漠人間とか言われてて吹いたわ」
「っ」

 ヒクっと、口角が上がる。

「嘘! マジで? え? マジで言ってる?」

 いやだ。俺そんな、かっこつけた人間だと思われてたの?
 頷く浅枝に思わず突っ伏した。

 恥ずかしいぃ……ッ!

 苦笑気味に浅枝が頭をぽんぽんしてくる。

「まっちゃん。なんか勘違いしてる。中二病の痛い奴じゃなくて、クール系だと思われてたって意味。大丈夫大丈夫。大丈夫だから今度の同窓会、胸張って行っておいでふっはは」
「笑ってんじゃねーか」
「ごめ、ははは!」

 殴ってやろうと腕を振るが空振りする。赤い顔で舌打ちしながらウーロン茶を一気飲みした。

「ちぇっ。からかいやがって」
「ていうかさ、さっきの話。まっちゃんの早とちりじゃないの? キスの相手。相手側が酔っぱらっていて無理矢理まっちゃんの彼氏にキスしたとか。お姉さんだったとか。もしくはとんでもないマザコンで、母親に……それはないか、な」
「……たぶん」

 せっかく浅枝と食べているのに表情が曇る。

「俺も色々考えたんだけど、ラブホから出てきて熱烈に抱き合ってキスしてた」

 浅枝は頭痛そうに前髪を払う。

「……一瞬で擁護できなくなった。つーか、まっちゃんは? ラブホの前で何してたの?」
「ラブホの近くのトンネルに霊が出るって聞いたから、突撃してた。懐中電灯とスマホと木刀持って」
「まーたお前は。ツッコミ切れないんだけど。怪行動やめて。まっちゃんの趣味はどうでもいいけど、お守りだけでもいいから持って行って。そういう場所に行くなら」

 紅ショウガが効いたチャーハンもかきこんでいく。

「はい……」
「よし。それでばっちり目撃しちゃったってわけ? 浮気現場とか、ホラーよりホラーだね」
「うん」

 見てると美味しそうで俺もチャーハン頼もうかなと、メニュー表に手を伸ばす。

「……心が狭い、かな?」
「ん?」
「あんだけ好きだったのに。キス現場目撃しただけで。なんか、もう。どうでもよくなった自分に、驚いてて……」
「ふーん?」

 もぐもぐとリスになっている。

「浅はどう思う? 俺って、心狭いかな?」
「あー。俺だったら刺してるから、まっちゃんは優しい方じゃない?」

 刺すの⁉
 え? 刺すって言った?
 爪楊枝だよな。爪楊枝でちくっとする意味だよな。うん。きっとそうだ。

「……思ったより情熱的なんだな。浅って」
「そう? 俺は言い寄られるのは好きだけど、俺から離れていくのは許せなくてさ」

 彼女と別れるたびに刺すのか? とか疑問はあるが、深く聞くのはやめよう。忘れようこの話。
 食欲が消え、メニュー表を仕舞う。
 ピロリンリン。
 メールの着信音が鳴る。
 兄貴かな? と思いながら画面をタップすれば、「元」カレの名前が表示されていた。

「……」

 眉を曲げる。
 ポッケに仕舞おうかと思ったが、部屋に帰って一人でメールを読むより、浅枝がいる今の状況の方がいいかもしれない。
 俺の苦い顔から察したのか、浅枝が俺の手の甲を指で叩いてくる。

「彼氏から?」
「え⁉ あ、うん。……読んでもいい?」
「は? ご自由に?」

 さわやかな笑顔だ。
 浅枝が俺に興味なくて助かるわ。
 メールを開くと、『別れるってなんで? キスは一回しかしてないぞ? それより今度出かける話だけどさ。ディステニーランドに行ってみない?』と書かれてあり脱力した。

 ――こんな奴だっけ……?

 机に突っ伏して動かなくなる俺に、薄々察したような顔の浅枝が頭を撫でてくる。

「どうした?」

 無言でスマホを差し出す。

「俺が見ていいの?」
「大声で読んでいいぞ」

 きれいに手入れされた爪がむかつく指が、スマホを持ち上げる。

「……ふぅん?」

 読みえ終えた浅枝が薄くほほ笑む。
 その怖くも怪しい笑みに、何故かラーメン屋のおやじの頬がポッと染まる。
 スマホを返してくれた。
 浅枝は頬杖をついてにこっと笑う。

「別れて良かったんじゃない?」
「そう、だよ、な」
「そうそう。そうだって。よし! 乾杯しよう。まっちゃんがクソ男から別れられた記念」

 勝手に生ビールを注文する浅枝にため息をつく。

「……ありがとな。話聞いてくれて」
「いいって」

 生ビールジョッキで乾杯した。









 帰宅するとこうばしい香りが出迎えた。

「焼きそば?」

 台所を覗くと兄貴がフライパンと格闘していた。
 薄い茶髪で線の細い男性が振り返る。

「ああ。松巳(まつみ)か。お帰り。飯食ってくるから飯いらないってメールあったから、お前の分作ってないぞ」
「いいよ。腹いっぱいだよもう」

 げふっと、酒臭い息を吐く。
 焼きそばをお皿に盛りつけて……めちゃくちゃこぼしている兄貴に、箸を持ってきて手伝う。

「あーもう」
「ああ。サンキュ」
「なんでそんなに不器用なんだよ」

 兄を肘でつつきながら、机の上に落ちた野菜を皿に戻していく。
 最後に机をきれいに拭いて完成だ。
 兄貴は早速食べ始めている。

「うめぇ」
「よかったね」
「バリバリする」
「焼きそばが? なんでバリバリ食感なんだよ」

 もう! 兄貴が料理すると怖いから大人しく総菜買って来いよ。

 バリバリが気になったので、兄貴の皿からちょっと摘む。

「……バリバリする」

 兄貴は自慢げにむふっと口の端を上げた。

「だろ?」

 だろ? ではない。



 兄一人に任せていると高確率でパリーンという音がするので、横に立って俺も皿洗いを手伝う。

「なあ、松巳。彼氏と出かけるんだろ? お小遣い渡そうか?」
「っ」

 俺が手を滑らせるところだった。
 両親が仕事で、俺の面倒を見てくれたのがばーちゃんと兄貴だから、多少の子ども扱いは許すけど。

「お小遣いはいらないです。俺もう成人してんのよ?」
「そうだっけ? 俺の中ではまだ鼻水垂らしてるわ」

 どついてやろうかと思ったが、今の兄貴に手を出したら皿が割れる。
 それに。

「わ、……別れた」
「は?」
「彼氏と。別れた」
「は?」
「聞き取れよ! 一回で」

 ついムキになってしまったが、兄貴も驚いているだけだ。

「フラれたん? 仲良かったって言うか、お前がめちゃくちゃ懐いてたのに」

 確かに。好きだった。隣にいるだけで癒された。明るくて優しくて。俺が告白しても笑って受け止めてくれた。
 だからこそ、悲しんでいない自分が信じられない。
 浅枝の顔を思い出す。
 砂漠人間か。俺にはピッタリかもしれないな。

「その。……あいつと、あいつが別の人と、キスしてるの見かけて」

 兄貴の顔を見ることが出来なかった。

「殴ってこようか?」
「いいです。もう関わらないから」

 浅枝に愚痴っていなければ、兄貴とこんなに和やかに会話出来ていなかっただろう。それどころか兄貴に八つ当たりしていたかもしれない。
 横に移動し、ぴとっと兄貴の肩にもたれる。

「……」
「……」

 でもすっげえ恥ずかしくなってすぐにやめた。

「一緒に寝てやろうか?」
「いいって!」

 顔あっつい。

「一回のキスくらい、ゆ、許すべきかな?」

 兄貴にも聞いてみる。意見を求めるのは、自分の心がまだ揺れている証拠……なのかな。
 いつもぼーっとしている兄貴が、むっとした表情を見せた。

「松巳が許せるなら、許してやればいい」
「……」

 声音は穏やかだが、表情は裏切っている。

「そう」
「俺が話しつけてきてやろうか?」
「だから! 子ども扱いすんなって」

 兄貴と元カレは先輩後輩の仲だから。会おうと思えばすぐに呼び出せる。
 でもこの歳で兄貴に叱ってもらうのはちょっと。俺のメンタルに来る。
 泡を流した皿を寄こしてくる。

「子ども扱いしてるんじゃなくて」
「分かってる。ごめん。……今は、感情が波打ってて」
「一緒に寝る?」
「寝ません」

 俺の機嫌を取る方法が子どもの頃から変わってなくて笑う。




 彼氏と別れてから数日後の夜。
 すっかり無味無臭と化した日々に虚しさが募ってきた頃。
 仕事から帰ってくると玄関で、兄貴と誰かが揉めているようだった。

「はあ? 誰だよ」

 身内の危機かと思い、つい駆け出したが回れ右すればよかったと後悔した。

「あ」
「え? あ。松巳!」
「おかえり」

 俺に気づいた元カレ、大林(おおばやし)がぱあっと笑みを浮かべる。兄貴はいつもより低いトーンで「おかえり」と言ってくれた。
 大林が両手を広げて駆け寄ってくる。

「松巳ー。会いたかった」

 がばっと抱きしめられる。

「っ」

 懐かしいにおいにカアッと赤くなるのを自覚するが……すぐに凍てついていく。

「はやっさん。久しぶり」
「なぁー? 会いたかったぜ松巳」

 むちゅっと口づけしてくる。夜とはいえ住宅街でやめてほしい。

「よせって」
「あれれ? 照れてる? かーわいい」

 顔を押しのけるが猫のようにじゃれついてくる。ほんの数日前まではこれが愛おしくて嬉しくてたまらなかったのに。
 ……おかしいな。今は早く帰らないかな、としか思わない。俺って、キスひとつでここまで冷めるのか。

「松巳? どうした? 元気ない?」

 元凶が何かほざいておられる。

「俺ら別れたじゃねーか」
「俺は納得してないけど?」

 がりがりと頭部を掻く。

「納得しろよ。ラブホで他の奴抱いてただろ」
「あれは遊びで、本命は松巳だけだぜ? 知ってるだろ? いつも『愛してるのはお前だけだ』って言ったもんな」

 絶句した。
 兄貴も後ろで「うーわ」みたいな表情だ。
 固まる兄弟を無視して、大林は松巳を抱き締め幸せそうだ。背は同じくらいだが、抱き合う時いつも大林は背伸びしている。見るたびにほほ笑ましかったんだけどなぁ。服もいつもオシャレで、デートには気合を入れてきてくれるのも嬉しかった。

「はやっさん」

 ほだされかけたが、現実がカミナリのように降ってくる。

「やっぱ松巳は抱き心地が良いぜ。このサイズがイイんだよ。このサイズが。でさあ、明日遊びに行くだろ? なに拗ねてるのか知らないけど、帰りにラブホ寄ってしっかり抱いてやるから。キスもいっぱいするし。な? 機嫌直せって」
「……」

 口から魂が出そうだった。
 後ろから近付いてきた兄貴が、ぼかっと大林の頭を叩く。

「いてっ! 痛いですよ」

 抗議を無視して俺の腕を掴むと、兄貴は家の中に引きずって行った。
 大林が追いかけてくるが容赦なく扉を閉める。

「松巳⁉」
「帰れ」

 兄貴は塩撒いてた。





「俺の後輩にあんなのが混ざってたなんて」

 兄貴もげっそりしている。
 俺は廊下の床で完全ダウンしていた。立てる気がしない。

「……松巳」

 兄貴が気の毒そうに見下ろしてくる。それはそうと、塩撒かれ鍵閉められたのにまだ扉を叩いている大林が怖い。

「松巳ぃー? どうしたんだよ」

 あいつの辞書に浮気の文字はないんだろうか。俺じゃなくて浅枝だったら刺されてるぞ。

「はあ……」

 俺の服を掴むと、寝室に引きずって行く。

「扉開けたら絶対入ってくるから、もう無視しよう」

 ぱちっ。
 部屋の照明をつけ、俺をクッションの上に置いた。

「でも、近所迷惑じゃ、ないかな?」
「松巳ってばー」

 部屋に居てても声が聞こえる。帰らずに扉を叩きまくる根性は褒めてやれ……ないわ。
 本当に大林、なのか?
 兄貴がシャッとカーテンを閉めてくれた。

「警察呼ぶか」
「待って! それはちょっと」

 抵抗がある。
 兄貴は疲れた顔で肩を揉む。

「じゃ。俺が追い払ってくるわ」
「え……?」

 追いかけたかったがまだ足が立たない。
 兄貴で追い払えるのかと不安になった。立場的には上だが、兄貴の方がどう見てもひょろい。大林が兄貴になんかしたらどうしよう……。そこだけが心配で、ずるずると廊下を這って追いかけた。
 俺は身内に何かされるのが本当に嫌だ。小学生の時、手を繋いでおばあちゃんと散歩していたら不良っぽい男がおばあちゃんを蹴ったのだ。蹴られたのはおばあちゃんなのに、何故か俺の方が気絶してしまった。
 お医者さんはストレスかな? と首を傾げていた。

「……」

 思い出しただけで辛い。
 蹴るなら俺の方を蹴ってくれ。その方がマシだ。
 せっかく部屋まで運んでくれたのに、じっとしていられなかった。

 ここを曲がれば玄関に……

「雅巳(まさみ)さん! 酷いっすよ。俺と松巳を引き剥がすなんて!」
「うるさい馬鹿。浮気しやがって。道徳習わなかったのか? 倫理観は? 留守か?」

 扉開けた瞬間入ってきたのか、頭に塩が積もっている大林が兄貴の両腕を掴んでいた。
 喧嘩っぽい場面を目撃しただけでストレスがのしかかってくる。

 大林はキョトンとする。

「浮気? 本命は松巳ですよ?」
「お前は、松巳が他の男と寝ててもそう言えるのか?」
「いやあ。そこに俺も混ぜてほしい。三人で楽しめるっすよ! 三人で」

 兄貴が閉口している。
 しんどそうに眉間を揉んだ。

「お前のしたことは、世間では浮気という。お前は俺の弟を傷つけたんだ」

 大林はハッとする。

「! 松巳が?」
「ああ。だから帰」
「俺が抱いて慰めてやらなきゃ!」
「……」

 兄貴が宇宙人と遭遇した人の顔になってる。
 あいつの前向きなところ、好きだったのに今は狂気に感じる。恋は盲目状態だったのかな。恋って怖いな。

「待ってろ松巳ィ!」
「突撃しようとするな。帰れ。帰って。留守番してる倫理観と融合してから出直せ馬鹿」
「邪魔しないでくださいよ、雅巳さん」

 大の字で通せん坊する雅巳に、大林が抱きついた。

「「え?」」

 兄弟の声が重なる。

「大林……?」
「邪魔するってことは、俺に気があるんすか? いやあ。雅巳さんって松巳と似てるし。一回だけなら抱いてもいいですよ?」

 大きな手が兄貴の背中を撫でるのを見て、頭の中で何かがキレた。這っている場合ではない。
 心霊スポットに行くとき必ず持っている木刀を持って駆け出す。その時、スッと心が晴れた気がした。

「成仏しろオラアアアアア!」
「松巳ッ⁉」
 












「はあっ⁉ え。マジ?」
「うん……」

 半チャーハン食っていたら浅枝と遭遇した。同じ席で同じものを食べる。タバコ臭い店内。

「お、おま、マジで? 俺のきっきき聞き間違いじゃなく?」
「……うん」
「大林と、ヨリ戻したの?」
「はい」

 ガクガクと浅枝が震えている。聞いていたのかラーメン屋のおやじまで驚愕していた。

「どうして? あ! 脅された、とか?」
「いや、その」



『兄貴に触るな!』
『ギャアアアアア!』

 木刀で大林の脳天をかち割ったあの日。大林は二周回ってまともになった。大林とは思えない絶叫を上げて、ぱたりと倒れる。
 殺したかと一瞬、固まったが――

『浮気するやつとか最低だわ。俺はお前一筋だからな?』

 すくっと起き上がった。
 憑き物が落ちたように輝く大林に、兄貴と一緒にあ然とした。でも、以前の彼に戻ってくれたような気もする……。

「木刀って、あの神社でもらったやつ?」
「うん。そう」

 心霊スポットに行ってえらい目に合い、お祓いしてもらった神社。そこの神主さんがやれやといった感じで譲ってくれた、ご神木の落ちた枝で作られた木刀。
 浅枝の顔が引きつる。

「心霊スポット近くのラブホに行ってたって言ったよな? まさか大林の奴。憑りつかれてたとか、そういう……?」
「分かんないけど、ぶっ飛んだ発言はしなくなった」

 喜んでいいのか、これ。

「松巳は? 幸せなの?」
「らっしゃーい」

 がらっと客が入ってくる。
 浅枝がギョッとした。皺ひとつないスーツに身を包み、オールバックで左耳に輝くピアスをしている男。頭に包帯を巻いていてもいい男だと判断できる。
 店内を見回し、松巳たちと目が合うとにっと笑った。

「松巳。ここだったか。好きだな、この店」
「まぁね」
「あ。浅枝さん。どうも」
「……ど、どうも」

 彼女三人持ちと現彼氏に挟まれ、松巳は眩しそうに目を細めた。ツラ良すぎ男共が。

「俺も。店主。豚骨ひとつ」
「やだ……。良い男」

 ラーメン屋のおやじが乙女化している。
 俺の横に座る大林。

「明日は弁当作るから、ラーメン屋に寄らずに食べてくれよ」

 店の中なのに猫のようにじゃれてくる。
 心が、驚くほど安らぐ。

「うん。じゃあ、明後日は俺が作るから」
「松巳はいいよ? 雅巳さんの分も作るから大変だろ?」
「……俺も、はやっさんに何かしたいし」
「……」

 大林が突っ伏す。でも耳が真っ赤なので、照れているのだろう。松巳もうつむくが、その顔は赤い。
 浅枝は「あーはいはい」と頬杖をつく。

「俺、席どっか移ろうか?」
「「なんで?」」
「ハモるな」

 並んでラーメンを食べる腐れ縁とその彼氏。
 幸せか? と聞かなくとも、その表情が物語っていた。

(あー、俺も彼女たちに会いたい)

 浅枝は大きく背伸びした。もう大丈夫だろう。松巳の肩を掴んでいた、凍るような白い手も消えているし、な。

 憑りつかれていたのは大林と……











【終わり】
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