BL短編

水無月

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人外

箱庭の村 ②

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 起きると夏男を抱き枕にしていた。急発進する海老のような勢いでスポーンと布団から飛び出た。

「……びっくりした」

 ガキとはいえ、野郎を抱いて寝るとは。精神的に来る。
 俺が三十代後半とかなら父性が湧いたかもしれないが、俺はまだ酒飲めるようになったばかりだ。よくおっさん臭いなと言われるが、まだピッチピチの二十三やぞ。
 布団を畳んでいると大きな欠伸が聞こえた。

「ふあーーーぁあ。母ちゃん?」

 分かりやすく寝ぼけとる。お前の母ちゃん、こんなでかくなかっただろ?

「俺だ。起きろ」

 つま先で尻をつつくと、やっと上体を起こした。

「……ごめん。勝手に布団敷いちゃって」

 加羅の手から枕が落ちた。

 謝った? こいつが?
 具合悪いのか? 加羅はさっと額を押さえる。
 熱は無い。

「何してんの?」
「お前が。頭とか痛くないか?」
「頭なら加羅ちゃんの方がやべーんじゃない? 爆発してるよ」

 乾かさずに寝たからな。

「どっちがお客さん用の布団か分からなかったから」
「どっちでもいいわ。好きな方で寝ろ。ちゃんと天日干ししてあるし」

 眩いほどの快晴。カラッと晴れた青い空。
 カーテンを開けて確認するが、熊の姿はなかった。

「ふう」
「どしたの? 狸でもいた?」

 狸も出るの? ここ。

「いや。昨日熊っぽい影を見てな。夏男。帰るなら母ちゃん呼べ。いや俺が送っていくわ」

 万が一があっても、夏男を逃がすくらいの時間は稼げるはずだ。

「……そんな優しいから……を引き寄せるんでしょ?」
「おら! 夏男。顔洗ってこい! 飯にするぞ。大量にある野菜食うの手伝え」
「はーいはい」

 風呂場へすっ飛んでいく中学生。
 加羅はテキパキと布団を畳む。

「……?」

 布団が、子どもが寝ていた割には、冷えている気がした。



 冷蔵庫からゼリーを取り出す。
 底をお湯につけて少し溶かすと型から外れやすくなる。
 平皿にぽよんと出すと夕焼けをくり抜いたようなゼリーが揺れた。

「うーわ。うまそう。……でも酸っぱいんだよな」

 夏男が皿を揺らし、ゼリーをぷるぷるさせて遊んでいる。

「へへっ。ぷるぷる~」
「どけ」

 加羅は包丁をゼリーに入れて、二等分すると半分を別皿に移した。
 夏男の前に置く。

「ほい」
「なーんだ。結局くれるんじゃん。それなら甘くしてほしかったなー」

 ひょいと皿を取り上げる。

「文句言う奴には食わさん」
「あーっ。ごめんごめん!」

 背中にしがみついてくる。
 朝食後、ふたりでデザート。
 スプーンを突き刺し、ぱくり。

「あれ? 甘いじゃん」
「たりめーだ。菓子だぞ? 砂糖ドバドバに決まってんだろ」
「おいしー」

 ぱくぱくと口に運んでいく。作っては自分一人で食べていたが、誰かが食べてくれるというのも悪くないな。

「今日はどうすっかな」
「んー?」
「今日は予定入ってないんだ」
「一緒にゲームしようよ!」

 遊び相手を見つけたような顔で身を乗り出してくる。

「ゲームて。持ってんのか?」
「ファ〇コン」
「いつの時代だよ!」

 ド田舎通り越した秘境とはいえ、古すぎるだろ。せめて〇S3は持ってろ。

「何? 自信ないわけ? 都会から来たくせに、ゲームも出来ないんだ~」

 分かりやすく煽ってくる。でも残念。お兄さんはもう大人なんです。子どもの言葉にムキになったりしません。

「や~い。加羅ちゃん。ざぁこざぁこ」
「……」
「ぷぷー。黙っちゃって。弱虫加羅ちゃん可愛いよ。今日から俺がお兄ちゃんしてあげるー」
「……」
「二十代とは思えないおじさんオーラ放ってる加羅ちゃんはこの子ですかーぁ?」
「ふっ。しょせん中学生の語彙だな」

 夏男の脇腹に両手をセットすると、バラバラに動かした。

「上等だボケエエェェ!」
「――ちょ、ちょちょちょ?」

 畳の上でひっくり返るが手を緩めない大人。

「あ、あははははははははっ! だ、ひいいっ。はははは、ちょ、リアルファイトじゃなくてああはははははは! くるひ……いはははははは。ゲ、ゲームで」
「生意気なガキが。大人の力を思い知れ!」
「ひゅわあああああっ。あっ、あ! だめえええええ」

 自転車をこぐように両足をバタつかせるが、虚しく宙を蹴るだけ。両足の間に身体をねじ込んでいる加羅はシャツを捲り上げる。

「うひゃあ!」
「変な声出すな。なんだこのペラい身体は」

 引っ掻かないよう気を付けながらも、肌をめちゃくちゃにくすぐる。

「うあああああっ。駄目だっあああああってえええええ! やめえええええ!」
「さっきまでの威勢はどうした。生意気な口を叩いてみろ」

 夏男の目に涙が浮かぶ。

「ひゃははははは! 苦しいって……んあ、ああ、やだ……ぅあっ!」
「……」

 胸やみぞおち辺りをくすぐると、ビク、ビク、と背中が跳ねた。

「んうっ! ん、やだ……はあ、ん、はあ。あ、んっ、ああ、加羅ちゃ……」

 笑顔が消え、頬が赤らんできたので手を止める。危ない危ない。夏男が笑っていたら遊んでいただけですと言い訳できるが、こんな場面見られたら通報されかねん。
 そっとシャツを戻し、夏男から離れる。

「んん……んう~」

 くすぐったさが消えるまでごろごろ悶えていた夏男が、倒れ込んだまま蹴ってくる。

「かっ、加羅ちゃんの、ばか!」

 涙目で睨んでくる。顔も赤く、見ているとむくむくと虐めたい欲求が湧くので顔を背ける。

「……悪かったって」

 素直に謝っておくが吉。
 しばらく背中をぽこぽこと蹴られた。

「あ~そこそこ」
「マッサージじゃないよ!」



 お詫びにゲームに付き合っているとあっという間にお昼。

「加羅ちゃん大人げない!」
「煽ってきたのはそっちだろー?」

 ゲーム内にあるミニゲーム。操作に慣れるまで苦戦したがあとは俺の連勝。

「世界の厳しさを知れてよかったな」
「子ども相手にいい気になっちゃって。ダサいよ」

 小さめの声だったがばっちり聞こえた。
 夏男の頬を伸ばしていると腹の音が鳴る。

「飯にするか」
「おばあちゃんとこに食べに行こうよ」
「は?」

 どのおばあちゃんだよ。

「いい香りするでしょ? おばあちゃんが炊き込みご飯作ってるんだよ! 俺好きなんだ。食べに行こう」

 ……これ、炊き込みご飯のにおいだったのか。

「そんな急に。連絡もなしに行っていいのか?」
「? なんで?」

 キョトンとした顔で振り返る。
 なんでって、こっちはまだ馴染めてないんだよ。自分と他人の境界線が薄いっていうの? そういうノリに。
 夏男に引っ張られていくと、お椀が用意されていた。夏男が来ると分かっていたように。急に押し掛けたのに俺の分も出してくれた。

 嬉しいし、美味しい。温かい空間のはずなのに、どこか落ち着かない。

(昨日、熊を見たせいかな?)

 お茶を飲んでいると、ドアが開いた音はしなかったのに、人が入ってきた。

「……は?」

 昨晩見た、黒い影だった。普通の道を歩くかのように、おばあちゃんの家を横切っていく。

「……」

 夏男もおばあちゃんも誰も反応しない。気づいて、いや、見えていないのか。
 目を離すことが出来ず、影が壁をすり抜けて行くまで、動けなかった。



 腹いっぱいになった帰り道。

「なあ。夏男」
「ん?」
「ここって、何か出たりするのか?」

 不思議そうな顔をしながらも夏男は指を折っていく。

「熊に狸にイタチに……。たまにすごいでかい虫も出て、あれはびっくりするよ。写真見せてあげよっか?」

 無邪気にはしゃいでいる。夏男には見えていなかったようだ。
 加羅は眉間を指で揉む。

(疲れてんのかな? 慣れない環境で……)

 幻覚を見るほど疲れているなら、いっそ都会に帰った方がいいのかも。
 無意識に村の出口へと続く道に目をやる。
 狭い道をひーひー言いながら車で運転してきた。あれは怖かった。

 立ち止まり、ぼーっとしているとがしっと腕を掴まれ、飛び上がりかけた。

「!」
「加羅ちゃん。どうしたの? 虫は嫌い? 家にあるアルバム見せてあげよっか?」

 懐いてくる男の子。静かな村。

「なあ。夏男。なんでお前そんなに冷たいんだ?」
「は? 俺優しいでしょ?」
「体温の話だよ……。それにこの村、何か変じゃないか?」

 畑仕事をしている村人に目を向ける。

「なんか……村の人たち。人間みを感じないって言うか。ゲームのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)みたいに同じような動きを繰り返しているし」
「それは……失礼なんじゃない? 田舎を馬鹿にしてるわけ?」
「じゃあなんで、どの家も表札がないんだよ」
「そういう村なんでしょ?」
「お前の母ちゃんどこだよ。俺会ったことないのに、記憶はあるんだけど」
「……加羅ちゃん?」
「だいたいお前、どこの学校に通ってるんだ? 学校名は? 教師の名前は? 友人の名前は? ひとつでも答えられるのか?」
「どうしたの?」

 じりっと、夏男が後退る。

 おかしい。心臓が早鐘を撃つ。村人が全員、こちらを見ている。
 やめておけと、頭のどこかで誰かが叫ぶ。
 夏男がうつむく。影と前髪で、顔が見えなくなる。

「加羅ちゃん。遊びに行こうよ……」
「誰なんだよお前は。ここは? ここはどこなんだ⁉」
「加羅ちゃん」
「夏男!」
 
 視界が真っ白になった。







「――は?」

 加羅は目を擦る。自分の目がおかしくなったのではない。
 肌を突き刺すような冷気に包まれ、立っていられずに地面に膝をつく。膝をついた地面には雪が積もっていた。

「え?」

 地面だけではない。空は分厚い雲が蓋をして、山や木々も凍り付き雪が覆いかぶさっている。
 身一つで雪山に放り込まれた気分だった。
 山の中だけあり平地より確かに涼しかったが、今はもう肺も凍りつきそうな空気。壊れたように身体が震え出す。それが、幻ではないと訴えかけてくる。

「ううっ……なん」

 夏男は平気なのか?
 頭を上げると、赤い目の少年が立っていた。雪の上で赤い実を潰したような赤い瞳。

「なつ……」

 ごうっと風が巻き起こり、煙のような雪を蹴散らす。

「!」

 思わず顔を腕で庇えば、Tシャツ姿の少年は消えていた。代わりに、まったく同じ場所にいたのは、髪の長い着物の少年。
 帯と目だけが赤く、それ以外は吹雪に溶け込んでいる。実際に目の前に居る、と言える自信がないほど、現実味がない。

「なつお……?」
「あーあ。馬鹿な加羅ちゃん。何も気づかずに飼われていれば良かったのに」

 声も同じ。姿だけが違う。

「どういう、ことだ?」
「答え合わせをしてあげる義理は無いよ。ここで永遠に暮らしてもらおうかな……」

 その時、ゆらりと夏男の背後に立つ黒い影。
 彼に、手を伸ばしているように見えた。

「危ないっ」
「え?」

 シャワーで間違えて冷水を出してしまった時のように、呼吸が止まりそうなほど冷たい身体を抱き締める。

 ボスッ。
 夏男を下敷きに倒れ込んだが、黒い手は空振った。

「……ッ」

 寒くて動けない。でもこの黒影から夏男を守らなければ。

「逃げ、ろ」
「……あー。はいはい」

 夏男は色々察した目で、加羅の背中をやさしく叩く。

「大丈夫だから。この影。俺の手下だから」

 夏男が何か言っている。眠い。急激に瞼が落ちて行く。

「……」
「加羅ちゃん? あ、やば。死にそう」

 子どもとは思えない力で、唇まで青くなっている加羅を抱き上げると、加羅の家まで走った。影もドタドタとついてくる。




「……?」

 目を開けると、囲炉裏で炎が揺れていた。俺の家にあったけど、使い方が分からなくて勿体ないが封印していた囲炉裏。

 あたたかい……

 火の向こうでは、やたらはだけた着物の少年が退屈そうに座っている。
 肩どころか胸もほぼ見えており、太ももも晒している。帯が巻かれてある腹付近だけが布で隠れている状態だ。
 のそりと起き上がる。

「着物、ちゃんと着ろ。ばか」
「……目覚めの第一声がそれ?」

 呆れた顔だった。
 自分を見ると、ぐしゃった冬布団で寝かされていたようだった。布団は三枚ほどかけてあり、少し汗ばんでいる。
 血色が戻った加羅の顔を見て、はあとため息をつく。

「あの状況は逃げるでしょ。俺を庇ってる場合? 馬鹿なの?」
「大人なんだから当然だろ」
「……都会の大人ってみんなそうなの? もっと冷めてるかと思った」

 つまらなさそうにポイっと、木の枝を火にくべる。
 重い身体を持ち上げ、布団の上であぐらをかく。

「あの影は? どこか行ったのか?」

 部屋を見回すが、謎の影の姿はない。ホッとして夏男に視線を戻すと、彼の隣で正座していた。影に向かって枕を投げつける。
 すかっ。

「え」

 枕は影をすり抜け、後ろの壁にドンッと当たって落ちた。夏男が舌打ちしそうな顔で見てくる。

「あー。家で暴れないで。大丈夫だから。俺の手下だから」
「て、手下って……」

 仕方なさそうに首の後ろを掻く。

「ここは俺の箱庭なの。村人も全部俺の手下。……人間っぽくないってダメ出しされたのはちょっと凹むけど」

 膝歩きで加羅が近寄ってくる。
 着物の襟を掴むと、ばっと閉ざして胸を隠した。

「着崩しすぎだ。全力疾走した後でもこうはならんぞ!」
「はあぁ~? ファッションだよ。流行ってんの。俺たち雪女の間では」
「……は?」
「あ」

 口が滑ったとばかりに手で押さえている。

「雪女? それって妖怪の?」
「もう、馬鹿馬鹿っ。俺、帰るから。加羅ちゃんはもうちょっと寝てなよ」

 自分のこめかみをぽかぽか殴り、帰ろうと立ち上がりかけたが大人の腕に抱きしめられた。

「ひゃうっ!」
「……やっぱ冷たいぞお前。もっと火にあたっていけ」
「死ぬ死ぬ死ぬわ!」

 囲炉裏に近づけようとするが夏男が暴れる。焦った様子の影が大の字で立ち、火にこれ以上近寄らないようにした。

「邪魔すんな影子!」
「か、影子っ? 人の手下に名前つけないで。勝手に」
「身体冷たいぞ。氷みたいだ」
「あー! うるさいうるさい」

 腕から逃れると警戒する猫のように部屋の隅に行ってしまう。

「夏男。そこは寒いって」
「フシャーッ!」

 猫になっちまった。
 猫じゃらしを振ってみるが効果なさそうだ。

「馬鹿にしてんの? もっと怖がったりとか、パニックになったりとか、しないわけ?」

 不満そうに頬を膨らませている。
 んなこと言われたって……。

「ここマジで快適なんだって」
「はあ?」
「俺はここに……」

 加羅はぱたりと口を閉ざす。

「どしたの?」
「答え合わせする義理はないんだろ? じゃあ俺にもそんな義理ないよな」

 へっと、挑発するように笑ってみる。
 夏男の赤い目がすっと冷え、ツカツカと近寄ってきた。

「馬鹿じゃないの? 人間風情が調子に乗っちゃって。ここ俺の領域だよ? 人間一人簡単に殺……」

 話の途中で飛び掛かると、加羅はくすぐり攻撃を開始した。

「お前の弱点はもう分かってんだよ。オラオラオラ!」
「ぶひゃあははははは! やめへやめ、あああやああああっ! 見てないで、助け、あはああははははは、ひゃはははははやめえええ」
「人間をなんだって? 調子乗ってんのはどっちだクソガキめ」
「や、ははははははは! ひゃへ、やえええええ。あはっ、早く助け……んあああああは、あはああっ!」

 笑っていて命令が中途半端なせいか、影はオロオロした様子でうろつくだけだ。
 倒れ込んだ少年の太ももに乗っかり、脇腹や胸、首筋をめちゃくちゃに指先で撫でるように引っ掻く。

「お前は何だ? なんでこんなとこでコスプレしてんだ。言え。教えろ!」
「しぬっ、こきゅうが……あ、あ。もうやあ、はっ、はあ、あ、ん……」
「言うと言うまでこのままだぞ」

 特に胸付近に指が当たれば、ビクンと一際大きく跳ねる。

「い、言いましゅ、いう、はら。ひゃめ、あ、あふああ、あ、ん、あ」
「言うか?」
「ひゃ、は、……あ、ひゃい……」

 酸素が足りず、ぼーっとなってきた少年から手を離す。数回咳込んだ少年は小刻みに痙攣する。

「あ、は、ふあ……。に、人間ごときがぁ」

 ぎっと睨んでくるが床に転がっていては迫力も何もない。

「生意気なこと言うたびにくすぐるからな」
「ああ嘘! やめええあはははははははっ! たすけてええええええ」

 じたばたと足を動かす。
 雪山に少年の悲痛な声がこだました。


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