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兄弟
家族になれない
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信じられない。日中三十五度もあったのに。
九月半ば。夜になると気温が少しだけ、本当にわずかに下がるようになってきた。
そのせいか、クーラーをつけていると寒いと感じる。
「布団……」
半分寝ている頭で手を伸ばしてシーツをぽんぽんと触る。夏布団がこの辺に。
ぽんぽん。
無い。
「あれ?」
のそりと起き上がる。冷感布団がない。布団が。
(あ! そうじゃん)
汗をかいたので、洗濯したんだった。洗濯するのが遅かったので夕立に会い、まだ乾いていなかった。
「えー」
ひとまずクーラーを消そう。そうすればぬるくなってくるはずだ。ごろんと横たわる。
開け放った窓の外から聞こえるリー……リー……と虫の音。秋色の風が吹き込んでくる。
「……」
西野家長男・白は枕を持って部屋を出た。
隣の部屋からは明かりが漏れていた。まだ、起きているようだ。
「おーい。虎ー」
扉をノックして返事を待つ。虎はよくヘッドフォンつけてゲームしてるから気づかないかな、と思いつつ。もう一度ノック。
「誰?」
扉の向こうからやっと声がした。
「俺だよ。開けるぞ」
白はホッとして扉を開ける。
光の洪水が目を襲った。
「ぎゃああああ! 目が、目があああっ」
暗闇に慣れた目に、部屋の光が突き刺さる。ひっくり返った白に、ヘッドフォンを外した虎が駆け寄ってきた。
「大丈夫か⁉ ム〇カ大佐」
虎のボケにツッコむことも出来ずに、枕を顔に押し当てる。
「? ああ」
ようやく眩しいんだと理解してくれた虎は、ぱちっと部屋の電気を消した。
テレビ画面の明かりだけとなる部屋。
白はのろのろと顔を上げた。
「いてぇ……」
枕を抱いたまま、虎の部屋にお邪魔する。
「まだ起きてんのかよ。明日も学校だろ。はよ寝ろ」
ぐしぐしと目を擦る白の横で、ヘッドフォンを首にかけ、ポッキーを齧りながらゲームをする虎。
兄弟……だが、血の繋がりは無い。
虎は母の連れ子で、俺たちは強引に家族にされた。
妻を亡くした子持ち男は、シングルマザーと再婚することが推称されるようになった。そういう社会になってきたのだ。
父は一人で頑張ろうとしたが、会社の上司に勧められて断れなかった。昇格間近だったことも影響していたのだろう。
まだ小学生だった白に、父は目線を合わせて言った。
『俺たちは家族になれるさ』
『……』
息子の顔を見て、言葉足らずだったことに気づく。
『父さんは、母さんを忘れたわけじゃないぞ?』
『うん……』
母となった女性は頑張り屋でおっちょこちょいで、優しい女性だった。家族に溶け込もうとして空回りする。そんなドジっ子のフォローをしているうちに、虎とは仲良くなったものだ。
俺はどうせならお兄ちゃんが欲しかったんだけど、虎は俺より誕生日後ろだった。
同い年ということもあり、俺と虎は友達のような感覚だ。友達が家に泊まりに来ている。だが数年も一緒に暮らすうちに、そんな思いは薄れかかっていた。
白は虎の肩にぽすっともたれる。
母の子なだけあり、虎は優しい。目を向けてきただけで文句は言わない。両手は見事にコントローラーを捌いている。
「白が早く寝すぎなんだよ。まだ一時だぞ?」
「もう一時だよ。眠れないのか?」
「いや? 俺いつも寝るの三時くらい」
枕で虎の頭を叩く。
「なにすんだ! ボス戦中だぞ」
「お前。いつも朝眠そうなのはそのせいか! そんなんだからクラスで『虎君ってミステリアスよね』って言われてるんだな⁉ 眠たいだけか。アレ」
青筋を浮かべながら虎は白がいる方の耳に指を突っ込む。片手になったが問題なくボスを倒している。コントローラーのボタンがガチャガチャと音を立てる。
「耳元でうるさい。負けたらお前の部屋の壁紙を黄色に貼り変えるからな。カーテンもフリル付きにしてやる」
「嫌だ。そんな可愛い部屋」
言ったこと本当に実行する厄介な奴なので、白は大人しくボス撃破まで見守る。
パーティ開けされたポテチとポッキーが美味そうだったが、もう歯を磨いたんだ。
見守ること二十分。
ようやくボスは撃破された。
「――ッシ!」
虎がぐっと拳を握る。コントローラーを置き、ごろんと後ろに寝転がった。
「……あー。終わった」
「おめでとー」
ウトウトし出した白がぱちぱちと手を叩く。画面ではエンドロールが流れている。この世界は平和になったようだ。
「強敵だったけど、装備整えるとなんとかなるな。次はタイムアタックするか」
独り言をぼやきながら、虎はゲームのスイッチを切り、お菓子のゴミを片付けていく。
虎が着替えたり歯を磨いたりしている間に、限界が来た白はベッドに潜り込んだ。
布団で丸まり、すかーと眠りにつく。
「白。そういえば、何か用があって……。寝てる」
トイレから戻ってきた虎は、自分のベッドを占拠して寝ている白を見て、肩を落とした。
放課後。
西野家兄弟は茶道部の部室に集まっていた。この学校で唯一畳張りの部屋だ。教室より狭いが、本格的なお茶の道具が揃っている。たまに茶道の先生が来て、お茶を立ててくれたり、帛紗(ふくさ)折りを教えてもらったり。茶菓子を食える日もある。
部員のほとんどが女子で、男子は俺たちしかいない。虎が「ゲーム部を作る!」と燃えており、それに付き合っていたら運動部に入り損ねた。すでに定員オーバーになっていたのだ。部活に絶対入らなければならない高校の俺たちは茶道部に転がり込んだ。
初めは青ざめていたが、思っていたより細かいことはなく、先輩女子に囲まれ今はウハウハだ。
……虎がいるからな。
「今日はせんせー来ないのか」
外部から来てくれる着物姿が美しいお茶の先生。お花も教えているようで、たまに生け花の日もある。生け花にした花は持って帰り、母にプレゼントするのが流れになっていた。だって喜んでくれるんだもん。
先生が来ないので、部室の掃除をしている。
「そうだな。忙しいんだろ」
「明日は障子の貼り変えかぁ……。あれ、面倒なんだよな」
面倒だし、難しい。俺が切ったとこ、申し訳ないくらいガタガタだったよ。先輩たちやさしいから笑ってくれたけど。顧問の顔が鬼だった。
「いいじゃん。才能だって」
「障子紙をガタガタに切るのが⁉」
虎が雑なフォローをしてくる。
「っはー。ゲーム部の何が駄目だったんだろ」
往生際の悪い虎はたまにこうやってぼやく。そろそろ諦めろ。
「西野くーん。手が止まってるよ」
「あっはい!」
「すみません」
一番背の低い先輩が腕を組んだまま見上げてくる。正直可愛い。
虎と俺は倍速で手を動かした。
「虎! 頼む。部活に来てくれよ」
帰り際。クラスの奴が数名、虎に飛びついてきた。俺が後ろにいたせいか、虎は避けなかった。そのせいでむさ苦しい光景になる。
「なんだよ」
クラスメイトの制服を掴むが、がっちり抱きついていて離れない。たまにあることなのだが俺はこの時、なぜか胸がモヤモヤする。
クラスメイトの一人が手を合わせる。
「頼むって! 先輩がまた後輩いびり始めやがって……。俺たちめちゃくちゃな命令ばっかされんだぜ」
「部活に何も関係ないんだぞ! パン買って来いだの金寄こせだの……。後輩はサンドバッグだの」
「もうやだー! なあ、虎。あの先輩たちやっつけてくれよー」
どこの部活にも、困った人はいるようだ。
涙の訴えに、虎は白けた顔で隣の古い校舎に目をやる。
「嫌だよ。俺が恨まれるじゃん。蛍川先輩に頼めよ」
後ろで聞いていた白は顎に指をかける。
柔道部を瞬殺したあの人か。
クラスメイトはうおーんと泣き出す。
「やだー。あの人も怖いじゃん! 一人でいるときは優しいのに、友達といるときに話しかけたら殺気だけで殺されそうだったぞ」
数人を引きずってずりずりと歩き出す。
「知らん。俺は帰ってタイムアタックするんだ。忙しい」
「めちゃくちゃ暇人じゃねーか。虎あぁ」
可哀そうになってきたので、白が口を出す。
「なあ。先生に言ったらいいんじゃないか? 困ってるって」
存在を思い出したのか、クラスメイトの一人が俺に抱きついてきた。
「白! お前だけだ。こいつを説得してくれ」
「俺ら先輩のパシリ、やなんだよおお!」
「俺の白に触るな‼」
廊下がシンッと静まり返る。
クラスメイトは気まずそうに白から離れた。
「ごめん……」
「そういやブラコンだったな。こいつ」
一番気まずい思いをしている白を放置して、虎はクラスメイト二名の胸ぐらを掴み上げた。
「お前らを俺のパシリにしてやろうか?」
「「ご、ごめんなさい……」」
「虎。やめてやれ。不憫すぎる」
滝のような涙を流すクラスメイトに、白は複雑な表情のまま割って入る。
「顧問の先生に言いに行こう? な? 力になってくれるって」
ぶら下げられている二人がぐすっと鼻をすする。
「白……」
「やべぇ。白が天使に見える」
ガラッと虎が窓を開けた。天使発言をした一人を放り投げようとする。
「ぎゃあああああッ」
「虎、アカンて! ここ二階!」
「死にゃしないよ」
「死ななかったら良いと思ってる⁉」
顧問の先生が「若い頃なんてそんなもんだって」と力になってくれなかったので、虎がメールしておいてくれた。
「なんで蛍川先輩のメアド知ってるの?」
「昔、シングルマザーってだけで虐められてさ。そのいじめっ子の顎かち割ってくれたんだよ」
「……」
あの人だいぶ小柄だよな? 前世重機だったとか?
「いじめられてたのか? お前が?」
「嘘だろ?」
「か弱いふりすんなって。似合わないぞ」
クラスメイト二名の頭上に拳骨が落ちる。
「「しくしく……」」
「そうか。辛かっただろ。俺の胸で泣くか?」
両腕を広げると虎は迷いなくもたれかかってきた。ゲームで鍛えられているおかげか、画面見ずにメールを打っている。
送信するとスマホを仕舞った。
「……うわぁ」
「人前でいちゃつくなよ」
たんこぶを生やしたクラスメイトたちが冷めた目で見てくる。
「いちゃついてない。慰めてるだけだ」
ふふんと胸を張る白に、クラスメイトはもう何も言わなかった。
無言でお菓子を差し出してくる。
「でもサンキュな」
「先輩が大人しくなったら、もっときちんとお礼するから」
「……ああ。うん」
どこか晴れやかな顔でクラスメイトは帰っていく。
後日。ファミレスでポテトとドリンクバーを奢ってくれたので、厄介な先輩は大人しくなったようだ。
虎が頼りにされていると思うと、俺も嬉しくなる。
「いやー。良いことしたな、虎。何もしてないのに、俺にまで奢ってくれるとか。いい奴らだよな」
白がいなければあの二人は二階からアイキャンフライしていたので、妥当だと思う。
と、虎が思っていると、白が肩を組んでくる。
「虎。お前が虐められていたらすぐに言えよ」
「白の方が弱いじゃん。ゲームも弱いし。テトリスは上手いけど」
「でも二人の方が心強いだろ?」
虎は優しいので「足手まといはいらん」とは言わなかった。
「はいはい。そーですね」
「なんだよ。照れてんのか?」
支え合うようにして二人は帰路につく。
顔面が陥没した三年生とすれ違ったが、白と虎は見なかったフリをした。
夕食も食べ終え、部屋に戻る前に白を呼び止める。
「そういえば夜中部屋に来ただろ。どうしたんだ? Gでも出た?」
「あ」
腹を摩りながら白は足を止めた。
「あー。いや。あれはもういいんだ」
布団も乾いたしな。
虎がため息をつく。
「お前……。人には相談しろって言っておいて。お前は言わないのか?」
どうやら深刻な悩みでもあると勘違いしたようだ。「じゃあ俺も白には何も言わない」と背中を向ける虎の肩を慌てて掴む。
「ちょ、違うって! あれだよあのあれ、寒かったんだよ」
「は?」
怪訝そうな顔の虎を部屋に引っ張っていく。
「夜、寒かったんだけど布団乾いてなかったから。虎のベッドで寝ようと思って」
虎はひょいとクーラーのリモコンを手に取る。
「……設定温度二十八になってるけど? これで寒いの? 暑くない?」
「お前は何度にしてるんだよ」
「十八」
白が掴みかかった。
「お前が地球をこんな星にしたのか⁉」
「しゃーねーだろ! 暑いんだよ」
言われてみれば。体温高いんだよー、こいつ。
虎のベッドで寝た時、起きたら虎が横にいてびっくりしたけど。あったかかったな。
「一緒に寝る?」
虎がブラコンなのを知っているのに、安眠できる心地良さを思い出してつい言ってしまった。虎は躊躇いなく頷く。
「うん」
「待って! 自分で言っておいてあれなんだが、断って!」
「枕持ってくる」
「話聞け!」
くるりと反転した虎の手を掴む。
「話終わっただろ?」
「おま……クラスメイトにも言われただろ。ブラコン仕舞え! 子どもの頃は何も思わなかったけど、流石に、ホラ」
「ホラ、何?」
虎の顔は嬉しそうだ。ああ~。可愛いなこいつ。
「もう高校生なんだし……」
「誘ってきたの白じゃん」
「断ると思って」
「意味わかんない」
ぐうっ。これは俺が良くなかったな。
「えーっと、あの~」
言い淀んでいる間に枕と布団を持ってくると、俺のベッドにせっせと置いていく。
「絶対狭いって」
「そう思うなら痩せろよ」
「嘘。俺、太った?」
ばっと服を捲るとあばらが浮いていた。これでもデブ認定される社会になっちまったのか。日本人全滅しそう。
肋骨を撫でていると虎の手が滑り込んできた。
「ひいやああ!」
びっくりして自分でも聞いたことない声が出た。
泡食って振り返ると、虎は口を押えて震えていた。笑ってんじゃねえ。
「あほ! 虎のあほっ」
「んぐぐぐぐ……笑かすなよ」
ケツを蹴っておく。
「驚かせやがって」
「ごめんって」
虎は俺の両肩に手を置くと、唇を口に押し当ててきた。
「……」
白は眉間にしわを寄せるだけで、何も言わない。
「そんな顔するなって」
ベッドに押し倒される。
「……」
「ふはっ」
抵抗しない白に気を良くし、触れるだけのキスを繰り返す。
(俺のせいなんかな……)
小学生の時。虎に何度も口づけをした。意味も分かってなかった。仲良しの証とドラマで見て以降、虎にキスしまくったのは覚えている……。俺なりに虎と仲良くなろうと思って。
思い出すと顔から火が出そうで、白は両手で顔を覆う。
「顔痛いのか?」
邪魔、と手を剥がされる。
なんとなく恥ずかしくて、顔を横に向ける。
「いや……。こういうの、もうやめない?」
掠れまくった小さな声が出た。
「こういうのって?」
「……っ」
目を見ると本気で分かってなさそうだった。俺のせいで兄弟の距離感がバグっちまった……。だからと言って虎のことが嫌いなわけではないので、距離を置こうとしても出来ずにいる。
(自分から部屋に行ったりしてるもんな)
「白?」
何も言わない白に、退屈になったのか首筋にキスを落としてくる。
「っ、くすぐったいって」
「かわいい」
トラのように、ぺろっと耳を舐める。
「おい」
「何?」
……だから本気で分からない顔をするな!
ちゅくちゅくと耳元で水音が響く。虎の二の腕を思わず掴むが、突き放せない。ぬっくいねん、こいつ。
「はあ……」
虎は無邪気に遊んでいるだけだ。俺が変な気分になっては駄目だと、ぐっと奥歯を噛みしめる。
同じくらいの手のひらが、服の上から身体を触ってくる。弱いところを触れられるたびに、小さく身体が跳ねた。
「ぅう……」
「なんか苦しそう。どっか痛むの?」
すりっと手のひらで胸を撫でられてビクッと腰が浮いた。
「っあ!」
「ここ?」
服の上から手のひらで転がすように、胸の突起を転がしてくる。
「ちょ、やだ! そこ」
「どう嫌なわけ?」
嫌と言ったからか、転がすのはやめてくれた。人差し指と親指で、ツイっと摘まれる。
「ああ! ……ぁ、そこ……やだ」
「あんまりやだやだ言うなよ。遊んでるときに」
顎を掴まれ、キスで口を塞がれる。その間も虎の指は乳首を摘んでおり、ビリビリと痺れ、下半身に熱がこもる。
「んっ……んンっ……」
突起をくにくにと揉まれるたびに、腰がいやらしくくねる。
「アッ、んう」
やめろと言いたいのに、声が出ない。酸素も上手く吸えず、ぼーっと後頭部がぼやけてくる。
「は、あ。んうっ、あ、あ……あ」
顔が離れ、ようやく口が自由になる。それなのに、唇から出てくのは荒い呼吸と甘い声だけだった。顎を押さえていた虎の右手が、残りの突起を虐めだす。
「ばかっ! やめろっ……。っああ」
「いつも抵抗しないじゃん。嫌じゃないんだろ」
「う、あ、あ」
抵抗したいのだが、ちょっと触られると力が抜けるんだよ。
弱々しく虎の手首を掴むことしかできず、ビクッビクッと跳ねる。
「はあ……、とら。ンッ。やめ……。やだ、ぁ」
「俺は楽しいんだけど」
(お前の気分は聞いてないんだよ!)
じわじわと、下半身が疼いてくる。こちらも触ってほしい、なんて口が裂けても言えない。太ももを擦り合わせる。まったく意味がない。気持ち良くもない。
「や、めて。虎……。そこばっかり……」
「じゃあ、どこがいいの?」
「……っ」
言えるはずもなく、赤くなった顔を横に向ける。
「言ってくれないと分かんないんだけど?」
胸から指が離れる。ホッとする暇もなく、虎の指が腹の上へと滑っていく。
「ひうっ」
「ほら。どこ触ってほしいの?」
わざと中心は触らずに、鼠径部などをくすぐる。
「んあっ!」
「嫌なら代案も言ってくれるか?」
太ももやヘソの下もくすぐられ、面白いように身体が反応してしまう。
「あっあ! やだ! やだあぁ。んあっ、ああ……ひぐっ」
「うねうねして、ウナギみたい」
熱が溜まってくる。我慢するのがキツイ。触ってほしい。
「~~~ッ。虎……っう。この!」
枕を掴むと、虎に向かって投げた。虎の枕だったが気にしている場合ではない。
ぼすっ。
きれいに命中したが、ふかふかすぎてダメージがなかった。
「なんでお前いつも、攻撃手段が枕なんだよ」
クスクス笑いながら、指先で白の股間を撫で挙げた。
「ッ、アアッ!」
気持ち良さが波となって襲ってきた。こうなるともう、エッチな気分になってしまう。
「ふ、ふう……。はあ、はあ……。あ、ああ」
「すげー高い声出すよね」
面白かったのか、二度、三度と股間を撫でられ、その度に高い声を強制的に出されてしまう。
「あア。んやああ! そこ、触……虎……」
滲む視界で虎を見つけると、ニヤッと笑っていた。
「感じてきちゃった?」
……あれ? こいつ……
違和感に動揺する白に、虎はこしょこしょと脇腹をくすぐる。
「ッン! ひゃああ。やめ、馬鹿っ」
「いやあ。そろそろキツイわ。『何も分かってない』ふりするの」
「優しい虎」の仮面が剥がれた男の口は、悪魔のように吊り上がっていた。
「……虎?」
顔を近づけ、耳元で囁く。
「お前の父さん、親父が言ってたけど。こんなんじゃ、俺たちは家族になれないな」
「と……」
「俺、お前を家族だと思ってないから」
肉食獣のような瞳に、一瞬怯む。
「おーい。白ー。虎ー。いるかー?」
扉の向こうから父の声がする。白は全力で虎を蹴っ飛ばし、反動で自分もベッドから落ちた。
「開けるぞ! 白。虎が部屋にいない……何してんだ。お前たち」
上機嫌で部屋に入っていた父が、床で転がる息子二名を見下ろす。
「なんか、用?」
ひっくり返ったまま訊ねると、親父は嬉しそうにしゃがむ。
「父さん。会社で旅行行ってきた同僚にお菓子もらっちゃってさー。メロン味なんだけど。父さん苦手だから、食べてくれ」
でかでかした箱を取り出し、机の上に乗せると出て行った。肩の荷が下りたといった表情だ。
「……」
むくりと起き上がると、腹を押さえながら虎も身を起こす。
「夕飯が逆流するかと思った」
「虎。メロン食えるか? 俺もメロンちょい苦手でさ」
「……うん。食べれる」
お菓子をふたりで分ける。クリームが挟んである黄緑のクッキーだった。
もそもそと齧る。
「美味しい」
「白の方が美味しい」
「ンブッ」
お菓子が変なとこに入った。盛大に咳き込む白の背中を、お菓子を食べながら虎が摩ってくれた。
「おまっゲホゲホゲホっ! アホなこどをゴホゴホッゲホガハッ! 変なこと言う……ゴホゴホッ、オエッ!」
「……文句なら後で聞くから。今は咳しろ」
就寝時刻。
同じベッド内で、白は虎の頬を抓っていた。
「いひゃい」
「家族になれないとか抜かしてたけど。俺のことが好きって意味?」
「うん」
素直に頷く虎から手を離すと、抱き寄せた。
「白?」
「俺もお前は好きだけどね。でもそれは湯たんぽとしてだけど」
「酷いこと言うな」
苦笑いしながらも胸に額を擦りつけてくる。可愛いな、とは思う。
「……父さんたちには内緒で、付き合ってみる?」
虎はがばっと顔を上げた。
「えっ⁉」
豆電球すらついていない部屋だけど、虎がどんな表情しているのかは分かる。声が嬉しそう。
「白。……寝ぼけてる?」
体温の高い手が頬に触れる。
「いや。起きてる。お前たまにキスしてくるけど、あれ、嫌じゃ、ないんだよな……」
首の後ろを掻く。我ながら恥ずかしいことを言っていると思う。
虎はこくっと頷いた。
「よろしく……お願いします」
敬語になってる虎に、小さくフッと笑う。
「付き合ってみてさ。嫌になったら言えよ?」
その時は、家族に戻ろうな?
【おしまい】
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