BL短編

水無月

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汗だくエッチ ①

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・透夜(とうや)  背が高い。黒髪。暑がっている人は水に突き落せばいいと思っている。よく食べる。受け。
・東雲(しののめ) 顔が可愛い。特殊な性癖がある。いっぱい食べる君が好き。攻め。

 途中、攻め受けが反転することもありますが、受けは透夜です。 
 アイスを使った描写があります。食べ物を粗末にするのは許せない方はご注意を。
 夏場は絶対に無理をしないようにしましょう。





▽どうぞ▽












 体育祭が終わっても暑さはちっともおさまることなく。秋の面影も見えない。
 焼きいもが食べたい透夜はぶすっとした面持ちでベッドにもたれる。
 黒い髪に黒のタンクトップ。ハーフパンツという夏の格好でしきりに流れてくる汗を手の甲で拭う。

「透夜くん……。あのっあのさぁ」

 透夜の部屋で自分以外の声がする。目だけを横に向けると瞳を潤ませた同い年の男が、引きつった顔で天井付近を指差す。

「クーラー……つけないの?」

 セミの鳴き声が室内にまで響き渡る暑さの中、部屋のクーラーは完全に沈黙していた。
 窓は全開にしてあるが風が入ってくるわけでもなく。室内の温度は外とほぼ変わらない。瞳を潤ませた男は結露のような汗をかいていた。
 この「ぴえん」の顔文字のような男は同じ学校で、隣のクラスの奴だ。名前は東雲。暑さでやられたのか男の俺に告ってきた変な奴だ。

 ……それをオーケーした俺も変なんだろうな。

 可愛かったからつい。背は低くないけど口が犬みたいにωの形になってるし、告ってきた理由が「体育祭の時の姿がかっこよかった」、だったから。おだてられたのでいい気分になった。

『パン食い競争でフランスパン齧ったまま走ってた姿に惚れちゃった』

 昼前で腹減ってたんだからフランスパン目掛けて走るのは当然のことだ。彼女がいない期間だったので、男と付き合うってどんな感じなのかと思って。まあ、俺の方は好奇心だ。どうせずっと付き合うわけじゃない。こいつもすぐ俺を振るだろう。それまでの付き合いだ。

「クーラー? つけたことないな……。クーラーに頼るのは軟弱者だろ」
「……っ!」

 俺がフラれる原因の十割がこれだ。俺はクーラーやエアコンの風が好きではない。俺と付き合うなら夏は灼熱地獄。冬は極寒地獄に付き合ってもらう。
 前の彼女にはこれで、三時間でフラれた。真夏は一日ともたない。新記録更新したのは我ながら笑ったわ。

「マジ⁉ クーラーつけたことないの? あのクーラーはなんのために部屋にあるの? オブジェ?」
「さあ? じーちゃんが家建てた時にノリでつけたんじゃない? あのクーラー何十年も前の物だし」
「思ったよりアンティークな品だった。どうりで見たことないデザインしてると思った」

 項垂れている。

「嫌なら帰れよ?」
「ええ? 帰りたくない……。せっかく、透夜くんのお部屋に来れたのに。こんな灼熱地獄だとは思わなかったけど……」
「長袖長ズボンなんか履いてくるからだろうが。なに考えてんだ夏だぞ」
「クーラー入ってると思ってたんだって! 後編の台詞はこっちが言いたいよ!」

 めそめそ泣いている。温度計を見ると三十三度だった。

「三十五度超えたら扇風機回すし。んな落ち込むなって」
「二十五度超えたら扇風機つけてよ! 透夜くん????」

 東雲も汗だくだけどずっと叫んでるから元気なんだろうな。
 透夜はうるさそうに汗で濡れた髪を掻くと、腰を上げて窓から庭に出る。太陽が眩しい。

「ひー。今日も暑いなー」
「そう思うなら、クーラー入れなってば……」

 よく窓から出入りするので置いてあるサンダルが熱い。それを履いて物置の戸を開ける。引っ張り出したのは空気入れっぱなしの子ども用ビニールプールだった。
 わざわざ玄関から出てきた東雲が、手で目元を陽射しから庇いながら近寄ってくる。

「プール入るの?」
「物置にビーチパラソルの小さい奴があるから、取ってきてくれ」

 蛇口にホースをつなぎ、プールに水を入れている透夜が物置を指差す。そこそこ大きな物置。

「え? うん……」

 戸を開けるとごちゃごちゃと色々入っていた。家庭用っぽいパラソルを見つけたので担ぎ出す。

「これどうするの?」
「貸して」

 差し出された手のひらに乗せると透夜は片手で軽々持ち、地面の穴に突き刺す。

「よし」
「な、うわっ」

 「何がよしなの?」と聞こうとしたら強めに背中を押された。倒れた東雲は顔からビニールプールにダイブする。
 冷たさで息が出来なくなった。慌てて透明な世界から顔を出す。

「ぶはーっ! 冷たい!」
「ちょっと待ってろ」

 仮にもお客さんをずぶ濡れにしておいて、一切悪びれることなく家の中に戻っていく。

「透夜くん?」

 もしかして怒らせるようなこと言ったかな? と不安になったが、水の中が気持ちよくてそこから出られなかった。一分もしないうちに透夜は戻ってくる。
 プールの横に膝をつき、皿に乗ったスイカを差し出してくる。

「はい」

 スイカを取りに行っていたようだ。

「……ありがと」

 怒っていなかったことに安堵しつつひとつを手に取ると、透夜は縁側に腰掛けた。
 風鈴がちりんと鳴り、透夜がスイカを食う音だけがする。

「……」

 縁側に座る透夜と、目の前の庭でプールに浸かっている東雲。一応向き合っているが、なんだこれ。
 何が何だか分からないまま、東雲もスイカを一口。軽く塩がふってあるスイカは甘みが強調され、よりおいしく感じる。

「おいしいね」
「そうだな。俺はいもが食べたいけどな」

 食いしん坊なのだろうか。透夜は背も高いし、食べる量が多いんだろう。体育祭では大きなお弁当に加え、クラスメイトのおかずを狙って追い回していた。

「もしかしてさ……」
「ん?」
「彼女にもこういうこと、してきたの?」

 透夜はきょとんとする。

「暑いって騒ぐから」

 それがどうした? みたいな顔しないで。
 プールの準備、手慣れているなと思ったよ。歴代の彼女たちをプールに突き落としてたのか。

「そりゃフラれるよ……」
「そうか? プールに入ってる女の子って、人魚姫みたいで可愛いじゃん」

 すごい。悪意ゼロだ。
 それどころか「いいことしてやったぜ」みたいにいい笑顔を見せる。
 しかし部屋で溶けているよりは快適だ。

「も~。パンツまでずぶ濡れになったじゃん」
「すぐ乾くって。あれなら風呂入ってけよ。俺の服貸してやるし」
「……」

 東雲の顔が赤くなった。

「おー? 東雲くーん。何考えたんだよ。やーらしーなー」

 ニヤニヤ笑う透夜にむっと頬を膨らませる。だが怒鳴り返してこず、それどころかもじもじとうつむいてしまう。

「だって……。好きな人の服を着てる想像しちゃったもん」
「……」

 そういう反応されると素直に可愛いと思った。……抱きたいとは、思わなかったが。

「ふーん?」

 透夜は上機嫌でスイカの白いとこまで食べきった。

「透夜くん。タネは? 無いよ?」
「喧嘩売ってる?」
「え? ……違うよ! スイカの種のことだよ! タネを吐き出しているとこ見てないんだけど」
「食べたよ」
「……」





 シャワーと服を貸してもらい、再び透夜(灼熱)の部屋へ。
 サッパリしたのにさっそく汗がにじむ。これからこの暑さとも付き合っていかなきゃいけないのかと思うと、瞳がうるるっと潤む。プールの片づけをしていた透夜は一足先に部屋に戻っており、水色のアイスを咥えていた。

「ほれ。ラムネしかなかったけど」
「ありがとう」

 棒付きアイスを受け取り、透夜の隣に座る。袋を破いてアイスを舐める。甘い。

「俺の服ダボダボじゃん」
「うるさいなぁ。身長はそこまで変わらないでしょ?」

 笑顔の透夜がわしゃわしゃと、まだ濡れている髪を撫でてくる。

「わ」
「可愛いじゃん。なんか、付き合ってるって気がする」
「……」

 上目遣いでその笑顔を見つめると、思い切ってぐっと顔を近づけた。
 彼の唇に唇が重なり、同じ甘さが広がる。

 ドンッと予想より強めに突き飛ばされた。

「きゃう!」
「あ」

 後ろにひっくり返る東雲に、透夜は「やっちまった」と慌てて抱き起こす。

「ごめん!」
「ん。いや……。こっちこそ。急にしちゃって」

 「力強いなぁ」と頬を染めていると、透夜は顔を覗き込んでくる。

「どこか、怪我したか? ごめんな?」
「え? ううん。大丈夫」

 首を横に振るが、まだ彼に抱かれたままである。真横にある彼の顔に、カァ~ッと体温が上昇していく。

「お前、顔あっかいぞ?」
「暑いんだってこの部屋! ……と、透夜くんは、キス、嫌だった?」
「嫌って言うか……」

 黙りこくってしまう。
 やがて顔を上げた彼は割と真面目な表情だった。

「敵襲かと思って」
「きみは軍人か何かなの?」

 東雲を胸に抱いたままアイスを齧る。

「んあ~。俺ってよく襲撃されるんだよ」
「え⁉ なんで?」

 透夜は自分を親指で指差す。

「ほら俺ってモテるから」
「……」

 まあそれは確かに。隣にいる女の子はよく変わったけど、彼女いない期間が短い。東雲も、それを狙って告白したくらいだ。

「ねたまれるんだよなー。前も『俺が好きだった女子がまたお前に惚れた!』とか言われてさー」

 透夜はため息をつく。

「……親友だったんだけど。それっきりだ」

 思ったより重い話だった。東雲はよしよしと黒髪を撫でる。

「ははっ。慰めてくれんのか? ありがとな」
「ううん」

 親友だか何だか知らないが、東雲としては透夜に近づく男が減って万々歳である。もちろん声に出しては言わない。
 それより自分はいつまで透夜に抱かれているのだろうか。あっついんだけども。二つの意味で。アイスもすごい勢いで溶けてきちゃってるし。
 自分のものより逞しい、透夜の腕。

「……」

 「離れて」とは言えない……。近いから、風呂に入った自分はともかく、汗だくの透夜からは、透夜のにおいがよくする。

(ふひゃあああ)

 ガチガチに固まっているとぱっと腕が離された。

「ああ、悪い。暑かっただろ」
「……」
「なんだよその顔は」
「せっかく……。透夜くんとくっついてたのに」

 口をとがらせて拗ねると、透夜の顔に赤みがさす。

「……」
「……」

 ぺろぺろとアイスを無言で舐める。お互い一言もしゃべらないが、嫌な無言ではなく。むしろもっとこの時間を堪能していたくて……。
 二人はどちらともなく肩を寄せ合った。






 アイス二本目を取りに行った透夜について行く。台所には誰もおらずガランとしている。

「小さいアイスだったし、あと五本くらい食ってもセーフだよな?」
「アウトだよ」

 冷凍庫を開けてアイスの箱を取り出している。
 透夜の後ろ姿を眺める。

 ――せっかく部屋に上げてもらったんだから、セックスしたいな……。親御さんもいないみたいだし。

 しかしキスで突き飛ばされたばかりである。

「ねえ、透夜くん」
「んー?」
「セックスしたい」

 直球で聞いてみると振り向いた体勢のまま固まった。
 目を泳がせてから足で冷凍庫を閉める。

「野郎とのセックスの仕方、わっかんねぇよ」
「僕……。勉強してきたから。大丈夫だと思う」
「そう? まーいんじゃね? ローションもゴムもあるし。あとは何が必要なの?」

 思ったより乗り気になっていてくれて嬉しい。

「浣腸とかして体内洗浄するんだっけ? つーか入るか? お前、ケツの穴小さそうだし」
「え?」
「え?」

 沈黙が下りた。

「……透夜くんが挿れられる側でしょ?」
「―――っ⁉」

 透夜の顔色から悟った。これ二人とも「挿れる側」だと思っていたパターンだ。
 アイスの箱を机に置いて取り乱す。

「うっそだろ⁉ 俺が東雲を抱くんじゃないの?」
「……僕だって、透夜くんをイかせたいし」
「顔に似合わず肉食だな」

 台所の椅子に膝を突き合わせる形で座る。

「順番ってのはどうだ? 今日は俺が挿れて、次がお前」
「やだ」
「今日がお前で、次が俺?」
「やだ」

 透夜がばんっと机を叩く。

「おい! 俺の番が回ってこない」
「僕は一生抱く側がいいの。透夜くんは可愛く鳴いていればいいの」
「キショイ! 可愛く鳴いてる自分を想像したら鳥肌立った。自分がキショイ」
「そう? 僕はその妄想でご飯食べられるよ?」

 うげーっと透夜は背もたれにもたれて天井を仰ぐ。

「なんだよ……。お前俺のこと抱く気だったのかよ。絶対俺が抱くんだろうなと思ってたのに」
「そうなの?」
「だって俺の方が背ぇ高いしガタイもいいし顔もいいし男前だし成績もいいじゃん。ついでに運動も出来るし。どう考えても俺が抱くんだなって思うじゃん」
「すげー自己肯定感。惚れなおした」
「今ので?」

 ぽっと赤に染まった頬を押さえている。なんだその乙女のポーズは。違和感ないな。可愛いから。
 透夜は片手を上げる。

「どうする? じゃんけんで決める?」
「やだ」
「このわがまま小僧が。どうすんだよ」
「抱きたい」

 ぐっと身を乗り出し、潤んだ瞳で見上げてくる。何で上目遣いって可愛く見えるんだろうな。今すぐスマホで調べたい。

「んー……」

 まあ、今回は譲ってやるか。告ってきたのはこいつなんだし。

「いいぞ」
「やったぁ」

 はしゃいじゃって。可愛いな。
 そう言えば……と、東雲が確認してくる。

「クーラーはつけるよね? 流石に」
「は?」
「汗だくでヤるの……?」
「嫌なら帰れよ」
「……ヤる」

 アイスの箱と飲み物とタオル、着替えを持って部屋に移動する。

 部屋で充電中のスマホを手に取る。

「あとは救急車を呼んでおくか。これならお前が熱中症か脱水で倒れても命は助かるだろ」
「セックスするだけなのに……。なんで命がけなのさ。つーか呼ばなくていいよ。『今から汗だくセックスするんで来てください』と言ったら未来永劫笑われるよ」

 本当に119しそうな透夜の手からスマホを取り上げ、机の上に置く。

「はあ。ヤるならベッド気合い入れて掃除しといたのに」
「きれいじゃん」

 透夜は一本ずつ指を折り曲げていく。

「シーツ洗って天日干ししてー。最後に香水を軽く振りたい」
「毎回そんなことしてんの⁉ そんなんだからモテるんでしょ?」
「モテたいんだよ」
「洗ったら透夜くんの匂いがしなくなっちゃうじゃん。洗わなくていいよ二年くらい」
「キノコ生えるわ」

 ツッコミしながら透夜は東雲を抱き上げた。

「え?」

 同い年の男を持ち上げたことに驚く。
 そっとベッドに寝かせると慣れた顔で跨ってくる。ここで飛び起きた。

「待って! なんか僕が抱かれるみたいになってる」
「え? あ。そうだった。ヤる気満々だったわ。すまんすまん」

 笑いながら上から退く。

「いつも抱く側なんだね……」
「まーな。俺を抱きたい! って言ってくる肉食じゃなかったからな。彼女たちは」
「元カノの話とか聞きたくないんだけど」
「……? 話振ってきたのお前だよな? だから抱かれる側の経験ないんだわ。どうすりゃいいの?」
「ベッドに寝そべって」

 仰向けになると嬉しそうに東雲が乗ってくる。せっかくシャワー浴びたのに、もう汗だくになっていた。

「あー……。下から見ても可愛いな、お前」
「そ、そうかな? 透夜くんだって、寝転んでてもかっこいいよ?」
「知ってる」
「……」

 一瞬真顔になったが、東雲はめげずに机に手を伸ばす。てっきりローションを取るんだろうと思っていたのに、東雲が握ったのはタオルだった。汗を拭うのかと思いきや……

「僕じゃ透夜くんに力で勝てないし。縛って良い?」
「縛る? 逃げたりしねぇよ」
「大人しく抱かれてくれるの?」
「? 俺、セックスから逃げたことないけど?」
「途中でやめるとか言い出さない? 女の人と違う、とか言ってさ」
「あー」

 そんなこと気にしてたのか。確かに男とヤるのは初だが、俺も興味がある。
 タオルを引っ手繰り、東雲の顔を拭いてやる。

「逃げたりしないから。縛るとかは……もっと仲良くなってからにしよう。男とヤる経験ないのに、いきなりが特殊なプレイとかちょっとなー」
「わかった」

 汗を拭いてやっただけなのに嬉しそうな笑みを見せる。ちょっとドキッとした。
 悟られたくなくて顔を横に向けると東雲が手を伸ばす。
 今度こそローションだと思えば、アイスだった。

「は? 食べながらヤんの?」
「そんな特殊なプレイしないよ……」
「じゃあそれは?」

 東雲はニコッと笑いながら袋を破く。

「このままヤったら熱くてたまらないだろうし。透夜くんのナカをこれで冷やしておこうって思って」
「……?」


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