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最後のステラ
15 大人しかいない最後の種族
しおりを挟む「たなばた……?」
呟くテレスに『その821』は頷く。ティーハヨ様の長い髪が、床の上でとぐろを巻いている。
「聞いたことがないな」
テレスが知らないのなら、もうキャットか魔王くらいしか知る者はいないだろうね。
「当たり前よ。私たちが秘匿してきたんだもの。『他人の願いを叶える』。この能力を持つせいでね!」
主人は半ば聞き流していた。
(おかしい)
何故この世界に七夕という言葉がある? たまたまか? だが願いを……のところも重なっている。七夕は元々願いを叶える行事ではない。自分でつかみ取る物だ(天帝も願いを叶える系の神ではないし……。だったはずだ)。
この世界の言葉が地球のものと妙に重なるときがある。キャットが猫だったり、モンスターが地球動物の英語名だったり。
(もしかして太郎、貴様。日本人だったのか?)
俺より先にこの世界に来て、帰還方法を探し出してくれた俺にとってのいわば先輩であり恩人。適当に太郎と名付けたが、日本人、か? あいつがモンスターに名前つけたりしたのだろうか。それが少しずつ変化していき、今の形に……うん。わからん。
「七夕蛇族。見たところきみは男だが、子孫は?」
ティーハヨは下唇を噛んで床を見つめる。
「……その」
返事はなかったので俺とテレスの目線は『その821』少年へ向けられる。
「七夕蛇族はティーハヨ様で、最後よ。男児は御生まれになったけど、姫が、生まれなかったの……。私たち『守り人』の数も年々減っていき。もう残っているのは……」
この二人だけか。
(『その821』君が女性のような口調なのはそのためか?)
貴族間では、占いで選ばれた少年に女性言葉を話させると女児が産まれやすく、少女に男言葉を話させると男児が生まれやすくなるという話が、いまだに根深く信じられている。
主人からすれば「保健体育やり直して来い」だが、この世界では大切にされていることなので黙っておく。
「『その821』君の種族もついでに教えてくれたまえ」
「私は……。岩鬼族と花仙の混血よ。なるべく頑丈に、長持ちするよう生み出された種族なの!」
どうだすごいでしょ! と腕を組んでいる。地球風に言うとデザイナーベビーというやつか。それはそうと気が強そうな瞳をしているので、ドヤ顔がとても似合う。
「テレス。花仙ってなに?」
「んっとな……。えーっとな? 精霊寄りの種族で、もうとっくに滅んだ認定されている……蟲人とも違う……。……。すまん、分からない」
「いや。十分だ。謝る必要はない」
『その821』君の耳を見るに、物語に出てくるエルフってやつかな? ドワーフやトムテと並び、北欧の妖精の総称だった気がする。
岩鬼族は地域によってはモンスター扱いされる種族だと聞いたことがある。こちらも知能が低い故の差別的なあれだ。こっちも滅んだものだと思っていたが、こんな地下にいたのか。
「というか、ここはどこだ? 『くらやみ遺跡』なんだよね?」
ティーハヨ様は『その821』君の背中に隠れてしまう。
なので、答えたのはラベンダー髪の少年だった。
「今は『くらやみ遺跡』って呼ばれているのね。……ここはその遺跡内部にある特殊な部屋。異空間のようなものよ。外でひどい扱いをされている種族が集まり、ここに移り住んだの。そういう歴史。……私たちは、誰も助けてくれなかったから」
悔しそうに奥歯を噛みしめている。
「だから私たちは、ティーハヨ様の一族を守ることで団結したの」
魔族(血液使い)にとってのごっちん。人魚族にとっての伏龍(母様)が、この者たちには現れなかった、ということか。
「さ。これで満足かしら? 出てって! ここでの事を外で話し……ても、まあ、別にいいわ」
「いいの?」
あきれ顔のテレスからふんっと顔を逸らす。
「ここはね? ティーハヨ様のお力で守られている場所なの。だから私たちはこの御方を守る……!」
「でも俺たちは素通りできたぞ?」
少年はため息をつく。
「生き物の侵入を拒むバリアを張ってくださっているの。……生き物でもないモンスターでもない物が近づいてくるなんて思ってなかったのよ。あんたたちのどっちかが、何? 人形か何か?」
あー。テレスの泥人形か。確かに「この」テレスは、「テレスの泥人形」にしては人間っぽく作っている。いつもは適当な人の形をした泥、なのに。あれかね? 自分の泥人形に見慣れてない首都以外では、きっちり精巧に作って動かしているのかね。観光客を悪戯に驚かさないように。
そんな配慮している金ランクは世界でこいつだけだろうな。
「俺たちが入ったからバリアが歪んだと?」
「そうよ! まあ、どっちでもいいわ! さあ。出て行きなさい。出口まで案内するから」
彼らからすれば話してくれた方だろう。
しかし。俺は彼らのおしっこに用がある。
「一応聞くが、ティーハヨ様は成人しているのかね?」
「一応って何よ? 見ての通り、もう大人よ」
う、う……う………………。うわああああああああああああ!
ああああああああああ! あああああアアあああああああっ!
あああああああああああああああ……!
大人……っかぁ……
うおおおおおおおおおしっこ集めにゃならんのに! 死んでも大人の分泌物なぞ飲みたくないぞ!
最後の種族。二種がまとめて見つかったのは嬉しい! 俺だけじゃ絶対彼らにたどり着かなかった! だって俺、生物だし。テレスが一緒じゃなかったら……キャットが予知していてテレスに頼んだ可能性が浮上してきたが、今はいい。
最後の種族。七夕蛇族が「大人しかいない」という事実!
ああああああああ! 死ぬああああああ! タイムお前! なんで大人を子どもに「巻き戻し」出来ないんだァァァァァァ!
「ああああああああああ――――ッ!」
「「「……」」」
前触れもなく惨敗した球児のように泣き出した魔女っ娘に、ティーハヨ様と『その821』少年は引くほど引いている。
テレスは「こうなるだろうな」と頭の片隅で思っていた顔だ。
だが、こうなれば俺にできることは一つ!
大人になった末裔殿にはこの世からご退場願おうか。殺してしまえばいい。さすればいなかったこととなる。
(……『その821』君が泣いてしまう……。かな?)
ティーハヨを慕っていない可能性に賭けたいが。無理がある。
閉鎖空間での洗脳じみた教育。自分のことを番号で呼ばれても何も疑問に思っていない姿から見て、ティーハヨが死ねば壊れる可能性もある。
地球に帰るためなら手段は選んでこなかったが……。うーん。なんか同じようなことで、レムの時も悩んだな。
「くっ! テレス、どうしよう! どうしたらいいと思う?」
「俺はお前をどうしようかと悩んでるよ」
人を困ったやつみたいに言うな!
「ちょっと! どうしたのよ。は、早くついてきなさい」
魔女っ娘は泣きながら半透明に這い寄っていく。すぐに『その821』が庇うように間に入ってくるが、むしろ這う速度が上がる。
「ひっ! キモイ……」
「ティーハヨ様よぉ……。俺の願いを叶えてくれよ」
「願い」と口にした瞬間、『その821』が戦闘大勢に入っていた。殺気も漏らさずに赤い刃物を俺に突き立てようとしている。いい動きだ。青ランクの中間くらいの力はある。こんな閉鎖空間でどうやって鍛えたのやら。俺が知らないだけでめちゃくちゃ広い可能性はあるけどな。この異空間。
テレスが拳を握り「いいぞやれ!」みたいな表情をしたのが視界の隅で映った。てめぇ覚えとけや。
脳天串刺しにされるのはごめんなので転がって避ける。
赤い刃物は石畳に、豆腐のように突き刺さった。
(避けた!)
少年は歯を食いしばりながらも、瞳は追い続けている。あの金髪の少女は、風で飛ばされたぬいぐるみのような動きだった。まさかあっちが人形?
(ふむ)
主人も、少年の武器を見つめている。
なんだあの切れ味。本人の技量もあるのだろうが……。
刃が赤いのは、刀身にうっすらと赤い花弁が、無数に滲んでいるのだ。え、欲しいかも。明らかに地上には無い武器だ。魔法剣に似ているが。花仙の作る武器、か。ごっちんが製作した剣のような独特な雰囲気がある。
――この間、一秒にすら満たない刹那。
少年はもう地を蹴り、主人に迫っていた。
「死になさい!」
首を飛ばす直前で、少年の動きが止まった。
「ひっ」
口元に手を添え、ティーハヨは上品に驚きを露わにする。
「ぐっ! これは」
『その821』の手足に鎖が絡みついたのだ。力を込めるたびに、鎖がギチギチと音を立てる。
「この程度の鎖で!」
強引に引き千切ろうとするも、主人以上のレベルがないと抜け出すのは不可能だ。
「わあっ⁉」
ぐんっと持ち上げられ足が地面から遠ざかる。つい少年のような声を出してしまう。
もがきながらも『その821』は天井からぶら下げられた。
「なんっ……だ、これは」
「男口調になってしまっているよ? その度にお仕置きされたんじゃないかい? どれ。俺もお仕置きを手伝ってやろう」
勝手なことを言いながら少女は自分に近づいてくる。
「はわわわわ……」
テレスと魔女っ娘がちらりとティーハヨを見たが、完全に腰を抜かしていた。
(初めは気弱だが、あとで覚醒するのが一番面倒なパターンだ。早くしてしまおう)
魔女っ娘は筆を二本取り出すと、無駄にかっこつけて構えた。
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