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最後のステラ

06 きゅるりあきゅるりら

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 やばい。寿命が近い人になっちまった。まだまだ現役なのに。

 もう何言ってもテレスは「分かってるって」と言葉を遮ってくる。……あとでアゲハに説明を頼んでおくか。グラサンでもいいが大笑いされそうだからやめよう。

 足元が土から苔むした石畳のような、人工感のあるものに変わって来た。気分も切り替えよう。

 人の賑わいも聞こえる。

「こういう場に非戦闘員が大勢いるの、見慣れない景色だな」
「ああ。店まで出てるから。発火装置はいざという時便利だ、買っておくと良いぞ」

 商品も把握してやがる。情報収集の神といるとなんかこう、気が楽だな。虫に怯える必要もないしアゲハよりいいかもしれんとか言うと怨念で殺されそうだから黙っておこう。

 定価の三倍の値段で冷たい飲み物が売られている。足元見やがっ、商売上手だな。

「どれ。ひとつ」

 観光地の飲食物はどうしてこう美味しそうに見えるのか。ふらっと吸い寄せられかけたが、テレスにローブを掴まれ引きずられていく。

「やめとけ。ぬるいし質も悪い。とっとと行くぞ。遺跡の中の方が涼しい」
「うん分かった歩くから手を離せ。石畳だからさぁ下。いてえ痛い」
「あの……」

 一般客の護衛をしている赤ランクがテレスに気づき声をかけようとしたが、泥人形はさっさと内部に入ってしまった。

「いいのか? 無視して。きみのファンで握手してほしかったのかもしれんぞ?」
「そうかな? じゃあ右腕だけ置いていくから、勝手に握っておいてもらうか」
「やめーや。観光地で腕落ちてたら客引くだろ」

 小さい子もいるのに腕を外すな。




 
 『くらやみ遺跡』。

 ひんやりした空気にホッと息を吐く。一歩入っただけで暗い。別に建物の中というわけでも地下空間でもないのに、だ。

 見上げると、何もない。星も月も。目の前に持ってきた自分の手のひらすら見えない。闇に閉ざされた空間。

「予想より暗いな」
「地上の遺跡はほんのロロスの一角。地下に潜るほど広くなっていく構造だ」

 ロロスはでかいことで有名な氷なので、日本語に直すと「氷山の一角」という意味になる。

「地図とかある?」
「俺がマッピングできたのは25階層まで。あまり期待するな」

 うげー。結構広いな。パンファンの迷宮に比べれば……思い出したくない。

 チラチラと星空のように光って見えるのは観光客が持つランタンの明かりだろう。ランタンの明かりはもっとぼやあっと広範囲を照らすのに、星の光のように小さい。それだけ暗いってことなのか。

(闇の力が強のか?)
「〈黄金〉は? 松明とかランタンとか使わないのか?」
「そういうきみは、手ぶらかね」
「俺は周囲に土があれば道を把握できるから」
「土じゃなくて遺跡だが?」
「どれも年月が経てば土に還るんだぜ?」

 ニヤッと笑う青年と少年の狭間の泥人形。

 出たな。金ランクお得意の拡大解釈魔法。これが出来るようになると一気に金ランクへ近づく。

「そうかい。俺はこれを使おう」

 主人は帽子からステッキを取り出す。先端にハートがついており、女児の変身グッズにも見える。

 魔力を流すとおもちゃのように軽妙な曲が鳴り、ピンクの光がパトカーのランプのように回転する。息子と一緒に見たアニメ、魔法戦士マホキュアを参考に作ったライトだ。

 きゅるりあきゅるりら。きゅるりあきゅるりら。

 ピンクのハート型の光がくるんくるん回転し、観光客らがぎょっとこちらを見たのが分かった。

 テレスが震える。

「…………ッ」

 なんだその「うっわ……」みたいな顔は!

 主人はフンッと自慢げに胸を張る。

「いいだろう? やらんぞ?」
「うん。じゃ、出発、しよっか……?」

 そこまで引かなくてもいいだろ。顔が引きつってるぞ。

 テレスの半歩後ろを歩く。

 きゅるりあきゅるりら。きゅるりあきゅるりら。

「あの、さ。うるせえんだけど」
「何が?」
「その気の抜ける音」

 きゅるりあきゅるりら。きゅるりあきゅるりら。

「うるさいうるさい! 消せ」
「そんなにうるさいか? まあ、静かだしな、ここ。なんだよ。テンション上がるのに」
「お前はあれでテンション上がるのか⁉」

 音を消す。

 くるんくるん。くるんくるん。

「この! 回転する光もうざい」
「で?」
「消せ」
「……回転しなければいいのか?」
「え? あー。まあ。うん」

 ただのピンク色に光るライトステッキになってしまった。

「……」

 しょぼーんとなる〈黄金〉は、おもちゃ売り場でぬいぐるみを買ってもらえなかった女児のように見え、一瞬「手を繋ぐ?」と言いかけた。

(あぶね。見た目って大事だな)

 テレスは明かりの無い漆黒の中を、すたすたと歩いて行く。

「待ってくれ。見えなさ過ぎてうわっ!」

 少女とも少年とも取れる声が反響する。テレスの視界には豪快に転んだ魔女っ娘の姿が。吹き出さないように唇を噛む。

 〈黄金〉はうぐぐっと顔を上げた。

「普通にコケた。何年ぶりだ……」
「はよ起きろ」

 手を差し伸べるが、魔女っ娘は何もない空間を手探って俺の手を探している。「メガネメガネ」みたいで面白い。
 魔女っ娘の隣にしゃがむ。

「その身体に、暗視魔法とか仕込んでないのか?」
「見くびるなよ! 慣れるのに時間がかかるだけだ」

 誰もいない方向にビシッと指差している。確かにもう少し時間はかかりそうだな。

「おい! 誰かぁ! もう嫌だ。誰か外に連れてってくれ!」

 突如、大声が上がった。

 声の方向に顔をやると、観光客のひとりがランタンを振り回していた。あまりの暗さに気が狂いかけたのか。男の声に観光客がざわつく。

 獣人は感覚が鋭いし、蟲人は触角がある。騒いでいるのは人族だな。

 不安は伝播しやすい。このままではちょっとした騒ぎになりそうだ。

「外に放り出してくる。明るいところに出れば落ち着くだろ」

 テレスが迷いなく走って行く。

「いけいけー」

 テレスみたいなタイプに「ほっとけ」と言っても長くなるだけなので素直に見送る。

「暗い! 暗、おおっ?」
「舌を噛むぞ。口を閉じていろ」

 見えない何かに首根っこを掴まれ、男はとんでもない速度で引っ張られる。気がつけば日の下で尻餅をついていた。男のひび割れかけていた精神がみるみる回復していく。

「た、たすかった……」

 大の字で倒れ、全身で日光を浴びる。

 「でも誰が助けてくれたんだ?」みたいに周囲を見回す男に微笑を浮かべると、テレスは置いてきた〈黄金〉の元へ戻ろうと踵を返す。

「待ってくれ!」

 テレスの腕を護衛の赤ランクが掴んだ。背後にウルフ系の魔物が数体うろついているが敵意は感じない。このハンターの従魔か。

(モンスターテイマーか。久しぶりに見たな)

 〈優雅灯〉の昆虫操作の上位互換。自分のレベル以下のモンスターを使役可能というスキルだ。魔法ではなくスキルなので、魔力消費がないというぶっ壊れ。これくらいの力がなければ、赤にはなれない。

 観光客の護衛にはうってつけのスキルだと言えよう。

 テレスは少し迷ったが足を止めた。

「……何か?」
「俺の仕事を代わりにやっていただき、ありがとうございます! 観光客は俺が助けなきゃいけなかったのに。感謝する!」

 がばっと頭を下げる緑髪のハンター。結構歳いってそうなのに、俺のような見た目若造に頭を下げるか。

「気にしなくていい」

 テレスにとって人助けは呼吸するのと同じことだ。

 だが緑髪は腕を離さない。

「あ、あんた。〈泥の王〉っだよな⁉ 想像より若……ああいや! お、俺ずっと挨拶したいと思ってて」
「……」

 汗が輝き、イキイキとしている。稀にこういう人に絡まれる時もある。感謝されることにもファンに話しかけられることにも慣れていないテレスの踵が、じりっと下がる。

「あんたもこの遺跡に? よ、よければ一緒に行かないか? 俺なら案内できるぜ?」
「すまない。連れを待たせているんで。……腕を離してくれないか?」
「……あ。すまない」

 男は物分かりよく放すが、眉はきれいに八の字に下がってしまっていた。

「俺。アンタに礼を言いたくて! 俺の家族を助けてくれて、ありがとう!」

 テレスの足が一瞬止まる。

「きっと泥違いだ。じゃあな」
「あっ」

 仕事があるためか、流石に緑髪の男は追いかけてこなかった。



「魔法戦士に~変・身! キュアキュウリ! 銀河系に代わって~、悪を倒す!」

 〈黄金〉が何か言いながら不思議なポーズを取っている。物凄く他人のふりがしたくなるような行動だが、何か意味があるのだろうか。

 二メートル離れたところで突っ立っていると、暗闇に目を慣らした魔女っ娘が目ざとく俺を見つけやがった。

「おお。テレス。もういいのか?」
「暗視は発動しているようだな。行こう」
「なんかきみ、顔赤くないか? ……テレス⁉ なんで走る?」

 ピンクの発光体を握った魔女っ娘が追いかける。足はっや、あいつ。

 直線を走ること数分。ようやく下に続く階段にたどり着く。

「ここからはモンスターが出てくるからな」
「オッケー」

 テレスを先頭に、下へと下りて行く――


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