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七つの宝に勝るもの
07 魔女の町
しおりを挟む陽光知らずの森に一番近い町に到着した一行。危険地帯付近だというのに、空からはカラフルな花びらが舞い、陽気な音楽が流れている。
赤レンガの建物が目立つ、三角屋根が多いメルヘンチックな町。逆三角の旗が揺れるガーランドが蜘蛛の巣のように張り巡らされ、お祭り感を引き立てている。
「いらっしゃいませー。赤い町『レッドウィッチ』へようこそー」
町の入り口で花の首飾りを配っている女性が、ごっちんたちにも首にかけてくる。
「ありがとー。おねーさん」
「はわわ。お金持ってないです……。え? ただ?」
「ふむ。今日は何かあるのか?」
ごっちんが訊ねると獣人の女性はにこっと微笑む。
「はい。昨日、今日、明日までの三日間。ウィッチホリデー……町全体がお祭りとなるのですよ。楽しんでいってくださいね」
「……」
細かい説明を求めたのだが、まあいいか。お姉さんもテンションが上がっているようだ。入り口で詰まっていては邪魔になるので、町の中へと進む。あちこちから香ばしいにおいが漂ってきて、エイオットがせわしなく鼻を動かす。
「ふぐぐ。おいしそうな香りでいっぱいだよ」
走り出しそうなエイオットのコートを掴む。
「お祭り……だったのか。それならもっと持ってくるんだったな」
財布の中を確認するごっちん。たっぷり稼いだが、虫使いへの支払いでほぼ消えてしまった。ムギの眼帯のように歪な薔薇の刺繍の財布には、子どもの小遣いほどしか入っていない。
この場で唯一の大人を見上げる。
「シャドー。お前、金持ってきているか?」
「ええ。いくらかは」
首ではなく、水色の髪に花の首飾りが引っかかっている。
「……どうしたんだ。それ」
「届かなかったようなので、輪投げのように投げて寄こされました」
だーかーら屈めって言ってんのに、この子は。
ぐいぐいとエイオットが走り出そうとする。コートを掴んでいたごっちんがつんのめりかけたが、シャドーが受け止めてくれた。
「足は捻っていませんか?」
「大丈夫だ。ありがとう」
ついでにしっかりとエイオットも捕まえてくれている。首根っこを掴まれ、大人しくぶら下がる狐っ子。の下で、万が一落ちた時のために受け止めようと、両手を伸ばしているムギ。
「急に走ってどうした?」
長身男の顔の高さまで持ち上げられ、しゅん、と狐耳が垂れる。
「ごめんなさい。串肉があったから」
串肉。一口サイズにカットされた肉が、網の上で串焼きにされている料理。料理で余った部位の寄せ集めで、豚、牛、鶏、と色んな肉が味わえるのがポイント。形も不ぞろいなので安いのがありがたい。挟むパンと並び、お祭りと言えばこれ、という料理である。
地面に下ろそうとすると、エイオットが暴れ出す。
「どうした? 下ろしてやるから暴れるな」
「やだやだ。肩車して!」
「……」
目を丸くするシャドーにくすっと笑う。
「お前が嫌でなければ、乗せてやればどうだ?」
「御意!」
「お前が嫌でなければ」の部分をしっかり聞いていたか? 私の言葉はもう命令ではないのだからな?
狐っ子を肩に座らせると、がっしりと髪の毛を掴んでくる。
人混みから頭一つ抜け出せたエイオットの目が輝く。
「うわー。すごい高いよ、父さん! ……あっ」
エイオットの過去を聞いていたムギが悲しそうな表情になる。
おかしいな。おかしいな……。父さんはこんなこと、してくれたことなかったのに。どうして口から出たんだろう。
じわっと視界が滲む。
ごしゅじんさまは愛してくれるのに、どうして心が寂しいんだろう。
「うっうっ……。ひうぅ~」
泣き出してしまった。
ムギは驚愕の顔で、シャドーの足の周りをぐるぐると走る。
「どうしましょうか」
「少し……どこかの店に入って休もうか」
全員分の飲み物をトレイに乗せたシャドーが戻ってくる。
「ごっちん様はホットで……でしたよね?」
記憶力に自信がないのか不安そうな顔でカップを置いていく。
「うむ。ありがとう。シャドー」
「勿体ないお言葉」
頼むから外出中だけでも一般人扱いしてくれないだろうか。お前のような存在感の塊が低頭していたら人目を集めるのだ。ただでさえ泣いてる子がいるのに。
ごっちんの思いも届かず、あとは各自で取れと言わんばかりにシャドーはさっさと席に着く。
ムギは手を伸ばしてカップを取り、エイオットの前に置いた。
「エイオットさま。甘そうなジュースですよ? 落ち着くと思うので、飲んで、みますか?」
ムギがエイオットの背を撫でる。ナナゴーは手ぬぐいで涙を拭いていた。主人が見たらまたカメラカメラと騒ぎ出しそうな光景である。
「うん……」
カップを握り、思っていたより豪快に流し込んでいく。
「ごっごっごっごっごっ」
静かに机に置いた。
「ぷはー。お兄ちゃんのジュースの方が美味しい!」
店に喧嘩を売りながらも、手ぬぐいでごしごしと顔を拭う。ナナゴーが巻き込まれて目を回しているが、エイオットの涙は引っ込んだようだった。
「ごめんね? みんなに心配かけちゃって」
「いいんですよ。エイオットさま。泣いたお顔も可愛いです」
「え?」
「…………あ」
時間差で何を口走ったのか理解したようで、真っ赤になって机の下に潜ってしまう。
「ムギちゃん? 励ましてくれたんでしょ? 出ておいで?」
「泣いた顔がかわいいの?」
ナナゴーの無邪気な質問がトドメを刺している。ごっちんも机の下を覗くとシャドーの足にしがみついていた。かわいい後ろ姿に和む。
ごっちんもカップに口をつける。温かくてホッとする。
「エイオット。寂しくなったのなら主人殿を連れ戻してくるが、どうだ?」
主人が出かけると告げた時、珍しくエイオットはついて行くとは言わなかった。モンスターで怖い思いをしたらしく、お留守番を選択していた。はあ。子どもに怖い思いをさせるなど、主人殿もまだまだまだまだだな。
仕事中だろうが何だろうが、「エイオットが呼んでいる」と教えれば即帰ってくるに決まっている。緊急時用に、どれだけ離れていても声を届けられる使い捨て護符を、一枚渡してある。
エイオットは少し悩んだが、元気に首を横に振った。
「ううん。いいの」
「主人殿に愛想が尽きた、という意味か?」
ふがっとエイオットが口を開ける。
「ち、ちが。もう。違うよお。おれはお兄さんなんだから、お留守番くらいできるってところをみせるの」
ぷうっと頬を膨らます。焼いた餅のようで、ツンツンしたい。
二つ隣のシャドーが、興味なさそうな顔をしつつも腕を伸ばしてつついている。あ、ずるいぞ。
エイオットを攻撃していると思ったのか、ナナゴーがシャドーの腕をぺそぺそと叩く。
「いじめるな。おりゃおりゃ」
「ん?」
声を出すまで叩かれていることにすら気づいていなかった。
「……ぁう」
叩いている手の方が痛くなったのか、よろよろとエイオットの元まで飛んでいく。
「いじめられてないよ。大丈夫」
「……ほんとうに?」
「心配してくれたの? ありがとね!」
ニパッと笑う洋館の太陽。ナナゴーは眩しそうに目を手で庇う。
ムギも机の下から顔出す。エイオットの笑顔を見たいのだ。
「え? なんだこいつ」
横を通った一般客だろうか。羽を持つ男性がごっちんたちの机の上を見て素っ頓狂な声を上げる。その目は宙を泳ぐ人魚に向けられていた。
(……外に出し過ぎたか?)
ごっちんが目を細めると、羽の男性はごしごしと目を擦る。
「あ、あれ? なんかいたような……。気のせいか?」
首傾げると去っていく。
エイオット達が机に目を戻すと、ナナゴーの姿が消えていたのだ。
「あれ? ナナちゃん?」
「机の上にいますよ、エイオットさま」
「ふえ?」
ムギが机の上を指差す。エイオットのカップに抱きついていた。
「あれ? さっきいなかったのに」
ごっちんの紫目がシャドーを映す。水魔法により蜃気楼を無理矢理引き起こし、ナナゴーだけを見えなくしたのだ。それを見破るムギの赤目も大したものだ。本格的に鍛えれば、ムギはシャドーの足元に届くかも……いやそれはないか。本人が戦闘向きの性格ではない。いい嫁には、なると思う。
「なんの祭りかは知らんが、ずっとナナゴーだけポッケの中も、気の毒だしな。どうしたものか」
シャドーは笑顔で拳を握る。
「この町の住人、全員気絶させてきましょうか? 十秒ほどいただければ」
脳筋解決法やめろ。
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